-雨の女帝-

◆274



薄暗いアイレインに落ちた、焦赤色の肌を持つ大きな人型の───モンスター。

ギィギィと耳の奥に残る嫌な音を漏らし、SS-S2レートの女帝種は苦しそうに震え、ピタリと止まった。


「───なんか凄いのか来る! 早く盾!」


女帝が停止し数秒後、天使みよは幼い声で叫ぶ。突然の指示、それも見知らぬ少女からの指示に皆戸惑うものの、みよの感知精度を知っている冒険者や、疑う事をしないトサカ騎士などはすぐに防御体勢へ入る。

盾、大盾を持つ者が素早く前に進み壁となり、防御力や耐性値を上昇させるバフを持つ者はすぐにそれを。

音楽魔法が奏でられると、それに合わせるかのように温かい領域が展開されポコポコとキノコが生える。

その直後、耳を貫く鋭利な咆哮が突風圧のように暴発した。


時間にして僅か3秒。しかし咆哮としての3秒は恐ろしく長く、タンクに徹していた者達だけではなく、バフ等を使っていた者や反撃のチャンスを狙っていた者までもを枯葉の様に吹き飛ばした。

吹き飛ばされた者達は各々のスタイルで受け身などをとり、地面に叩きつけられる事はなかったが奇襲とも言える先制はレイドを大きく揺らす。


「くっそ、この手のモンスターは声も攻撃だったな」


青髪の魔女エミリオは無駄に伸びた髪を風に揺らしつつ言い、飛ばされた帽子を拾う。

そのまま周囲を見渡し「まぢかよ」と苦い笑みを浮かべた。エミリオが深緑色の瞳で見たのは───酷く抉られたアイレインの地面だった。


「じょ、冗談じゃない! あんな化け物と戦えるか!」


ひとりのノムー騎士がたった一度の咆哮で戦意を根こそぎ吹き飛ばされ恐怖が生まれた。その声は伝染するように騎士や冒険者へと感染し、一刻も早くこの場を離れようとする者達は女帝へ背を向け走る。


「落ち着きなさい! 今背を向ける行為は危険───!」


セツカは必死に声を響かせるも、大きな影が自分の頭上を通過。女帝の全長は2メートルを越えている程度。モンスター全体だと巨体とは言えぬ大きさだが、元々が人間である今回の女帝は異形に思える。その身体を軽々と上げ、逃げ去ろうとする者の前へ重く着地。

悲鳴にも似た咆哮を浴びせ、逃げ去ろうとしていた者達の足を恐怖で固め───六本の長い腕を振り回した。

薙ぎ払われた者は身体が裂け、貫かれた者は中身を引っ張り出され、潰された者は深く沈み、掴まれた者はそのまま捕食される。

身軽な動きと強力な六本の長い腕を使い、ものの数秒で数十名が女帝によって命を奪われた。


最悪の開幕を告げる女帝の悲鳴にも似た咆哮がアイレインの空へ響く。





クラウン───フローやダプネが置いていったプレゼントは最悪なモノだった。


「......ッ」


わたしはダプネから受け取った懐かしい帽子を被りなおし、異形な姿をした存在を睨む。

女帝と呼ばれる個体と遭遇するのはこれで2回目。1回目は純妖精エルフの所に居た森の女帝───ハロルドの母親だった。そして今回の女帝はわたしも知る人物、ルービッド。


リピナを見て声をあげた女帝、女帝を見て “ルビー” と言ったリピナ。

その瞬間女帝は動き出した。

これだけのヒントであの女帝がルービッドである事を判断できないが、魔女力ソルシエールを使って感知術の精度を高め発動、魔力ではなくマナを深くまで探ったわたしは───微かに残っているルービッドのマナを拾ってしまった。


他の者達も感知したのか、リピナを信じたのかわからないが、あの女帝がルービッドである可能性に戸惑いモタついた結果、逃げようとしていた者達が呆気なく殺された。

圧倒的な存在とも言える女帝種を前に、クラウンに振り回された疲労を溜め込むわたし達に余裕はない。


「リピナ......戦えるか?」


絶望的な表情でガックリと膝をつくリピナへわたしは声を飛ばした。


「エミリオ.....ルビーが、」


女帝を指差し震える身体、掠れる声で喉から言葉を押し出すリピナだったが、声はアイレインの雨に打ち落とされハッキリ聞こえない。


「........女帝戦はグズグズしてたら殺される。戦えないなら下がれリピナ」


......戦えるワケないよな。

セッカも他の人達もそうわかっていて、お前に戦えるか聞いたんだ。

お前が戦えなかった場合は下がってもらってリピナが見ていない所で女帝討伐を───ルービッドを殺す。


「エミちゃ、ワタシも一緒に行く」


わたしがリピナへ話しかけ、会話と言えないやり取りが終わるのを待っていた冒険者。最近は白黒騎士モノクロームナイトと呼ばれる両義手の剣士ワタポは、スッとわたしの隣へ。以前の武骨な義手とは違い、滑らかに仕上げられた黒鋼色の義手を動かし、可動にラグがない事を確認する。


「OK、先読み頼むぜ」


長く鬱陶しい髪を後ろで束ね、わたしはワタポと視線を合わせた。小さく頷いたワタポのそれを合図に踏み込もうとすると、


「エミー!」


狼のような耳と独特な模様を身体に持つ大剣使いがわたしを呼び止める。女帝自体は攻撃後のディレイなのかナメプなのか、未だに動きを見せない。


「ヘソ、動けるか?」


狼耳の大剣使いヘソ───カイトへ、わたしは戦えるかの確認をする。


「あぁ、俺の他にも戦える人はいる。それより、あのモンスター......人間だったって本当か?」


歩み寄ってきたヘソは女帝の正体を確認するついでに、教会の術式を破壊する時に投げた短剣を持ってきてくれた。


「お、サンキュー。武器無かったんだ。それと......女帝アイツは───」


ルービッド、元人間だ。と言おうとしたわたしだったが、抜けるように耳へ届き、わたしは声の主へ言葉を託した。


「あのモンスターは人間......ルービッドの女帝です! 危険度はダブルと指定し、今ここで討伐します! 戦えない者はすぐに下がってください!」


女帝の正体を気にする者が存在する以上、それを明かさずに討伐させるワケにもいかない。元々人間だと理解した上でも剣を向ける覚悟がある者は残れ、無いものは下がれ、とセッカは声を響かせた。

凛とした声、覚悟を決めた瞳が雨に揺れる。


「.....ってワケだ。ヘソも元人間を殺す覚悟がないなら下がった方いいぜ」


「エミーこそ......疲れた顔してるぞ。無理せず下がっとけよ」


下がる気はないらしく、ヘソはわたしの表情を見てどこか心配そうに言い、だっぷー達の元へ。

疲れている───と言うより、余裕が無かったって所だ。霧棘竜の件、ダプネの件、そしてルービッド。次々に押し寄せる問題、それを持ち込んだクラウン。でも今そのクラウンは───ダプネはいない。


モヤモヤする部分もイライラする部分もあるけど、今はルービッドに集中するべきだ。



「─── SS-S2特異個体、雨の女帝 “アイレイン” の討伐を始めます」



セッカの冷たい声に、リピナは肩を震わせた。






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