◆105




「お姉ちゃん!」


懐かしい声と笑顔がボクに向けられる。


ピンク色のツインテールを可愛らしく揺らし言う少女。顔や首にある縫い跡とツギハギを見てボクは眼を少し細めてしまう。

竜騎士族で、ボクの妹のモモカのDNAデータから作られた....別のモモカ。

そして隣にいるグレーのツインテールは竜騎士族の里を滅ぼし、妹のモモカを殺し、人形として連れ回しているギルド レッドキャップの死体傀儡師ネクロマンサーリリス。



「...やっぱり来てたんだね。モモカ、リリス」


「あなた、こそ、やっ、ぱり、来、てた、み、たい、ね。プン、プン」


独特な句切りと雰囲気は10年前から変わらず、数ヵ月前バリアリバルで会った時もこの口調。しかし格好は今までとは別人の様に違う。

赤黒くまだらに染まったフードローブではなく、ドレスにツインテールと、いかにも人形を意識した格好。

2人を黙り見つめていると、モモカがクチをへの字にして言った。


「ごめんね、お姉ちゃん。わたし達は今から帰らなくちゃイケナイの...そうだ!今度はわたしとリリスのお家で会おうよ!いいよね?リリス」


「...、そう、ね。今、は、あなた、に構、ってい、る、暇も、ない、し、それ、がい、い、わ。また、ね。プン、プン」



そう言ってリリスとモモカは空間魔法の中へ。ボクは追う事もせず、2人の姿が空間魔法の中へきえるのをジッと睨む様に見つめていた。


リリスとモモカが暮らす家。

リリスが居る場所。

そこがどこにあるのかボクにはわからないけど...きっとその場所を伝えにもう1度ボクへ会いにくるだろう。


「いくよ...必ず。そして必ず終わらせるよリリス。待っててねモモカ...もう眠らせてあげるからね」


ボクは全身から溢れる雷を鎮め、呟いた。モモカの名前を言った時、ボクの声は揺れていた。


熱を宿した様に熱い両眼を1度閉じ、深呼吸で気持ちを切り替える。


「...。今はエミちゃんを探さなきゃ」


今の目的を自分に言い、近くの階段まで走り、そのままの勢いで階段を駆け登っていると二階で早速騎士を発見した。

2本の剣を背負った男騎士はボクを見て「うっ」とばつの悪そうな声を漏らし、逃げるように走ろうとした瞬間、今まで聞いた事もない嫌な感じがする悲鳴が上から流れ降り注ぐ。


「ッ!?」


両耳を塞いでも弱まらない音、騎士も同じように耳を塞ぎ片眼を閉じ耐えている。

長く、短い悲鳴が止むと騎士はボクの方へ駆け寄り言った。


「騎士のヘナだ!今の音はそっちの仲間!?」


逃げようとしたハズの騎士は自己紹介と質問をボクへ投げ掛けてきたので、ボクも答える。


「ボクはプンプン!今の音は聞いた事ないかな...嫌な感じがしたよ」


ヘナと名乗る騎士はボクの言葉に頷き「色々後にして上へ行こう」と言った。色々と言うのは多分、騎士としての任務...冒険者と戦う事だろう。


ボクはひとまず、ヘナの提案に乗り、2人で上の階を目指す事にした。




赤黒の線が描かれ、黒紫の線がぶつかると、オレンジ色の花が咲く。

何度目の相殺か、ドメイライト騎士団 団長直属騎士リーズとギルド レッドキャップの悪魔のナナミの剣術が酷い音をあげ衝突し合うのは。


ノムー大陸にある首都 ドメイライトの騎士団本部七階に今わたし、魔女エミリオが無様にもビン詰め状態でリーズとナナミの戦闘を見ている。別に見たくて見ている訳ではなく、ビンから出るに出られず、ナナミがわたしを持って廊下へ出てしまった事で、渋々戦闘を観戦している。


最初は渋々だった。

しかし今はもう両眼を見開き、2人の戦闘を見ている自分がいる。

大鎌とカタナは遅れる事なく、的確に狙われた位置へ攻めるも、どちらも装備者には届かない。威力、速度、手数を求めた剣術も相殺に終わる。2人はハロルド等が使っていたハイレベルスキル、ディレイキャンセルを自在に操りディレイ中でも足を止めない。

しかし、それだけでわたしが心奪われ観戦している訳ではない。

悪魔と人間の戦闘...現時点ではほぼ互角に見える流れだが、並みの人間では悪魔に勝てない。そしてこの悪魔は元人間だった可能性が高い。もし元人間で悪魔堕ちしたパターンだったならば、人間の段階で相当強いヤツだったであろう。

そんな悪魔が相手となれば、人間側は危険すぎる。


悪魔はどの種族でも...魔女のわたしでも、悪魔になる事があると聞く。

いい意味でも悪い意味でも悪魔慣れしている騎士リーズは今一番、悪魔に堕ちる確率が高いジャンルの生き物だろう。

悪魔に近付けば人間でも悪魔に勝てるのか、悪魔に近付いても人間は人間でしかなく、悪魔には勝てないのか...それを見られる気がする。


...この思考回路が魔女のものなのだろう。

自分は観察する側で、結果を出すのは観察される側。

人間の言葉で言えば、人体実験に近いモノをわたしは今観察している。

魔力を隠して人間や別種族に混ざり生活していても、魔女以外の何者でもないんだな。とわたしは呆れつつ、2人の戦闘を観戦ではなく、気が付けば観察していた。

もしかしたら、心のどこかで、人間リーズが悪魔堕ちする瞬間を眼の前で見たい。と思っているのかもしれない。


母や同族が無能な魔女を捕らえ、魔女を極限状態まで追い込むとどうなるのかを調べ観察していたのを思い出してしまった。

やっぱりわたしも魔女。

アイツらと同じ、か。

口内に広がる苦い感情を噛み殺すも、状況が状況だ。

結局2人を観察する事しか今のわたしにはできない。


少し眼をそらしビンに写る自分と眼が合う。


やっぱりエミちゃは魔女だよ!少しは違うのかなって思ったけど、酷い魔女と何も変わらないよ!


イフリー大陸のデザリアでワタポ言われた言葉が今になって少し効いてくる。

なぜあんなに怒ったのか、そしてなぜ、あんなに怒った相手を助けに来たのか...理解できないわたしはやっぱり魔女で魔女界にいる連中と変わらないのではないか。

考えれば考える程、わからなくなり、考えれば考える程、自分が魔女以外何者でもない存在なんだ。と思わされる。



わたしが2人の戦闘から眼をそらしていた時、ナナミがリーズに一撃を与えたらしく、リーズは右肩をおさえバックステップを入れた。

ボタボタと音をたて廊下に落ちる血液。量から予想して肩の傷は深い。

治癒術を使えたとしても相手を眼の前にした戦闘では詠唱する暇は中々見つからない。

ナナミは弱った獲物を追う様に距離を詰め、闇色のカタナを煙らせる様に素早く振る。

リーズは反応し、大鎌でガードするも、肩の痛みでガードタイミングが遅れ大鎌が弾き飛ばされる。方向を考えてなのかたまたまなのか、ナナミの攻撃をガードしたリーズの、武器を掴む右腕が後ろへ大きくのけ反る。

右肩から溢れ散る血液と痛みに顔を歪めるリーズへナナミは容赦なくトドメとも言える一撃で、騎士リーズの左胸を闇色の線が貫いた。


「またね、リーズ」


ナナミは微笑み、リーズへ言葉を投げ掛けカタナを強引に抜いた。ベットリと血がつく刀身をナナミはひと舐めし、こちらへ歩み寄り、ビンの中にいるわたしを数秒見て、言った。


「リーズ、彼女は私の妹だった」


なるほどね。だから遭遇時に「御姉様」って言ってたのか。

これで完全にこの悪魔が元人間である事が確定した。

薄々気付いていたが、確信を得て少しスッキリした気持ちと、なぜ悪魔堕ちしたのか、そしてなぜ妹を躊躇なく貫いたのかが気になりはじめる。


ナナミはわたしをじっと見つめ、わたしが考えていた事を読み、クチにする。


「なぜ妹を簡単に殺したの?って顔ね。...まだ時間もあるし教えてあげる」


闇色のカタナを1度強く振り、刀身についた血液を飛ばし闇色の鞘へ滑らせる。


「悪魔の心臓。それをパドロックは欲しがってる事くらい私も知ってる。そしてその心臓を私から奪う気なのも知ってる」


この言葉には正直驚いた。

パドロックに上手く騙され、操られていると思っていたが、この悪魔はパドロックの狙いまで知った上で、あの男に従っていると言う事か?


「私は人間で人間に殺された。命が終わる寸前まで人間を怨んで死んだ...ハズだった。命が消える瞬間、私の身体の中が熱くなった。とても堪えられる様な温度じゃなく、内側から燃やされる様な熱が私を焼き、傷も痛みも消え、ただ全身を焼かれる様な怒りか憎しみ...それと新しい心臓が私を動かした」


悪魔が誕生する瞬間か?...死ぬ寸前まで何かを強く怨み、その種としての命が終わった時、悪魔になる...と言う事か?

悪魔についてそこまで詳しく調べていなかったわたしには全然理解できないが、恐らくこの考えで間違っていないだろう。どの種族でも悪魔になれるなら共通した何かが無ければ悪魔堕ちなんて出来ない。


「...ん?お前は悪魔界に行った事ないの?」


ふと思った事を悪魔へ直接聞いてみると、悪魔は首を横に振りあっさり答えてくれた。


「あるよ。でもすぐ人間界に戻った。悪魔は人間型を嫌う。悪魔堕ちした場合は高確率でモンスターの様な姿になってしまうけど、ごく稀に生前の状態を半分残した悪魔が生まれる。そしてさらに低い確率で生前の姿のまま中身だけが悪魔になる。わたしは後者で、悪魔達から見れば目障りな存在らしい」


「ふーん...じゃ悪魔にも人間にも嫌われてるワケね」


「悪魔も人間も変わらない。同種間で争ったり、やっている事は子供のイジメと同じで低脳。なら私も子供の感覚で相手をする事にした」


悪魔ナナミの赤い瞳が冷たい色を宿し、続きを吐き出す。


「魔結晶を使って悪魔と人間、両方の世界を壊す。子供は気に入らないと壊すでしょ?後悔したりもするけど、その瞬間はただ気に入らないから壊すだけ。低脳には低脳な返事で充分」


「ふーん...だからその魔結晶を探してて、一番入手率が高そうなレッドキャップに入ったワケね。でもどやって使うの?色々必要じゃん?」


魔結晶だけあっても兵器として使えない。魔結晶の他にも色々と必要なモノがあり、それに[魔女の魂]も[悪魔の心臓]も含まれている。2つの世界を壊すつもりなら最低でも2セット用意する必要がある。

そのうち1つ、[竜の爪痕]は今となっては1つしか...いや待てよ。

兵器として1回使うのに1セット必要なのか、兵器として使うイコール兵器の力を魔結晶に宿すためだけにアイテムを揃えればいいのか.....後者なら既に魔結晶には兵器としての力がある事になる。そうならなぜパドロックはアイテム集めに本気を出している?


「パドロックは知らない。現時点で魔結晶は兵器としての力を持っている事に。そして世界樹が封印していた塔にある魔結晶が兵器の力を眠らせる為に使われる事をパドロックも、この世界に今生きている者達も知らない」


「...って事はパドロックは何も知らず頑張っちゃってて、意味なくわたしは殺されそうになってるって事?てかそれどこで知った情報?」


おいおいおいおい...ちょっと待ってくれよ。もしこの情報が本当ならわたしだけじゃなく、これから狙われるであろうエルフ達も損死する事になる。それに魔結晶を兵器化した場合、暴発する事もあるとパドロックは言っていた。それを聞き流さず考えていれば 、兵器の力を黙らせる方法が存在するという事に気付けたのに...わたしはあっさり聞き流してしまっていた。


「悪魔界へ行った時、長生きしてる悪魔を脅して黄金魔結晶について詳しく書かれた古い本を奪った。魔結晶を作ったのは人間で、最初に使ったのも人間だった。この事を知っているのは無駄に長生きしてる悪魔と魔女、そして私だけ。猫人族の王様や天使達もここまでは知らない」


まぢかよ。

たしか昔...と言ってもそんな昔の話ではないが、セッカと始めて会ったくらいの時に黄金魔結晶の話を聞いて、人間が作ったっぽいノリだった。

あの頃はただ冒険者になりたかっただけなのに、気が付けば色々と巻き込まれている。人生何が起こるかわからない とはよく言ったもんだ。

...っとそんな思い出振り返りタイムはまた今度だ。


「んじゃお前は封印塔が出てくるまでレッドキャップでパドロックに従って、タイミング見て魔結晶をパクる作戦って事?」


「そう。だから今は従ってなくちゃイケナイ時なんだけど、妹も私の仲間にしておきたくて...ね」


クチを動かしつつフォン画面を確認したナナミはニヤリと笑い、リーズを指差した。


「リーズは私の事が大好きだった。そして私が人間に殺され悪魔になってしまった事を知って、人間と悪魔を怨み生きてきた。そして今死んだ。どうなると思う?」


「...悪魔堕ちか」


倒れるリーズを集中して見てみると、溢れ散っていた血液が黒く染まり、砂の様にサラサラと消えた。肩と胸の傷からは煙が上がり、ビクビクと身体を揺らし、そして。


「...半分悪魔」


リーズの腹部を触手の様な何かが貫き出た瞬間、ナナミは半分悪魔と言った。それは先程言った、悪魔堕ちした時の姿の事だろう。

ウネウネとのたうつ触手は人間の手足よりも太く長い。

触手がリーズの下半身を包むと、千切れ、破裂する様な不快音が騎士団本部の廊下へ響き、リーズの動きは停止し、突然耳を貫く悲鳴か咆哮かを吐き出した。


廊下中のガラスは一瞬で粉々に割れ、ホムンクルス捕獲用のビンでさえビリビリと揺れる。


「おい!これ、ヤバイ気するって!」


わたしは悲鳴に逆らいきれないまま必死に声を出し、ナナミへ言うも、ナナミはわたしの声を拾おうとしない。

リーズを見るナナミの表情はリーズを、妹を悪魔にして仲間にしようと企んでいたヤツの表情とは思えないほど、焦りの色で塗り潰されていた。


地獄の様な悲鳴が止み、上半身は人間、下半身はウネウネ触手の、赤茶の肌を持つ悪魔がピクピクと全身を震えさせ、涙を流していた。


「御姉様?私、どうして?御姉様?」


反響する様な声質で自分の姿を見て言うリーズ。わたしは何がなんだかわからない中で、ナナミへ言った。


「呼ばれてるぞ!なんとかしろよ!」


わたしの声に悪魔ナナミではなく、悪魔リーズが反応し、触手の足で廊下をズリ進む。黒に赤い点が左右3つある瞳をギョロギョロと動かし、反響する声を揺らす。


「御姉様?私はなにを...御姉様?身体の内側が熱くて...え?」


悲鳴で砕けたガラスの破片に写る自分の姿を見たリーズは眼球を揺らし、変わり果てた声を更に変え叫んだ。

頭を抱え、嘘、嫌、と自分の今の姿を自分で認める事が出来ず、荒れる様に叫び続けた。姿形は悪魔かモンスターか...しかし苦しんでいる様な姿にわたしは眼をそらせなかった。


「....嫌、もう嫌...早く、早く私を殺して、自分でいるうちに、私を殺してください...お願い、御姉様」


嫌、殺して。その言葉を聞いてナナミは声を震えさせる。


「私と戦う事になって、殺されても...それでも私に会えて嬉しかったの?リーズ...」


ナナミの言葉を聞いて、わたしはすぐに理解した。リーズは悪魔でも人間でもない、悪魔堕ちに失敗し、人間のままにも止まれなかった存在。


死んだ者が簡単に悪魔になれるハズがない。簡単に悪魔堕ちできるならこの世界は、この世界だけじゃなく生き物が存在している世界には、今頃悪魔が溢れる。

死ぬ瞬間に怒りや憎しみといった感情以外を少しでも抱けば、悪魔にはなれないという事か。

リーズは...不安定な形で今生きてしまっている。


元人間だからこそ、元同じ種族で家族だったからこそ、ナナミは自分の行動と今の結果に焦り後悔しているのだろう。子供は後で後悔すると先程言ったが、それは子供に限った事じゃない。


悪魔と魔女と人間...いや他の種族もそうだ。

間違った事をして、失敗して、失って、色々と知っていく。わたしもナナミと同じになっていたかも知れない。でも同じにならない様に、もう1度考えてから、ワタポと話をしてみる事にしよう。


とにかく今はリーズだ。



「...どうする?」



わたしはナナミへ短く言った。

ナナミは「リーズは私の事が大好きだった」と言ったが、それはナナミ、お前も同じではないのか?妹が大好きだったから、妹と一緒にいたかったから、やり方はゴミカスだったけど一緒にいられる方法を思い付き、実行した。


でも結果は眼の前の現実だ。


お前は悪魔だ。見事に悪魔堕ちに成功した悪魔だ。

でも、中身のどこかに人間のナナミも確実に存在している。


人間や他種族と仲良く楽しく気楽に生きたいと思ったわたしの中に、魔女としてのわたしが存在している様に。


そしてお前にはその人間部分を指摘してくれる仲間がいなかった。だから失敗したんだろ?自分は悪魔だ。と自分で人間だった頃や人間の心を否定し隠していたから。


わたしにはわたしの魔女部分を指摘してくれた仲間がいた。その存在が結構大きかったんだなって、今になって知れた。


ナナミがちゃんと自分を認めて生きるなら、わたしがお前の悪魔部分を指摘する存在になってあげるよ。だから今は、


「人間の意識がある状態の今....リーズを終わらせてあげなよ。多分あのまま放置してたら意識的にも壊れると思う...リーズのお願い叶えてあげなよ。お姉ちゃんでしょ?」


「でも、私がリーズをあんな」


「私の友達にも、お姉ちゃんがいるんだ。そのお姉ちゃんは妹の最後のお願いを叶えてあげる為に、何年も頑張ってる。色々後悔したと思うし泣いたとも思う。それでも頑張ってる。リーズはナナミにお願いしたんだよ?怨みの言葉じゃなく、お願いをナナミにした。他の人にやらせるのはリーズが可哀想だと思うよ...早く助けてあげなよ」




悪魔は自分のした事に、自分の気持ちを押し付けて、妹を殺してしまった事に後悔し、眼を赤くした。



そして、姉として妹の最後のお願いを叶えてあげた。



自分をあんな姿にした相手に、涙を流しお礼を言って...リーズは黒い砂の様な何かに変わり、サラリ、サラリと姿を消した。



大好きな姉と、黒い小さなハートの石をその場に残して、人間リーズは姉に再会できた事を喜び、願いを叶えてくれた事に感謝し、その命を終わらせた。






どの生き物にも感情というモノは存在する。

その感情が時として相手を殺す武器になる事もあるが、相手を癒し、その後の相手と自分を変える薬にもなる。




武器でも魔法でもなく、武器よりも魔法よりも鋭利で優しい、感情というモノをナナミは今日誰よりも知っただろう。







脳内で直接叫ばれている様な、不快な音でワタポは眼を覚ました。

全身に残る痛みに奥歯を噛み、身体を起こす。


「なん...だ?今の音は...」


ワタポ同様に意識を失っていた騎士レイラも眼を覚まし呟いた。ワタポは騎士レイラが生きていた事に安心し、息を小さく吐き出すと、レイラはワタポへ言った。


「何を安心している?私があの程度で死ぬと思っていたのか?...それにしても今の音は、ヒロの仲間の...悲鳴か?」


「いえ、ワタシの仲間のモノではないかと...」


ワタポは痛む身体を動かし、ベルトポーチから体力回復ポーションと痛撃ポーションを2本ずつ取り出し、レイラへ1セット渡した。礼をいい受け取ったポーションを2人揃って飲み、効くのを数秒待った。


「騎士団長はどうですか?」


ポーションの効果が発揮されるまでの数秒間、ワタポはレイラへ騎士団長フィリグリーの事を質問した。

するとレイラは小さく笑い、答える。


「裏でコソコソと何かを企んでいる、あの頃と何1つ変わりはない」


騎士団長の行動に対して不満や不信感をレイラも持っていた。しかし決定的な何かを掴んだワケでもない為、レイラは騎士として当たり前の事を、団長の命令を聞き騎士として働いていた。

決定的な何かを掴む前に今回の事件が起こった為レイラはかつての部下と衝突する事になった。もちろん手を抜いていたワケではなく、任務内容通り殺すつもりだったが任務を失敗した今、ワタポを含めた冒険者を狩る気はない様子。


ポーションの効果が発揮され、体力は徐々に回復、痛みも薄れてきたので2人は完全に起き上がり、悲鳴が聞こえた上の階へ向かう。

階段を駆け登っている最中、レイラはワタポへ質問を飛ばす。


「爆破効果を持つ武器を選んだのはなぜだ?」


特殊効果エクストラスキル爆破を持つワタポの剣 [ダリア クストゥス] のプロパティが気になったワケではなく、なぜ自分と同じ爆破を選んだのか。たまたまなのか、同じ理由があってなのか、ただそれを質問した。するとワタポは短く答えを返した。


「氷結の女帝を倒すため」


氷結の女帝ウィカルム。

氷の孤島に生息するS2ランクのモンスターで、過去にワタポが所属していたドメイライト騎士団上層部レイラ隊が氷結の女帝ウィカルムによって壊滅させられた。

その時自分以外全員死んだと思っていたワタポだったが、レイラは生きていた。しかしレイラ以外は...。


氷結の女帝の弱点が爆破だと知り、その時からワタポは氷結の女帝を倒す為に爆破属性を扱う様になった。爆破する鱗粉を使っていたのも、錆び付いた様に見えた爆破する剣を使っていたのも、全ては過去に自分を助け死んでいった隊メンバーの仇を打つためだった。


答えを聞いたレイラは自分の持つ深紅の剣をワタポへ渡し、


「ならば任せよう。これを素材に使って剣を強化するといい」


「え?でも」


「その剣もヒロもまだ成長する。しかし私のこの剣はもう成長しない。言わばE品だ。素材にならば使えるだろう」


E品。END品。

最大強化まで終わっている状態。

E品をベースにする事はできないが、E品を素材にベース品を強化する事は可能。

しかし装備をEまで強化するには恐ろしい数の素材とお金が必要になり、E品を素材に新たな装備を生産する事も可能。


差し出された剣を断ろうとしたワタポへレイラはつけたし言った。


「あの日無くしたモノを今日拾えたのはヒロのおかげだ。お礼の意味も込めて受け取ってほしい」


あの日無くしたモノとは何なのか。ワタポにはわからなかったが思い付きや嘘で言っている言葉には思えなかった。

ワタポは少し迷ったが頷き、深紅の剣を受け取った。

走りつつフォンを操作し、受け取った剣をフォンポーチへ収納する。固有名 [エウリュス リベリアー+E]。


ワタポはお礼を言い、少し速度をあげ走ろうとした時、下から声が届いた。


「おーい!」


足を止め下、五階を見ると黄金色の髪を持つ冒険者と2本の剣を背負う騎士がいた。


「プンちゃ!」

「ヘナ!」


ギルド フェアリーパンプキン所属の魅狐プンプンとドメイライト騎士団 団長直接 の騎士ヘナが悲鳴を聞き付け階段を登ってきていた。

ここで更に上から声が響く。


「絶対下ニャ!」


「耳がキーンとなっとるから、どこから聞こえたかさっぱりじゃ。お前さんは音を聴いて色々と情報を得るディアじゃし、下で間違い...」


「間違ったみたいね」


猫人族のゆりぽよ、情報屋のキューレ、半妖精のひぃたろが六階から五階へ降りる階段に現れた。追うように音楽家ユカとフェンリルのクゥと悲鳴音で無理矢理意識を取り戻したルービッド。


全員が顔を合わせ停止すると、ゆりぽよは自分の頭を自分でポカリと叩き言った。


「ニャハ。上だったみたいニャ」




一瞬時が止まったかの様な感覚に襲われるも、悲鳴が鳴り響いた騎士団本部の七階へ全員が急ぎ進んだ。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る