◇239
「雨が強くなりましたね」
赤銅色のスマートな防具に身を包むギルド【赤い羽】のマスター【アクロス】は教会内から外を眺め、浮かない顔のセツカへ話しかけた。
現在アイレインの教会には三大陸、ノムー、ウンディー、イフリーの重役人、権力者が集まり、護衛として騎士や冒険者も数名教会内で待機する。
ウンディーは女王セツカの護衛として、元デザリア軍の現冒険者のアスラン。ギルド【赤い羽】のギルドマスターアクロス。ギルド【マルチェ】のマスターであり皇位を持つジュジュ。そして皇位持ちの【情報屋】キューレが同行していた。
「アスラン、何があったんだ?」
ジュジュはセツカの表情を見て、小声でアスランへ訪ねた。
「あー、うちの女王様は短気やろ? 挑発されて不機嫌なんや」
アスランは謎の果物をかじりつつ、簡単に言った。ジュジュとアクロスは教会でセツカを待っていたため、教会までの道程で起こったイフリーの王族ビルウォールの嫌な挑発を知らない。
「うむ、よくわからんが.....今ここにはお偉いさんがいるし俺達で上手くお嬢さんをセーブしなきゃならんな」
ジュジュはアスランとは違う果物を手に取り、ひとかじりし窓の外を見る。
「ピエロ騒動にしては静かなもんだな」
窓の外ではエミリオとダプネが睨み合っている事をフローの術式の効果により知る事は出来ない。ジュジュ達は雨降る静かなアイレインしか見ることは出来ず、ただ時間だけが雨に打たれ流れた。
◆
ふざけた
鬱陶しい雨の中、言葉に出来ない何かがわたしに溜まる。
「おいピエロ、一回だけ言うからよく聞けよ」
「........?」
「5秒待ってやるから、この街から消えろ。お前なら余裕だろ」
溜まっていた何かはきっと子供の様なワガママだろう。
ダプネはわたしの敵になってはダメ。みんなとそれなりに仲良くなってくれなきゃイヤ。というような自分のワガママ。
しかし今現在ダプネは───敵として立っている。ピエロが敵なのかハッキリした答えは聞いていないが、状況を見ればわかる。
ダプネの後ろ───教会に謎の術式をかけ、だっぷー達の前に立ち、辺りは戦闘した痕がある。バカでもわかる.....あのピエロは敵だ。
それでも、答えが欲しい。
「......5秒経ったな。今からわたしはその教会へ入る。邪魔したらお前は敵な」
シンプルな答えでいい。ダプネはわたしの敵なのかどうか。それさえ分かれば理由も目的も、どうでもいい。
わたしは一度、瑠璃狼のヘソへ視線を送り、一歩一歩進んだ。
◆
パシャパシャと水溜まりを踏み進むエミリオに、わたしは揺らされていた。
アイツは今、答えを出そうとしている。細かい事は抜きにして───わたしが敵かどうか。味方か、ではなく、敵なのかそうじゃないのか。それを今、わたしを試すように探っている。
わたしはただ.....ただ昔みたいに一緒にいたい。
そんな気持ちで、そんな気持ちだけで動き、追い込まれ、今決断を迫られている。
わたしはどうしたいのだ?
わたしは何を求めてるのだ?
わたしは......
「おいおーい!? なーんで動かないのさー!? あの帽子は邪魔なヤツだぞい!?」
「───!?」
「あァ? 帽子じゃねーよエミリオさんだぞ。お前はなんだ? だっせーピエロだな」
考え悩み、迷っているわたしの横にフローが現れた。
必要最低限の範囲で開かれた空間魔法から、ご機嫌そうに飛び、わたしの耳元で───
「お前が止めないなら、わたしが黝簾を止めるぞい」
「───......ッ」
わたしの頭の中を見透かすように、フローはケタケタと笑い囁いた。
◆
すっかり夜に染まったウンディーの空。雨が徐々に強さを増す中───何度も激しい火花は散った。
「いいねぇ、痺れるじゃねぇーか長耳エルフ!」
ベルが使用した三連撃剣術に対し、半妖精のひぃたろも三連撃で返した。
ベルが使う太刀は麻痺属性。掠り傷でも負えば状況は一気に悪くなる。そんな危険な相手と戦闘しているひぃたろだが、顔色ひとつ変えず剣を振り一度離れる。
───今までのレッドキャップのメンバーとは何かが違う。
漠然とそう感じたひぃたろは観察するように戦闘を続ける。最低限攻撃が届く距離で、素早く回避出来る距離で、戦闘しつつベルを観察する。
「.....ッ、距離を取って俺の出方を見切ろうってか? イライラするやり方だなぁオイ!」
叫びに対しても、ひぃたろは顔色ひとつ変えずベルを見続け、そして気付く。
───コイツは私の相手をしている、ではなく、私を殺そうとしている。レッドキャップと何度か戦闘したがスウィル以外は時間稼ぎするようにただ、相手をしてきていただけ。
ひぃたろが感じていた違和感にも似た何かの正体はまさにそれだった。
基本的に今までのレッドキャップは影で動き、顔を出しても “騒がれている程強くない” という印象だった。しかし【妖精の都 フェリア】で剣を交えたスウィルは殺すつもりでひぃたろの相手をしてきたため、強いと感じた。
ひぃたろはベルが自分に執着しているように思え、挑発する事を選んだ。
「レッドキャップも世間で騒がれている程強くはないわね。スウィル、だったか? 霧化する変化系の
「───そうか。やっぱりお前がウィルを殺したんだな」
低い声で放たれた言葉がゆっくり溶ける。雨音がやけに煩く感じた瞬間、ベルは領域系の能力を広げた。
ベルを中心に一瞬で周囲を包むドーム状の薄い靄にも似た何か。広がる速度も恐ろしく速く、気付いてからの回避は到底間に合わない。ひぃたろは回避する事もせず、警戒はしているものの、ベルから視線をそらす事はしなかった。
「お前、領域持ちとは初だろ?」
「.....領域?」
「これが俺の
周囲を囲う限りなく透明に近い黄色のドーム。領域系ディアはこのようなドームまたはルームを作り出し、その中限定で効果を発揮する。ベルの領域効果は麻痺。
「───痺れるぜ?」
呟き、ニヤリと笑った瞬間、ひぃたろの全身に麻痺が廻る。
「ッ───!?」
全身の力が突然抜き取られたかのように消え、ひぃたろは地面に倒れるも、焦り抗う様子はない。
「おいおい諦めんのが早ぇな。もう少し足掻いてくれなきゃ痺れねぇだろ───まぁ、お前は一撃じゃ殺さねぇから楽しんでくれよ」
キンッ、と太刀を鳴らし構えると、刀は強い無色光を溢れさせる。
麻痺に焦る様子を見せないひぃたろを警戒したベルは飛燕系剣術を起動させ、空気を重く斬る音を響かせて斬撃を放った。
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