◇158



容赦なく陽炎の腕がワタポの命を吸い付くそうとする。ジワジワと範囲を広げる陽炎の腕、りょうは眼を開きワタポを睨んでいるも、自分の意思ではない。モンスター化とも言える状態。


「エミリオ、どうにかあの腕を消す事は出来ないのですか!?」


ウンディーの女王であるセツカはワタポとりょうを不安な瞳で見詰め、呟いた。

エミリオはセツカの問いに返す言葉を探すも見当たらずクチを閉ざしたまま。すると代わりにナナミ、そしてダプネがセツカへ言う。


「りょうのマナが徐々に減っている。私の感知でわかるのは、あの腕がりょうのマナを吸い込んでいる事だけ」


「もってあと10分だろうな....放置してもあの少年は死ぬ」


セツカは言葉を失った。今りょうは人間とは言えない状態。腕を消し、人間───りょうの意識を戻す事ができれば、拘束し罪への罰を償う機会を与える事が出来る。そう思っていたが、腕を消す方法もわからずマナは吸収され続ける。マナを失えば生き物は死ぬ。怪我も病気もない健康体だったとしても、マナを完全に失えば生命活動は停止する。


「.......チッ、ワタポ!少年から出てるそのモヤモヤした腕は消せない!そして、その腕はクリアストーンと同じマナや魔力を吸収する!」


突然エミリオがワタポへ声を飛ばす。珍しく真面目なトーンの声質にワタポだけではなく、セツカやナナミも黙ってエミリオの声を聞く。


「そのまま何もしなきゃ、少年は、りょうちんのマナは枯渇して死ぬ。手を出すなって言ったのはワタポだ───」


エミリオは一旦クチを止め、喉まで上がった言葉をグッと溜めて吐き出す。


「そのまま死ぬのを待つか、自分で殺すか....───、選べ!」





魔女の言葉は残酷な現実を人間へ突き付けるモノだった。

りょうの腕はりょう自身のマナ───命を吸い付くそうとしている。液体化させた人工魔結晶を体内へ打ち込まれた事から陽炎の腕は消してもすぐ溢れでる───血液や体液に混ざったクリアストーンが混ざったと状態といえる。


殺さない覚悟、殺す覚悟、どちらを選んでも相手は───りょうは死ぬ。


「───なんで、なんでッ!」


喉を裂くような声で、眼の前の現実を悔やむワタポ。しかし悔やんでも現実は変わらない。陽炎の腕はりょうを蝕み、ワタポを殺そうとする。


───ワタシは、


迫り来る陽炎の腕に対し、ワタポはただ立ち尽くす。救えない命を前にし、自分の命も捨てようとするワタポ。


「おいアイツ何もしないで死ぬ気じゃないのか!?」


ダプネは命を捨てようとしているワタポに驚き、エミリオを見る。ダプネにとってワタポの命など、どうでもいいモノで助ける義理もない。

しかしエミリオにとってワタポの命はどうでもいいモノではないだろう。そう思ったダプネはエミリオがワタポを助ける素振りを見せた場合のみ、空間魔法を使うつもりだったが───


「自分で死ぬ事を選んだなら、わたしは止めない」


エミリオは最後まで手を出すつもりはない様子だった。


迫る陽炎、あの腕に掴まれれば酸による破壊とマナの吸収が同時に行われ、痛みと脱力感に襲われる。陽炎の腕は斬り離す事も出来ない。


───ごめんね....


ワタポは胸中で呟き、動きを見せないどころか、両眼を閉じる始末。

伸ばされた陽炎の腕は鋭い爪を尖らせ風のような速度で───空を掻いた。


黒の円が内側に、白の円が外側に描かれた瞳は、素早い動きで迫る陽炎の腕を回避し、湿る声を揺れ響かせ、りょうの左胸へ剣を通した。


ほんのり赤い刀身はりょうを通り、濃く、重く、その色を強め、震えていた。


「....ごめんね、ワタシが、ワタシがしっかりしてれば....こんな事にならなかったのに....」


左胸を突き刺されたりょうだが、陽炎の腕は止まる事なくワタポを襲うも、陽炎の腕は義手に弾かれ、りょうの身体は後退りする。胸の剣が抜け、夥しい量の血液がボトボトと溢れ落ちるも、りょうは痛がる様子を見せない。


「ワタシが終わらせるからね、絶対に」


血に濡れた剣を構えると、剣は強く、どこか悲しげに無色光を纏った。右眼は内側に黒の円、左眼は内側に白の円を描き、音も無く地面を蹴り進んだワタポは、七連撃剣術【シルクリア ペイン】を放った。一撃毎に義手で刀身を撫で、爆破を操る。小爆破で六連撃目までを終え、最後のラスト─── 七連撃目は大爆破を乗せて。

加減のない【シルクリア ペイン】を受けたりょうは、ついに起き上がる事もしなくなる。

ワタポは剣を捨て、その場で崩れると、声が。


「....、ヒロ?」


「───!?」


加減を一切しなかった剣術は、りょうの意識を引き戻す事に成功した。しかしもう時間は残されていない。


「やっぱりヒロか、、.....」


陽炎は弱まり形を保つ事も出来ず揺れる。声を出したりょうも、消えそうな意識を保つのがやっとの状況。そこへ、


「....どうしたんデスか?この状況」


旧フェリア遺跡から後天性吸血鬼が。マユキは周囲を見渡し、情報を拾い集めゆっくりと、りょうとワタポへ近付き、倒れるりょうを覗き込む。


「....この方はもう死んじゃうデス、でも何か言いたそうデスよ」


そう告げ、マユキは自分の指を噛んだ。指先から紅い血液が溢れるのを確認した吸血鬼は、腕に一瞬力を入れた。

すると傷口に黒い血液の雫が。


「これは黒血....吸血鬼以外の種族には猛毒デスが、耐える事が出来れば後天して蘇るデスよ。吸血鬼として、デスけどね」


「え....」


「死ぬ前なら後天対象デスが、あたしは純粋な吸血鬼ではないデス。成功しても、この方がどの吸血鬼に後天するかわかりませんし、成功率は相当低いデスよ」



マユキの言葉は理を超越した様にも思えた───と同時に命の重さを軽くするものだった。






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