◆195



───こんな身体じゃなければ、あんな雲.....。


狼の姿で空を見上げたカイトは、重く不気味な色をした雲を睨む。雲は今もなお毒雨を吐き続ける。


狼───カイトの恋人である【だっぷー】は毒雨を分解し、詳しいステータスを調べ、雨具屋であり元 薬剤師ファーマシストの【ラピナ】とあれこれ話している。


だっぷーは錬金術師アルケミストでラピナは薬剤師ファーマシストと、奇跡的とも言える組み合わせ。

錬金で毒を分解し、成分を調べつつ再構築する事で毒の弱点が浮き彫りになる。そこを薬剤師が叩くべく頭をフル回転させていた。


錬金術師アルケミストは分解や調合合成、再構築を仕事とし、薬剤師ファーマシストは薬の調合合成を仕事とする。

錬金術に特化した知能も腕を持っていても薬の調合は別ジャンルの話。逆に薬調合に特化した知能と腕を持っていても毒分解しワクチンになる成分を調べるのは別ジャンルとなる。

医者が感染者の症状から毒の侵食速度などを余す事なく読み取り、治癒術師は毒が持つ耐性を絞り込むべく様々なリカバリを使い、錬金術師が絞られた耐性を分解と再構築し穴を見つけ、薬剤師がその穴に効果的な成分を叩きだし薬を調合する。

それらを行い、初めて新種の毒などに対抗できるワクチンのレシピが完成する。


そして今───


「ごめん遅れた!」


と、声を響かせ登場したのは医者であり治癒術師、ギルド【白金の橋】マスターの【リピナ】だった。


「遅い! あの人はケミ、毒は私が取り入れた」


「了解!」


ラピナの言葉をすぐに理解し、行動するリピナ。小包をだっぷーへ投げ渡しつつ、医療器具を取り出し姉のラピナを診察するリピナ。


3名は専門用語などを使い情報を素早く発信する事、僅か3分。ラピナは不安そうな表情を浮かべるセツカを見て言う。


「アンタが女王ね?」


「あっ、はい、わたくしがウンディーの」


「今すぐノムーへ連絡して “和音樹の枝” と “笑う角” を大量に用意してもらって!」


「え!? あの」


「早くしろ! ルビーはマーケットや露店を調べてあるだけ買ってきて、料金は後で女王様が払ってくれる!」


「了解!」


和音樹の枝はノムー大陸にしか生息していない木の枝。

笑う角もノムー大陸にしか生息していない鹿モンスターの角。

どちらも簡単に集まるうえ、有能な性能を持つ薬素材。


ルービッドはすぐに街や集会場へ向かい、セツカは実の父であるノムー大陸の王へ連絡する最中、悪魔ナナミもフォンを取り出しノムー大陸へ向かったメンバーへ連絡した。





ノムー大陸の小さな村跡地。

今では平地になっているが、村があった痕跡も微量ながら残っている。


「───......」


石を積み上げただけの質素な───墓がふたつ。ノムー大陸に咲く花が添えられているが決して鮮やかではない。


「もう、いいのかえ?」


「うん....待たせてごめんね」


「.....また来ればいい、その時はアルミナルの職人に立派な墓石を頼んで、みんなで花を持ち寄って」


「そう....だね」


潤む瞳を笑顔で隠す義手の冒険者【ワタポ】は半妖精の言葉に涙を飲んだ。

ふたつの墓は【りょう】と【スウィル】の物。ふたりは半妖精から見れば敵でしかなかった存在だが、死んでしまえば敵も味方もない。こうして死を受け入れ、悲しんでくれる存在がいるだけでも───ふたりは幸せだろう。

半妖精【ひぃたろ】はそう胸で呟き、少し長く瞼を閉じた。


「───いこうか」


「うん」


「うむ。む.....ちょい待ち」


ひぃたろの声にワタポが頷き、ウンディーへ帰ろうとした矢先に、キューレのフォンが震えた。

情報屋として日に何十通ものメッセージが届くキューレのフォンだが、今取り出したフォンは普段情報収集に使っている型ではなく、他の冒険者と同様に利用している型だった。


「.....ドメイライトへくぞ」


「え?」


「どうして?」


「今のメッセをお前さん達のフォンに転送したのじゃ。そら急ぐのじゃ」


転送されたメッセージはナナミがキューレに送ったものだった。

内容は〈和音樹の枝、笑う角 私とセツカ、リピナ、ルービッドのフォンに上限数送り、お前達は所持数は無視して集めれるだけ集めたら連絡してくれ〉と。


メッセージ内容に眼を通したふたりはすぐに行動する。


「私はエアリアルがある。キューレは収縮してワタポ一緒にクゥの背中へ」


「キューレさん、移動中ワタシのフォンを使って騎士団にも今の情報を拡散して」


「お、おう! 任せい!」





「くっそ.....どうすりゃ雲が消えるんだ?」


魔法吸収マジックドレインという魔女には効果抜群な特種を持つ雲を、わたしは見上げる事しか出来なかった。

ものは試しだ、と魔術を数発ブッパしてみたが雲に近付けば威力と速度が面白い程低下し、吸収された。

飛ばすタイプではなく、その場───雲に直接発動するタイプの魔術も試したが、残念ながら意味はなかった。


アスランが言ったように物理で直接殴るしか方法はないのか? その場合どこを殴れば雲を消せるんだ?

そもそも雲を直接殴るなど、雲を掴む様な話だが。


「.....雨が振るって事は、水分を沢山含んだ雲? 他の雲より低い位置にあるし、やっぱデブ雲か?」


魔術で出す水は吸収されて終わるだろう。しかし、空間魔法を雲の上の上に展開し、そこから大量の水を流せばどうなる? いや....ダメだ。その高さに空間を繋げるのは不可能。一見便利に思える空間魔法だが、距離の計算やら他にも色々と細かい計算が必要。てきとーに高い所へ! なんて無理なのが空間魔法の不便な点だ。


「シケットで靄を消し飛ばした時の弓....は壊れたから無理か。くっそ.....わたしひとりじゃどーにも出来んな」


ユニオンへ、と思ったがあっちはあっちで色々とやってくれていて邪魔になるだろう。

わたしは毒雨降る街を走り、冒険者達が集まっているであろう、大通りの噴水公園へ向かった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る