◇128




純妖精エルフ

フェアリー種の中で最も人間に近い姿をしている種族。

寿命も長く、人間よりも美しい容貌から、妖精と書いてエルフと読まれる事も。

森の奥で暮らし、普段から森を出る事は少ないが、決して外に出ないワケではない。

他種族とはあまり深く関わらない、同族や同種での団結や結束を強く持つ種族。



その純妖精エルフが住む都市【フェリア】で、大きな動きが。



女王の考えに賛同できない純妖精は自分達の考えを信じ、悪妖精ダークエルフ...言わばはぐれ者となる純妖精もごく稀に存在する。

今回、猫人族の件で女王の考えに賛同できなかった純妖精は悪妖精となり街を抜けた。しかし悪妖精のリーダーらしき男が街フェリアへ戻り、純妖精達へ叫んでいた。


「女王はどこだ!?」


言葉を変えるも意味は同じく、女王は今どこにいるのか。を叫ぶ悪妖精の男。

最初は純妖精達も無視し妖精の騎士達の到着を待ったが、悪妖精の鬼気迫る表情と一度抜けた街へ戻る命知らずな行動に、興味が湧く。

悪妖精として街を抜け、戻れば逮捕、拘束は逃れられない。王宮の地下で約50年は過ごす事になる。そんな事は子供でも理解出来ている当たり前の話だが、この悪妖精は恐れる事なく...いや、別の何かに恐れている様な表情で叫び続ける。純妖精をハメる罠ならばリーダーが自らこんな行動はしない。


「女王は...さくたろ はどこへ行った!?」


悪妖精のリーダーが再び叫び、純妖精達もここ最近、女王を見ていない事に気付く。



妖精女王は今....悪妖精達に捕まり、剣向けられ森を───ニンフの森を進んでいた。

妖精喰い【森の女帝 ニンフ】が眠っている【旧フェリア遺跡】へ。







気持ち悪く思える程、生ぬるい風が猫人族の里シケットを走り、ワタシの心に不安感を残した。

風なんて吹いてなかったのに....と、考えてしまっていたのはどうやらワタシ1人だったらしく、他のみんなは気にもしていない様子。

愛犬のクゥがワタシを見て首を傾ける姿に心に余裕が生まれる。


「クゥも猫人族の所へ行っておいで」


クゥ───フェンリルの頭を撫で、ワタシはテラスのイスへ腰かけフォンを取り出す。

メッセージはない。妖精側へ行ったひぃちゃとプンちゃから何の連絡もない...そもそも連絡するという決まりはなかったけど、やっぱり気になる。


───ワタシからメッセを入れておこう。


そう思い、今の状態と今後の予想を打ち込もうとした時、肌がピリつく様な空気...雰囲気を全身で感知した。


「!?....」


今まで何度かあったこの感覚。シケットの奥...森からこちらに向かってくる何かにワタシは構える。


「どうしたの?」


ゆうせーさんがワタシの表情の変化に気付き、他のメンバーも眉を寄せ森を見る。


何とも...嫌な感じがする。


「何かくる...」


ここ1年でこういった勘が大幅にレベルアップしたのは喜ぶべきなのか...そんな事を思いつつ、ワタシは最悪のケースを予想する。


迫る何かがレッドキャップの誰かで、この街で戦闘になれば猫人族達を守れない。

この最悪を避けるにはこちらから迎い、森で対応するのが一番被害が低い。


問題は今こちらへ向かってくるのがレッドキャップなのか、高ランクモンスターなのか。モンスターの場合は結界があるので入る事はできない。

それはモンスター側も理解している事...なら、やはり人間か?


誰を街に残し、誰を向かわせるか。ここの選択ミスは命取りになる。


「...悪いけど私は残る」


巻き髪を揺らし言い放ったのは白金の橋マスターのヒーラーリピナさん。


「ヒーラーとして同行したいけど、すれ違い、または阻止出来ずここまで来ちゃった場合の事を考えると私やゆうせーは残るべきだと思うわ。最悪を想像しての行動なら尚更ね」


...そうだ。最悪を想像した上で行動を決めている今の状況で無茶な事は出来ない。こういう言い方はあまり好きじゃないけど、保険が必要。


「ユカさんとアスランはワタシと。ゆりぽよは猫人族を一応避難させて、他のメンバーも想像できる最悪に対して行動してください」


人間側のメンバーに長く説明する必要はない。

猫人族の方はゆりぽよやリナさんに任せる事も出来る。

少数で迎い、対応するのが今出来る最大の行動と、保険。


全員が頷いた事を確認し、ワタシはクゥの頭を撫でた。

クゥは本来の姿───銀狼フェンリルへと戻り、ワタシを含めた3名を乗せ、森へ走った。



この刺さる様な感覚。

ほぼ間違いない。

レッドキャップだ。









「はぁ~...」


シケット付近の森で深く長い溜め息を吐き出すメガネの少年。

リボンネクタイが目立つ防具と、背には3枚刃の大鎌。


隣には鎧姿で大盾と剣を背負う騎士スタイルの男性と、黒髪に赤い大きなリボンを装備した、図鑑の様な本を持つ少女。

少年の溜め息の原因はこの少女。


「パメラ...お前なんで来たんだよ」


「暇だったから、それにパド様は行ってもいいって」


「ボク達が猫人族を殺して妖精に死体を届ける役なんだ、邪魔するなよパメラ」


「リョウの言うことを聞けってパド様には言われてないわ、だから聞かない」


リョウはクチをへの字に曲げ、パメラへ何も言わず会話が終わる。


リョウ、パメラ、そしてフィリグリーが猫人族の里を目指し進んでいた。目的は猫人族を数名殺し、リリスにその死体を届ける事。

ハイド率をブーストする血塗られたフードローブを使えば猫人族の眼を掻い潜り、数名殺す事も簡単な仕事。

モンスター以外の血を吸わせる事でハイディング率をあげるユニークアイテム【ブラッディローブ】はハイドレートが恐ろしく高められている。

レッドキャップという名前の由来は闇妖精【レッドキャップ】と同じ様に、殺した相手の血液でフードローブを染める行為からではないか。と噂されている。



「...む?」



無言のまま歩いていたフィリグリーが足を止め、リョウとパメラも同時に。



現在、レッドキャップの3名は【ブラッディローブ】を装備していない。まだ森の中間地点だったため、各々の隠蔽術だけで進んでいた油断がここで看破される。



「...見えた、3人」


「どこや!?」


「あぶな、落ちる落ちる」



一度姿を見られた状態からの隠蔽術はハイドレートが極端に低い状態からスタートする。相手が視線を外さない限り、ほぼ不可能なレベル。


それを理解しているからこそ、レッドキャップの3名はハイディングもブラッディローブを装備する事もせず、迫る影をターゲットに構える。

白銀の狼がその速度を抑え、停止。お互い姿を充分確認出来る距離で鋭い視線をぶつけ合った。








ワタシの予想通り、と言えば相手の行動を予測出来ていた様に聞こえるが、相手はレッドキャップだった。

でも、まさかこの2人...リョウとフィリグリーが来るとは考えてもいなかった。

考えれば充分可能性としてはあった。でも考える事も、余裕も無かった。

現実的な行動と現実的な予想が噛み合わなかった時の衝撃は大きい。


「...あ、あなた」


黒髪に赤色のリボン...何かの童話に登場する様な姿をした少女が、ワタシを見て呟いた。ワタシはこの子を知らない。


「ダメだよパメラ。ヒロはボクが貰う」


「あなたの言うこと聞かないって言ったでしょ」


ワタシ達がクゥの背から降りる前に、リョウとパメラと呼ばれる少女が、驚く程のスピードで距離を詰めた。

2人が行動する直後に音楽家のユカさんが口笛を小さく吹き、クゥはその音を合図に高めのバックジャンプで攻撃を回避する。


リョウの攻撃は3枚刃の大鎌、武器を見れば予想出来る攻撃だった。パメラと呼ばれる少女の攻撃は攻撃と言うには少々弱々しい...開いた本で叩くモーション。


「...よし、俺様の指示通りや」


「だね、アスランの指示通り。よくやった」


ワタシの後ろでユカさんとアスランが軽いやり取りをし、ワタシ達は素早くクゥの背から降り、武器を取る。


ワタシの武器は赤銀色の剣【エウリュ クストゥス】、音楽家ユカさんの武器は短剣よりも長く、剣よりも短い2本の剣。アスランの武器は驚いた事に剣と片手で扱うタイプの魔銃。


「私まだビビに話を持ちかけただけで、武器新調してないんだよね...ま、大丈夫か」


鋭い音で空気を斬り、2本の短剣とも片手剣とも言えぬ武器を構える紳士の様なスーツ姿のユカさん。

隣でアスランが魔銃に弾を装填し、夕焼け色のアロハシャツをわざとらしく靡かせる。


ワタシ達3人をただ見つめていたフィリグリーが、ゆっくりクチを動かす。


「君達2名で、眼の前の3名をどうにかしてもらおう。私は先に行かせてもらう事にしよう」


「Wow、私達をeasyだと思ってるね、彼」


ユカさんは妙にいい発音で魔女語を混ぜ喋る独特な癖がある。慣れてしまえばこの癖が格好よく思えるが、今はそんな事を思っている暇はワタシにもアスランにもない。


「そうは思っていないさ、ただ、時間稼ぎなら間に合っていると言ったつもりだったが、気を悪くしたかね?」


数年前と変わらない、人を見透かして上から物を言うフィリグリーの口調にワタシは冷静さを削られる。


「先に行けるなら好きにすればいい、でもフィリグリー。ワタシはもう前のワタシとは違うよ」


ワタシの声が終わった瞬間、重装備のフィリグリーは予想以上の速度で動き、長剣を振り下ろした。

エウリュ クストゥスで長剣を受け止め、その行動を合図に開戦する。


「騎士として突然斬りかかるのはどうなの?フィリグリー」


「む?時間稼ぎなら間に合っていると言ったつもりだったが...それに私も君も、もう騎士ではないだろう?」


ギリギリと嫌な音をたてる剣と、頬に届く熱。

エウリュ クストゥスは以前の様に鱗粉が無くても爆破を起こせる 特種効果武具エクストラウェポン。好きなタイミングで連発爆破させるのは不可能だが、剣を何度も振り温度を高め、刀身が真っ赤に染まった時、強い衝撃で爆破を起こす。

初見で爆破を回避するのはまず不可能。


言わば...初撃爆破は外せない。


「フィリグリー!ボクの仕事を奪うなよ!」


アスランと戦闘中に珍しく声を荒立てるリョウ。その言葉にフィリグリーは一瞬何かを思い出し、大きく下がった。


「...バレたうえに騒ぎになってしまった以上、我々の仕事は終わりか。ここは退却させてもらう事にしよう」


退却?この状況で?

ワタシがそう思った直後、フィリグリーの長剣は強い無色光を纏い、地面を叩く。

強い振動にバランスを奪われ、亀裂がワタシ達へ迫る中、リョウとパメラはフィリグリーのモーションから剣術を予想し、バックダッシュで範囲外まで下がっていた。


タンク...ガーディアン、壁系ビルドの人が好み使う剣術。

範囲内の対象の足場を揺らし、走る剣撃で微量のダメージを与える範囲挑発系 剣術。


目障りな砂埃が舞い、ぼんやりと揺れる3人の影が消えた。


「まんまと乗せられてしもうたわ」


「逃げ足早いね」


装備からは考えられないSPDを持つフィリグリー、そのせいか、挑発系───ターゲットのヘイトを稼ぐ剣術を持たない剣盾使いだと思ってしまったのはアスランだけではない。


「...、最悪は避ける事が出来た。戻ろう」


胸に残る敗北感を圧し殺し、ワタシ達は猫人族が待つシケットへ戻り、残っていたメンバー報告、リピナさんがバリアリバルに居るセツカ様へ報告のメッセージを飛ばす。

ワタシも何気無くフォンを取り出すと一通のメッセージが届いていた。


送信者はひぃたろ。

〈プンちゃんが大怪我した、シケットにある世界樹からニンフの森の結界樹へ空間術が繋がってるから、世界樹の雫を貰って、こっちに来て〉



「...!ゆりぽよ!世界樹の雫って薬はどこで貰えるの!?」


内容を読んだワタシはすぐに猫人族のゆりぽよへ【世界樹の雫】という薬の事を聞く。


「んにゃー、世界樹が死んじゃったかりゃ、もうゲット出来ないニャ。どしたニャ?」


「そんな...っ、世界樹の空間術は生きてる!?」


「んにゃ、それにゃら生きてるニャ。多分子供にょ世界樹が~」


「すぐ案内して!」



自分が行って何が出来るのか、そんな事わからない。いや...多分何も出来ない。それでも、黙ってる事は出来なかった。



「ごめんみんな...ワタシ行かなきゃ、ごめん」



みんなへそう言い、頭を一度下げ、ワタシは世界樹のある二階層エリアへ急いだ。



クゥもシケットに残り、ワタシ一人で妖精側へ。







「...プンちゃん」


「ん?ひぃたろ!再生術で疲労が溜まってるんだから、寝てなきゃ」


「今は寝ていられない。私の甘さがプンちゃんを...」


「...、今他のドライアド達にも声をかけて、何か薬が無いか聞いてるから、寝ていなさい」




ニンフの森の奥にあるドライアド達が暮らすエリア。私とプンちゃんはそこで休憩させてもらっていた。

休憩、と言えばリラックスした回復に思える。私の場合は休憩でいい。しかしプンちゃんの場合は休憩ではなく、治療。ニーズヘッグの一撃、たった一撃でプンちゃんは...。


私の再生術で内部的な損傷をある程度まで回復できたが、危険な状態には変わり無い。



あの時、私を助けてニーズヘッグの攻撃を受けたプンちゃん。外傷は酷くなかったが、恐ろしい量の血液を吐き出し、冷たくなるプンちゃんを見て、私は必死にこの場所へ翔んでいた。


記憶にないがこの場所に到着した私を見て、ドライアド達は「あり得ない速度だった」と呟いていた。木々の隙間を器用に抜け跳ぶ程の冷静さは無く、枝で腕や頬に傷を付けるも、こんな傷どうでもいい。

再生術での疲労も、今はどうでもいい。


私が甘かった。ニーズヘッグを簡単に跳び越える事が出来ると思っていた私が...。



「ひぃたろ、ひとりの人間が結界樹のエリアであなたの事を探していて、一応拘束して連れてきたけど...会う?」



赤ドライアドが私に申し訳なさそうに言った。

私は返事する事もせず、すぐに外へ出ると、



「ひぃちゃ!世界樹の雫はもう手に入らなくて...でもワタシ黙っていられなくて、プンちゃは!?」


「その人を離して」


私はギルドメンバーの姿を見て、少し、ほんの少しだけ安心し、世界樹の雫が無い事はすぐに切り捨て、ヒロ...ワタポをプンちゃんが居る部屋へ案内した。


数名のドライアドが額に汗を滲ませ、他種族のプンちゃんを必死に助けようとしてくれていた。



「...ニーズヘッグの一撃でプンちゃんは...私が...」


私は自分の甘さに、声が揺れる。


「...ひぃちゃ。ワタシも本で少し読んだ程度なんだけど...妖精の魔法薬 って凄い薬の事なんだけど」



【妖精の魔法薬】

その名前をワタポがクチにした瞬間、私を含めた全員が動きを止めワタポを見た。



「...それなら助かるかもしれない」


「正気!?妖精の魔法薬はあのモンスターが」


私の言葉へすぐに噛み付いて来たドライアド。彼女が言うモンスターはS1ランクの人型鎧の【ミステリア ナイト】という名のモンスター。

微妖精を捕食する、ニンフの森の奥にある遺跡付近を徘徊している。

非アクティブな性格なので純妖精達も無視しているが、確かにそのモンスターは妖精の魔法薬を持っている。


「ひぃちゃ。助けられる方法があるならワタシは...それをするべきだと思う」


「....、場所はここから更に奥の、旧フェリア遺跡。その周辺にいるS1モンスター【ミステリア ナイト】を討伐する」


「S1...わかった。行こう」




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