◇242



数十個のフォンをテーブルに並べ、手に持った大型フォン───タブレを睨む皇位情報屋のキューレ。

普段あまり見せない鋭い表情にセツカも声をかけられずにいた。


「よぉ、情報屋の。そないにフォン並べてなにしとん?」


空気を読んだ上で、アスランがキューレへ突撃した。

湯気立つマグカップをテーブルへ起き、「ジュジュの奢りや」と言うアスランにキューレは「そか、そんじゃ頂くかのぉ」と軽く言いマグカップを持つ。


「珍しい味のコーヒーじゃな.....何てやつじゃ?」


「俺に聞かれてもわからんわ。あそこで見とる女王様に聞いたええ。ずっと心配そうにお前を見とったで」


そう告げ、アスランはどこかへ去る。

悪趣味なアロハシャツ、頭にはサングラスとふざけた装備の冒険者アスランだが、頭のキレはキューレも認める程で、今のように周囲を上手く観察し、気遣いを見せる場面もある。


「全く.....アスランもご苦労さんじゃな」


キューレはポツリと呟きアスランを見送り、そのままセツカへ視線を長し手招きする。

女王と言えば気高さや品位、堂々と凛々しいイメージを持ってしまうが、セツカはまだ若く、普段はキューレやエミリオと変わらない年齢の女性。可愛らしい一面も多々あり、それが妙に冒険者達からは人気だった。

今もキューレに手招きされ少し照れ臭そうに、でも早足でテーブルまで向かう姿は女王の名でとても呼べない女性。


「なんじゃ、お前さんったんなら声かけんか」


「キューレがなんだか忙しそうにしていたから.....」


ポンポン、とイスを軽く叩きキューレは座りなさいな。の合図をした。セツカはゆっくりイスへ腰かける。


「フォンをこんなに並べて何を? 情報の整理ですか?」


「んや、どーーーもオカシイんじゃわ」


「おかしい? フォンの故障.....ですか?」


「オカシイのはフォンじゃなくてのぉ───この教会じゃ」


普段聞きなれない、冷たく鋭いキューレの声にセツカは一瞬驚くも、すぐに詳しい話を聞いた。どうやらキューレは外にいる者へメッセージを送ったり通話を飛ばしたりしているらしいが、メッセージの送受信は出来ず通話はとても押す気になれないらしい。

気持ちが悪くなる違和感の正体を考えれば考える程、頭の中がぼんやりとして「気にするほどの事じゃない」と考え始める自分がいた。


「何かがオカシイんじゃよ.....ここに居る連中全員、もちろんウチも含めてのぉ」


そう呟き、高い窓を見上げるも、違和感の雲は晴れる事はなかった。





雨に濡れた長髪は鬱陶しさを増し、わたしの頬に触れる。


新たに現れたピエロをわたしは一度見るも、足を止める事なく教会へ進めた。

あのピエロが誰だろうと、どうだっていい。ダプネがピエロとしてわたしの敵になるかならないか。それさえハッキリすれば何だっていい。


「おいおい、そこの! それ以上進んだら───このピエロが黙ってないよー!」


新たに現れたピエロは大袈裟な仕草で言い放ち、ダプネの肩をポンポン叩く。何処の誰だか知らないけど、わたしを止めたきゃ止めてみろ。と強気のまま術式がかけられている教会へ進む。低い階段まであと数歩の所でわたしは魔力を感知し、後ろへ跳ぶ。

眼の前に展開された空間魔法からはピエロ───ダプネが現れる。


「敵......でいいんだな?」


わたしが確認するように呟くと、ダプネは無言のまま剣を抜いた。薄青と薄緑が混ざった綺麗な色の刀身を持つ【レリーフピニオス】、ダプネが愛用している老いた竜ローユの素材を使って作られた剣。


「......ここ任せていいか?」


ダプネはもうひとりの、ふざけたピエロへ言うと、


「いいナリヨ~、わたしはこの愉しく遊ぶナリ~」


と、ふざけた喋り方でハンマーをクルクル回し肩に担いだ。


「だっぷー、ヘソ、リピナ。その変なヤツ任せた」


わたしが言うと、わたしの足下に空間魔法が展開され空間移動で場所を変えられる。


「───.......アイレインのままだな」


移動は3秒とない時間で、到着した場所もそれ程変わっていないが教会までは遠くなってしまった。短剣と箒はあの場に放置したままだが......ヘソには短剣を教会へぶん投げてくれと伝えてあるし、あのピエロはダサいし雑魚そうだし、あっちは大丈夫だろ。

問題は───こっちだ。


わたしの爪先辺りへ視線を落として、顔を見ようとしたないダプネ。昔の泣き虫ダプネが戻ってきたようにも思えて、でも赤い瞳はあの頃より曇っている。


「おい、いい加減その顔の落書き消せよ。似合ってないぜ───ダプネ」


「───ッ!? お前.....気付いてたのか?」


会話した瞬間、ピエロメイクは歪み、ガラス片のように細かく砕けて消えた。だっぷーやヘソの反応から考えて、あのメイクは何らかのハイディング効果があるのだろう。わたしがダプネの名を言い、ダプネ自身が見抜かれたと思った今、メイクはリビールされたと判断し消えた。一方的に正体を看破していても効果は消えず、相手と自分が見抜かれた事を認識しなければハイディングは続く.....か。名前を2つ持つ魔女には最高のアイテムだな。


「気付くさ。魔女力ソルシールの効果か、魔女の特性なのかは知らないけど、前より高感度で感知できる。それが無くても色々と思う点はあったし結局お前だって気付けただろうな」


「そうか.........それなら、遠慮はいらないな?」


曇っていた赤い瞳を燃やし、ダプネはわたしへ剣を向けた。


「ッ......死んでも知らねーぞ、ダプネ」


「それはこっちのセリフだ───黝簾」



もう、もう何を言ってもダメだ。色々思う事もあるんだろう、一瞬瞳が揺れていたが───こうなってしまってはもうダメだ。泣き虫なうえに変に頑固なヤツだったからな.....それで負けず嫌いか? お前が何を思ってピエロになったのか、お前が今どんな場所に立っているのか───そんな事もうどうだっていい。


「もう話す事は何もないな、ダプネ......。」


「今更話しても何も変わらない」


何を言っても、もう無理だな。お前が敵としてわたしの前に立っている理由にわたしが納得したとしても、お前は既に地界の人達を殺しているだろう? 地界こっちじゃ気に入らないヤツでも殺しちゃダメなんだぜ。わたしがお前を許しても、お前は許されない。


だから、だからせめて、わたしの手で終わらせてやるよ。





わたしは何をしたいのだろうか。

いよいよ自分の事もわからなくなった。


大好きな友人に剣を向けて、その友人が大切に思ってる世界を滅茶苦茶にしようとしている。自分の本心も見えない。


クラウン......ピエロ。

フローよりもわたしの方が道化という言葉が似合うな。呆れるくらいに。


もうダメだなわたしは。自分でも自分がわからないのに、行動を止めようとしない。


もう、誤魔化したり嘘ついたりすのは疲れた。何も悩みたくない、何も考えたくない、何も思いたくない。






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