◆185



「ひょえぇ~! 本当にやっちゃったのか!? 雲母と琥珀のコンビは後先考えない癖があるなぁ......イイネ!」


ウンディー平原からバリアリバルを眺めるビン底眼鏡の魔女フローは、面白い遊戯でも見ているようにケタケタと笑った.....かと思えば、広範囲展開された魔法陣へ冷たい視線を送り、降り注ぐ無数の影を見詰める。


「晴れときどき魔法陣、ところにより虫、かな? いい天気」


魔女フローが言う、ところにより虫とは───上空展開された魔法陣から溢れるようにバリアリバルへ降り落ちる、琥珀の魔女シェイネがテイムしている虫達。


「街を覗きたいけど....雲母のシアンって確か “モラディアム” から毒の雨───ギフト レーゲン を教わってたしなぁ。毒はいいとして、雨に濡れるのはもう勘弁だぅ」


キンッ、とコインを弾き上げベルトポーチからケースを取り出す。ケースを開くと似たようなコインが十枚収納されており、あと二枚入るスペースが。そこへ弾き上げたコインを装着するように収納する。


「あと一枚で “シンシアのコイン” が揃う....楽しみだね───」


フローはおもむろに地面へ手を付け、ぐるぐる眼鏡に隠れた瞳を魔煌させ、


「───四大精霊ウンディーネ」


四大元素精霊の水を司る【ウンディーネ】の名をクチにし、溢れ出る涎を地面へ垂らす。

垂れ落ちた涎はジュッ、とウンディー大陸の地面を溶かし、その音にフローは「危ない危ない」と急ぎ涎を拭き取り鏡の破片のようなものを取り出した。フローはゆっくりと詠唱し、魔術を発動させると鏡の破片は溶けるように消え、眼の前に隙間が生まれる。


「隙間系を真面目に覚えるか.....でも今さら魔術を覚えるなんてダルいし、寝そうだな」



大あくびと言葉を残し、フローは生まれた隙間をこじ開け、その中へ消えた。





咆哮にも似た悲鳴、逃げ惑う人々の震動、犠牲の音、全てを全身で堪能するかのように、雲母の魔女グリーシアンは瞳を閉じ口角を少し上げる。


『シアン、楽しむのは後にしてエミリオ探そう』


『急かすなよシェイネ。エミリオの性格なら絶対現れる。お前も楽しんだらどうだ?』


『わたし、人間に興味はないの』


琥珀の魔女 シェイネはつまらなさそうに呟き、街を見る。

恐怖の表情を浮かべ走る人間、それを追うのは───様々な虫。這う様に動くムカデや地面を叩き進むクモ、走るカマキリに空を飛ぶハチ、他にも様々な虫がバリアリバルの街を駆け回り、暴れる。


『みんな、沢山食べてね』


シェイネは虫達を見て、優しく微笑んでいると、


「お前達がこの騒ぎの主犯か! 今すぐ虫を消せ!」


数名の冒険者がシェイネとグリーシアンへ刃を向け叫ぶ。


『.....なんだうるさいな、近くで大声出すなよ』


『剣.....わたしが一番嫌いな武器』


バリアリバルの上空に魔法陣が展開された瞬間、女王セツカは冒険者達へ、街の人々を守り別の街へ避難させるよう命じていた。虫と戦闘し、人々を避難させる冒険者達。そんな中でギルド【アクロディア】は騒ぎの主犯を叩く事を独自で判断し行動、発見した2人の魔女へ刃を向け、今すぐ虫を消せと言い放つも、グリーシアンとシェイネは全く耳を向けない。


「.....全員へギルチャを飛ばせ、アイツ等を捕まえる!」


言い終えると同時に武器を構え、2人を発見したアクロディアのパーティは毒雨に濡れた地面を蹴った───


『シェイネ、任せていいか?』


『うん』


魔女語で会話し、グリーシアンはその場を離れる。

アクロディアはグリーシアンを追おうとするも、カマキリやハチが一直線にアクロディアへ攻撃を仕掛け、追跡を阻止する。


「虫型モンスター.....結界は壊れてないのに、なんで街中に!?」


その声に琥珀の魔女は魔女語ではなく、人型種が共通ひて使う人語で答える。


「.....この子達はわたしがテイムした子達だから、結界なんて無意味。みんな出てきたかな?」


つまらなさそうにシェイネは答え、魔方陣からもう虫が排出されていない事を確認し、魔方陣を閉じた。





虫が街に降り注ぎ、すぐにセツカは冒険者達へ指示を飛ばした。民間人の避難を何よりも優先にし、遭遇した虫を排除する。というシンプルで難しい指示を飛ばした。騎士ならば隊で命令を下し、避難誘導する隊、虫を排除する隊、などと役割を完全に分ける事が可能。しかし冒険者には隊などはなく、ギルドは騎士隊などとはシステムが違う。しかしそこは流石冒険者と言った所か。現場で状況を素早く判断し、声を掛け合い、虫を排除する者と避難誘導する者とで分かれ、柔軟に行動してみせる。


「.....ナナミ、これは───」


立体化されたマップを睨むセツカは、レッドキャップの仕業でしょうか? とクチにしようとするも、名を呼ばれた後天性悪魔の【ナナミ】はすぐにクチを動かし、


「違う」


と答えた。元レッドキャップの後天性悪魔は今現在、セツカの護衛役としてユニオン本部に残っていた。街へ出て虫の駆除に参加すべき状況にも思えるが、現状、相手の数や狙いがハッキリしていない。

元レッドキャップ───S3犯罪者集団に所属し罪を重ねてきたナナミは、街が襲われている状況でも無闇に動く事はせず、落ち着いている様子を見せた。イレギュラーに対して焦る事がないのはレッドキャップでの経験か、ナナミの性格か。


「街は大丈夫だ。アスランや烈風、それに別の後天悪魔.....他にも高ランク冒険者やギルドが街中にいる。お前は下手に動揺せず、皆を信じろ」


そう言い、ナナミは腕を組み壁に背を付け黙る。


───この騒ぎにレッドキャップは十中八九絡んでいるハズだ。狙いは死体か....。


ナナミはそこまで考えるも、死体は今この街になく、地下には魅狐が居る事を思いだし、他の可能性を予想する。


───虫を出したのはレッドキャップメンバーではない。今派手に動いても奴等には何のメリットもない......誰と手を組んだ?


黒赤の瞳を床へ向け、ナナミは色々な可能性を考えていると、


「───虫がユニオン本部内にも!」


ユニオンの奥───王室の扉を騒々しく開かれ、冒険者は叫んだ。しかしすぐその冒険者は声を出す事が出来ない状況に。


大人の頭部程の大きさを持つハチが、背後から喉をひと突き、声が響いて僅か1秒という一瞬の時間で王室に緊張と焦り、不安と恐怖が充満し始める中───闇色のカタナが音も無く走る。


「.....入り込んで来たクズは私が駆除する。お前達は地形立体魔術を使って、街の状況を把握し、虫の親玉を探せ」


数匹の虫が王室目掛け飛行してくるも、ナナミは宣言通り虫が王室へ入り込んだ瞬間、躊躇なく殺し「聞こえなかったのか?」と魔術師達を見て言った。頼もしさを越え、恐怖すら感じるナナミの雰囲気に魔術を得意とする冒険者達は一瞬臆するも、すぐに連繋詠唱を始め、地形立体魔術を展開させた。





上 ───街やユニオン本部から地下へ届く、慌ただしい音にさえ、プンプンは反応しない。

地下でただ黙り、ある変化を待っていると、それはすぐに起こった。


空気が一瞬揺れ、ねじ曲がる様に地下を流れる空気が変動する。

黒曜の魔女ダプネが使う空間魔法とは比べ物にならない雑さの空間魔法。空間を繋ぎ、物理的に入り口と出口を作るような雑さと遅さ、そして感知術を使わなくともハッキリと感知出来るベト付くような雰囲気。


抉じ開けられた空間からゆっくりと現れた女性は、魅狐プンプンの姿を見て驚く様子もなく、空間を握り潰す様に塞いだ。


「広い、のね、ここの、地下、は」


「そうだね。ボクも驚いたよ。でもこれだけ広いなら.....」


「窮、屈、な、思い、も、せず、遠、慮、もない、止め、られる、事、も、なく、踊、れる。だから、ひとり、で、待って、いたの、で、しょ?、プン、プン」


女性は高級な人形が着ているようなドレスのスカートの端をつまみ、ふわりと揺らし上流貴族がするようなお辞儀した。


「死、体を、貰い、に、来たの、だけど、ない、み、たいね。暇に、なっ、ちゃっ、たし、少し、だ、けなら、遊ん、で、あげる、わ。プン、プン」


唇を舐め毒々しく嗤う女性は、綺麗な靴先で地面を叩き、オッドアイを向けた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る