◆187




広範囲 継続系毒魔術【ギフト レーゲン】

赤が少し混じる紫色の雲から降り注ぐ、紫の雨は浴びた者達を蝕み、琥珀の魔女が召喚した虫達は次々に力を失い落下する。

バリアリバルの街中で忙しく虫駆除に励んでいた3名は、毒雲を見上げた。


「なんやこの雨?」


「.....毒、デスねぇ。この雨」


「は? なんで毒が降ってんのや? 浴びたらアカンやつやろ」


「浴びたらって、もう遅くないか?」


「その通りデス! もう遅いデスねぇ~」



悪趣味なアロハシャツを愛して止まないハイセンス冒険者【アスラン】はふざけている様なリアクションをし、黒と赤の髪色を持つ後天性吸血鬼の【マユキ】は、毒雨が降る中でもケタケタと笑い、和國デザインの武具を装備した【烈風】は落ち着いた様子で、次々と落下する虫にトドメを刺す。


他の冒険者も紫色の雨に戸惑い、避難中だった人々も同じ様に空を眺めていた。



魔女の毒魔術【ギフト レーゲン】は強魔女の【モラディアム】が魔女以外を苦しめて遊ぶために考えたスリップ系魔術。魔女には効果がなく、魔女以外は毒状態に陥り、放置すれば半日で確実に命を喰う毒。【モラディアム】は異常系を生成する時、必ず魔法耐性を、極端に上げ生成するため、リカバ系の治癒が通用しない。即効性の毒を生成する事も可能だが、苦しみもがく姿を見て笑うのが好きな【モラディアム】はわざと半日で命を喰う毒を選び作り出した魔術。


そんな雨だと知らず、人々は浴びている。今も毒の雨が止まる事なく、バリアリバルを叩き続けていた。


2人の魔女───雲母の魔女と琥珀の魔女は、ユニオンの屋根で、ただ待つ。

|黝簾の魔女(タンザナイト) ───エミリオの到着を。





外───地上から地下へ流れ込む、異質な魔力に不安を感じつつも、プンプンは蒸発する腐敗臭と溶ける肉片に眉を寄せる。


「.........、今は外が優先だ」


今すぐリリスを探し出したい気持ちを抑え、街の様子を見に行く事を選んだプンプン。

魅狐プンプンにとってリリスは最大の敵であり、目的の前に立ちはだかる最悪の存在。

溶け崩れたリリスの人形がバリアリバルの地下にあるという事は、近くに必ず操っているリリス本体がいる。自分の目的を優先し、リリスを探す事も出来る状況だが、プンプンは街での異常を優先した。


───ここで自分の事を優先すると、絶対モモカは怒るだろうな。


と、胸中で呟き、プンプンはどこか悲しそうな瞳を揺らした。



バリアリバルの地下は広く、様々なギミックがある。その広い地下の一角にすぎないユニオンの地下牢獄。ここにもギミックがあり、無理に地上へ出る扉に手を伸ばすと鉄格子が降り、内側から扉を開く事が出来なくなる。プンプンはリリスを待ち構える際、自ら鉄格子を降ろしていた。

地下から解放されるには誰かが外側からスイッチを押し、扉を解放しなければならない。


プンプンはフォンを取り出しセツカへメッセージを一通送る。しかしいくら待っても反応はない。


「.....あれ? 上で、外でやっぱり何かあったのかな? .....仕方ない、よし」


バリアリバルの地下は数百年前に作られたモノ。その当時から手は加えられておらず、使われた素材なども当時で最高のモノだが、今ではそう珍しくない素材も使われていて、古くなっている。


小さな破裂音がパチ、パチ、と響き、プンプンは雷の尾を残すように、恐ろしい速度で扉へ直進し、爆破音にも似た轟音を響かせ扉を突き破った。全身から時折溢れる雷を静め、プンプンはセツカの元へ走る。


「.....虫モンス? あっちにも。なんで建物の中に.....街中にモンスター.....」


視界に入る虫型モンスターの死体や血痕、床や壁に残る傷痕と───冒険者の死体。

幼い頃、自分が暮らしていた里に起こった悲劇にも似た現状にプンプンは奥歯をギリッと鳴らし、ユニオン内部───セツカが居るであろう王室ではなく、バリアリバルの街───外へ向かう。


「!? なにこれ.....」


ユニオンから外へ、街へ向かおうとしたプンプンだったが、紫色の雨がその足を止めさせた。紫の雲から降り落ちる紫の雨。力なく飛んでいた虫がポトリと落ち、足をピクピクと動かし、やがて息絶える。その姿見て、プンプンは雨が何かしらの毒だと察する。



「誰がこんな事を....これじゃ街人達も毒になっちゃうじゃないか」


冒険者の仕業ではない。そう直感的にだが確信したプンプンは、奥歯をグッと噛み締める。すると、バチバチと雷が音をたて溢れ、毛先が逆立つ。


『お? なんだアイツ....』


『.....雷?』


「───!?......誰?」


全身からバチ、バチ、と雷を溢れさせるプンプンを屋根の上から見下ろしていた魔女達。

その魔女を、魔力が多い人間として感知したプンプン。

数秒の沈黙後、声を出したのは雷を小破裂される魅狐。


「ねぇ、この雨は....毒? キミ達はそこにいて大丈夫なの!?」


魔女の会話まで聞こえなかったプンプンは、屋根の上にいる2人を魔女だとは思わず声をかけた。


『....釣りたかったのはアイツじゃない。殺していい?』


『好きにしろよ』


距離と雨音が2人の会話にハイディングをかける。プンプンは返事を待つも、届いたのは言葉ではなく───足下に展開された魔法陣と突き出る岩の槍だった。


「ッ───....ぶな!」


『ほぉ....RESが早いなアイツ。でも外に出たのはミスだろ』


『反応が早くても、これは避けられない』


休む暇もなく新たな魔法陣がプンプンを包むように広範囲展開。魔法陣内が一瞬大きく揺れバランスを奪い、無数の岩の槍が3秒間暴れる上級地属性魔術が発動される。

揺れた瞬間プンプンは右手に雷を集め、倒れるように地面を叩く。


『おぉ! 回避じゃなく破壊。今のはいい判断だな』


地面を魔方陣ごと破壊し、魔術も破壊。発動後に破壊されたのでファンブルにはならないものの、プンプンは魔法破壊マジックブラストを偶然ではなく、狙ってやって見せた。

素早い反応と的確な対応にグリーシアンは興味を持ち屋根を降りる。


「あの雲....キミ達が?」


「あぁ。お前が浴びてる毒の雨もな」


シェイネの初撃でプンプンは建物の外へ出た事により、ギフトレーゲンの毒に知らず知らず蝕まれている。しかし毒に焦る事なく黒一色の瞳を静かに睨んでいると、不機嫌な表情を浮かべたシェイネが、ゆっくりと降りグリーシアンの横へ。


「邪魔しないで。目的は黝簾、あなたじゃない」


「......タンザナイト? なにそれ?」


黝簾───タンザナイトはエミリオの宝石名。しかしエミリオ本人も自分が宝石名を持っている事を知らない。


『シェイネ、あのガキは自分が宝石名持ちだって知らないだろ。知っていたら宝石名を必要以上に名乗る性格だ。コイツ等に聞くなら宝石名じゃなく本名で聞くべきだろ』


『......じゃあシアンが聞いて』


先輩面してグチグチうるさいグリーシアンを煙たく思っているシェイネは、うんざりした声で言い、クチを閉じる。2人の会話を聞いていたプンプンは内容など理解出来るハズもなく、魔術を警戒し構えたが、もちろん魔術など発動しない。


プンプンからみれば今の会話───魔女語での会話は魔術の詠唱にしか思えない。

そんなプンプンの反応を見てグリーシアンは、


『......。毒の雲と雨が紫色とか、毒ですよって教えてる様なものだよな。 お前どう思う?』


一直線にプンプンを見て、まるで詠唱するかのように、魔女語で話しかける。


「───ッ!?」


大きくバックジャンプし魔術に備えるプンプンだが、もちろん魔術は発動しない。そんなプンプンを見てグリーシアンは声をあげ、笑った。


「ハハハ、そうだよな、お前等が普段使ってる魔術の詠唱ワードは、簡略化した魔女語だもんな」


「ッ.....キミ達、魔女か」


『シアン、わたし飽きてきたから殺しちゃうね』


『私は横から遊ばせてもらうぞ。殺るのはお前がやれ』


『好きにして』


琥珀と雲母は会話を終え、魅狐プンプンへ同時に視線を向ける。今まで感じた事のない嫌に冷めた視線に、魅狐は一瞬身体が強張り、魔女はその瞬間に動きを見せる。

移動速度上昇の補助魔術を自身へかけ、超接近する雲母。

プンプンが雲母の魔女グリーシアンへ視線を流した瞬間、琥珀の魔女シェイネは茶色の魔法陣を自身の前に展開し、岩の矢を放ちつつ、次の詠唱へ。


「くっそ!」


プンプンは毒づき、サイドステップで矢を回避した瞬間、雲母は魔術を発動させる。

青の魔法陣が展開し、水の渦が四方からプンプンを狙う。


「今度は水....───ッ!」


魅狐は自分の奥にある何かを爆発させるように、全身から雷を拡散させ水魔術を弾き壊すも、琥珀は驚く様子も見せず地属性魔術を落とす。

上空展開した魔法陣から巨岩が落下するも、魅狐は長刀に雷を強く纏わせ形をカタナから槌へ変化させ、無色光と雷纏う槌で巨岩を砕き割った。

飛び散る岩の破片がディレイ中のプンプンを横切る───その破片に浮かぶ青の魔法陣。


「ヤバ」


硬直状態のプンプンへ鋭い水の刃が容赦なく襲う。全身から雷を強く溢れさせ、水が触れた瞬間、雷を拡散させる雷狐ならではの防御法を使う。


『....? その姿、 狐で雷....得意属性纏いか? どっかで見たな...... .お前、魅狐みこか!?』


銀の毛に形のいい耳、扇状に広がる六本の尾。朱色の瞳と顔に浮かぶ同色の模様は魅狐族がディアを使った時に見せる妖狐の姿。雲母の魔女グリーシアンが懐かしむように言い放った言葉へ、プンプンは次の魔術への警戒をするも、魔法陣は展開しない。


「....痛ッ、今のはただの会話か....」


雷で水を弾き飛ばそうとしたものの、相手は魔術の種族 魔女。詠唱速度も次への詠唱も恐ろしく速く、本来なら難なく弾き消せるサイズの水の刃も魔女の魔術となれば、威力も質も桁違い。雷の衣を水が簡単に通過し、プンプンの肌を斬り裂いていた。


何が言葉で何が詠唱なのか判断出来ない中で、次々に発動される魔術は確実にプンプンを削る。





「結構頑張るな、お前。その尻尾は何本出せるんだ?」


既に八本の尾を広げているプンプンだが、身体中は傷だらけ。雷の衣も魔女術の前ではただの雷、狐モードで鋭くなる感知と反応も四方八方から休む事なく放たれる魔術の魔力に踊らされ、上手く働かない。


「疲れて喋れないか? 私達はまだまだ遊び足りないんだが......、強種で恐れられている魅狐がそんなので大丈───」


雲母が話しているにも関わらず、琥珀は魔術を発動させた。対象の足下から四本の細い岩が一瞬で突き出る地属性下級魔術。威力は低いものの出が速く魔法陣が展開される前に魔力を感知し、回避しなければ確実にヒットする迅速系魔術がプンプンを無慈悲に貫く。


『.....あーあ、殺っちまった。まだ話してたのにな』


『あの武器、不思議ね。最初はカタナだったのにハンマーに変わって、今は太めの剣.....剣なんて見てるだけでイライラするし、壊すね』


『おい待てよ、魅狐が使う武器っていつの時代も不思議なモンだろ?売れば高値で─── あーあ』


シェイネは地属性魔術を使い竜騎士族の宝刀に鍛冶屋ビビが手を加え、プンプン専用に仕上げた【竜刀 月華】を粉々に粉砕した。


『お前は本当、物の価値を知らないな。|変彩の魔女(アレキサンド) なら涎垂らして欲しがるだろ』


『わたし変彩の魔女は嫌い。ヘラヘラしてダサい眼鏡で、涎は変だし。それに、アレキサンドライト、ね』


『アレキサンドライトって長いんだよな......、一応魅狐も潰しとけよ。さっきの魔術は確実に貫いてたが、雑魚でも魅狐だ。最後の生き残りっぽいが.....私達、魔女を相手に子狐が牙を向けちゃダメだろ』


『ダメだね。最後なら終わらせちゃえばスッキリするし、何度か潰して、ムーちゃんのご飯にする』


琥珀は魔術をゆっくりと詠唱し、上空に魔法陣を展開させる。先程も使用した巨岩が落下する地属性魔術を、先程よりも高い位置で発動させ、動かないプンプンを宣言通り潰すつもりのシェイネだったが───


「空間!!」

「もうやってる!」


『『 ───!? 』』


雨音を消す様に声が響くと、巨岩は魔法陣から出た瞬間、宙でサイコロカットされ、獣のクチにも似た空間魔法が魅狐を呑み込み消滅する。


声が響き、岩が斬られ魅狐が消えるまで、僅か1秒程。雲母と琥珀は声ではなく、魔術の詠唱速度と発動速度に驚き、声が響いた方向を睨む。


石ころのように細かくカットされた岩が落下し、遠くなっていた【ギフト レーゲン】の雨音が、4人の魔女の鼓膜を揺らした。







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