◆189



夜空に浮かぶコミカルな三日月が消える事のない世界───外界にある魔女界。


朝がない世界だが、魔女達はそんな事気にする様子もなく、カフェテラスでホットココアやホットチョコレートを飲み、どうでもいい話に花を咲かせている。


青に赤い斑点を持つ巨大なカエルが魔女の街 ───と言っても街はひとつしか存在せず、ここが魔女界となる─── への道を跳んでいると、一本足のランタンが軽快にぴょんぴょんと跳び、巨大カエルへ近付いてくる。


「ご苦労さん」


巨大カエルの頭の上から、一本足のランタンへ一言いい、ランタンを掴む魔女。するとランタンはポワン! っと不思議な爆発を起こし、ただの照明アイテム【ランタン】へと姿を変えた。いや、戻ったと言うべきか。

一本足で跳び移動するランタンは、巨大カエルに乗ったグルグル眼鏡の魔女フローの持ち物であり、フローが得意とする希少な魔術【変彩魔法】でランタンを変化させ、自分が帰ってきた場合ぴょんぴょんと跳び、迎えに来るよう命令術式を埋め込んでいた。


フローは棒の先にランタンを吊るし、カエルのクチに加えさせた。


「あと少しだから、頑張ってくれよ」


そう言い、カエルの頭をポンポンと叩き、フローは三日月を見上げる。


「....わたしの出番はまだまだ先かな」


トレードマークのグルグル眼鏡を外すと同時に、ランタンの光に寄ってきた虫をカエルが食べ、ランタンは落下し顔は闇に隠れる。


魔女フロー。

大きな瓶底眼鏡───グルグル眼鏡を愛用している魔女で、その素顔は天魔女さえも見た事がない。

希少な “変彩魔法” を自在に操り、天魔女も手を焼くほど自由な存在。

【四大魔女】のひとりで|変彩の魔女(アレキサンドライト) の名を持つ。



「おっ? 光った。ん?........琥珀の魔女ちゃん本気だねー! 怖い怖い」





わたし、エミリオが魔女だと地界全土に広まったのは【ノムー大陸】の首都であり、騎士団本部がある、地界一の都市と言われる【バリアリバル】で公開処刑される事になり、ずっと隠していた種族───魔女だという事が大々的に公表された。

魔女というだけで危険な存在と見なされ、処刑待ったなしの状態になったものの、色々あって今現在も元気に生きている。

丁度その頃、皇位情報屋の【キューレ】から不思議な人物の情報を聞いた。それがコイツら、グリーシアンと虫使いの魔女の噂。キューレは本当の話かもわからない、と言っていたが、内容を聞いたわたしは疑う事なく魔女の存在を確信した。

その後、わたしは武器素材である【炎を宿した喉笛】を入手するため、猫人族のるー、人間───たぶん人間だろう─── だっぷーと炎犬モンスターの元へ向かい、無事素材は入手。イフリー大陸のポートでわたしは魔女【ダプネ】と遭遇した。


ドメイライトで処刑されかけ、イフリーでダプネに会うまでの期間はそう空いていない。短期間で魔女の情報を聞き、魔女と会った.....あの時点でわたしは薄々覚悟していた。近いうち、必ず魔女と対峙するであろう、と。ダプネも直感的にそう思っていたのか、それとも完全にわかっていたのか、わたしを空間に閉じ込め、わたしが持つ魔女の本質的な魔力を呼び起こし、モノにするまでの手伝いをしてくれた。


どれだけ年をとった魔女でも、どれだけ凄い魔術を使える魔女でも、自分の中にある魔女としての魔力をモノにするには、別の魔女の力が必要になる。


その力を6割ほどだが、モノに出来た今───わたしは魔女と対峙していた。



「|黝簾の魔女(タンザナイト) ....やっとこっちを見た」


「なんだよそのタンザナイトって。意味わかんねーよ」


温度差の違いを嫌でも感じてしまうほど、虫魔女の温度は高まっていた。コイツには色々と聞きたい事はあるが、細かく聞く時間はない。

プンプンの怪我はダプネに任せるしかないとして....あの毒雲から降る雨はどのレベルのスリップなのか。そしてなぜ、魔女が2人も地界へ来ているのか。どうにかこの2つだけは聞き出したい。


「なぁ、あの毒はどんな毒なんだ? お前が質問に答えてくれるなら好きなだけ相手してやるよ」


虫魔女の視線はずっとわたしへ刺さっていた。グリーシアンと会話している時も、ダプネと会話している時も....いや、遭遇した瞬間からずっとアイツはわたしを睨むように見ていた。魔女に嫌われるのは慣れているし、わたしを嫌いではない魔女を探す方が難しい。が、どの魔女に対してもこう言いたい。お前に嫌われる理由も心当たりもない、と。

コイツも意味不明な理由でわたしを嫌っているのだろう。嫌いだから、目障りだから、気に入らないから、殺す。

そんな理由が許される。それが魔女界だ。虫魔女はわたしへ突き刺さるような視線をずっと向けブレさせる事がない.....相当わたしを殺したいんだろう。質問に答えてくれたら、好きなだけ相手してやる。と言えば乗って来るに違いない。


「....3つだけなら答えてあげる。それ以上は面倒臭いし、我慢できない」


やはり乗ってきた。

コイツの魔力は質も量も、その辺りの魔女とは桁が違う。わたしはコイツを魔女界あっちで数回見た事あるが、その頃で、中級魔女の中でも強い分類だったハズ........名前は知らない。


しかし、相手がグリーシアンだった場合、質問も何もかも無視し、魔術を使ってきただろうに。殺してしまえば会話に意味はないし、今もアイツがわたしの質問に答えるメリットはない。問答無用で魔術を使えばいいものを、アイツは予想通り乗ってきた......強い印象はあったが、魔女としてのズル賢さが足りない。

落ち着いて質問する機会を相手に与えてしまうのは、正直旨くないぞ、虫魔女よ。


「3つか、そりゃ助かる。じゃあまず、毒雨の解毒方法とお前の狙いを教えてくれよ」


わたしは遠慮する事なく質問をする。会話中に魔術を飛ばしてくる事もないと確信出来る程、アイツは賢く、ズル賢くない。


「解毒方法は知らない。わたしの狙いはあなた」


「........そう、か」


うむ。

これは....質問ミスったか?

ズルくはないが、こんなにサクっと答えてくるタイプだとは思わなかった。貴重な質問どうぞチャンスをあっさり無駄にし、残された質問はひとつ。何を聞くべきか....魔女界の事情を知らないわたしは聞きたい事が雨粒ほどある。今一番必要な情報はなんだ.....毒? いや、毒は任せよう。冒険者になって1年ちょっとで地界に住む種族の凄さをわたしは知った。毒の解析、解毒方法くらいあっさり見つけてくれるだろう。プンプンの怪我も任せて大丈夫だ。質問の言い回しも大事だな。アイツは捻りも駆け引きもなしの直球回答だし.....最後の質問は───、



「お前らは何しに地界へ来た?」


コイツ個人ではなく、グリーシアンも含めて、何をしに魔女が地界へ来たのか。その目的を知るのは大事だ。ダプネの目的もこれと言ってハッキリしていない気もするが、そこは本人に何度も質問出来る。問題はコイツとグリーシアンがダプネと全く違う雰囲気───何かをやらかしに来た雰囲気を纏っている点だ。


「黝簾が持ってる凄いパワーの魔結晶を奪いに来た」


「.....魔結晶?」


.....ダプネが前に言っていた黄金の魔結晶の話か。本当にわたしが持っていると予想して行動していたとは、迷惑な予想だ。

しかしまてよ、魔女がわたしをターゲットにしているとなれば....こうして魔女と戦闘するチャンスが増えるのでは? 昔は天魔女を殺したいと思っていたが、今は別に。しかしダプネは魔女界を欲しがっていて、わたしの魔女力のキャパ解放に付き合ってくれた事から....多分色々とわたしに手伝わせるつもりだろう。

そしてこれはダプネの権とは別で、何の根拠もないわたしの勘だが、今後魔女とぶつかる気がする。

そうなる前に魔女をひとりひとり潰せるのは色々と都合がいいのでは?


「今ので3つ終わりね、じゃあ───.....始めるね!」


3つの質問を消化した直後、虫魔女は瞳を強めに発光させ、容赦なく魔術を発動させた。わたしは、色々と都合が良いのでは? と考えていたが、そんな事気にする様子もなく、魔女が本気になった時に見せる瞳を発光───魔煌から、詠唱なしで魔術を発動させた。この流れはアイツは本当にわたしを殺すつもりか。魔結晶の話も聞かないで。


「いきなり魔煌かよ、 魔結晶奪う前に殺していいのか!?」


「いいの、どうでも!」


「無茶苦茶だなお前!」


と、言いつつわたしは魔術を回避し、距離を取った。

虫魔女の存在は多少知っていたが、こんなに強くなっているとは予想外だった。

魔煌も濃く、今のは中級地属性魔術だが、詠唱も発動ラグも無かった。


「反撃しないの? 別にいいけどね。お前を殺せるなら何でもいい!」


街で会った時や質問時とは全く違うテンション.....なんだコイツ。


「おいで、ムーちゃん」


虫魔女が、ムーちゃん、とクチにした瞬間、わたしの背後に─── グリーシアンを噛み千切ったムカデが現れる。地属性魔術の最中に地面へ潜っていたのか、正直わたしはムカデの存在を忘れていた。が、


「.....昔見たムカデの方が大きかったな」


冒険者になる前、わたしはノムー平原で巨大ムカデを見た事がある。コイツのムカデより何倍も大きく、騎士を喰おうとしてたムカデを。それに比べればコイツのサイズは焦るサイズではない。

クチを開きいかにもなキバを剥き出しに迫るムカデへ、わたしは落ち着いて火属性魔術をご馳走する。火の粉がムカデを包むように舞い、一瞬で発火する中級魔術。虫は火や炎に弱い。コイツもこれで焼け死ぬだろう、と思っていたわたしの文字通り眼の前で、ムカデは焼ける身体を脱ぎ捨てた。

そんなムカデのストリップに驚く暇もなく、わたしをサンドするように、上下展開された超巨大魔法陣。

地面は大きく揺れ、バランスを奪われる。

魔術に濃く込められた魔力と使用されている魔力量が桁違いな事に一瞬焦るが、回避も魔法陣破壊も不可能な速度と範囲、そして魔力を持つ魔術。


「───地属性 最上級 創成魔術 、タイタンズ ハンド。潰れて死ねよ」


地面も空気も激しく揺れる中、上下の魔法陣から巨人の腕 ───にしか見えない地属性魔術が生え、巨腕は似合わない速度で、手のひらを合わせるように、まるで小虫を潰すように、無防備なわたしを潰す。









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