◇236



腹部をおさえ、荒くなる呼吸に抗いながらも進む少女。


「くっそ.....もう、」


弱音を吐きながらも進む少女は、教会前を目指すも、


「ダメだ.....もう、進めない.....こんな所で、」


ついに足が止まった。自分の限界なのか、足を止め下を見る少女へ声をかける吸血鬼。


「.......なにしてるデスか? みよちゃん」


「んあ? あ、マユッキー! いやさ、腹減って歩くのもままならない状態でさ」


腹部をおさえ、空腹に耐え教会を目指していたみよ。傷を負ったワケでもなく、ただ空腹で辛かった。


「緊張感がないデスねぇ。天使はみんなそーなんデスかぁ?」


後天性吸血鬼のマユキはどこか冷めていて、何かに対して期待もしなければ呆れたりもしない性格だが、天使みよはマユキをも呆れさせるスペックの持ち主だった。


呆れマユキはフォンからパンを取り出し、みよへ。


「うっほ、これ何!? うまそー! もっとちょーだい! あと100個!」


「今の状態が落ち着いたらエミーにお願いして、お腹いっぱいゴハンを食べさせて貰うといいデスよ。まぁそのエミーが何処にいるのか、わかりませんが───」


「え? ババーなら教会前にいるよ。あとプンプン達もこの街に来てるよ」


小動物顔負けの頬張りでパンを食す天使みよは、持ち前の感知力で既にエミリオ達がアイレインへ現れた事を知っていた。

アイレインにはプリュイ山があり、今は沢山の者達が街にいる。プリュイ山の独特なマナ、様々なスタイルの魔力や雰囲気が入り乱れるアイレインで、特定の感知は簡単ではない。しかし、みよはパンを掴み食べるように、簡単に感知し、誰が何処にいるのかさえ掴んでいた。


「ババーはいいとして、誰かこっちに走ってくる。ふたりかな.....ひとりは死にそう」


パンを食べ終えたみよは物足りなそうな顔で呟き、何者かが迫る方向を指差す。マユキもそちらへ気を向け、


「......敵、にしてはユルいデスねぇ.....味方デスかね?」


意識的な面から、敵意や殺意にも似た雰囲気を拾おうとするも、迫り来る者からそういった意は感じなかった。

水溜まりを踏み、姿を現した者を見て、マユキとみよは挨拶しようとクチを開くも、


「───! ちょうどよかったニャ、治癒術でもにゃんでもいいかりゃ、コイツの怪我みてやってくれニャ」


現れた猫人族の るー は挨拶が飛んでくる前にそう告げ、マユキへ無理矢理ナナミを押し付け、急ぎ何処かへ向かった。



「......腕、斬れてるデスね」


「うっわ、これ痛いやつじゃん絶対。私なら失神して天界行き確定だわ」





フローが発動した空間魔法内で倒れるルービッドと、見下ろすフロー。


「そろそろ起きろー」


暇そうに呟いたフローは青色の魔法陣を倒れるルービッドの上 に展開し、水魔術で無理矢理起こす。


「起きたかいな。全く.....お前は予想以上に使えないな! な!」


眼覚めてすぐにそう言われても、ルービッドは理解出来ていない。しかしフローは止まらない。


「冒険者の2、3人も相手に出来ないとか、本気で使えないよチミ! サクラも返してもらったからね! もー.....本当にダメダメ、遊んでて時間かかったなら許すけども、真面目にやってアレじゃ時間かかりすぎ!」


「......何を、ここは....」


わざとらしく頬を膨らませ怒るフローだが、ルービッドは状況を理解出来ていない。それも無理はない話だが、フローは身勝手の塊。自分が理解していて相手が理解していない場面や、自分の説明不足で相手が理解出来ていない状況、まだ相手がハッキリしていない状況だとしても、待つ事も説明する事もせず話を進めるタイプであり、理解出来ていない相手が悪いと思うタイプ。


「ジャグリングはイケイケだったねー! でもあの程度なら練習すれば出来そう。だからジャグリングが10ポイントだとしても、チミの使えなさがマイナス1000ポイントだから、結局マイナスな!」


「........は?」


「と、いう事で! このフローさんがあたなを使える玩具そんざいにしてあげる! 感謝してくれろん?」


胸に手を当て、光魔術を使い自分の周囲をキラキラ輝かせるフロー。

魔術の無駄使いだが、フローはどこか満足そうな雰囲気を醸す。


「ちょ、ちょっと待って、意味が」


「はいほい! 右と左どっちがお好みかしらん? 選ばせてあげる」


ぽふんっ、とコミカルな爆発を起こしフローはプレゼント箱を2つ用意した。


「本当に意味わからない.....」


「早く選んでくれろん! ほれほれ! 早く選べー早くしろーおっせーな、右利きだろお前。なら右な。おせーから右な。決定!」


ひとりで喋り、ひとりで決定したフローは右の箱を残し左の箱はコミカルな爆発と共に消えた。

よくわからない曲をクチにしつつフローは箱へ手を伸ばし、可愛らしくラッピングされた箱をビリビリと破り開け、


「わー、やったね! こっちの箱は “核液” でしたー! これであなたも “女帝” だね! よっ! エンプレス! カイゼリン!」


グルグル眼鏡の魔女ピエロはご機嫌な鼻唄を奏で、ふざけたサイズの注射器を取り出し核液をセットし、


「ブスっといくよブスっと! ブスフェイスなったらごめんよー」


悪戯に笑い、グルグル眼鏡を嫌な色に輝かせた。



女帝化の条件は同族喰い。

人間ならば人間を喰らう事で女性は女帝───SSランクのモンスターへと変貌する。

男性の場合は変貌前に朽ちたケースしか確認されていない。共喰いを行えば必ずモンスターするワケではなく、あくまでも確率。


この内容を深く掘ったフローはどうすれば女帝化するのかを掴んでいた。


それは “核” と呼ばれる部位、または成分を過剰摂取する事。

純妖精ならば翅や耳、魔女ならば瞳や脳、悪魔ならば心臓と黒血、人間ならば心臓や髄、などに核となる成分が多く含まれており、それらの部位を喰らう事で女帝化が加速する。


核液とはそれらの核部分をフローが独自の方法で液体化させたものだった。






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