◆171



「フロー! 久しぶりい!」


と、わたしを呼ぶ声。

名前こそ違うものの、数名の知り合いにわたしは、フローと呼ばれている。


声の主はオールドローズカラーの髪を雨に濡らす、水着みたいな上衣の錬金術師だっぷー。こちらを見てヒラヒラと手を振る。


「フロー....?」


同行者A ことダプネはわたしのあだ名....といえるのかわからないが、フローというネームに反応した。


「あー、わたしの事。気にするな」


「.....フロー.....」


わたしは軽く答え、だっぷーを迎える。


「久しぶりだな! まだそんな格好してんの!?」


「動きやすくて涼しいよお? フロー髪伸びすぎい!」


露出狂予備軍のだっぷーはわたしの美しく伸びた髪を指差し笑う。プリュイ山へ入りたいと言い出した時は、妙な不安というか心配がわたしの胸を圧したが、元気そうなだっぷーを見てそんな気持ちも晴れた。ルービッドはだっぷーへ色々と説明をし、だっぷーも内容を理解した所で、いざプリュイ山へ。全員【ミストポンチョ】を装備し綺麗な雨の街を歩く姿は中々に....場違いだ。

人見知りという言葉を知らないメンバーで組まれたパーティは、雑談しつつ進むと街並みには絶対に合わない、鉄格子のスライド式バリケードが見える。その近くには剣を腰に吊るした剣士が2人。


「通してもらえますか?」


ルービッドは剣士へ躊躇なく近づき、声をかけフォン画面を見せる。


「Sランクの冒険者か」


「よし、待ってな。今門を開ける」


2人の剣士は鉄門に設置されたレバーを左右同時に操作する。ガシャン、という音の後にバリケードがスライドし、門が開かれる。


「ここから先は制限区の、プリュイ山道。その先がプリュイ山だ」


「山頂の霧は何百年も前から晴れる事はない。物見なら諦める事だ」


軽く説明をし、剣士達は手を伸ばしわたし達を山道へ進むよう促す。ここから先はモンスターも生息するエリア....街には結界があるとはいえ、門は素早く閉じるべきだ。


「ご苦労様です」


ルービッドは一言残し、山道へ進む。わたしも気の効いた言葉を剣士へ言うべきだろうけど、何も思い浮かばないので親指をビシッと立て、山道へ進んだ。





濃い霧が数メートル先さえも白く包むプリュイ山の中層部。ダークブルーの毛を持つ狼が一匹足を止めた。姿形は狼だが、衣服を身に付け、ベルトポーチまで持つ若い狼。濃い霧に包まれた下層部───アイレイン方向を見て瞳を揺らす。

野生の勘、と言えば大層なものだが、若い狼は直感的に誰かがプリュイ山へ登ってきていると察知する。


この狼はモンスターでもなければ精霊、妖精でもなく、元は人間。


イフリー大陸【オルベイア】で暮らしていた大剣使い【カイト】は、モンスターを討伐し、入手した素材を売ったり、デザリア軍が手を焼いているモンスター絡みの件を解決したり、カイトは冒険者ではないが、冒険者と同じ事をイフリーで行い、錬金術師で恋人の【だっぷー】と日々を過ごしていた。


だっぷーへ心配をかけぬよう、危険すぎるモンスターの討伐はデザリア軍と共に行ったり、イフリー大陸を訪れたウンディー大陸の冒険者と共に行ったりと、ひとりで無茶する様な事はせず、日々の生活を大切に想い暮らしていたが....数年前のある日、カイトの前に現れた毒々しい緑髪の女性。


───あなた、幸せそうね?


風がわらう。


───私は、幸せを奪う瞬間がとても、とても、幸せを感じられる瞬間なの。


黒い風が、 人間カイトを奪い去った。





ルービッドへ依頼を持ち掛けたドメイライト騎士の男性。騎士団に戻る素振りも見せず、アイレインの裏路地へ流れる。誰も覗こうとは思わない裏路地には、黒緑のレインフードを装備した影。


「終わりましたか?」


レインフードの人物は女性で、ウンディー大陸でドメイライト騎士を前にしても、雰囲気を変える事はない。冒険者ならば騎士を見れば、嫌でも警戒に近い雰囲気で観察する。


「終わったよ、大変だったね~....狼を誘うってのが一番大変だった」


騎士の男は大袈裟なまでの、疲れているアピールを見せ、自身の足下に魔方陣を展開させる。フワッと輝いた魔方陣は騎士の姿を洗い流すように消し、瓶底メガネの女性が姿を現す。


「....何度見ても凄いですね、その魔術」


「でしょでしょ? わたしお得意の変彩魔法、同族も簡単に見抜けないレベルでしょ? ぐふふ」


瓶底メガネをキラリと光らせ、絞まりのないクチを更にユルめ笑う女性───種族は魔女。レインフードを装備している女性も、同じく魔女。


「本当に見抜けないですね、使い方を考えれば “天魔女” 様もれるのでは?」


「えー? そゆのあんまり興味ないからなー、わたしは自分が楽しめればいいだけだし」


「そうですか....、あ、これ約束の報酬です」


フードの魔女はフォンを操作し、ドクロマークのコインを取り出し、瓶底メガネの魔女へ弾き飛ばす。


「おっひょー! コレコレ、コレが欲しかったのよねん!」


「本当にそんなモノでいいんですか? それに....その気になれば私を殺して奪う事も出来たと思いますが」


「それは面白くないじゃん? ちゃーんと報酬も貰ったし、あとは勝手にしなよ」


瓶底メガネの魔女はコインを頬へ擦り付け、ペロペロと舐め喜ぶ。

フードの魔女はプリュイ山方向を無言で見て、少し笑い、自分も山へ向かおうとするも、グルグルメガネの魔女が声をかけた。


「あ、そうそう」


「.....はい?」


「さっきのカフェで “黝簾” と “黒曜” がいたよ」


「───!? 黒曜....オブシディアンと....黝簾とは? しかしどうして黒曜が?」


「しらなーい。ま、気を付けてくれたまえ」


「そう、ですか....情報感謝します。“黝簾” が誰の事かわかりませんが、私は “翠玉” ですよ? それを知れば2人も臆すると思いますし、大丈夫ですよ」


「そかそか、ま、報告はしたしご自由にー」


翠玉と名乗るフードの魔女は軽くお辞儀し、プリュイ山へ向かっていった。


「...... “翠玉”、ね。名無しの石ころ魔女が “宝石魔女” に手を出すと死ぬぞ?」



瓶底メガネの奥にある瞳が冷たく輝き、雨音に隠すよう呟いた言葉は届く事なく地面に落ち流れた。






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