◆186
琥珀───アンバー。
魔女が持つ宝石名は、魔女の見た目や得意魔術など、その魔女の特徴から考え、与えられる名。
他種族に名乗る場合、魔女は本名を名乗らない。宝石名持つ者はそれを、持たない者はその時その時で適当に名乗る。
しかしエミリオはガンガン魔女の名を他種族がいようと呼び、自分も簡単に名乗る癖があり、琥珀───シェイネはそういった部分を嫌っている。
「青髪の魔女はどこ?」
シェイネはアクロディアのメンバーへ質問するも、誰ひとり答えずシェイネへ攻める。
「聞こえるように、ちゃんと質問してるのに無視。そういうの.....嫌い」
アクロディアの剣士が一歩踏み込んだ瞬間、メンバーを包むように魔方陣が展開する。
魔術、と気付いた瞬間にはもう遅く、魔方陣内を何度も何度も無数の岩の槍が暴れ、アクロディアメンバーは無惨にも散る。
踏むと広範囲で展開する魔方陣を、術式系で設置していたシェイネ。その場を動こうとしなかったのは、術者が動くと術式は消える、を条件として設置したからだった。
一歩も動かず数名の冒険者を一瞬で殺す。術式内で発生した衝撃や音は魔方陣の外へ漏れる事もなく静かに命が散った。シェイネは背後から気配を感じ、誰かも確認せず魔術を発動させる。
駆け付けた別のアクロディアメンバーはシェイネの姿を見て足を止めた直後、岩に貫かれ呆気なく散る。
「弱すぎ。人間も強い人は強いって聞いてたけど....さっきの2人レベルの人間はあまり居ないのかな.....つまんない」
腹部を撫で、顔色ひとつ変えず死体を見るシェイネの前にグリーシアンが苛立ちを含む表情で現れる。
『いくら感知してもエミリオの魔力がヒットしない。アイツが高レベル隠蔽魔術を使えると思うか?』
『.....エミリオはマナサプレーションも知らないでしょ?』
琥珀の魔女が言うように、魔女の魔力を包み隠す効果もある隠蔽術【マナサプレーション】はエミリオが魔女界から消えた数カ月後に完成した魔術。魔女界にいなかったエミリオが知るハズもない魔術。
『アイツが隠蔽系の魔術を生成出来るとは思えないし、あの抑制マテリアじゃもう魔力は抑えられないハズだ....この街にいないのか?』
『かもね』
とにかく、つまらない。そんな事ばかり思うシェイネはエミリオが何処に居ようと、もうどうだってよく思えていた。バラ撒き用にテイムした使い捨ての虫達を眺め、シェイネはある事を考えた。
『ここがエミリオの住む街だとして、やっぱり虫だけじゃ街の外まで目立たない』
『あ? だから何だ?』
『だから、シアン。教わった毒魔術でこの街の人達を、みんな殺しちゃお? そうするとエミリオも来るかも』
つまらない、つまらない、だから楽しくしたい。魔女フローとは違う楽しみの作り方をするシェイネ。この辺りの性格も天魔女が気に入り、シェイネは幼くして宝石名を与えられた。しかし最年少はシェイネではない。いつも自分の前に名を残す魔女に琥珀は苛立ち、歪み、今のシェイネ───他種族をゴミ虫以下に見るシェイネが完成した。
自ら必死に生成した地属性魔術を天魔女に見せた時も、ある魔女が幼い頃に生成した魔術の方が有能だった。
幼くして宝石名を与えられた時も、もっと幼い年齢で宝石名を、それも狙わず望まずに与えられた魔女がいた。
上級魔女の頃に当時の強魔女相手に一歩も退かず挑み、中々の戦闘を見せたシェイネだったが、ある魔女は最下位───魔女子の頃に強魔女2人を相手にし、ひとりを殺していた。
何をやっても、どんな結果を出しても、自分の前にいる魔女。シェイネはその魔女の殺し、自分の方が優れた、有能な魔女だと、全魔女に知らしめてやりたいと思っていた。
『あの魔術は速効性の毒じゃないぞ?』
『うん、知ってるよ。だからいいと思う。みんな苦しんでる間にエミリオが来たら、凄く楽しそうじゃない?』
『.....いい趣味してるなお前。まぁ、あの魔術を使えば大きな雲も出る。外から見ても何かあるって気付くだろうし、微量だが私の魔力が雲から漂う。探し歩くのもダルくなってきたし、釣るには最高だな』
シェイネが今まで嫌という程聞かされた名は|黝簾の魔女(タンザナイト)。
憧れていた強魔女になっても気持ち良くない。黝簾の魔女というワードが呪いのようにシェイネを苦しめる。
殺してやりたい。
そう強く願っていたシェイネに天魔女からチャンスを与えられた。黝簾が持つであろう魔結晶を回収してこい。黝簾を殺しても構わない、と。
『エミリオが来たらわたしが殺していいのよね?』
『あぁ、でも魔結晶の手柄は私のモノだ』
『うん、それは構わない』
『よし。じゃあ、釣りでもするか』
|雲母の魔女(レピドライト) グリーシアンは停止し魔力を濃く混ぜ、ゆっくり、ゆっくりと詠唱する。赤紫の微粒子が溢れ、光は濃く、ハッキリと発光。
まぶたをヌルリと開き、黒一色の視線が空を刺す。赤紫の巨雲がバリアリバルの上空を覆う様に広がり、紫色の雨を降らせた。
広範囲 継続系毒魔術【ギフト レーゲン】
獲物を弱らせ補色する奇虫の様な瞳が、バリアリバルを舐めた。
◆
微量だとしても、魔女の魔力は独特で異質。感知に優れない者でも言葉に出来ない違和感、として魔女の魔力を感知してしまう程、濃く、冷たく、重く、独特で異質な魔力。
その魔力がバリアリバルの上空へ広がり、さらに拡散する様に落下した───瞬間、それを合図に
自身の身長程のカタナ、竜騎士族の長刀【月華】を背中から器用に抜き、躊躇も遠慮もせず、落雷のようにカタナを振り下ろす。地面は抉れ、砕けた散る瓦礫を縫う様に避け、オッドアイをとろけさせた女性。
「遠、慮、なし....、素敵、ね、プン、プン」
「───喋ってる暇あるの?」
先程の攻撃で舞った砂埃や瓦礫がまだ宙を漂う中、プンプンは既に女性の背後へ移動し、雷線走るカタナを大きく水平に振る。
武器も持たない女性は防御する術もなく、躊躇なく殺しに来たプンプンへうっとりしていたため回避も遅れ、刃は深く身体へ入り、通った。
血液が散らばる中でもプンプンは止まる事なく、雷と無色光を纏う長刀を閃かせる。
四連撃の剣術は全てヒットし、確かな手応えをプンプンへ伝えるも、攻撃したプンプンが妙な表情を浮かべ女性から大きく離れる。
「....、ごめ、ん、なさい、ね。もう、おし、まい」
「どういう事?」
「壊れ、ちゃっ、たか、ら、おし、まい。また、遊び、ま、しょう」
ガサつく声でそう言うと、女性は蒸発する様に腐敗臭を放出し、ボロボロと崩れ消えた。
◆
「あっ、、」
ポロリと落ちた指を見て、リリスは声を出した。
「あぁ? 終わったか?」
隣で空を覆う毒雲を眺めていたベルがリリスへ問うと、
「うん。やっぱ、り、すぐ、壊れ、て、腐っ、ちゃう、わ」
不満そうな声色だが、どこか満足した表情のリリスは答えた。
「何しようとしてるか知らねぇけど、狐相手だろ?」
「うん。死、体、も、無かっ、たし、プン、プン、の、お、仲間、さん、達も、いな、かった、わ」
「ロキの時お前が派手に殺っちまったからな。学習したんだろ.....」
拘束された仲間も死体扱いで処分するレッドキャップ。その事をセツカ達はロキ拘束時に体感していた。今回は拘束ではなく、死体。そうなれば現れるのは十中八九リリスとなる。リリスが来るとなればプンプンが黙っていない。しかし現れたのはリリス本体ではなく、人形。
リリスは自分の人形を作り、糸で繋がず、どこまで操作出来るのか試していた。
「まだ、まだ、ね....」
「なぁ、狐がウィルを殺した確率はどうだ?」
「無くは、ない。でも、私、は、プン、プン、じゃ、ない、と、思うわ」
「なぜそう思う?」
「さぁ?、なんと、なく」
リリスの答えにベルは一旦鋭く視線を細めるも、バリアリバルを覆う雲と紫の雨を眺め、溜め息を吐き出し、頭をガリガリと掻いた。
「死体も無い、狐は違う、毒の雨、ここにもう用はないな。無駄足じゃねぇか」
「あら?、私、を、信じ、て、くれる、の?」
「お前が嘘ついても意味ねぇだろ」
「あら、案、外。落ち、着いて、いるの、ね」
「......帰るぞ。魔女の方は魔女の都合で動いてるんだし、俺達には関係ねぇ。巻き込まれるのは痺れねぇだろ」
「そう、ね」
バリアリバルに目的が無い。と判断したリリスとベルは、街に入る事もせず、あっさりと帰還する事に。
死体は時に生きた者よりも情報を持つ。拘束された場合も情報を持つ身、速やかに処分する。
レッドキャップの数少ないルールのひとつ。このルールはリリスにとっては “質のいい人形素材を集める事” 程度にしか思えなかったが、ベルは “仲間の最後は仲間である者が” と考えていた。
考え方も見ている方向も違う者達が、上手く噛み合っているのが不思議に思える程、レッドキャップのメンバーは各自の目的や想いが違う。
ベルは何となく、暇潰しで、楽しそうだから、という理由で加入していたが、今の目的は───スウィルを殺した者を探し出し、自らの手で殺す事。それだけがベルの目的となっていた。
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