◇299



バリアリバルでスッキリ目覚めたわたし、青髪の魔女エミリオさんは素晴らしいタイミングでだっぷー&ヘソと遭遇し、ユニオンまでふたりを送るという楽勝なクエストをスタートした。報酬は本日の朝食という色んな意味で旨いクエストを無事終了させた。すぐにでも報酬をいただきますしたい所なのだが、ふたりの冒険者ランクが初登録だというのにシングル───S-S1という高ランクになっていたので黙っていられず、わたしはカウンターへ乗り込んだ。

そこで色々と、そりゃもう半分くらい頭に入って来ていないくらい色々と言われ、冒険者ランクについて詳しく話してくれるって時にそれは突然起こった。

わたし、だっぷー、ヘソの後ろに笠を被った謎のカタナ使いがいつの間にかいて、そのカタナを抜刀しようとしていた。誰を狙ったのかわからないが、ヘソは素早く行動し笠マンの手───カタナを抜こうとする右手を掴み抜刀を阻止。突然の抜刀笠マンにわたしは戸惑う事も出来ずフリーズ、だっぷーはいつもの感じで「あぶないよお」と言い、ヘソは笠と睨み合い。


「何の真似だ?」


ヘソが笠マンへ言うと、数秒の間をおき笠マンは声を出す。


「......お前達に用はない。この手を離せ」


声から考えて男.....男笠マンはヘソの手を押し返そうとするも、ヘソも抜刀させないとばかりに押し返す。


「離したら抜くだろ? 朝っぱらから過激すぎるぜ、お客さん」


お、なんか今のヘソのセリフ格好いい。などと思う余裕があるわたし。だっぷーも最初は驚いていたが今では平常運転。ヘソも焦っている様子はない。


「お前達に用はないと言っただろう?」


「おいおい、段取りってものがあるだろ? 誰に用があるのか知らないけど、いきなり武器へ手を伸ばすのはどうかと思うぞ」


お、今のも格好いい。と思えるわたしは余裕ではなく油断なのだろう。正直、ここは冒険者の街バリアリバルでウンディーの首都。だっぷーとヘソもいるし、周りにも冒険者と思われる者達もいるのでいざとなれば余裕だろう。

意味不明で理解不能な行動をする笠マンだが、ここで暴れても笠マンに何のメリットもない。


「おいおいおいおい、おい笠マン! お前は始めから詰んでんだぜ? わかったらカタナから手を放して顔見せろ!」


と、言いつつわたしはベルトの背側につけている竜の短剣【ローユ】を抜き、軽く構えた。だっぷーも一応太もものホルスターからいつものリボルバー型の魔銃を取り、シリンダーを回転させ高速装填を披露する。街中なので暴発なども予想して弾を抜いていたのか、だっぷーは少々ぬけているので忘れていたのかは不明だが、笠マンをビビらせるには丁度いい装填だっただろう。


「.......そこの魔女」


「あ? わたし?」


「お前の瞳を頂戴したい」


「........は?」


コイツ、馬鹿なのか? 瞳を頂戴したい、とか格好つけてるけど格好よくねーし、そんなん言われて「おっけー待ってね」なんて言うヤツいると思ってんのか? 思ってるならわりと脳みそ噛んでるぞ。


「.....だっぷー、笠マンにアメーバ弾ブッパして拘束頼む」


小声で言い、そのままの音量で魔術を詠唱する。こういうアホは取り合えず拘束して牢にぶちこんでから話を聞くに限る。だっぷーが一瞬雰囲気を変えた直後、ヘソは笠マンの腹部を蹴り押す形で離れる。


「───今!」


息の合ったタイミングでだっぷーがアメーバ弾を放ち、それを合図にわたしは魔術を発動させる。アメーバ弾は重い粘液、わたしが発動させた魔術はその場にある水分を氷結させるタイプの氷属性。深い傷などを負った時によく傷口を凍結させて止血しているアレは、元々は拘束系魔術。


魔弾が笠マンの前で破裂しアメーバが溢れ出し、


「む? 妖術ようじゅつ ───ではないな」


あと数十センチという距離で笠マンは恐ろしい速度でカタナを走らせ、アメーバを斬った。わたしの魔術は既に発動状態、この状態から魔術を停止する事は不可能。切断されたアメーバを魔術が凍結し始めた瞬間───アメーバの斬り口がボッっと音をあげ発火した。


「ええぇ!?」


「んな......」


これには流石に声が出た。剣術でも剣術でなくても、斬った後に発火するのはどういう事だ? 火や炎の特種効果を持つカタナだったとしても、その場合はカタナを振り始めた時点でカタナそのものが発火するハズだ。ワタポが持つ特種効果武具の爆破のように対象へ接触した瞬間に効果を発揮するタイプだったとしても、接触した直後───斬った直後ではなく、斬った後にそれも時間差で発火するのはおかしい。


「その眼───頂戴する」


「───あァ?」


一瞬で、本当に一瞬で笠マンはわたしの背後まで移動した。それも足音などは無く、まるで瞬間移動、空間魔法の様に。でも魔力は全く感じなかった。反応さえ出来ず、わたしの鼻先を───熱い空気が撫でる。

笠マンはわたしの背後にいるのに、なぜ正面から熱い空気が? 剣が熱を持っていたとしても、その場合は背後───首筋などに熱を感じるハズだ。なんで正面から......


「───ッ!」


「───む!?」


今考えるタイミングではないと理解していても、考えてしまっていたわたしは対応など出来るハズもなく、笠マンの攻撃へはノータッチだった。しかし背後で激しい鋼鉄音が響き、反射的にわたしの身体は反応し、逃げるように前へ。


「俺もいるって事忘れるなよ」


「犬なら犬らしく 待て でもしておけばいいものを」


「お前こそ誰かの犬だろ? おとなしく待てでもしてろよ.....それとも、とってこい に必死か?」


ヘソ───カイトが持ち前の行動速度でわたしと笠マンの間へ割り込むように流動する不思議な大剣でカタナを止めていた。今回もやはり発火はしない......。


「だぷ! エミー! 俺ごとコイツを拘束だ!」


大剣が上から押す形で笠マンの足を止めている今、確かに拘束は可能。そしてだっぷーは既にアメーバ弾を撃ち込んでいた。今度こそ破裂したアメーバが笠マンをヘソごと拘束、わたしはそのアメーバを凍結させる事に成功した。


「......ここまでだな」


「やっと諦め───!?」


「「 !? 」」


突然笠マンから溢れ出る───魔力ではない何か。今まで感知した事あるようなないような力は一瞬で濃度を上げ、笠マンの身体は内側から茎のような物が突き出て、細長い蕾がなり───線のように細く真っ赤な花を咲かせた。


「.......驚いた.....花?」


「真っ赤な花だあ......」


「......は? ワケわかんねーよ.....」





ユニオンで謎の笠マンが暴れ、最後は真っ赤な花を咲かせて死んだ。何が何だかわからない中、駆け付けたセッカや冒険者達が笠マンの事や謎の花、ヘソが毒など受けていないかを調べ、やっと一段落ついた。

わたしは今だぷヘソや他の冒険者達とユニオンの奥、一応バリアリバルの玉座と言える部屋にいる。事情を説明するにも突然の事だったし、説明出来る事も少ないが全て話たうえで笠マンの情報を待った。しかし、


「やっぱり知らんのぉ。冒険者でもなければ、騎士や軍でもない。犯罪者でもないのぉ」


皇位情報屋のキューレでさえ、この笠マンを知らない。


「花に毒はないからカイトも大丈夫だけど、一応リカバリかけておいたよ」


白金の橋 マスターリピナが状態異常を打ち消す治癒術を一応ヘソへ使うも、あの真っ赤な花には毒がないらしい。毒がないのになぜ命を使ってまで咲かせる必要があったのか......。


「この花......この大陸のモノじゃないわね」


「ノムー大陸でも見た事ないよ、こんな花」


フェアリーパンプキンの半妖精ひぃたろ、人間ワタポが花について言うとだっぷーも「イフリーでも見た事ない花だよお」と。三大陸には存在しない花が今ここに.....それも土ではなく人体に根付き咲いている。細長い花弁を持つ真っ赤な花。どこか不思議で、どこか不気味な存在感を持つ謎の花。


「......なぁ、これ和國の花か? 笠もカタナもコイツの装備も和國系だろ? それに三大陸には咲いてないならシルキしかなくね?」


「まぁ、そうなるのかのぉ.....お前さんの所でも見た事ないんじゃろ?」


キューレはわたしの言葉に反応しつつ、お前さんの所~とさりげなく外界産ではないかを探る。


「魔女界に花は咲かない。他の場所は知らないけど.....外界産なら “人の身体にただ咲く” なんて事はないと思うぜ......」


「うむうむ、そかそか。毒も害もない花じゃしのぉ......ところで原産地や名前を知ってどうするんじゃ?」


「どうもしねっすけども、なんか不気味だからさ......」


何の情報も拾えず、わたしはただ瞳を狙われた。落ち着いてきた今考えると......何か腹が立つ。大体なんでひとりで魔女を相手にしようと、相手に出来ると思ったんだコイツ。不意打ちとかダセー真似して最後はお花を咲かせてさよならって、ふざけてんのか。


結局何もわからず、無駄に眼を狙われるハメになった.....リリスじゃないんだから勘弁してくれ......。



「.......」


「プンちゃん? そんなにあの花が気になるなら貰えばいいじゃない」


「え、うん.....いや、大丈夫!」



あの花に微かに残っている魔力───に似た何か.....あれは銀色のボクが纏っていた雰囲気に似ている.......あれは一体なんなんだろうか。


結局、笠の人物の事も、花の事も何もわからず、この話題は流れて薄れた。




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