◇125




大きな本を持つ少女はクチをへの字に曲げ、不機嫌そうな顔で呟く。


「どうして邪魔したのフィリグリー」


表情から情報が読み取れない、元ドメイライト騎士団 団長のフィリグリーは数秒黙り、答えた。


「キミは言われた事だけをしていればいい。リーダーのために」


パメラはリリスが嫌いだ。

リリスを怒らせて遊ぶのは好きだ。

実力も勘も全てにおいて比べるまでもなくらリリスの方が上だが、パメラはリリスが嫌いだ。だからリリスが気にしている魅狐ミコを横取りして怒らせようとしていた。


しかし、フィリグリーはそれを止めた。

ナナミの始末を捨ててまでパメラを止めた理由はリリスを不機嫌にしないため。


リリスとパメラ。

リリスの方がレッドキャップには必要で、リリスの方が怒ると面倒な性格。


これだけでパメラを止める理由になる。



「...あの魅狐の近くの犬も猫もキライ」



パメラは魅狐を金髪で記憶していた。

あの場で見た金髪は魅狐プンプンではなく、人間のワタポだという事に本人もフィリグリーも気付いていなかった。



「今は妖精と猫の舞台だ。我々が手を出す必要はない」


「...つまんない」







地界のウンディー大陸の首都バリアリバル。ギルドや冒険者の正式な登録をする事が出来るユニオン本部がある街。


小さく派手さもない建物だがギルドや冒険者の登録をするユニオンは今、ノムー大陸、イフリー大陸にも存在し、そこで登録されて者の情報がこのウンディー大陸のバリアリバルへ届けられまとめ、管理される。


ギルドや冒険者達が確保した罪人もこのユニオン本部に。


犯罪ギルドは数多く、詐欺をするギルドや盗賊ギルド、他にも言い始めればキリがない。しかしどの犯罪ギルドよりも危険で、有名なギルド【レッドキャップ】のメンバー【ロキ】をユニオン本部で拘束。

日々情報を聞き出す作業が難航していた頃、同ギルドの【リリス】がユニオン本部へ現れた。目的はロキの救出ではなく、情報が漏れぬ様にクチを塞ぎに来たのだった。


仲間の命も数や記号としか思っていないレッドキャップはロキを躊躇なく殺し、元メンバーのナナミは現れた元ドメイライト騎士団長でレッドキャップのメンバー、フィリグリーと数分戦闘するも、フィリグリーが「急用が出来た」と言い戦闘は終了、急ぎ街へ戻ったナナミはリリスの襲撃とロキの死を知らされるも表情を変えなかった。


重い沈黙を破ったのはウンディー大陸の女王であり、ギルド【マルチェ】のメンバーでもあるセツカ。


「...ノムー、イフリーへ襲撃の件とロキ死亡の件を報告してください。集会場にいる冒険者達にも同じく。街のケアも同時にお願いします」


そう言い放ち、両手を合わせ音を鳴らす。

その音でプンプンはどこか遠くにあった意識を取り戻し、ひぃたろを見て軽く頷き立ち上がる。


「フェアリーパンプキンと猫人族ケットシー、ナナミさんはここに」


セツカが堅い丁寧語を使う時は冒険者の【セッカ】ではなく、ウンディー大陸の代表【セツカ】としての会話を望んでいる時。


呼ばれたメンバーはその場に残り、他のメンバーは指示通り動く。


「...、リリスが現れたのはロキのクチ封じで間違いないでしょう。では、あなた達がここに来た理由は?」


セツカの質問はここに残ったメンバーを疑っての質問ではなく、何か嫌な予感を感知しての質問。最初にクチを開いたのは黒髪赤眼のナナミ。

集会場前で襲われ、街の外でフィリグリーに会った事も全て話した。

続いてクチを開いたのはプンプン、そしてワタポがある程度の説明をする。

しかしセツカの中に残る言葉に出来ない不安な感情は消えなかった。


沈黙の波が押し寄せ始める中、猫人族ゆりぽよのフォンが小さく鳴り響く。

メッセージを受信したゆりぽよはその場で開き、驚き声を溢し同族のリナへフォンを渡す。

メッセージはシケットにいる猫人族から届いたモノで、内容は〈純妖精エルフに同族の子供が殺された。すぐにシケットへ戻ってきてほしい〉と。


リナはゆりぽよへフォンを返し、自分のフォンでシケットにいる誰かへ通話を飛ばし、一旦ユニオンの外へ。


「どうしたの?」


明らかに表情、雰囲気が変わった猫人族へワタポが訪ねると、ゆりぽよは唇を苦そうに噛み、ひぃたろを一瞬見て迷うも、下手に言葉を選ばずに言う。


「同族...猫人族ケットシーの子供が純妖精エルフにぃ殺されたニャ」


ひぃたろ、プンプン、ワタポ、セツカが息を鋭く吸い込み、止めた。


「リニャは今シケットにぃいる人にぃ確認を取ってるニャ。でも...こんにゃ笑えにゃい嘘を言う人はいないニャ」


「タイミングがいいね。偶然?」


猫人族と純妖精、このワードを聞いても驚かなかったナナミは呟くとリナが戻る。


「本当らしいニャ。2、3人にぃ連絡して全員同じ、純妖精への怒りを喋ってたニャ」


「セツカ」


猫人族の後に悪魔がクチを開く。全員が悪魔の方を向くと、赤い瞳を鋭く光らせ点々と言葉を落とした。


①レッドキャップは魔結晶を持っている。


②リーダーのパドロックは妖精の浄血を求めている。


③一度レッドキャップは猫人族を襲っている。


④リリスのディアと竜騎士族の人形。


この4つを聞き、セツカの脳は加速する。


「...魔結晶を使うのに妖精の浄血が必要?純妖精エルフは森から滅多に出ないうえに、場所もハッキリしていないけど...。貴族には人体収集家や剥製マニアもいる、純妖精の死体くらいすぐ入手できる...竜騎士族の部分が私にはわからない」


流石の回転を見せるセツカにナナミが感心していると、プンプンがポツリと呟く。


「竜騎士族は竜のマナを感知できる。純妖精達が住む森へ行くには竜が邪魔しているって...相当強い竜騎士ならある程度の竜を従わせる事も...」


プンプンが言った森に住む竜は【ニーズヘッグ】、モモカは竜騎士族。ニーズヘッグのマナを感知さえ出来ればリリスが死体の壁を作り純妖精エルフ達へ火種を送り届ける事も可能。

猫人族と純妖精が争えば手を汚さずに【妖精の浄血】を入手できる。

点々とした言葉が線になった瞬間、事の大きさがぼんやりと見える。

猫人族と純妖精だけの争いではなく、人間もその争いに混ぜられるだろう。


状況が昨夜、いや今朝予想していたよりも早く、悪い方向へ進んでいる事にひぃたろは歯噛みする。


───計画通りに今さら動いても、ここに何の情報も与えず、結果人間にも被害が出れば全てがダメになる。


ひぃたろは重いクチを開き、昨夜の事、今自分達がしようとしていた事をセツカやナナミにも話した。

セツカもナナミもひぃたろが半妖精である事は知っている。【フェアリーピース】で翅を作り出していると公には言ったが、気付いてる者も少なからず存在するだろう。

それに、このメンバーに自分は半妖精です。と言ってもマイナスはない。


純妖精の現在の女王が自分と双子だという事も、マテリアで生産された疑いも、全て話した。

マテリアの件は確定したワケでもなく、その気になれば隠し通す事も充分可能だが、ひぃたろは全てを話した。

デリケートで難しい問題なだけに、セツカも言葉を失う。


「...まぁにゃんでもいいけど、私達はシケット戻るニャ。バリアリバルの女王様と手を組んでるにょ忘れてにゃいニャ。私達だけにょ判断で行動しにゃい様に、こっちからも言っておくニャ。だから他は任せるニャ」


ゆりぽよはそう言い残し、リナと2人、猫人族が暮らすシケットへ行く事を決めた。ひぃたろ、知り合いが悩み難しい立ち位置にいるのは理解出来るが、故郷は無視出来ない。


「そう...ですね。猫人族の2人は急ぎシケットへ、小さな事でもいいので変化などがあれば連絡をください」


セツカは紙切れを取り出し、ペンを走らせる。女王の名をフルに使い、猫人族をシケットまで、最高速度で送り届ける様に書かれた紙切れを渡す。


「助かるニャ」


その紙をリナが受け取り、2人の猫人族はすぐに出発。

見送る間もなく、すぐにセツカは次の話を。


「人間の方はヒロ...ワタポとナナミにも手伝ってもらい警戒を高めます。純妖精の方は....お2人に頼めますか?」


セツカの言う2人は半妖精のひぃたろと魅狐のプンプン。

プンプンは即座に頷くもひぃたろは迷い、質問する。


「警戒と言ってもどう説明するつもり?」


───全てを話すつりか?


そんな気持ちがひぃたろの心を揺らす。


「この問題はレッドキャップが動いている確率が高い、ではなく、もう動いてくる、と他国へも伝え、猫人族と純妖精を争わせ人間も巻き込むものとして、こちらも行動します。この際ロキの死と襲撃をその前兆として使わせていただきます」


「それがいいね」


セツカの考えに素早く賛同したのはナナミ。

レッドキャップがロキを始末しに来たのは事実、同時に猫人族を揺らした事も事実。

ここを上手く組み合わせれば、猫人族と純妖精を争わせる為に動いている者と、そこへ人間を誘き寄せ様としている者がいる。と言っても誰も疑わない。


現に襲撃した場所にウンディーの女王がいて、リリスがもしセツカへ攻撃していたならば、バリアリバルは国としてリリスを簡単に逃がすワケにもいかなくなる。追えばそこは猫と妖精の戦場だった。となればレッドキャップ的にも最高の状態になるだろう。


今回ロキの死はあくまでもついでだった。と言えば他の国も警戒レベルを一気に高める。


「騙している様で気持ちいいものではありませんが、事が事だけに、手段を考え選ぶ時間もありません。猫人族の方には人間側からも数名送るつもりです。しかし純妖精の方にはお2人を送る事以外に手はありません」


「...わかったわ。純妖精の方は私とプンちゃんが行く。元々2人で行く流れは組んでいたし、他の事は任せるわね」


まだ迷い、あるいは不安の表情を浮かべているも、ひぃたろは本来の作戦通り、プンプンと2人で妖精達の森を目指す。


「ひぃちゃ、プンちゃ」


「「....?」」


「全部終わったら、みんなで大きいお風呂入ろう!」



ワタポは気の効いた言葉を探すも見つからず、終わったらみんなで。と言い2人を送った。







ひぃたろとプンプンがバリアリバルを出て数分が経過し、プンプンがクチを開く。


「ひぃちゃん、ボク達は純妖精エルフ達が住む街を目指すんだよね?ルートは?」


「迷いの森...ニンフの森を抜けた先に妖精の街【フェリア】があるわ。ニンフの森に【ニーズヘッグ】がいる」


「森に住む竜...だね」


「まずは迷いの森を抜けて、ニンフの森へ進む事ね。ネフィラがいたガーベラの森とは難易度もモンスターの強さも段違いよ」


「ふーん。でもボクとひぃちゃんなら出来ない事はないと思うよ?」


ニカッと笑い答えるプンプンに、ひぃたろも心に余裕が生まれる。


会話しつつ進んでいると、木々や蔓が絡まりクチを開けているかの様な森の入り口に到着。ここが【迷いの森】と言われている、フォンのマップ機能が働かない森。


B+以下の冒険者は立ち入る事を禁止されていて、入り命を落としても自業自得。

自殺したい冒険者は勝手にどうぞ。とまで言われる森だ。


「装備おっけー、ポーションも大丈夫!」


プンプンは元気よく言い、ひぃたろを見る。


ひぃたろは頷き、迷いの森へ飲まれる様に進んだ。








同時刻、レッドキャップのメンバーは散り散りになり動く。


猫人族の里へ進むのはフィリグリーとリョウ。


迷いの森を目指し進むのはベルとスウィル。


パドロックとパメラは残り、リリスは単独行動でどこかへ消えた。



人間が警戒する事は充分予想できた。


その為、パドロックは猫側と妖精側にメンバーを送り、計画が崩れた場合は好きに暴れろ。と伝えていた。


計画が崩れる恐れがある、イレギュラー排除も命じて。



「パメラ」


「はい?」


「お前はリリスを探して、本に閉じ込めろ」


「いいの?人形は?」


「人形は好きにしろ」


「わかった!」


パメラは満面の笑みでリリスを探しに。


パドロックは見送り、フォンを耳に当てる。


「....リリス。パメラをそっちに向かわせた。後は予定通りに」


『殺し、て人、形に、すれば、い、いのね。任、せて』





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