◇127




マナの質が変わり続ける【迷いの森】を抜ければ【ニンフの森】がある。このニンフの森も微妖精が悪戯にマナを変えるのでマッピング機能が働かない。

ニンフの森を進むと森は一旦途切れ、崖になっている。ここを越えるとまたニンフの森が続き、目的地である【妖精の都 フェリア】に到着する。


迷いの森もニンフの森も難易度は高いが、この崖越えは危険度も高い。巻く様に唸る風が止む事がないため、橋を架ける事もできない。芸術の街の人々は飛行できる乗り物を製作しようと知恵を集めるも、現段階では不可能との答えが。

現実的にこの崖を越える事が出きるのは翅や翼を持つ種族だけとなっている。


そして、崖を越え再び広がるニンフの森の奥には黒樹ローレルを食べたS2ランクの竜【ニーズヘッグ】が住み着いている。

ニーズヘッグの存在が純妖精達を止めていた原因...だったが、今はニーズヘッグよりも危険な【妖精喰い】に眼を向け、妖精女王を陥れようとしている。


ニンフの森へ入った半妖精のひぃたろ、魅狐のプンプン、そして精霊ドライアド達。

ドライアドの道案内でニンフの森を簡単に進み、崖の前で足を止めていた。


「うーん。これは想像以上に風が強いなぁ...それも下からブワッと吹き上がる風」


プンプンは唇に手を当て悩む仕草で呟くと、もう何度目かもわからないが崖を覗く。

ブワッと風が吹き上がりプンプンの顔を叩く。


「ひぃちゃんはどうやって渡るの?こっち側にいるって事は昔渡ったんでしょ?」


プンプンの質問にひぃたろは造形魔法 エアリアルを発動させた。


「なーるほどね、ボクもエアリアル使えればなぁー...」


「エアリアルは使えないけど、翅なら持てるわよ?」


ひぃたろは言いつつフォンを出し、指を忙しく動かした。

探していたアイテムをフォンポーチから取り出しプンプンへ渡す。

虹色に輝く丸い珠、その珠にクルリと回る謎の装飾が施された手のひらよりも少し大きいアイテム。


「これは?」


「装備者の魔力を使って翅を広げるアイテム、フェアリーピース」


「これが噂の!へぇー!」


プンプンが受け取ったアイテム【フェアリーピース】は、純妖精の子供がエアリアルを覚えるための補助アイテム。

感覚を覚えればフェアリーピースなしでも翅を広げる事が出来る様になる。一時的に森の外───人間側にも出回り、ひぃたろは自分が半妖精である事を隠すために、エアリアルではなくフェアリーピースを使った。と言ったその日から値段は高騰。今では超絶豪華なアイテムとなっている。


「背中につければ後は勝手にフェアリーピースが働いてくれる。飛び方は...そうね...まぁプンちゃんなら勘でイケそうね」


「うわ、テキトーじゃん!ボク狐だよ!?」


失敗すればタダでは済まない崖の前で、緊張感のない会話を繰り広げる2人に、ドライアド達は呆れ笑いをした。






「うわ...本当にみんな耳と尻尾があるんだ」


プラチナブロンドの巻き巻きヘアーをユサユサ揺らし、辺りを見渡す、癒ギルド【白金の橋】マスター【リピナ】とメンバー達。


「おぉ、このベンチのディテールは凄いな。街灯も」


街に配置されている街灯やベンチを隅々まで確認する皇位鍛冶屋の【ビビ】。


「この陽気なBGMは?...あっちか!」


耳に届く音楽を辿る様に進む音楽家の【ユカ】。


「おい貴様等!団体行動をしろ団体行動を!」


と、言うアロハシャツ装備の【アスラン】の両手には肉球の形をした饅頭。


「思ったより沈んでないね」


「楽しそうな雰囲気だけど、ここで間違いないの?」


緑髪で和武具の【烈風】と赤色の鎧装備の【ゆうせー】がユルい会話をする。


猫人族ケットシーの街【シケット】へ来たメンバー達は中々の自由度を見せる。

ここに来たメンバーの中でシケットを経験済みのワタポでさえ、以前とは違う街並みに少々驚き、心が少し揺れる。しかし今は楽しむ時ではない。


「ちょっとみんな自由にやりすぎ!」


ワタポの声で全員が照れ笑いを浮かべ集まる。

バリアリバルからシケットまでは以前よりも簡単に進める。猫人族が人間(ウンディー大陸)の傘下に入る形で同盟してくれた事がやはり大きい。


「ワタシが来た時とは街の感じが全然違うし、凄く楽しそうな雰囲気になってる。でも楽しむのは後にしよう」


以前は存在していなかった観覧車や謎のステージ。遊園地の様に改装された二階層の誘惑は凄いレベルだが、楽しむのは後だ。

ワタポは変わった街並みを一度見渡し、猫人族の騎士やゆりぽよ達が見当たらないのを確認。三階層を指差し言う。


「あそこが猫人族のお城で、デブ...、王猫様がいる。多分みんなお城にいるから行こう」


エミリオが王猫をデブ猫デブ猫と言うので、ついワタポもクチが滑りそうになるも、何とか踏み止まった。

長い階段を登りつつ街並みや猫人族の雰囲気を観察する一行。街並みはやはり以前とはガラリと変わっていて楽し気な雰囲気。猫人族の子供は遊園地等で遊んでいるが大人の表情は少し曇っている。


「お?あれが噂の世界樹?」


二階層に到着するとビビが大樹見て口笛混じりに言う。


「うん。あの世界樹の根本にある樹が世界樹の子供かな?」


ワタポは軽く説明し、先を急ぐ。世界樹の近くにも楽しそうなアトラクション等が設置されていて、この街全体が遊園地の様になっている。

ワタポ本人も気にはなっているが、今はそういう時ではない。

世界樹をスルーし、三階層目へ進み城の前に到着すると、猫人族の騎士がワタポ達を見て扉を開く。

話が通っている様で、何の説明もなしに中へ招かれる。

城内へ入ると空気は一変、緊張感のある張り詰めた空気が人間達のスイッチを切り替える。王の間まで無言で進み、王室の前で白金の橋のギルドメンバーは待機する。


「失礼します」


声を響かせ、ワタポを先頭に王室へ入る。そこには猫人族の冒険者【ゆりぽよ】や【リナ】、他にも【烈火】や【りょう】がいる。

レッドキャップのリョウと同名だが猫人族のりょうとは何の関係もない別人。


「あなたが猫の王様?大きいのね。早速で悪いけど、捕らえた純妖精と猫人族の死体を見せてもらえる?」


治癒術に特化し、再生術も扱えるリピナが物怖じしない声で言うと、猫人族の騎士達が鋭い視線を向けた。


「私はリピナ、治癒術師で医者でもある。話が通っているなら説明は不要なハズだけど....説明しましょうか?」


ギルドマスターとして何十名ものメンバーを指揮しているだけの事はある。多少強引にでも話を進める事が出来るか。それは冒険者を束ねるギルドマスターに必要なスキルの1つ。

ゆりぽよが猫騎士へ頷くと、騎士達は一度下がり数分後、捕らえた純妖精を引き摺り、猫人族の子供の死体抱いて戻ってきた。


リピナは最初に猫人族の死体へ触れると、小さく息を吐き出し集中。詠唱を始めた。

対象の状態を細かく確認する治癒術【メディケ スペクタクル】を発動させる。

熟練度が高ければ高い程、細かい情報を見る事が出来る治癒術師の間では必須のスキル。以前、星霊の治癒術師も使っていた術だ。


「....」


無言で猫人族の死体を見つめ、次に純妖精に触れ同じ様に見つめる。

この術は対象に触れれば更に効果を増すため、リピナは純妖精にも触れる必要があった。


「...なるほどね」


たった数秒だがリピナの雰囲気は別人の様で、人間側も猫人族側も驚かされた。

見た目は派手なお姉さんだが、実力はウンディー以外の大陸にも名が広まるレベル。


「リピナさん、何がわかったの?」


ワタポが静かに言うと、リピナは巻き巻きヘアーを払い、答える。


「まずは猫人族。この猫人族は数ヵ月前の時点で死んでるわ。そして純妖精は10年以上前に既に死んでる。この2人はセツカが言った通り、死体ね」


城内がどよめく中でリピナは眉を寄せ、鋭い声を猫人族へ飛ばす。


「名簿とかないワケ?人間側はその大陸に住む場合にそう言った契約を交わす。冒険者も冒険者登録が必要になる。犯罪者にも犯罪者リストや賞金首ブックが存在するのに、この街にはないの!?医者は何をしてるの!?過去にどんな病気や怪我になったのか瞬時に確認できて、素早く可能性を叩き出せなきゃ、命を預かる資格なんて無いでしょ!1から検査している間にも状況は悪化するのよ!?」


普段は見せない医者としての顔を見せたリピナ。

猫人族だけではなく、人間側のメンバーも言葉を失った。

治癒術師でも医者でもない者は「治癒術なら、医者なら」と思ってしまう部分がある。

しかし治癒術も医術も万能ではない。そんな解りきった事を再確認させられる様なリピナの言葉に人間も言葉を詰まらせる。


「とにかく今すぐこのシケットに住む住民達を住民登録しなさい。そして医者猫は私の所へ」


「ニャ、しかし純妖精が」


「アンタ王様でしょ?猫人族の子も純妖精も、もうとっくに死んでる。誰かが死体を使って争わせようとしていただけってバカでも理解できるでしょ?」


リピナは強引だが、ハッキリと【リリス】の存在を露にした。しかしそれで「わかりました!」と理解し戦争反対の旗を全員が振るとは思えない。リピナはいつもの様にフォンを触り何かをし始めると、ワタポのフォンがメッセージを受信する。


送信者はリピナではなくセツカだった。

〈ウンディー大陸の女王として、猫人族を傘下に持つ者として命じます。純妖精と戦争する事は許しません。それでも純妖精との戦争を望む者は命令違反として、人間側が違反者を拘束、バリアリバルへ連行します〉


「んなっ!?」


───ちょ、これを猫人族に見せろと?セッカちゃ...いや、セツカ様は何を考えているの!?それに人間側...この場合の人間側はワタシ達!?


メッセージを読み、ワタポはクチをあけた。シケットの様子を見に行くにしては人数が多いな。と思っていたが、どうやら始めからリピナがリリスの存在を見破ると踏み、この流れを予想し、このメンバーを送り込んだ様だ。

ワタポは横眼でメンバーを確認し、再びクチをあけた。


───みんな武器持っちゃって、えぇー!?知らなかったのワタシだけ!?


ビビ、ユカ、アスラン、烈風、ゆうせー、リピナは武器を手に取りワタポの言葉を待っていた。


───猫人族と純妖精をぶつけないためだし...それさえ回避出来るな、もうどうにでもなれ!


「王猫様」


ワタポは腹をくくり、王猫へフォンを見せ、セツカからのメッセージを読み上げた。


「ウンディー大陸の女王として、猫人族を傘下に持つ者として命じます!純妖精と戦争する事は許しません!それでも純妖精との戦争を望む者は命令違反として、人間側が違反者を拘束、バリアリバルへ連行します!.....との事です」


───うわぁー言っちゃったよ。これ絶対猫人族と戦闘になっちゃうよ。ワタシ達は猫人族と戦う為にここに来たワケじゃないのに!


「...うむ。我々猫人族は人間と争う気はにゃいニャ。純妖精側はやる気にゃろうが...それを止める為にぃ来てくれた者達にぃ剣は向けれにゃい」


───お?


「私達もワタポ達と戦闘すりゅにょはゴメンだニャ。ヤル気満々にょ猫人族達を止める方向でいくニャ」


───ゆりぽよぉ...ありがとう。



リリス....レッドキャップが関わっている事が完全にわかった猫人族は純妖精との戦争を回避するために動き始めた。バリアリバルから向かった冒険者達も力を貸し、戦争する気でいた猫人族達に訳を説明、納得してもらった。


レッドキャップが予想よりも速く動いていたため遅れをとったが、どうにか猫人族達を止める事には成功した。



───ひぃちゃ、プンちゃ、こっちは大丈夫だよ。









リピナがシケットで鋭い声を響かせていた時、プンプンも声を響かせていた。


「うわぁぁぁぁぁ!」


フェアリーピースを装備し、気合いで崖を飛び越え様としたプンプンは予想通り、風に打ち上げられていた。


「プンちゃん暴れないで!」


ひぃたろはすぐにプンプンの手を取り、翅で風を受け高く空へ。ドライアド達もエアリアルを広げ、同じ様に風に逆らわず空へ。


「風が届かない場所まで打ち上がったら、一気に森へ飛ぶから落ち着いて」


「うん、大丈夫!ひぃちゃんがいてくれるなら安心だね!」


ひぃたろが手を取った瞬間、プンプンは全てを任せていた。

いくら一緒にいると言っても、ここまで相手を信用できるものなのだろうか...しかしプンプンはひぃたろを信用して疑わない。ドライアド達は2人の関係がちょっと羨ましくも思えた。


「ここから一気に落ちる!プンちゃん準備はいい?」


「もちろん!」


風の力が届く限界まで空へ打ち上がり、風の抵抗がない位置から一気にフェリア側へと落ちる。

ひぃたろが翅を折り畳むとプンプンも必死にフェアリーピースの翅を畳む。

空に線を描く様に急降下する中、ひぃたろが翅を広げ落下速度を殺す。それを合図にプンプンも。


「着地はランディング、着地して走る感じ!その時翅は消す!」


「おっけー!」


着地と同時にひぃたろはエアリアルを解除、プンプンはフェアリーピースを外し地面を蹴る。転びそうになるも、何とかバランスを保ち崖飛びは成功。


「おっ...と。以外に簡単だったね!」


「フェアリーピースがあったからよ。普通なら打ち上がった時点で終わり」


今回の崖越えは確かに簡単だったが、フェアリーピースありきの作戦。普通の人間や翅を持たない種族が風に打ち上げられた時点で落下死を待つだけになってしまう。

ドライアド達も崖越えに成功し、フェリア側にあるニンフの森を進む事に。

森の様子は変わらないが、雰囲気が一変している事にプンプンは勘づく。バリアリバル側の森は迷う確率が高く、フェリア側の森はそこにモンスターの危険度がプラスされる。ニンフの森を少し進むと微粒子が踊る様に浮遊し、消滅してはまた現れる。


「この光の粒が微妖精?」


「そう。妖精種以外には光の粒にしか見えないレベルね。もう少し大きくなると妖精ってハッキリわかるわよ...ほら」


半妖精ハーフエルフ魅狐ミコへ言い、手前にある木を指差すと、枝に翅を持つ小さな人間型───妖精が小さな身体を発光させ座ってた。


「うわぁ...妖精、だ」


両眼を開き枝で休む妖精を見るプンプン。初めて見る者は大体妖精を見て止まり、手を伸ばす者もいる。しかしプンプンは唇を噛み眼をそらした。


「...プンちゃん?」


「進もう、ひぃちゃん」


突然すぎる切り替えだが、ひぃたろは頷きニンフの森を進む事に。

ドライアドが同行しているからなのか、森の様子を変え迷わせる妖精達のイタズラは無く、スムーズに進む。


「...モンスターの気配がないね?いつもこんな静かなの?」


「プンちゃんと会う前の話だけど、その頃はモンスターも普通にいたわね...。ドライアド、モンスターの数が少なく感じるけどこれは?」


森の静けさ───モンスターの気配もない状況に2人は違和感に似た何かを感じ、ドライアドへ質問すると赤ドライアドが答える。


「この辺りの森で一番力を持つ種族が騒ぎ始めたから。ニーズヘッグ程の強さがなければ、その種族と戦おうなんて思わないからね」


「その種族が純妖精ってワケね」


赤ドライアドの言葉を聞き、ひぃたろがすぐに純妖精の名を言うと、ドライアド達は無言で頷き、会話は終わる。

今森を進むメンバーでプンプンだけが純妖精エルフを知らない。しかしこの森にいるS2ランクのドラゴン【ニーズヘッグ】以外は純妖精と戦う事さえ考えない事から、個々の強さは勿論、種族としての強さが強大だとプンプンは予想した。


───モンスターが純妖精との戦闘を避けるのは勝ち目がほとんど無いから...負けるとわかっていて戦うモンスターは存在しないし、悪妖精が指揮出来る状態になったら猫人族だけじゃなく人間達も危ない。



プンプンはそう考えた。

そしてその考えはひぃたろも、ドライアドや他の妖精種も思っている事で、純妖精は個々の強さよりも組織的な強さがある。

組織的。

この部分が昔から強く堅いため、半妖精...半分が同じ種族だったとしても、半分は別種族。それはもう同族ではないと判断し、母親だけではなく、種族全体がひぃたろを捨てた。


「...悪いけど私達はここまでしか案内できないわ」


先頭を進んでいたドライアド達が足を止め、2人へ言った。

オートパイロット状態だったプンプンは気付くのが遅れてしまったが、ドライアド達の声で我に戻り、そして誰よりも濃く感知する。


「ありがとう、助かったわドライアド」


「この先が純妖精の街だね?ここまでありがとう!」


ひぃたろ、プンプンがドライアド達にお礼を言うと緑ドライアドが別れ際に。


「休みたくなったらいつでも私達を頼って。あなた達に賭ける事しか出来ない...でもせめて、安心して休める場所くらいは妖精みんなで用意するわ。無理はしないでね」


そう言い残し妖精種の精霊ドライアド達はニンフの森へ溶け込む様に去っていった。



「...プンちゃん。距離はどれくらいか解る?」


「大体はね!そうだなぁ15メートルもないかな...」


魅狐族であり、竜騎士族に育てられたプンプンだからこそ、竜騎士レベルの竜感知と魅狐族の対象感知で大体の距離を把握出来る。

ディア状態で感覚器官───アンテナの役割を持つ耳を出さなくても行動範囲が狭く、自分が感知出来ている対象ならば距離を把握できる。

対象が竜となればこの距離把握はほぼ的中する。


「どうする?戦う?」


「まさか。ここから一気に進んでニーズヘッグを越える。それが一番安全で一番突破出来る確率が高いわね」


「おっけー」


ひぃたろは薄桃色の翅を広げ、プンプンは小さな破裂音を。


2人は眼を合わせ、同時にニーズヘッグが居る方向へ進んだ。







エアリアルで一気に空気を叩いた私の視界は早送りの様に流れる。

同じ速度で走るプンちゃんを横眼で確認し、更に加速させる。

姿を変える事なく雷の力を使い、速度を高める事が出来るレベルまでプンちゃんのディアは成長している。私が本気で加速しても、多分プンちゃんはついてくるだろう。


15メートルを数秒で直進出来るエアリアルと魅狐のディア。最高速を出すか迷っている内にそれは視界に入る。


黒紫色の鱗、4本角。

翼や背、尻尾は刺々しい鱗で被われているS2ランクの竜【ニーズヘッグ】が私とプンちゃんの前に現れる。


身体よりも尻尾が長く、太い樹に巻き付く姿は竜と言うよりはヘビ。


「このまま越える!」


「おっけー!」


私が言うとプンちゃんは素早く返事をし、加速する。

パチパチと空気を破裂させ、青白い光の線を残す様に速く。


真珠色の眼が私達に向けられると、ニーズヘッグはヘビの様な尻尾を擦り、巨体からは想像出来ない速度で動く。


シュー...と空気を漏らす様な呼吸音が聞こえた直後、私は全力で身体を捻り、翅で空気を破裂させる様に加速した。


ついさっきまで充分に距離はあった。しかし一瞬でニーズヘッグは私の背後へ回り、ヘビの様な顎を大きく開いた噛み付き攻撃。


不意打ちの様な噛み付き攻撃の回避に成功し、安心していた私はニーズヘッグの攻撃が続くとは予想出来ていなかった。



空気を潰し、揺らす様な太い音をあげ、刺の様な鱗を持つ長い尻尾が私へ迫る。



速度を上げるため、翅は閉じている様な状態。今ここで翅を開けば全身を風が強く叩き、まるで壁に衝突したかの様な衝撃が私を襲う。

身体を捻って身体を回避したため、バランスは最悪。


そして...ニーズヘッグを越える事しか考えていなかった私の剣は腰に。

今さら抜剣しても遅い。剣を持っていたとしても、この状況を打破する手段が思い浮かばない。



「ひぃちゃん!!」



省略した名前を大声で呼ばれ、私は強く押し飛ばされた。


早送りの様に流れていた視界が、ゆっくり、遅く。

風を切り翔んでいた音も遠く、無音の世界へ突き飛ばされた様で。



一瞬が永遠の様に長くて...でもそれは一瞬で。



停まりそうだった世界は一気に速度を取り戻し、音が遠くなっていた世界は、音を響かせた。



太く刺々しいニーズヘッグの尻尾がブレる様に振られ、重く不快な音が耳を抜けた。



「...プンちゃん」





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