◆193
パイナップルのようにトゲトゲしい尻と鋭い太針を持つ飛行型の虫。左右二枚、計四枚の薄翅を忙しく揺らし、渇いた音を奏でるのは....蜂。
嫌に輝く刃の腕を持つ胴長の虫、両腕の刃───大鎌が特徴と言えるのは....カマキリ。
うねり舐めるように滑り地面を移動する、百の足を複雑に操る奇妙な虫は....ムカデ。
4つの瞳と8つの足を持ち、重圧的な雰囲気を溢れさせる存在感は....蜘蛛。
霧棘竜ピョンジャ ピョツジャは翼を緩く扇ぎ虫達を睨み、前進する速度を大きく弱めた。
知性を持つ竜種族は蜂やカマキリといった種類は見分けがつき、細かい個体別の情報までは知らないにせよ、特徴や性質はピョンジャピョツジャも知っている。
蜂は毒針で突き刺し、カマキリは腕鎌で切り裂き、ムカデは大牙で喰い千切り、蜘蛛は牙と糸を匠に使う。
そこまで理解していても戦闘し、勝てる確率はごく僅かだった。
その理由が大きさ───サイズ。
本来の虫の何千倍もの大きさを持つ虫型のモンスター。そして色合いから見て全員な毒を持っている事は伺える。
「......ピッ」
子竜は苦い声を漏らす。
個体のサイズが大きいとなれば動きも大きくなる。しかし個体が持つ毒の量も多くなる。毒を使うモーションを見抜きやすくなるとはいえ....ユニオン内に転がった虫モンスターの死骸や、人型種の死体が不安を煽る。
眼の前にいる虫モンスターの戦闘力を予想すると.....最低でも人型種と同じ戦闘力。
いや───今生きて立っている事から、倒れている人型種よりも高い戦闘力を持った個体である事が濃厚。
ピョンジャピョツジャはそこまで考え、表情を深く沈めた。現在の自分にはドラゴンとしての戦闘力は皆無。人型種にも簡単に殺されてしまうかも知れない。そんな状態で現れた人型種よりも強いと思われる4体の虫モンスターは脅威以外の何者でもない。
───それでも。
霧棘竜は大きく可愛らしい瞳を燃やし、虫型モンスターへ強い視線を飛ばし、威嚇の声を出した。
知性の高い竜種は同族や人だけではなくほぼ全ての生き物と会話する事が可能。しかし寿命を呼ばす魔術のふたつめのリスクが───扱える言語の制限。
相手の言葉を理解する頭は変わらず残っているが、人が使う言語を操る力を戦闘力同様に失ってしまっている。しかし.....相手は人ではなく虫、会話くらい問題なく出来るだろう。
そう思い声を、言葉を出したが返事はなく変わりに敵意溢れる視線が返ってくる。
モンスターも生き物。それぞれ異なる方法だが、コミュニケーションをとる術を必ず持っている。人語のようにモンスター達の間でも、万能でありポピュラーな言語が存在していてそれを今ピョンジャピョツジャは使った。しかし返事は敵意に満ち溢れた視線だけ。
つまり───あの虫モンスター達も霧棘竜同様に、なんらかの縛り、誓約のようなものにより、会話する能力を奪われている事になる。
そしてその誓約をピョンジャピョツジャは知っている。
───あの虫モンスター達は、人型種と契約した存在。テイミングされたモンスター.....いや、少し違う。この強い誓約は “使い魔” として縛られている者の特徴。
テイミングと使い魔はその手段も目的も違う。
テイミングは人型種族がテイマースキルを磨き、自身の力量に合ったモンスターと心を通し、一緒に生活していく事。そこに誓約はなく、テイミングされてもモンスターは自身の意思を持つ。
一方、使い魔は文字通り、使える魔物を魔術契約で自分の下に縛り、主人の命令には絶対従う存在となる。主人が必要ないと思ったものは奪い消される。例えば....コミュニケーション能力など。
テイミングではなく使い魔となれば、それはもう厄介だ。
主人が使い魔達に「人型種族を殺せ」と命令すれば、なんの疑問も恐怖も抱かず、ただ人型種を殺す道具になってしまう。
命令内容が何にせよ、今このモンスター達は人型種族を殺し、竜種族であるピョンジャピョツジャにも敵意、殺意を持つ視線を飛ばしている。
───こうなってしまった以上、戦闘は避けられない。
虫達が様子を見ている最中、ピョンジャピョツジャは端に移動し、大事に抱いていたフォンを置いた。
深呼吸をし、覚悟を決めた瞬間、翼で空気を強く叩き突進するように虫達へ迫る。
ピョンジャピョツジャが見せた動きに一瞬反応が遅れるも、すぐに虫達は動く。
蜂は翅を揺らし子竜へ向かい、カマキリとムカデは左右に広がり、蜘蛛は大きく下がった。
人型種が使う剣のような針がピョンジャピョツジャへ迫るも、針は鋭く重い音と共に空気だけを刺した。
───攻撃速度は遅い。しかし今のは正面から受ければただでは済まない。
まるで人型種が操る剣術を思わせる威力に子竜は蜂を警戒するも、敵は蜂だけではない。
ムカデは舐めるように床を這い、ピョンジャピョツジャへ牙を向ける。長い身体と柔軟な筋肉を持つムカデは、ギリギリまで引き付けなければ攻撃を回避出来ない。速く対応しすぎるとロープのような身体を器用に曲げ追跡攻撃されてしまう。
子竜はムカデを充分に引き付け、回避する事を選び、ムカデの動きに集中するため空中で停止した。
その瞬間を待っていたかのように、音もなく伸びる蜘蛛の糸はピョンジャピョツジャの小さな身体に絡み付き、翼の自由を奪われる。
マズイ、そう思った時にはもう虫達は動いていた。ムカデは速度を上げ接近し、カマキリは右腕を振り下ろし、蜂は太針を向け急降下。
蜘蛛の糸は粘着質で、抗えば抗うほどに絡み付く。
翼も手足の自由も奪われたピョンジャピョツジャへ、容赦なく迫る虫モンスター達。
勝利を確信したのか、虫達の瞳はギラギラとした輝きを宿す中、ピョンジャピョツジャは空気を大きく吸い、吐き出す。
クチは自由に動くという事は───ブレス攻撃が可能という事になる。竜種族が得意とする攻撃で空気を吸い込みマナと魔力を混ぜ吐き出す竜種族の武器であり兵器とも言えるブレス攻撃。
霧棘竜や白薔薇竜と呼ばれるピョンジャピョツジャ。
その由来は見た目や濃霧山に生息しているから───だけではない。
吐き出したブレスは霧のように素早く、細かく拡散し、霧内で複雑に絡み付くように
霧内にいた蜂、カマキリ、ムカデは霧棘竜まで数センチの所で
蜘蛛の位置と反応を確認したピョンジャピョツジャはすぐに視線を霧内でもがく虫達へ向け、眼を細める。
その瞬間、荊棘は更に虫を締め付け蕾が膨れ上がり───白薔薇が狂い咲くように開花し、棘が大きく伸び虫達を無惨に、優雅に貫いた。
◇
竜種───霧棘竜、白薔薇竜 ピョンジャピョツジャだけが持つブレス【ブリュイヤール ロジエ】が狂い咲き、3体の虫モンスターは白薔薇の棘に貫かれる。細剣のように細く長い棘は1体の虫に何本も突き刺さり、身体を貫通していた。
霧内を複雑に走る棘を持つ蔓───
子竜の姿になったピョンジャピョツジャはブレスを使う事で魔力だけではなく、体力も大幅に消耗していた。3体の虫モンスターの命を自身へと転送吸収───ドレインする特種効果も持つ【ブリュイヤール ロジエ】だが、それでも消耗した体力は半分も回復しない。本来の姿ならば気にする必要もない消耗だが、今は恐ろしく堪えていた。
しかしここで疲労を見せず、鋭い視線を蜘蛛へ飛ばす。すると蜘蛛は自分の命の危険を感じ、逃げる素振りを見せるも、足はピタリと止まった。
ピョンジャピョツジャは棘を利用し、糸を切り裂き自由の身に。3体を一瞬で締め上げ貫いた白薔薇のブレスに、蜘蛛が勝てる要素など何処にもないが、蜘蛛は足を止めピクピクと震える。
蜘蛛は迷っていた。
テイムされた身としては、マスターの命令は絶対。命を投げ捨ててでも命令を遂行すべき。そう思う反面、自分の命が惜しく思える。
その様子を見たピョンジャピョツジャは蜘蛛へ言葉を投げ掛けた。
───テイムされたからといって、お前はお前だ。マスターの消耗品になったワケではないだろう?
届かないだろう。そう思いつつも飛ばした言葉は、蜘蛛の迷いに絡み付き溶け込んだ。
蜘蛛は一度振り向き子竜を見る。すると子竜は再び言葉を。
───.....今すぐここを離れて自由になればいい。
竜の言葉を理解したワケではないが、言葉が持つ雰囲気から意味を読み取り、四つ眼を小さく揺らしユニオンの割れたガラスを抜け外へ。
糸を伸ばし、屋根を走りバリアリバルから出た蜘蛛。琥珀の魔女 シェイネのテイミングは洗脳とも言える。
竜の圧倒的な強さが呪いを解放するように洗脳を溶かし、蜘蛛は自分の意思で平和に暮らす事を選んだ。
───毒の雨に侵された命は数時間後、枯れ落ちるだろう。それでもお前は、お前の意思で毒雨が降る外へ出た。可能ならば......生き延びろ。
ピョンジャピョツジャは窓の外へ優しくも厳しい視線を飛ばし、胸中で呟き翼を扇いだ。
エミリオから受け取ったフォンを抱き上げ、真っ赤な髪の人型種が居るであろう建物の奥へ飛ぼうと翼を広げるも、大きくぐらつき赤いカーペットの上に力なく落下する。
翼を広げるのも、扇ぐのも、本来よりも体力が要求される身体となっている竜ピョンジャピョツジャ。ブレスの反動は予想を遥かに越えた疲労と痛みさえも小さな身体に与え、それらは今もなお身体に残る。
それでも必死に全身を持ち上げようとする翼。
───倒れるのは後だ。頼むと言われ、自分で引き受ける事を選んだ以上は....ここで寝るワケにはいかない。
強張るように硬く、普段より重く感じる身体。翼も言うことをまるで聞かない。
霧棘竜は産まれて初めて、疲労 というものを体感していた。竜種族にも疲労はある。しかし滅多な事がない限り疲労を感じる事がない。
命の危険は感じない。しかし身体が言う事を聞かず、息が切れ、全身がずっしり重くなる。まるで眠りにつきたいと全身が訴え掛けているように。そんな状態でもピョンジャピョツジャは翼を動かす事に集中し続けていた。何度も浮かび、強く扇ぎ、その度に落下する。これを何十回と繰り返し進んでいる状況の中で、小さな振動が床から伝わる。
───足音? こんな時に.....。
ピョンジャピョツジャは首を上げ正面を睨む。虫の主が現れた場合、ブレスで仕留める。そう考えた子竜だったが、今ブレスを放てば今度こそただでは済まない。
接近する足音はゆっくり速度を下げ停止する頃、足音の主の視線をピョンジャピョツジャは全身で感じていた。
「虫ではない? ......ワイバーンか?」
倒れる子竜を見て呟いたのは、黒髪に黒の装備で身を包む、二本のカタナを持った人型種。しかし人間ではない事はすぐに理解できた。
───黒と赤の瞳。あれは悪魔種族の特徴。なぜここに悪魔がいるのかわからないが.....悪意や敵意は感じない。
「.....ピジャ」
ピョンジャピョツジャは現れた悪魔───ナナミを見て悪意や敵意を感じなかった事から味方だと判断し、短い腕を悪魔へ伸ばしフォンを渡した。
エミリオの頼みを達成した事で気が緩んだのか、霧棘竜ピョンジャピョツジャの
「.......お前が誰の使いでここへ来たのかわからないが、敵の使いではない事はわかった」
後天性悪魔のナナミはフォンを確りと受け取り、子竜を抱き抱え真っ赤な髪を持つ人型種─── セツカが居る部屋へ向かった。
霧棘竜または白薔薇竜 ピョンジャ ピョツジャは、初めて竜種以外の種族と関わり、初めて誰かの為に自分で選択し引き受けた任務を達成し、誤魔化していた疲労が波のように一気に押し寄せた。
子竜は心配の色を大きな瞳に浮かべるも瞼は更に重くなる。
「.....このフォンに見覚えがある。お前は安心して休むといい」
ナナミの言葉に瞼はついに落ち、消耗した体力を回復させるように子竜は眠りについた。
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