◆107
三段階層になっている人間界で一番大きな街、皇都ドメイライトの一階層。通称 街。
この一階層部分だけでもウンディー大陸の首都 [女王の庭]との優雅な名を持つバリアリバルよりも若干だが広い。
唯一の違いはこのドメイライト一階層には騎士団本部やユニオン本部と言った、ちょっと堅苦しい建物がない所だ。
宿屋やレストラン等の人々の生活に必要な建物しか存在しない。
二階層に騎士団関係の施設や本部、三階層に貴族街、ドメイライト城があるので「上から監視されている」と嘆く者もいるが見守られている事にもなる。
そのドメイライト一階層をわたし、この度晴れてメジャーデビューした魔女エミリオさんは自身のAGIの限界値を調べるかの様に爆走していた。
人間年齢で15年、わたしはドメイライトで生活していたので、知る顔もちらほらと。
わたしを見て声をかけてくれる者や売り物のリンゴを投げ渡してくれる者もいる。
15年前と違う点は、1人ではない点だ。
「人気者だね、エミちゃ」
わたしの隣には人間のワタポが並んで走っている。
騎士団本部で元騎士団長フィリグリーに右義手を切断されたワタポ。外ではどこか懐かしいフードローブを装備している。
「メジャーデビューしたからね」
この上なく可愛らしい笑顔を添え言うと、ワタポは「そか」と苦笑いで流す。
わたし達が走り向かっている場所は二階層、騎士団本部。
騎士と冒険者、そして昨日ノムーポートに到着した[芸術の街 アルミナル]の芸術家達が騎士団本部の修復作業と言う名のリメイクをしている。
芸術家一行に声をかけてくれたのは治療中でバリアリバルにいた猫人族の るー。
るーはバリアリバルに残る冒険者よりもアルミナルにいる芸術家の方が力になってくれると踏み、すぐに動いてくれた。冒険者に声をかけた所で意味は無さそうだし、他国の為にバリアリバルを空けるワケにもいかない。
修復作業は祭り騒ぎで盛り上がっているので、任せておけばいい。わたしが向かっているのは二階層で治癒術を使っている癒チームだ。
ギルド白金の橋とドメイライト騎士団 癒隊、そして半妖精のハロルドが怪我をした人々を日々癒している。
思いの外怪我人は多く、治癒術師の倍以上の怪我人がいた。重傷者を優先して治癒し、さっきやっと落ち着いたと聞き、わたし達は走っている。
「ぐうぇ...階段きっつ、ワタポなんで余裕なの?」
AGIとVITの限界で二階層までの階段が恐ろしく長い。軽い足取りでポンポン登るワタポは人間族だが人間離れしている。きっと悪魔堕ちした人間なんだろう。
「エミちゃが体力なさすぎなんだよ...クゥは本部修復で忙しそうだし、早く登ってひぃちゃに伝えなきゃ!」
そうだ。
わたし達は暇だから二階層にチャチャ入れしに行くワケではない。レッドキャップの次の目的を捕獲したロキは全く話さない。しかしわたしはイフリー大陸の首都 デザリアでレッドキャップのリーダー パドロックと会話し、次の目的で間違いないであろう、狙いのアイテムを知っている。
「わたしは...わたしのやり方で階段を登る!」
地属性魔術 ストーンアーチ を詠唱し、地面から岩のアーチが二階層まで高く伸びる。その先端に座り、楽々移動。もう魔女って事はみんな知ってるし、ガンガンいこうぜ。
「へぇー、攻撃系以外にこんな魔術も使えるんだね」
「んな!?ワタポは走れよなー」
いつの間にかわたしの隣に立っていたワタポはこの魔術を見て感想を言っていた。
楽々移動で二階層に着陸したわたし達は魔術を消し、癒隊がいる場所まで走ろうと踏み込んだ。
「エミリオ!街中で魔術を乱用するのはやめなさい!」
踏み込んだ足は怒りの咆哮でファンブルしそうになる。
大声を出し、怒っているのはドメイライト出身の姫様でバリアリバルの女王セッカ。
「何かあれば魔術魔術って、そういう行動から、あの魔女は危ない。と言われるのよ!」
なんか最近、わたしへの当たりが強くなった気がするぞ。
「あいあい、すんません」
ドメイライトの王と女王はセッカの両親。久しぶりに両親と会い、セッカは妙に元気になった。ノムーポートで初めて見たセッカの感じ...やっと本調子になってきた。すぐ怒るけども。
ワタポにも飛び火し、ペコペコ謝り消火した所で爆走を再開させるべく、踏み込んだ。が、冷たい声質がわたしの名前を呼び止める。
声の主は元人間で元レッドキャップの悪魔ナナミ。わたしは彼女をナナミンと呼ぶ事にした。
「ワタシがひぃちゃのトコ行くから、エミちゃはナナちゃの話聞いてあげなよ」
半妖精のハロルドへ報告するつもりだった、エルフやばそうだぞ問題をワタポに任せ、わたしは悪魔の話を聞く事に。丁度いい高さの木材へ腰掛け言葉を待つ。
「エミリオ、私はどうすればいい?」
ナナミンは困った様子...と言うよりも、悲しそうな瞳で嘆いた。どうすればも何も、
「レッドキャップを追う、今は修復作業を手伝う。でいんじゃね?」
レッドキャップから黄金の魔結晶を奪還するまでナナミンの罰は決定しない。もちろん全員が信用しているワケではないが、プライドが高そうなナナミンが王族、騎士、冒険者達へ頭を下げた瞬間、みんな頷いた。コレと言った信用度は無いに等しいが頭を下げお願いするという行動は予想外だった。
「私はみんなといると迷惑をかける」
「迷惑って?予想で言ってるなら迷惑値はわたしよ方が上だぞナナミン」
悪魔だから迷惑をかけるなら、魔女のわたしも同じ。
S3の犯罪者で元S3の犯罪ギルドに所属していたから迷惑かけると言うのなら、あの時なぜ頭を下げ震える声でお願いした?
「私はリーズを悪魔にして殺した。弱くても未完成でも悪魔として死ねば心臓は残る」
黒く小さなハートの石を取り出しナナミンは自分を責める瞳でハートを見る。
悪魔の心臓は...武具素材にすれば高プロパティの武具が完成するハズだ。魔女の瞳や魂と同じ、持ち主の特性が武具に受け継がれる。
言ってしまえば、並みの魔結晶よりレアなアイテム。欲しがるバカは沢山存在する。
「悪魔達は心臓が他の種族の手に渡らない様、必ずこの心臓を回収しにくる」
「ほぉー。魔女も悪魔も似たノリなんだね」
魔女も瞳や魂を回収しにくる。理由は悪魔と同じだ。
「悪魔の狙いは私が持っているリーズ心臓。みんなと居れば巻き込むかも知れない」
「今の話をみんなにも話して、それでも一緒に居てくれる人には気を使わなくていいんじゃない?巻き込まれたくないならナナミンと一緒にいなきゃいいだけだし」
「そんな簡単な話じゃ」
「簡単じゃないけど、単純じゃん?」
何を悩んでいるかと思えば...確かに悪魔は簡単な相手ではない。しかしそれは魔女も、いや、他の種族も同じだ。
絶対と言っていい、各種族にはヤバイ奴が絶対いる。
単純に強い奴、頭が超切れる奴、言葉巧みに周囲をまとめる奴、他にも何かに特化した者は存在する。そうでなければ他種族に食われ、自分の種族は成立しない。
悪魔の戦闘ステータスはキモい。でもINTは低い。
「なんとかなるって。心配ならわたしと一緒にいれば?」
自分の残念な胸をポンと叩き、余裕の表情を浮かべわたしが言うと、ナナミンは溜め息を吐き出す様に言葉を吐いた。
「エミリオ弱いじゃん」
言葉のATKよりも言葉のCRT率が高いナナミン。
確かに周りにはチートが沢山いるが...わたしの魔術だって本気を出せばチート級だぞ。
ナナミンへチート魔女エミリオ様の実力を言葉で教えようとした時、昼を告げる鐘が鳴り響き言葉は飲まれた。
「お昼だね」
わたしは空を見上げ呟き、言葉を途切れさせる。
ナナミンも同じく空を見上げ、のらりくらり泳ぐ雲を眼で追い鐘の音が溶けるのを待った。
「おーい、エミちゃーん!ナナミちゃーん!一緒にゴハンたべよー!」
鐘の音が溶け消える前に、元気な声がわたしとナナミンを呼んだ。
黄金色の前髪をアップさせ、大きな眼鏡を装備した魅狐族のプンプンは頬に煤のような汚れを付け、手を振っている。わたしは手を振り返し、ナナミンへ「行こう」と呟き、プーの元へ。ワタポとハロルド、他のメンバーも集まりドメイライト二階層で昼食を。
プーが装備している大きな眼鏡をへシンディが奪おうとする。キューレはプーへ前髪のアップ度や角度を説明。プーはそんなの無視して食事を。
大きめの作業服、頬の汚れがどこか少年っぽい印象を与える。
ワタポとレイラは慣れない片腕での食事に苦戦し、ハロルドとリピナは食事前に魔力回復ポーションをあおる。
猫人族のるー、ギルド赤い羽マスター アクロス、ドメイライト騎士団のヒガシン、ヘナ、アストンは樽の上に肘を付き、アームレスリングで盛り上がる。
他にも冒険者や騎士、芸術家や街の人々が賑やかに昼食を楽しむ平和な風景だが、今までありえないと思っていた騎士と冒険者が肩を並べ笑い合う風景に、セッカは優しい笑顔を浮かべていた。
「ねぇエミリオ」
「ん?どしたんナナミン」
「こんなにうるさい食事も...悪くないわね」
うるさい...か。賑やかと言えば柔らかくなるが、まぁうるさいでも、うん。間違いではない。
「アームレスリング大会に混ざってきたら?」
ニヘヘ、と笑いナナミンに言うとすぐに返事が返される。
「嫌。エミリオ、パンとられたよ」
「な!?プー!それわたしのパンじゃん!返せよ!」
「え?ボクのだよ?」
ナナミンを見て笑っている隙にプーがわたしのパンをスナッチ、わたしは奪い返そう手を伸ばすも届かず。困ったわたしは近くにあったワタポのパンを奪い、かじった。
アームレスリング部の奇声と咆哮、昼食争奪戦の悲鳴がドメイライト二階層を色付ける。
ゆうせーさんが街のパン屋から大量のパンを差し入れてくれなければ、戦争になっていただろう。
ナナミンは初めての うるさい 食事に、自然な笑顔を浮かべ笑った。
◆
単純な話、妖精を殺せば入手できる。
レッドキャップが狙っているアイテムの1つだと聞いた。
私は妖精でもなく、人間でもない存在、
妖精にも人間にもなれず、両方から嫌われていた存在。
そんな私を受け入れてくれたこの場所が、私の居場所。
今さら妖精達がどうなろうと、私には...、
「ひぃちゃん食べないのー?」
関係ない。
「...プンちゃん、頬が汚れてるわよ」
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