◇306 -猫の抜け道-1



新魔箒【ピョツジャ】に寝乗りしているわたしは【ケットシーの森】の上空を飛んでいた。遠くの空がオレンジに焼ける中、


「懐かしいな.....幻樹のおかげで迷子になったり、プーからクッキー奪ったりしたなぁー。あの巨大鳥なにやってるかな?」


はじめてケットシーの森へ来た時の事を思い出し、わたしはその時出会った元人間の───能力にほぼ呑まれていた人間───巨大鳥の事を思い出す。

アイツがわたし達を背中に乗せてくれたから猫人族の里【シケット】へすぐに到着出来たんだったな。あの時は大変だった.....迷子から鳥、猫人族の里では猫人族が敵意というか警戒しまくりで、キティこと【ゆりぽよ】が妙に攻撃的だったし。【星霊界】にも行って試合したし【レッドキャップ】と直接ぶつかったのもここが初めてだったな.......。【フロー】に初めて会ったのもここだ。あの頃はアイツが魔女だなんて思いもしなかったが。


「ちょっと探ってみっか」


ピョツジャの上で上半身を起こし、座った状態で感知術を使う。感知スキル───魔術ではない感知技術はわたしにはない。しかし魔術を使った感知術はある。細かく、詳しく感知するには落ち着いた状態でなければ不可能だが、今のような状態だもストレスなく感知可能。ケットシーの森を隅々まで探ってみたものの、巨大鳥の魔力やマナ、気配さえ感じなかった。


「いねーな.....死んだか?」


もし死んだのならば寿命.....ではないだろう。討伐された。と思うのが妥当か。そもそもアイツがここに残っている可能性は低いし、世界樹の枝で休んでる可能性もある。まぁなんにせよ、呑まれて討伐されたのならば.....自分を怨むしかない。


「んし、シケットまで一気に行くか」


会って話したい感はあったが、いないのならばそれは無理。わたしは箒に立ち乗りし、速度を上げ一気にシケットまで飛んだ。





龍の刺繍を持つ和國装備が、吹き抜けるシルキの風に揺れる。


「そろそろ着くか。何十年ぶりに帰るかな.....」


冒険者であり、龍組のひとりでもある【烈風】は猫人族里付近にある海底洞窟【猫の抜け道】をひとり進んでいた。

船、海面歩き以外の方法でシルキへ入る方法が、この海底洞窟。今現在船でシルキへ向かうのはある理由で不可能。海面を歩いていく場合は妖怪またはアヤカシ以外シルキへ辿り着けない。

内戦状態で他国との関係を築く余裕のないシルキだが、関係を築けない、と言うのも正しい。船での出入りがここ数年で極端に減った理由もそこにある。


夜楼華ヨザクラの幻術が凄く濃くなってる......こまったねぇ」


【猫の抜け道】を抜けた烈風はシルキ大陸───通称【和國】へ入り呟いた。烈風は何かが濃くなっていると呟いたが、空などに靄や曇りはない。風もシルキ特有の風で何の変化も感じさせないが、烈風の表情は曇っていた。


「とりあえず、龍楼りゅうろう へ向かうか」


十数年ぶりに故郷へ戻った者とはとても思えない表情で【龍楼】という街なのか建物なのかを目指し、烈風は急いだ。





鼓膜を震えさせる風の音と、わたしの記憶にある猫人族の里シケットは違う街がグングンと迫る。

予想を遥かに越えたスピードで飛ぶ箒だが、振り回せる事なく華麗に乗りこなす自分に酔いそうになった頃、わたしは完全にシケットの上空へ到着した。立ち乗り状態から通常の座り乗りへ変更し、速度を下げつつ高度をさげ街へ。


「おわー.....久しぶりに来たけど、全然知らねー街になってるぜ」


ゆっくりと降りる最中で見たシケットの街並みは一言でいうと───遊園地だ。

前に来た時は無かった猫型観覧車や足跡の形をした回るカップ、猫が背伸びをしている姿をしたジェットコースターに、不安要素しか感じないバンジーなどなど......どうしてこうなった?


「にゅー? しょこににるにょはぼっし!」


ヘロヘロした声で恐らくわたしへ話しかけて来た猫人族。誰だ? と振り向くとベロベロに酔った状態の女性猫人族が更に追撃のアルコールをクチから流し込みフラフラと歩み寄ってくる。


「よぉ───リナだっけ? ベロベロじゃん」


ゆりぽよ の友人.....友猫? のリナが話しかけてくれたのはラッキーだ。ゆりぽよはバリアリバルにいるだろうし、るーは何処にいるのかも知らない、知ってる人がいない情態での情報収集よりも、知っている人がいる情報収集の方が圧倒的に早く効率がいい。


「みへぇゆーれんちみらいにゃほぉー?」


うん、リナだと情報収集が圧倒的に遅くなりそうな予感しかしない。


「こんな時間からベロベロってヤベーぞ! とりあえず最低限喋るようになるまで落ち着いてくれよ、聞きたい事があるんだ」


通じるか? この酔いどれ猫に通じるか!?


「にゅー......まっちょいにょ」


「あ? まっちょいにょ?」


「ごふん、ごふん! ご ふ ん!」


「お、おう」


5分、と言いたいのだろう。そんなリナが立てた指は2本だったが.....もうコイツはダメだ。この辺りで別の猫人族を捕まえて話を聞いた方がいい───のだが、とてつもなく美味しい系の甘い香りがわたしの可愛らしいお鼻を刺激した。甘い香りに誘われる蝶のように、わたしはリナを放置して猫人族の屋台へ。


「にゃ? 人間のお客様ニャ!」


「よぉ、人間じゃなくて魔女だけどニャ! で、コレなんだ?」


丸い謎の.....謎の丸いのが並べられていて、猫人族は更に丸いのを生産していた。わたしが釣られた匂いは謎の丸いの───ではなく、その中に入れるのであろう甘い香りを撒き散らすカスタードクリーム。


「これは、大福ニャ」


「ほぉ! これがあの!?」


「そニャ! 餅を使った和國のお菓子ニャ! ノーマルはにゃかにアンコ、こっちがぁアンコとイチゴ入りニャ。こっちがクリームだけニャ」


餅はバリアリバルでもよく売ってる和國の伸びる食べ物だったな。イチゴはわたしの知るイチゴで間違いない。クリームもわたしが浴びたいヤツで間違いない。問題はこの....黒とも赤とも茶とも言えない謎のアンコウだ。とても魚には見えないが、アンコウを加工した食べ物か? だとしたら臭そうだが.....全く生臭さがない。


「.....あそこにいる猫人族のツケで、とりあえずアンコウ入りをひとつ」


「はいニャ、アンコ入りはコレニャ」


「サンキュー」


大福とやらをひとつ受け取り、まずその重さに驚いた。真っ白で丸い見た目からは想像出来ない重量感を持つ大福。コイツは中々だ。次に驚いたのは全体についている粉だ。これも食べるのか? と視線に乗せて飛ばすと、猫人族は頷いたのでひとくち.....


「......んん。んん? んん!?」


「気にぃ入ったニャ?」


「んがぁ、マッズ! なんだこれ!」


アンコウだ、完全にアンコウがヤバイ。うまく説明できないが、わたしはこのアンコウが嫌いだ。


「和國のお菓子はウンディーやノムーのお菓子とはタイプが違うかりゃニャ~。苦手にゃ人もいるニャ」


「先に言えよなー、くっそ.....クリームのやつ10個リナのツケでくれよ」


ちゃっかり全てリナにツケて、わたしはクリーム入りの大福を10個ゲット。びびりながらもひとつ食べて、クチの中が幸せに。


「うめー.....こういうのだよ求めてたのは。ところで猫さんや、夕鴉と夜鴉ってやつ知らない?」


「ゆーがらす! よるがらす! 私知ってるニャ!」


「あん? もう起きたのかリナ」


本当に5分たらずで通常会話出来るまでに戻ったリナが会話に乱入してきた。コイツは酒を呑めば強くなる能力か何かなのか? と思いつつ今はそんな話より夕鴉と夜鴉について聞く。


「知ってるなら教えてくれ、その2つを求めてここまで飛んできたんだ」


「にゃらここにぃはにゃいって事もわかってるニャろ?」


中々に鋭い猫だ。確かにわたしはシルキ大陸にあるかも、という情報から猫人族の里を選んで飛んできた。この島はシルキ寄りだし、何か情報が手に入れば嬉しい。


「知ってる事なんでもいいから教えてくれよ」


「いいニャ~、酒呑みにゃがら話すニャ。どっかで座ろうニャ」


「まだ呑むのかよ.....喋れなくなるのは喋ってからにしてくれよ?」


猫足のベンチへ座り、わたしはクリーム入りの大福を、リナはドクロのラベルを纏う瓶を。


「~~~んにぃー! コレすっごいニャ!」


「それまぢで凄そうだな。で、鴉について教えてくれよ。どこに行けば手に入る?」


酔い潰れる前に情報を聞き出しておかなければ、リナの場合本当に呑み続けてしまう。


「あるかにゃいかはハッキリしらにゃい。でもあるとすればぁ和國わこくニャ。高価なモノだしぃ.....盗んだらダメにゃよ?」


「和國.....シルキの別名だよな? 和國のどこにありそう?」


「知ってどーするにゃ? ドロボーするニャ!?」


「いやいや盗まねーよ、借りに行くだけだぜ。死ぬまでだけどな」


「ニャハハ、借りるだけにゃら問題にゃいニャ! でも───借りる前にぃ死ぬきゃもでも、行くにょかニャ?」


ヘロヘロにとろけていた酔いどれ猫リナの瞳が、一瞬ギラリと嫌な光を放った。酔っているから妙な言い回しをしているのではなく、真面目に危険だからこそ試すような、おどかすような言い回しをしていたのだろう。だが、そんなものこの最強装備をゲットした無敵の冒険者であり、爆発的な魔術センスを持つ天才魔女のエミリオさんには通用しないぜ。


「よゆーよゆー、和國の装備ってどれも微妙にショボいじゃん? 女帝でもいるってんならヤベーけども、そこらへんの和國マンには負けねーよ」


「居るニャ」


「......ん?」


「女帝と同じようにゃにょが、シルキにゃ居るニャ。それにぃ、夕鴉と闇鴉があると思われる場所は確実に居るニャ」


「......女帝と.....同じようなの?」




シケットに流れる陽気なメロディが、一瞬で遠くなった───気がした。




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