◇326 -療狸寺の妖怪-5
深夜───何時かは知らない。
わたしは突然枕を奪われ、最悪な気分で眼が覚めた。いや、起こされた。
ぐっすり幸せ最高モードだったわたしから枕を奪った輩は今、壁に張り付き状態。氷魔術のアイスランスで枕奪いの衣服を撃ち抜き、そのまま壁に張り付けて捕獲に成功したのは今から約3分前の事。
「誰だお前? 誰でもいいか.....こんな時間に枕奪いやがって、お陰でこっちは首を痛くしたぜ? 慰謝料請求すんぞ? お?」
「ひいぃぃ」
見た事もない子供がわたしの枕を抱き、壁に張り付けられたまま泣いていた。が、エミリオ様は相手が子供だからといってホイホイ許すヌルイ大人ではない。
「おいクソガキ、アホみたいなイタズラすんなら時間と相手を考えろ.....わたしは今世界で一番眠くてな? それを邪魔されて、今世界で一番お前に怒ってるんだ」
「ごめんなさいごめんなさい、許してください、ごめんなさい」
泣きながら何度と謝る子供......だが、全然、1ミリも可哀想なんて思わない。むしろ謝られる度に「謝るくらいならなんでやった?」という思いが膨れ上がり、イライラする。
「うるせーなお前、お前なんだ? なんで枕パクろうとした? 何となくとか言ったら氷突き刺してアイスにして食うぞ」
「やめてやめて、わちきは妖怪の枕返し、枕をひっくり返す妖怪なの! でも失敗ばかりで上手く出来なくて、ごめんなさいごめんなさい」
枕返し......妖怪か。それにしても、枕返しって.....なにそのウザ妖怪。ひとつ眼のひっつーは別に何もしてこない妖怪だったけど、コイツはなに? 枕ひっくり返して喜ぶ妖怪? クソすぎないか?
「......お前なんで枕ひっくり返してんの? ひっくり返して喜んでんの?」
「わちきは他人の枕をひっくり返せたら妖力が上がる妖怪なんです.....でも今まで一度も成功出来なくて.....お風呂の時に、ここに他国の人が居るって聞いて、他国の人ならひっくり返せるかなって.....でも失敗しちゃった」
「つまりアレか、お前はわたしの事をナメ腐ってたってワケか?」
「違います! 舐めるのはわちきじゃなくて、あかなめの仕事です!」
あかなめ.....なんだそれ。それに舐めるって多分意味違うよな。何なんだコイツ.....何かめんどくせーな。
「あー、もういいや、枕返せ」
「はい.....ごめんなさい」
氷を消し、枕を受け取ったわたしはもう一度寝ようと横になるが、ある事を思い出す。
「おい枕妖怪、お前どっから入った?」
横になったまま枕妖怪の方を見て質問する。確か寝る前はドアも窓も全部開かなかった。外からは開く仕様だったのか? それとも何らかの妖術か?
「わちきは普通に戸から入りましたよ?」
「戸? 今もそこから出れる?」
わちき枕は正座から立ち上がり、扉の方へ進み───扉をスライドさせて開いた。
「え、それスライドドアかよ!?」
「ひぇ、ごめんなさいごめんなさい」
何でドアノブついてんのにスライドなんだよ.....あの狸女、わたしを試したのか? クッソ! ドアノブついてたらスライドなんてさせないだろ普通。完全にやられたぜ.....。
「ナイスだわちき。枕パクった事は許してやるから早く帰って寝ろ。ドアは開けっぱのままな」
「はい、許してくれてありがとうございます。枕を上手にひっくり返せなくてごめんなさい。わちきが下手くそで起こしてしまってごめんなさい。戸は───」
「うるせーな! 戸はそのままでいいからさっさと帰れ!」
「ひいぃぃ、ごめんなさいごめんなさい」
わちき妖怪はアワアワとしなが外へ出た。
これで邪魔者はいなくなった。そしてドアは全開。わたしは起き上がり、一度大きく伸びをした。寝起きのダルさを消し、すぐにフォンを操作して装備を整える。フォンのアイテムポーチから魔箒を取り出し、丸テーブルの上にある水瓶を飲む。
「───ふぅ、よし......とりあえず
魔箒を強く掴み、一歩外へ出るとぼんやりと浮かぶ月がわたしを出迎える。
「......出迎えは月だけで充分だぜ?」
夜闇の中で揺れた気配にわたしは気付き、声を向ける。ハイディングが上手かったら気付けなかっただろうけど、ハイドレートが低く対象と近い距離で動いてしまっては隠蔽も何もない。
「はわわ、わちき隠身が苦手で.....あの、朝になるまで寺の外へ出してはダメと言われています! 戻ってください!」
立ち去ったと思っていたわちき妖怪が下手過ぎる隠蔽術でわたしを監視していた。狸女に言われて今晩はずっと見張っているつもりだったのか、わちき妖怪の足下にはクッションがある。
「ご苦労様だな。でももう見張りはいいぜ、お前は帰って寝てろ」
「そうはいかないです! わちきの今のお仕事は魔女の見張りと外出阻止です!」
「......お前もこの寺で修行してるヤツか?」
「はい!」
なるほど......ひっつーと同じこの寺の妖怪か。
妖力だか妖術だか、その辺りについては自分が才能皆無だったので何も拾えてないが、自分が使えないからといって情報を拾わないのは美味しくない......知っているだけで対応方法が増える事もあるし、よし。
「おーけー、んじゃわたしは強行突破するぜ」
「ええぇ、えぇっと、その場合はわちきも叩いていいと言われています! ので、やめましょう! 痛い事はわちき嫌いです!」
「そうか、じゃあそこで見てろ」
魔箒【ピョンジャピョツジャ】に魔力を込め得意の立ち乗りをしようとした瞬間、わちき妖怪は恐ろしくしなやかな動きで箒を蹴り、そのままわたしを蹴りや突きで叩きにくる。
技術的な動きだけ見ても相当凄い。これにワザである体術が組合わさったら───コイツは強い。動きのスピードこそ速くはないが、動きひとつひとつが次へと繋がるような.....何だコイツ。
「離れろ」
「あわわ」
奇跡的にわたしの蹴りはわちき妖怪にヒット───と言ってもガードされたが、押し離す事は出来た。そのまますぐにわたしは剣と短剣を抜き、いつでもokなスタイルに。この妖怪.....表情ひとつ変えずに攻めてくる。それも張り付くように近距離を保ちつつ、次から次へと手足での攻撃。
「わちきは本気で魔女さんを叩きます! 魔女さんが躊躇しても、わちきは仕事なので躊躇しないです!」
「仕事熱心だな。いいと思うぜ」
雲が月を隠し、ゆっくりと流れる。わたしと妖怪わちきは視線をそらす事なく睨み合い、月が顔を出すと同時に動く。
わちき妖怪がどんな気持ちでわたしを止めるとか、そんなのどうだっていい。
わたしはもうここに居たくない。エンジェリアがここに居たという事実がある以上、ここに居るだけで胸クソだ。早い所目的の素材をゲットしてシルキとはおさらばさせてもらう。
妖力や妖術については知りたいが、わちきは中々使わないし狸女は確か、乱発は出来ないって言ってたハズだ。ここぞという時も与えず叩き押せば妖力だの妖術だの、そんなもん無意味だ。
「うぬぬぬぬ!」
「邪魔すんなわちき!」
剣術や拳術.....術系ではない連撃の中でわたし達は気合いを入れるように、同時に声を出し、わちき妖怪は両拳に無色光。わたしは左の剣【ブリュイヤール ロザ】に無色光を纏わせ、お互い容赦なく剣術と拳術を発動させた。
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