◆217



───あと、どれだけ.....。


綺麗な紅玉色の瞳を曇らせた黒曜の魔女ダプネはウンディー平原で魔女の手鏡を持ち、唇をグッと噛んだ。


エミリオの友人として魔女力の解放の手助けをしたダプネ。


天魔女の命令により、黝簾の魔女の魔女力の解放を行った黒曜。


クラウンのメンバーとしてフローと共に行動している道化ダプネ


友人に見られたくないという思いから、適当に空間を繋ぎアイレインから遠ざけた自分。



「何やってるんだろ......わたし」



曇る瞳は迷いを結晶化させるようにポツリと。


ダプネは強魔女の中でトップクラスの実力者であり、今存在している魔女で唯一エミリオと友人と呼べる魔女。天魔女もそれを理解しているからこそ、ダプネへ話を持ち掛けた。


泣き虫だった自分を変えてくれた、他の魔女が怖くて外へ出られなかった自分を引っ張り出してくれた、魔術を教えてくれた、一緒に魔術の勉強をしてくれた、いつも誘ってくれた。

ダプネという魔女を変えたのは、エミリオだった。

ダプネから見たエミリオはまさに自由そのものだった。幽閉され自由に外へ出られなかったエミリオは「自分で決めて外へ出る」と言っては毎日強魔女や特級魔女、時には四大魔女まで困らせていた。


ダプネにとってエミリオは憧れで、目標だった。


しかしある日、エミリオは魔女界から───ダプネの前から消えた。


もっと一緒にいたかった。まだまだ一緒に、ずっといたかった。


自分が強くなればまた会えるのでは? と魔女子だったダプネは思い、魔術へ没頭した。初めてふたりで覚えた空間魔法は自分にピッタリな属性らしく、それを伸ばし高め、他の魔術も学んだ。


強くなった。

自分でも実感出来るだけの力を手に入れ【黒曜】の名を与えられた日.....、


───黝簾と昔みたいに一緒にいたくはない?


黒曜の名に添えられた天魔女の言葉は、毒のようにゆっくり、確かにダプネへ浸食した。


ヴァルプルギス魔女───強魔女【黒曜の魔女】として天魔女から与えられた命令はひとつ。変彩の魔女の近くで変彩を監視、観察し、企みを暴く事。


そして、エミリオの友人【魔女ダプネ】として与えられた命令は “魔女力を解放した黝簾を魔女界へ連れ戻す事” だった。


変彩の報酬は四大の席。

黝簾の報酬は───昔みたいに一緒に過ごせる日々。



ダプネは魔女界も最強魔女の座も欲しくはない。


黝簾を魔女界へ連れ戻すには天魔女を殺すような発言をするのが効果的だと踏み、魔女界を狙っている魔女を演じる事に。


変彩の近くに居座るには力を求めればいい。変彩は何かを強く求める存在を楽しげに観察するのが好きだったから。


ダプネは自分に嘘をつき、相手に嘘をつき、他の魔女達を騙すように生き、今やっと黝簾が指先にかかるも───変彩側である道化ダプネが邪魔をし、指はほどけてしまった。


「あと、どれだけ嘘をつけば......一緒にいれるようになるのかな」


地界へ来て初めて、黒曜の魔女になって初めて───ダプネは本心を溢した。


しかしその本心もすぐに嘘が押し潰し、消える。


手鏡に魔法陣が浮かび、天魔女と繋がった。


「黝簾は半分以上の魔女力をモノにした。クラウン───変彩の目的はまだ見えないが最近はコイン集めをしていた」


『そう。報告ご苦労様』


「地界へ来て黝簾は変わったぞ、天魔女」


『変わった? 元々変わった魔女だったというのに?』


「......今になってなぜ黝簾を求めているか知らないけど、ありゃ使い物にならないな。ぬるま湯に浸かりすぎだ」


『.......貴女も変わったわね? 昔は黝簾が大好きだったのに、最近じゃ冷めきってる』


「そうかもな.......今は黝簾なんてどうだっていい。アンタの座っている席を手に入れたい」


『その為に黝簾の魔女力解放の手助けをし、黝簾に私を殺させるつもりね?』


「わかってるじゃん、アイツ自体は使い物にならないけどアイツの能力は使える。アンタから席を奪う時は黝簾を使ってわたしが天魔女の席を貰う事にするよ」


魔女界こっちに黝簾を連れ戻せるなら好きにしなさい。引き続き変彩のマーク頼んだわ、黒曜の魔女』



手鏡に細かい亀裂が走り、朽ち果てた。



エミリオは地界で、魔女界では得られなかった知識や戦闘力を身に付けつつ、魔術も魔女力も高めていた。

ダプネの予想以上にエミリオは成長していたが、天魔女には使い物にならないと嘘をついた。



「何がしたいんだろうね.......わたしは」



ダプネは完全に───自分を見失ってしまっていた。



◆◇◆



「乾燥した裂虫れっちゅうは、ちょっとダケ水分を与えると破裂するの! これは粉末にした裂虫も変わらないよ!」


「へぇー! それじゃあ、アメーババレットに裂虫パウダーを混ぜればアメーバ出る時に破裂するって事かなあ!?」


「うんうん! 裂虫は簡単に飼育出来るから、自分で育てるとすごくいいよ。ちょっとダケ見た目が気持ち悪いけど、育て始めると可愛く思えるかもね!」



雨の街 アイレインのレストランで少し遅めの昼食をとっていた俺カイトと、だっぷー、そしてキノコ帽子のしし。食事中にも関わらずこの2人は生産職としての話に花を咲かせているのだが.....虫の話はやめてもらいたいものだ。


狼の姿で生活していた俺だったが、空腹の限界を越えようとも、虫はクチにしなかった。虫は苦手ではないが、得意でもない。



「ちょっとまって、採取じゃなく、育てて裂虫使うなら、サナギ状態を瞬間凍結させて使った方が賢くない? 私は裂虫の繭を薬素材に使うんだけど、昔間違えて破裂させた事あるのよね。それで興味本意で調べてみたら、サナギ状態だと浸水率が幼虫状態より遅くて破裂時の範囲や威力は数倍だったよ」


「へぇー! 裂虫のサナギ.....たしかうちの子がそろそろサナギになるから、使ってみようかな? だっぷーちゃんも使う? ご胞子ほうしするよー?」


「ほんとお!? 実験に少しほしいなあ。ししちゃんうちに何匹いるのお?」


「500匹いる! 乾燥は10匹で500vダッケ? それでサナギ10匹で800vダッケ?」


「うん、100匹いい?」


「あ、私も100ほしいかも!」


「りょーかい! 100買いだから.....8000vダケど、ちょっとダケおまけして、7000vは?」


「「おっけー!」」



女性達は女性らしい会話とは程遠いものの、嬉しそうな表情をしているので良し。そう思える俺の隣で肉へかぶり付く子竜も、俺と同じ雰囲気の視線で女性陣を見て小さく頷いていた。


「おまえもオスなのか?」




おまえもオスなのか?

カイトの声は子竜へ向けられたものだと知ったのは、私がししちゃんへ7000vを先払いしてからだった。


「ピッ」


「....そうか。おまえも女性が笑っていると安心するか.....人間種族の笑顔なのに竜も安心させるって、種族の枠を簡単に越えれてくるから凄いよな女の人って」


子竜がカイトへ返したのは、短い鳴き声だけだった。それでもカイトは子竜の言葉を聞き取れたかのように、会話を続ける.....。


「だっぷー。カイトの事好きなのはわかるけど、見すぎ見すぎ。おまえら早く結婚しちゃえよ」


「結婚式の料理は任された! 結婚式なら.....1日ダケならこのキノコ帽子貸してあげよか?」


「え、ああ、結婚式ねえ.....結婚式!? ええぇ!?」


冷やかすようにリピナが私へ言い、ししちゃんがそれに乗っかっていた。結婚式などと言われ、私の頬は変に熱くなり、冷ますようにグラスの水を一気に飲んだ。

無意識にカイトを眼で追ってしまう癖は自覚している。.....眼を離すとまた遠くへ行ってしまうのではないか、と怖くなってしまう。


「ピョツ....ピジャ」


「お? おまえいい事言うな。女性がいなきゃその種族はほぼ間違いなく終わる.....その通りかもな」


また子竜の鳴き声に対してカイトは返事をしている。適当に合わせて返事を返してるとは思えないカイトと子竜の雰囲気に私だけではなく、ししちゃんとリピナも不思議そうに見る。


「───ん? だぷ、そのピザいらないの? 俺が食っていい?」


「ピジャ?」


「ピジャ?.......あっ! だめー! 私が食べるう!」


「ちょっと、だっぷー! そのピザ私が注文したやつでしょ!?」


夢みたいな気持ち。

必ずまた会えるって信じていたけど.....本当にまた会えて、カイトと笑っていられるのが夢のようで。

友達も沢山増えて、隣にはカイトが居て.....空っぽだった器が満たされるような、温かくなるような─── 平凡な幸せに私は涙が出そうになった。



「食べ物で喧嘩するのいくない! 食べ物ノコすのもいくない! だから.....私がノコさず食べちゃうね!」



キノコたっぷりのピザは、ししちゃんがパクっと食べてしまった。





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