◇317 -歓喜天-6



全身を強く叩かれたような強い衝撃と残る痛みに耐え、ししは身体を必死に起こす。


「イデデ......みんな、大丈夫?」


キノコ帽子をパフンパフンと叩き、中にいる小人───小型化された人間達の心配をするしし。そこへキューレがクゥと共に現れる。


「ほぉ、それが噂の小人化した人間かい」


衝撃で気絶状態の小人達を見てキューレは言い、ししも小人もとりあえず無事であると判断した。しかし、ししの右腕は骨折状態なので戦闘への参加は遠慮しろとキューレは告げ、腐敗仏-歓喜天を見る。


「ほんっとに最近は化物クラスとばっかり会うわい。ウチは非戦闘員なんじゃがのぉ」


歓喜天の触手が届かないであろう位置───マユキが眠っている位置までししと小人達を移動させるため、クゥの背に乗るよう促し、戦闘範囲外まで移動する事に成功した。

猫人族の里シケットは今のところ被害はないものの、歓喜天がそこに居る限りは危険エリア以外のなにものでもない。

キューレはししから小瓶を受け取り、栓を抜いて渡す。腕の骨折と防御時の衝撃は予想を遥かに越えるダメージとしてししへ残ってしまっていた。


「ありがちょ」


「どいたまじゃ。にしても、そんなにダメージが残っとるのか?」


歓喜天の触手攻撃を回避し続ける冒険者を横眼に、キューレはししの状態があまりにも大袈裟に見えていた。


「凄いよ.....何て言えばいいのかな.....外側じゃなくて、内側にくる感じ」


「.....内側? 内部的に響くダメージかえ?」


「そうそれ、えっとね、防御した時って手が痛くなるでしょ? それが手と言うより腕の骨に響いて、腕から肩を通って胸まで届くの。多分ダケど、直接当たったら斬り傷ダケじゃ済まないよ」


剣術光もまるでエミリオの属性剣術───魔剣術にも似た色を持つ光だった。そして無色の方は剣術とはまた違った雰囲気を感じるものだった、とキューレは脳内を整理していた。


「う~む.....全然わからんのぉ。とりあえずお前さんは自分の身体を第一に考えておくんじゃぞ」


キノコの杖へ手を伸ばすししへ遠回しに参戦するなと言うキューレは突然、建物の屋根を見る。

眉を寄せ黙視する先には───笠被りマントローブのような装備を靡かせる和國の人物が屋根を走り、飛び、キューレ達の近くへ着地した。


「何じゃお前さん!?」


「あ、酒場にいた......誰だっけ?」


「ほう、こりゃまた可愛らしい女性だな! っと、そんな事してる場合じゃないか」


笠装備の男───大妖怪 滑瓢ぬらりひょん螺梳ラスは腐敗仏-歓喜天へ針のように鋭い視線を突き刺した。


「───あ! みんなが危ねい!」


螺梳が現れるのとほぼ同時に腐敗仏は触手を更に増やし、再び全員を捕獲する事に成功。腹の底から嫌になる表情でニチャニチャと笑っていた。





おびただしい数の触手はついに回避不可能なラインまで数を増やし、冒険者達へキツく絡み付いた。攻める事も出来ない化物を相手に何も出来ないまま体力と集中力はみるみる削られ、再び手詰まりとも言える状況に陥る。

今度の歓喜天は品定めせず一番近くにいる人物、後天性悪魔のナナミを選び、自分の領域へズルズルと引き摺り込もうとする。ナナミは後天性とはいえ悪魔。人間や純妖精よりも力は強く、歓喜天の触手にも必死に抗ってみせる。しかし絡み付く触手が1本、2本、3本と増え強い締め付けにより力の感覚が遠くなる。


「美味か美味か? 甘味甘味か? 赤子かギギギ赤子か赤子」


声をあげる事も許さない締め付けにナナミだけではなく冒険者全員が苦しい表情を見せた時、ふわりと花の香りが冒険者達を横切り、ナナミを引き寄せていた触手をバッサリと斬った。


「ほう、外国の武器もよく斬れる.....これはこれでいい物だな」


笠の下から鋭い視線を輝かせる螺梳ラスは煙るように動き、歓喜天の触手を全て斬り捨てた。あっという間に触手を切断するスピード、そのスピードの中でも正確な剣撃を螺梳は披露し、剣を腰の鞘へ戻す。


「女性は下がっていた方がいい。あの化物は女性を好む女性の敵で、俺は女性の味方だ」


颯爽と現れた螺梳はそう告げ、マントのようなフードを揺らし腐敗仏-歓喜天へ迷いなく歩み寄る。冒険者達は見知らぬ───酒場で出会った者もいるが───笠の男性を止める隙もないほど、迷いのない動きで螺梳は歓喜天へ接近し、領域の数十センチ前でピタリと停止した。


「うむ。領域か......いい能力を与えられたな、腐敗仏」


螺梳は歓喜天を包む極薄の領域を眼で捉え、うむうむ、と頷く。


「ニギィィイイィ......まスル邪まな」


「む? 理解できるようにハッキリ喋ってくれないと、聞く側も困るぞ?」


「ゴミゴミゴミィイイィィ!」


歓喜天は螺梳を酷い瞳で睨み付け、殺意を溢れさせ触手を再生。4本の剣へ無色光を纏わせ、胸焼けするような雰囲気を強める。


「俺がゴミなら腐敗仏は.....いや、仏様は屑だな。冥土の土産に教えてやる。領域と領域が重なった時はより強い領域が支配する。そして───腐敗仏おまえ達では絶対に俺の領域を破れない」


螺梳は歓喜天の領域へ踏み込み、腰の剣を鳴らした。心地好いほど滑らかな音と共に抜かれた剣は歓喜天の首を一閃し、剣は既に鞘へ戻っていた。螺梳は「まぁまぁだな」と呟き、スタスタと歩き領域を出る。出られるハズのない歓喜天の領域を。


導入能力ぶーすたーとやらで与えられたまがい物の領域じゃあ、俺の領域には勝てない。まぁ自前でも無理なんだがな.....仏様に伝えておけ、お前の首は俺が撥ね飛ばす───って、伝えれないか」


歓喜天の首はズルリと滑り、ドップリと血液を流しシケットの石畳を汚す。突然現れた螺梳はまばたきさえ許さない速度で強敵だった歓喜天を簡単に討伐してみせた。


「ん? あれ、なんか俺注目されてる? 恥ずかしいな」





細く真っ赤な花が咲き並ぶ室内。幻想的な照明を当て、長椅子から真っ赤な花───命彼岸を眺める男性。仏様であり、廃楼街はいろうがいの支配者。


「嗚呼、可哀想に───」


この仏様が腐敗仏を産み出す根源とも言える存在で、暇潰しとして命彼岸を使い腐敗仏を産み出しては放っている存在。


「奪われた種は全て散ってしまった.....生まれたばかりの子も散ってしまった.....嗚呼、可哀想に」


左頬にある命彼岸を連想させる刺青を撫で、仏様は廃楼街はいろうがいを見下ろす。

ゴミゴミとした街、腐った街、死んだ街、様々な呼び名で呼ばれる街、廃楼街。その街に一際存在感を放つ塔───廃楼塔はいろうとうに仏様は居る。


「..........おや、この気配は───成功体ではないかな? 素晴らしい.....やはり素晴らしいな。是非欲しい。私が産み出す腐りきった未完成品とは雰囲気からして違う。欲しい」


仏様は廃楼塔から廃楼街へ身を投げようと構えるが、ピタリと停止し振り向く。


「出てきなさい、私の城に何の用件だい?」


誰もいない室内でひとり喋る仏様。


「ッ───出てきなさいと言っているのだ!!」


そう言い仏様は掌に無色光を纏わせ、何もない空間を打った。すると、


「......危ない危ない、ちょっとしたかくれんぼではないか。全く、すぐ癇癪起こして.....少しは成長せんかい。観音坊のぉ」


何もない空間から声が響き、ふわりと姿を現したのは───猫人族よりも小さな耳と魅狐プンプンのような太い尾を一本持つタレ眼の女性。


「何のご用だ、狸女」


「おぅおぅ、怖や怖や。観音坊は今日も機嫌が悪いご様子じのぉ」


「ッ!!」


仏様は再び掌を打つも、狸女と呼ばれた女性はひらり回避し、姿を隠した。


「腐敗仏を作るのはやめろと言っても、聞く耳もたんじゃろ? じゃから今日は別の事を伝えに来たんじゃぞ」


「別の事?」


「ワラワは腐敗仏が大ッ嫌いじゃ。じゃけど腐敗仏を掃除するのは立場上色々と面倒じゃし、観音坊を殺すのも面倒じゃからのぉ......竹林で腐敗仏が死んだじゃろ? それを殺した娘っ子が落ちとったもんでのぉ」


「.......娘だと? その娘を拾って腐敗仏を殺させるつもりか?」


「そうするつもりじゃ。まぁ育ったらの話じゃがのぉ。妖怪やアヤカシにも対腐敗仏の妖術を教えるつもりじゃ」


「だから何だと言うのだ?」


「じゃから、今日は挨拶に来たんじゃ。準備が出来次第お前さんの城を潰すからのぉ~。精々余生を楽しむ事じゃの、道を外れた仏坊。じゃあのぉ~」


そう言い狸女は去った。


「..........雌狸が......ッッ!」


仏様-観音は沸騰する自分を落ち着かせるため、右手で左の指を三本握り、折った。


「ふぅ.....」


落ち着いた観音は長椅子へ寝転がるように座り、鋭い瞳で何かを考え始めた。



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