◇355 -現喰-10



空中発動させた魔術、それもただの魔術ではなく最上級クラスの創成魔術をわたしエミリオさんが独自の手法で唱譜を組み替え、悩ましい美声で詠み唱えたエミリオ式の創成魔術。オリジナルの【タイタンズ ハンド】とは違って、エミリオ式は単発。それも特大───まだ並盛だがいずれ特盛、メガ盛りにしてみせるぜ───の【タイタンズ ハンド】。それを鬼へ挨拶代わりにブッパし、地面もろとも潰してやった! のは数分前の事。


今は───鬼が持つ大きなカタナがゆっくり、本当お前それ遅すぎね? ってくらい、ゆっくりぬっくりもっさりと、わたしへ迫っている最中である。


両手持ちでも重そうなカタナを片手で軽々振る鬼。紫色のいかにもな瘴気オーラを纏い散らす刀身がゆっくりと。


「......──────エミリオ!」


「ッわう!?」


ボロボロ妖怪、烈風の怒鳴りにも思える声をわたしの可愛らしい耳が拾った瞬間、ゆっくりだった視界は加速した。びびる速度で迫ってきた刀身はわたしの鼻先数センチを通過し、空気だけを斬った。


「エミリオを助けてって命令されてるんだから、死のうとしないでくれ」


鬼が攻撃を外したワケではなく、わたしがテルテルに強く引っ張られた事で回避出来たらしい。らしい というのは単純にわたしの脳が、今何が起こっているのかを理解出来ていないからだ。

テルテルはわたしのスーパー防具【ナイトメア ジャケット】の襟首を掴んだまま素早く移動し、鬼から距離を取ってくれたものの、わたしの扱いが少々雑すぎる。


「おいテルテル! ブラウスだったら首絞めエミリオになってたトコだぞ!?」


と、苦情を入れたがテルテルは無反応。いや、くだらない苦情に付き合っている余裕がない、といった表情で鬼を見ていた。


「ぼーっとしてたら死ぬぞエミリオ!」


自前の痛撃ポーションを追加で飲み、烈風は長いカタナを構えた。ぼーっとしていたつもりはないが、どうやらわたしは死ぬ一歩前まで進んでいたらしく、巷で噂の走馬灯的体感をしていたみたいだ。油断しきっていた自分を反省させ、わたしは武器をしっかり構える。烈風、テルテルだけではなく三人前の妖怪達も各々武器を構えてたが......ガン見妖怪の乗り気じゃない雰囲気がすごい。アイツは何か言っていた気がしたけど.....鬼が出てきてナシナシになったんだったな。


「気になるなら後で聞けばいいか......よっしゃ! やるぜ鬼退治ッ!」


【ブリュイヤール ロザ】の剣先を鬼へ向け、高らかと鬼退治宣言をし、すぐに補助魔術を詠唱しつつ足を動かした。鬼退治宣言に反応するように、鬼はわたしをターゲットに選び動くも、烈風とテルテルが鬼を止めるべく攻撃する。この隙にわたしはあまり得意ではない補助系魔術を落ち着いて詠唱、発動させる。対象は自分、効果は動体視力を極端に上昇させる補助バフ。これも “試したい事” のひとつだ。

ワタポの黒円───先読みではなく見切りの能力からヒントを得た補助.....一応種類は補助だが、負担などを考えればドーピングと同じ後が怖い系.. ...それでも有能な効果になっているハズだ。


「っしゃ! わたしもいるぜオニーさん!」


鬼の背後で大きく叫び、わたしは迅速剣術を撃ち込む。声を出した事で簡単に防ぎ弾かれるも、身体を捻り弾き飛ばされる方向を操作し、烈風とテルテルの元へ。


「うぉっと、着地成功」


以前のエミリオさんならば流れに任せたまま弾き飛ばされていただろう。しかし今のわたし───超一流冒険者のエミリオ様は常にチャンスを求め、リカバリングするのだ。


「エミリオ。鬼が纏ってる瘴鬼しょうき、あれは簡単に言えば楼華結晶サクラみたいなものだから、気を付けて」


「サクラぁ!? やべーモン着込んでるなアイツ!」


烈風からもらった情報にわたしは声を裏返し反応する。サクラ───ピョンジャピョツジャをドロドロの腐敗竜へと変貌させた毒であり、触れれば皮膚が溶け爛れる。触れただけならば普通の治癒術で治るし、医術でも治療可能らしい。が、触れたくはない。となれば近付かずに攻撃する方法が理想であり、魔術が最高にいい。つまり、この状況で誰よりも有能なのがエミリオ様というワケだ。


「鬼の弱点、属性でも性質でもいいから何か─── っぶね!」


烈風とテルテルへ鬼の弱点を質問していた所で、鬼がカタナを突くように押し出し、飛燕剣術をわたしへ飛ばしてきた。単発の飛燕を回避するのは難しい事ではなかったが鬼は本格的にわたし達を狩るべく行動を開始、既にわたしの背後へ回り込んでいる鬼はカタナを上段に構え振り下ろそうとするも、値札妖怪テルテルがその腕を横から蹴り弾く。間髪入れず烈風ががら空きの鬼へ緑色光纏う剣術───妖剣術を撃ち込み、吹き飛ばしに。テルテルが蹴りを炸裂させた直後から詠唱していた天才エミリオ様の上級炎魔術を吹き飛び中の鬼へ。テルテルのパリィ、烈風の斬り飛ばし、天才の炎魔術、作戦なしでここまでの連繋をスムーズに行えたのは驚いたが、多分これでも鬼は殺せない。


わたしの炎魔術は広範囲を焼き、今も鬼を中心に燃え続けている中で、妖怪が叫ぶ。


「アイツ───ッ! スノコ、火を消して! 私はアイツを止めるからゴリも来て!」


声が響いた直後に妖怪はわたしをターゲットにカタナを走らせた。


「あ? ───ぬぅ!?」


ビックリする速度で接近してきていたが、この速度ならば補助魔術なしでも見える。が、カタナが速い。滑らかにわたしの首や腹を狙い走るカタナは剣術光さえ纏っていない。ならばわたしも普通に受け止めて問題ない。首を狙いに来ているカタナを剣で受けるも速度が速度なだけに重みもあり、短剣も使い何とか受け止める事には成功した。もう一本のカタナは───烈風がナイス判断で引き受けてくれた。



「何だお前ら」


「お前が何だ」


真っ赤な瞳で、よくみると酷いクマを持つ妖怪ガン見はカタナを絞り、力任せにわたしの首を狙う。このまま押し負ければ首があっさり斬られるコースであり、わたしは残念な事にSTR皆無。そしてそして、剣もまともに習った事のない───魔女だ。


「おい妖怪、火傷すんぞ」


「───!?」


競り合い中に魔女お得意の省略高速詠唱で魔術を発動。わたしは最近では使い慣れた下級魔術ならば詠唱無しに思えるほどの速度で放てるまでに成長してしまっている。今発動させたファイアボールも体感的な詠唱時間は無く、火球が8発というイケメン性能。妖怪ガン見は競り合いを放棄するようにサイドステップし、最初の火球攻撃を回避。ホーミング性能を存分に利用し、わたしは残りの7発を容赦なく妖怪ガン見へ飛ばした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る