◇354 -現喰-9



隠蔽魔術の範囲から文字通り飛び降りたわたしは、箒を片手に魔術詠唱を済ませた所だった。

地面まではまだ距離があり、箒を持っているので叩きつけられる心配はないが驚いた事にわたしの魔力───魔女の魔力ではなく、気配で妖怪達は空を見上げた。


「うわ、まぢかよ。感度たけーな」


詠唱を終えたわたしは魔女だからこそ、ある程度の音量で声を出せる。最初に出た声は呟きのように小さく、妖怪達の気配感度に驚くものだった。

妖怪と鬼は攻防後、という理想的な距離を保ったままわたしを見る。これなら.....鬼だけを攻撃出来る。


「動くなよ!」


ファンブルしないギリギリのボリュームで声を降らせ、わたしは詠唱済みの魔術───地属性 最上級 創成魔術【タイタンズ ハンド】を単発仕様で発動させた。

本来この魔術は連撃、連発系。巨岩の魔神タイタンの両腕が大型魔法陣からニョキっと生え、滅茶苦茶に殴り潰す超攻撃的であり迷惑的な魔術。

これを単発で扱えれば、相手の強攻撃をパリィしたり、巨腕を盾のようにして使う事も可能となる。今はその実験だ。

琥珀魔女アンバーのシェイネがこの魔術を使った事、ダプネがわたしの魔女力を抉じ開けた事、魔女力ソルシエールとほぼ同時に眠っていたであろう色魔力ヴェジマが起きた事によって、わたしの中では妙な事が起こっていた。


「いくぜ───鬼!!」


その妙な事のおかげと言えばそうなるかも知れないが、9割はわたしの天才的閃きと溢れ出る才能のおかげで【タイタンズ ハンド】の単発使用するという不可能にも思える既存創成魔術の改変、実験を今ここで。

色魔力はなし、魔女力はあり。

唱譜を所々変更して、短く詰めた天才エミリオ仕様の創成魔術の単発───どうなる!?


濃い茶色の大型魔法陣を縁取るように褐色光が煙のように発光する。魔法陣の中心から岩を砕き散らすような音と共に、巨岩の剛腕が恐ろしい速度で鬼へ落下した。


───成功した!? うっは天才!

と思った直後だった。単発で発動する事、単発の腕を完全に操る事は大成功で、威力も予想以上だったが【タイタンズ ハンド】が鬼を殴り潰した瞬間───正確には地面を殴り崩した瞬間、わたしの身体を悲鳴さえ殺す痛みが走り抜けた。

考えもしていなかった “魔術反動” に全身が軋み、箒を使う事も出来ない。硬直ではないものの、硬直してしまうほどの痛みに声も出せない。


骨折.....いや死ぬなこりゃ。


と考えた直後だった。絶賛落下中のわたしの身体をグイっと引く何者かの腕。袖がやけに長く手が見えないこれは───


「.....値札マン」


「エミリオを助けてって命令だからな。動かないでね」


値札マン───テルテルは右腕に褐色光を纏い、迫る地面へ腕を振り下ろした。【タイタンズ ハンド】とは比べ物にならない小威力だが、速度を殺すには充分だった。一瞬宙で身体は停止し、すぐに落ちるも1メートルあるかないかの距離から落下した所で痛くも何ともない。


「ふぅ」


一息つくテルテルの横でわたしは痛みの余韻を気合いで捩じ伏せようとするも、予想外の反動は何度も反響する。


「ヒェェ、一体なんだ!?」


「.....人間じゃない?」


「隣は、寺の人だよね?」


謎の妖怪達はわたしとテルテルの登場に眼を丸くし、その奥で烈風がボロボロの身体を起こす。


「テルテル、ちょいわたしのベルトポーチから、キノコ絵の小瓶取ってくれ。赤いやつな」


唱譜の組み替えをミスったのか、魔術反動が恐ろしく重い。鬼に動きは今の所ないし、とにかくこの痛みを誤魔化さなければ何も出来ない。

わたしは【しし屋】産の速効性に特化した痛撃ポーションを飲み反動痛が遠くなるのを待った。


「相変わらず無茶苦茶だな、エミリオ」


火傷のようであり、火傷とは違った傷に表情を曇らせながらもわたしの元へ歩み寄る烈風。人間だとばかり思っていたが実は妖怪の冒険者。


「よぉ。ボロボロじゃん、れぷさん」


反動痛が遠くなり楽になってきたわたしは、ベルトポーチを漁り痛撃ポーションをひとつ烈風へと投げ渡した。どこかで見たような傷.....焼け爛れているような痛々しい傷だが、思い出せない。痛撃ポーションは回復系ではなく、感覚を一時的に麻痺させるものでしかない。あの傷───烈風のダメージを誤魔化せるかどうかは正直わからないが、残念ながらわたしに治癒術は使えない。


「なぁお前ら」


痛みがほぼ無くなった所でわたしは見知らぬ妖怪達へ声をかけた。


「わたしは.....あーっと、帽子妖怪だ、よろしくな。さっきの鬼......アイツがあれで死ぬとは思えないんだけど、どう思う?」


鬼という種の情報をほぼ持っていないわたしは妖怪達へ質問した。単発の【タイタンズ ハンド】は発動こそ成功したが、まだ実験段階。威力も予想以上だったがそれはあくまで現段階での話で、本来の【タイタンズ ハンド】の一撃の威力には到底及ばない。つまり、さっきの単発ハンドで死ぬような鬼なら、わたしが想像しているより遥かに鬼という種は脆く弱い種となる。


「さっきの一撃じゃ死なない。あんな大きな腕が出てきてヒヤッとしたけど、鬼の硬さは妖怪の中でも指折りなんだ」


「ほぅ......」


氷結弾を撃っていた妖怪.....片腕が無い事から恐らく【妖怪 腕無し】だろうか。まぁ何の妖怪でもいい、とにかく今は鬼退治だ。腕無しの言葉に耳を傾けつつ、わたしは上空停滞している千秋ちゃんへ視線を向けた。隠蔽魔術で姿も気配も消しているが、術使用者はわたしだ。ハイディングしていても余裕で見える。


「帽子の妖怪なんて聞いた事ないけど......」


「.......」


首や肩を凍結止血している【妖怪 止血】が呟き、隣にいるのは......【妖怪ガン見】か? 種類の通りわたしを無言でガン見してくる。

鬼は未だに巨岩ハンドから起き上がらない。以前のわたしならば、このチャンスを逃さず畳み掛けパーリーを開催していたが、今のわたしは自分専用の装備を持つ超一流の冒険者様だ。このチャンスを次の一手、それも確実に勝利出来る一手にすべく準備を行う。今頃ウンディー大陸で炭酸抜けたコーラみたいにダラダラしてる義手騎士や電気クラゲ、半熟妖精とは違って超一流だからこその一手だ。少しわたしを見習えフェアリーパンプキンズ。


などと、ここにはいない友人達を脳内で軽く小バカにし、素早く作戦会議を行う。


「れぷさん、やれるか?」


「ギリギリだねぇ.....」


「ギリギリやれるな。オーケー」


烈風は動ける。鬼が姿を見せた所でテルテルと烈風で初撃の猛進アタック。その後は......


「おう妖怪三人前。お前ら何が出来る?」


コイツらは何が得意で何が出来るか、だ。ここにいるって事は鬼退治出来る連中、または鬼退治行ってみよーぜって思っちゃうくらい戦闘慣れした連中だろう。何も出来ないって事はないハズだ。


「.......待って、私達は協力するなんて言ってない」


「おん? 鬼退治してーからここにいんだろ? 現に鬼退治出来てねーし、手が足りない系だろ? 遠慮すんな」


妖怪ガン見が真っ赤な瞳を謎に鋭くし、わたしを睨む。多分この種はみんな睨んでるような眼なんだろう。


「あの鬼は私達の───」


「───あァ!?」


声を謎に荒立てるガン見だったが、鬼のお目覚めにより会話は強制終了する。会話を続けられない程の魔力───ではなく妖力が巨岩ハンドで作り出した陥没地面から眼に見える濃さで昇り漂う。


昼間だというのに辺りは薄闇に包まれ、謎の乱風が渦巻き、鬼が角を露にする。


「おいおい、まだ作戦会議中なんだ。もうちょっと寝ててくれねーか? オニーさん」


わたしは乱風に踊るジャケットの双尾を払い、剣【ブリュイヤール ロザ】と短剣【ローユ】を構え、モワモワしてる鬼へと視線、意識を集中させる。


───タイタンズ ハンドをブッパした時とは完全別人じゃん。



赤みの強い褐色だったハズの鬼の肌は灰黒、黒寄りだった髪は灰白。黒黄に変わったキモ色の瞳がわたしを睨んだ。



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