◇296



「いだだだだだ!」


「我慢しなさいって!」


何度目かもわからないこのやり取りがアイレインのテントから街へ響く。


「痛いってのリピナ! 治癒術でサクサクポンって治してくれよ!」


「治癒術を使う必要がない場合は医学で治すのが基本よ! 大体アンタねぇ.....どこの世界に鼻血や打撃傷を落ち着いて診れる状況で治癒術使うヒーラーがいるのよ」


「ケチ女だよなお前! つーかキティが速すぎんだよ.....何なんだよ猫人族って.....虫じゃねーかあの速度。ハエやゴキブリ並みのAGIだぜありゃ」


........などと猫人族の悪口を言いつつ、わたしは今リピナに治療してもらっていた。猫人族のゆりぽよとの模擬戦という名のイジメはわたしのノックアウトで幕を閉じた。正直やれる気しかなかったが、猫人族の本気の速度は恐ろしく、剣術を掠めるのがやっとという最悪な結果だった。見学していたフェアリーパンプキンズや音楽家、相手をしてくれたゆりぽよの話だと、わたしは本格的な戦闘───つまり勝てばOK何でもありの状態にならなければクソ雑魚らしい。まぁ今回は魔術禁止というルールがあったから本気かどうかと言えば、6パーセント程度の実力しか発揮出来ていないワケなのだが.....やはり仲間内で戦闘の練習はよろしくない。優しさや甘さ、そして遊びが出てしまう。


「はい、終わり。次からはいい所で終わりなさいね」


「へいへい」


「.....にしても、アンタ本当さっきの戦闘は雑魚すぎよ? 何度か戦闘を見た事あるけど、普段とは全然比べ物にならない弱さよ?」


「そーかー? それよかお前最近口調変わったよな。前はもっとウザかった気したけど」


「あー.....うん、前はね」


口調.....だけではなく、性格的な変化も、どうやら心当たりあるようだ。

以前はもっとこう、攻撃的とまではいかないものの、ヘイトの高い雰囲気だったが今は全くヘイトがない。最初はわたし自身がリピナに慣れたからかと思ったが、やはり口調や態度などが変わっていたのか。


「前はね.....ナメられないようにってか、ヒーラーギルドだから使うって感じで考えられるのが嫌だったから、あんな感じの態度や口調だったんだよね」


「ふーん」


「ふーんて.....なにその反応。まぁ興味ない話よね」


「だな、あんまり興味ない。んでも、今の感じが自然体ならいいんじゃね? 誰かの顔色みんのは治療の時だけでいいと思うぜ?」


「.....うまい事いうなし」


雰囲気などは月日でそりゃもう変化する。ハロルド───半妖精のひぃたろも最初に比べれば角がなくなったと思うし、リピナも今の方が個人的に話しやすい。後天性の悪魔ナナミも雰囲気が変わったし、みんな成長なのか知らないが、変化はしているんだな。


「よし、終わったわよ」


「おう、サンキュー」


身体中を鞘付きとはいえ容赦なくブッ叩かれ、至るところに出来た青紫の打撲傷を治療してもらったわたしはリピナへ礼をいい───本来なら医者に診て貰ってるならお金を払うべきだが───白金テントからそそくさ去る。

晴天に小雨というアイレインならではな天候と香りを全身で受け、わたしはビビララが居る鍛冶屋へ───といってもテントだが───向かう。歩きつつフォンを取り出し音楽家へ『ビビララんちいく、きて』とだけメッセージを飛ばし、歩きフォンを注意される前にフォンポーチ収納。

所持金を確認しようかと思ったが、ここ最近全く稼いでいないので見ても絶望するだけなのでやめた。

しし屋の依頼で花を霧山へ採取しにいった件だが、あの花が小人のサイズを維持する薬の素材だと聞き、使用目的もだが状況的にもお金を取る気になれなかったのはわたしの優しさなのか.....お金大好きなエミリオさんも変わったなぁ~と思いつつ、しし屋には1年分のタダ飯権利を頂いたので損した気にはならない。


「.....あぁー、金どーすっかなぁ」


これから向かう───今向かっている所にはもちろん、スミスズが待ち構えている。かなーり前から言っていた “武器と防具の生産” の件で。本来ならウキウキ気分で向かうべきであろう鍛冶屋だが、金という分厚く大きな壁がわたしの気を押し潰す。

そもそも武具生産.....装備品が何百vもする事が狂ってるんだ! 調子いい冒険者なら何千万vという狂い散らした金額を持っているらしいが、そんなヤツ絶対存在しないだろ。なんだよ昼飯が2000vって。どんな貴族だよ。ギルドハウスがウン千万て.....それはまぁ家だしわかるけども。

まずレアアイテムが何百万もするこの世界は狂ってるだろ! 買うヤツはどっから金持ってきてるんだよ.....。


......と、心の奥底に眠る金銭事情を大声で吐き出したい気持ちを抑制し、重い足取りで鍛冶屋テントへ到着してしまった。テントなので───


「お、エミリオ」


「コマンタレブー」


扉などなく、わたしを発見したスミスズのビビララは謎の挨拶を飛ばす。


「うぃ~.....いい天気ですな今日は。こんな日は何かいい事がありそうで、気分がよくなるわねお2人さん」


「.....どうした?」


「ララ、反応しなくて大丈夫。エミリオが~わね とか そういう言葉使う時は何かある時だから」


ぐ.....さすがビビ様、マスタースミスの称号を蹴り捨てるだけの事はある。見抜かれていたか。ならばもう、直球で攻める。


「なぁ今わたし金なしエミリオなんだけど、武具は欲しい。だから金んトコどうにかなる方法ない?」


「絶対それだと思った」


ハンマーを振り、装備の素材と思われる何かを叩くビビ様。キン、キン、と心地よい音がリズミカルに響く中、ビビ様は言う。


「武器も防具も素材は充分過ぎるだけ貰った。前考えてたよりも、もっといいモノが作れそうなくらい」


おぉ、それは期待値カンストしてしまう! と言いたいが、問題は金額だ。後払い.....なんて素敵なシステムを採用してくれる事を祈りつつ、わたしは値段の話題を自ら切り出す。


「お値段は.....なんびゃくまん でしょうか?」


さすがに何千万という額ではないだろう? そうだろう? 信じてるぜビビ様!


「ビビの方は、そうだなぁ.....支払いは後でもいいや。この辺りはララから聞いて」


「は?.....え?」


後払い採用発言に耳を疑うも、聞き間違いではないと信じ、わたしは猫人族越えのAGIでララを見る。そもそもララは何をしてくれているのかさえハッキリわからないが、マスタースミスがふたりでわたしの装備を生産してくれているノリはありがたい。


「そんな顔で見られても、私は普通に、容赦も遠慮もなくお金とるけど?」


そうですよね、そうなりますよねお仕事ですもんね。

わかってはいたけど、金なしエミリオさんにはこの上なく恐ろしい言葉ですよそれ。


「まぁ.....お金 じゃなくてもいいってのが私のやり方なんだけど」


「なぬ!? 何がほしい!?」


自分でも呆れてしまうほど、お金以外の支払いに対して食い付いてしまった。が、無いものは無い。他の方法でどうにかなるのならば話を聞いてから考えても遅くはない。むしろ早いくらいだ。


「ある素材を持ってきてくれたら生産費はゼロ。それどころか、大きさや状態にもよるけど.....200万前後なら払うよ」


「.....は? 生産料金なしにしてもらえて、金もらえんの!?」


「うん」


なんという話だ.....払わなくていいだけじゃなく、金までもらえる美味しすぎる話を持ち掛けてきたぞ。こういう話には裏があるとは聞くが.....だからどうした。わたしはシングルの冒険者、今生産してもらってる武具はわたし専用の最強装備。つまりわたし最強。どんな素材でもかかってこい。


「オーケーオーケー、その素材を詳しく教えてくれ」


「私は “夕鴉” っていう素材、ビビは “夜鴉” っていう素材が欲しいんだけど....どこで手に入るのか、どんなモノなのか全くわからない」


「.......は?」



どんなモノかもわからない。

どこで手に入るのかもわからない。


そんなモノ.......本当に存在するのか?




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