-変化-
◆56
「ウチのハイディングでも近付けて10メートルじゃの。それ以上進むとリビールされてしまうからのぉ...見た感じじゃがありゃ...A+ はあるかのぉ」
ユニオン本部に響くどこか年寄り染みた声に全員が顔をしかめた。
ウンディー大陸にある都市バリアリバル。その街の中心にある大きな建物がユニオン本部。ギルドや冒険者、ウンディー大陸を管理する施設。
そこに集まったハイレベルな冒険者達が世界最高の情報屋キューレへ依頼したあるモンスターの情報を回収していた。
約1週間前にユニオンが何者かに襲撃された事から、何か悪巧みをしていたに違いない。そう思いキューレが情報を集めた所、ギルド レッドキャップとユニオンリーダー ロキ 他数名の幹部が繋がっている事を知り同じ不信感を抱いた冒険者達とユニオンを強襲した。
するとロキはあっさり認め「もうこの街もユニオンも必要ない」と言い失踪。世界最悪の犯罪ギルド レッドキャップと繋がりがあった。この事実だけでユニオンメンバーだけではなく冒険者、街に住む人々までもが焦り不安に潰されバラけ始めた。
このままではマズイ。
王がいない、仕切る者がいないこの大陸は1度分解してしまうと取り返しがつかない。他国からもこの隙を狙われる。
そう思ったキューレだが彼女は情報屋、人をまとめるスキルは持ち合わせていない。
ここで頼りたいのはユニオンに勤めていた者達だが不安と恐怖に怯えた姿を見てキューレはその考えをすぐに捨てる。
頼りない連中だ。
こんな連中に任せるなら自分が無理にでもユニオンのトップ、すなわちこの街のトップに立った方がいくらかマシだ。
そう思わざるを得ない状況まで分解分裂が始まっていた。
冒険者達は苛立ち、ユニオンの者達は戸惑い、民間人は恐れ怯える。
ユニオンが冒険者を、冒険者が民間人を、民間人がユニオンを。と この様に頼り助け合い バランスよく成り立っていたこの街だが、今は不安定極まりない状態。
ユニオン襲撃事件を起こした奴はいつから気付いていた?
気付いていたならなぜ言わなかった?
ダメだ。こんな事考えも状況は悪化するだけ。
キューレはクチの中にある苦味を消しきれないまま、街をまとめるという大役へ自ら、勿論やりたくはないが。選び進もうとした。
その時だった。
いつから見ていたのか解らないが2人の男がキューレへ声をかけたのだ。ヘビィボウガンを背負う男は「情報屋さん。自分が最も使い慣れた武器は?」と言い双棍を背負った男は「キューレさんが使うと凄い力を発揮する武器があるハズ」と言った。
この2人はキューレも知るSランク冒険者、セシルとハコイヌ。自分が最も使い慣れた武器...その言葉を舌の上で数回転がし だした答え。
それは自分が普段から使っている 情報 と 人脈。
キューレは直ぐ様その2つの刃を抜いた。少しの間でいい。変わりが現れれば譲っても構わない。今のこの状況を、バラバラになりかけた人々を集めるだけの力を持つ者。
そしてその者に今自分が持つ情報、街や人を観察し感じた違和感と不安感、それを打開する策を。
◆
「高い感知能力...看破能力...そのモンスターのヘイトは面倒だな」
ヘイト。憎しみ。
モンスター達が誰をターゲットにするのか、どうしてその人をターゲットにするのか。
そのモンスターが敵を感知する時の範囲等々...それらの事をヘイトと呼ぶ。
本来キューレのハイディングはモンスターに触れさえしなければ真横を通ってもリビールされない。しかし今回偵察したモンスターは10メートルという距離でキューレのハイディングを警戒。リビールされなかったものの「何かいる」と感じたのだろう。キューレのハイディング熟練度から考えれば10メートルで違和感を覚えた時点で最低A+のモンスターである事は間違いない。
この距離で警戒心を高めたモンスターへマナを飛ばしモンスター図鑑機能を使えば即リビールされてしまう。その為キューレはモンスターの情報収集を諦めた。
諦めの悪いキューレが簡単に情報収集を終わらせた理由は単純に自分1人では持て余す相手だったからか、そのモンスターの情報を既に持っているからか、の どちらかだ。
赤銅色の鎧をガシャリと揺らしモンスターのヘイトへいち早く喰らいついたのはギルド 赤い羽 のギルドマスターでSランクの冒険者 アクロス。
赤銅色の鎧を装備して参上したという事は今回はタンク、盾、壁 の役をやるからだろう。だからこそヘイトへの反応も早かった。
タンカーまたはガーディアンはモンスターの気を...ターゲットを自身に向ける事が仕事と言ってもいいポジション。このポジションを理解し経験した事があるからこそ不安定なヘイトがアクロスを刺激した。
「ヘイトにバラつきがあるなら前衛後衛に分ける意味がなくなるね」
茶髪の長髪を揺らしネクタイを緩め言う女性。スーツ姿とクールな顔立ちから男性と思う人も多いが話してみれば女性だとすぐ解る。
冒険者ランクはA+ 。
「後衛にタゲが移った時モンスターが移動する。大型モンスターの場合その移動中に被害が出る事も多々あるな」
「全員で前衛をするにしても今回の相手は超が付く大型モンスター。範囲攻撃持ちだと全滅する確率も...」
自身が積み上げてきた経験値をフル活用しあらゆる状況を想像し発言したのは冒険者ランクSのセシルとハコイヌ。
2人のやり取りで言われた様にタゲが飛んだ場合は被害多数に、全員前衛を組めば最悪全滅。
「前後に分けるなら盾パテ2...3は欲しいな」
「そやな。前1中2でローテガデせんと持たんぞ。中2やとタゲ飛びにすぐ対応できんしな」
和服装備のカタナ使い。緑色の長い前髪を気にする様子もなく発言したのはSランク冒険者の烈風。それに続き発言したのはアロハシャツの襟をやたらと気にする こちらもSランク冒険者のアスラン。
ローテガデは文字通りローテーションで盾役を回す事。
「てゆーか、今回の敵の名前と種類は?初見勢もいるしまずそこでしょ」
素早い指の動きでフォンを操作する金髪 白ローブの女性。
ギルド 白金の橋 のギルドマスターで冒険者ランクAの リピナ。
白ローブはギルドのユニフォーム的な防具で高い魔防を持つ。ギルドメンバーは全員女性で全員ヒーラーの癒ギルド。
「リピナの言う通り、私も初見だし今ある情報は全て欲しい所ね。ウチのメンバーにもタンカーはいるし」
赤い髪に赤い瞳、赤い眼鏡を装備した知的な女性。
ギルド アクロディア のマスターで冒険者ランクA+のルービッド。
常に最高のパフォーマンスを。を掲げるギルドでクエストの5割...つまり半分は民間人から直接受注するクエストで成功率は高く 依頼人を大切にするギルドだ。
「おぉ、悪かった。実際に戦った事ある奴もいると思うが、今回のターゲットはコイツだ。重装騎士ゲリュオーン。データは今全員のギルフォン....タブレな。それに送ったから必ず全員に眼を通させてくれ」
音楽家よりもビシッと決めたスーツ姿にハット。フォンを複数台とタブレを器用に忙しそうに操作しつつこの会議にも本気で参加している希に居る商売上手な男性。
ギルド マルチェのマスターであり、キューレと同じ皇位の称号を持つ冒険者 ジュジュ。
皇位持ちの冒険者ランクは存在しない。
この男性持つ肩書きは他にもあり、約1週間前にまた1つ増えた。
それが ユニオン代表 だ。
マルチェは民間人も冒険者達も他国の者まで知らぬ者は居ない程有名なギルド。そのマスターが一時的だがユニオン代表の座につけば 空中分解寸前だったこの街も再びまとまるだろう。
そう考えたキューレはすぐにジュジュへ連絡し訳を説明するとジュジュは 一時的 を条件にこの座についてくれた。
一時的とはいえ引き受けたからには本気で活動、行動するのがジュジュという男だ。
前代表が討伐に失敗したモンスター ゲリュオーンの討伐会議を1週間後の今日、今まさに行われている。
2、3日前に理由は解らないがリソースマナが大量に増えたらしくゲリュオーンのレベルが跳ね上がった。レベルアップで見た目が変わるモンスターも存在するので現段階のゲリュオーンを調査してほしい。とキューレに依頼したのもこの男性だ。
「大きさに変化こそ無かったがのぉ...確実にレベルは上がっとると思うぞ」
「だろうな。アスラン達は1度コイツと戦ったんだろ?その時の話を詳しくしてくれ。キューレ、例の...お前が押すメンバーからの連絡は?」
「まだ返事はこんのぉ。今日にでも返事が無ければ弾いて構わんぞ」
「了解。ユカ ビビは?」
「仕事があるから片付き次第参加するって。先行ってていいと思う」
「そうか。ルービッド 街の人達に街の外へ出るなと伝えてくれ。リピナはヒーラーの手配を頼む、ポーションはこっちで用意する」
「ラジャ」
「はーい、よろしく」
「よし、それじゃ明日午前9時までにユニオン本部の門前広場に集合」
ユニオンが再スタートする為に、街を再び活気づける為に、前代表が放置したモンスターを見事討伐し民間人を安心させる。
それが今一番重要で優先すべき事。
それが今の自分に出来る最初の仕事だとジュジュは自分に言い聞かせこの討伐会議を組んだ。
キューレはの人選にミスは無かった。
ただ1つミスがあったとすればそれは、冒険者エミリオの参加を期待してしまった事だろうか。
C+ の冒険者エミリオから返事がないままボス討伐会議は幕を閉じた。
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