◆48
全身鎧、頭まで鉄に包まれた引きこもりの射手座が私の相手。
「サジテスだ。お前の名は?」
籠る声をヘルムから漏らし言う射手座、名前はサジテスらしいが知った所で何の意味もない。私の名前を言った所で何がどう変わるのか...しかしここは答えておこう。
「キティって呼んでニャ」
語尾のニャ以前に頭やお尻にある耳と尻尾で気付いているだろう。私が猫人族、ケットシーである事に。
試合開始の声が響く前に射手座は鋼鉄の弓を持ち身体を低く構える。
AGI《アジリティ》と DEX《デクスタリティ》は私の方が上か?
STR《ストレングス》と VIT《バイタリティ》は相手の方が上だろうか...パワータイプが相手ならAGIをフルに使って立ち回る?
いくつかの戦術、場面を頭の中でイメージしていると二回戦開始の声が夜空へ抜ける。
鎧姿から想像していた動きよりも素早く矢を放つ射手座。攻撃速度にも驚いたが何よりも眼を疑ったのは放たれた矢の数。
1度に放てる矢は最大4本だと思っていた。しかし今私を射抜こうとする矢の数は6本。
人指し指と中指で2本、中指と薬指で2本、薬指と小指2本の合計6本を狂い無く放った。
矢を放つ時に空気が破裂する様な音を奏でる弓...予想通りのパワーボウ。
そのパワーをコントロール出来る実力。戦闘経験、勘、ステータス、初撃の時点で天秤座を軽く凌駕する...天秤座が一番弱い、嘘ではなさそうだ。ヘルム越しの瞳が微笑に揺れ、すぐに大きく見開かれる。
私の弓は左右に翼の様なデザインの橙色の刃がある。
弓使いは近接戦闘に弱い。矢を筒から取り出し弓に当てて弦を引き放つ。これが弓の攻撃手段だが剣等は最初に抜刀さえしてしまえば振るだけで攻撃になる。その特性は私の弓にもある。射抜き斬る事が出来るこの弓は接近してくる矢を斬り落とす事も可能。
次は私のターンだ。
本来矢の筒は丸く作られる。指先で矢を掴み出し放てれば何の問題もない。
でも、私の矢筒は剣の鞘似て平たく厚い。指先ではなく指全体が筒に入る様に作っている。
指先で矢を摘まみ出し、手元で矢を持ち変える。これが普通。
しかし私は取り出す時点で、完成形を作り、取り出すので持ち変える必要はない。
この小さな省略が攻撃までの大きな速度を生む。
その鎧の強度はどれ程なのか見せてもらおう。
弓を振る時点で左手は筒の中へ。全ての矢を落とし終える時既に狙いの位置へ弓を。そこから矢を添え弦を引くだけで攻撃可能。
矢を斬り落として自分が矢を放つまで僅か2秒。
4本の矢を同時に放ち足を止めず すぐ動き更に4本、今度は全てバラバラのタイミングと立ち位置で放つ。
「強度はどうかニャー?」
鎧に包まれる相手に矢を放つのははじめて。まぁ十中八九 弾かれて終わるだろうけど。
甲高い音を鳴らし予想通り鎧に弾かれる矢。
射手座は私の攻撃を回避、ガードせず弦を引き私が移動するであろう先を狙い矢を射つ。
矢が効かないのはお互い様。
今度も余さず全ての矢を斬り落とし追撃の矢を放つも同じ結果に。
今の攻防でハッキリした。
通常攻撃では鎧に傷すら付かない。AGIは私の方が遥かに高いけれどそれだけでは勝てない。
「....シッ!」
歯から小さく声を漏らし全力でフィールドを駆け回る。
簡単に捕らえられているのか、矢が面白い様に私を狙って飛び交う。
この速度が見えるとか...射手座はどんにゃ眼をしてるニャ...。
驚きつつも足を動かし一瞬の隙を待つ。矢を1本だけ握りただチャンスを。
「逃げるか...これだから猫族は面倒だ」
ポツリと呟きゆっくり1本の矢を握り弦を引いた。
しかしあの1本は驚異だ。
弓に矢を添え弦を引いた瞬間、弓矢が無色光を纏う。
剣術。
弓のスキルも剣術と呼ばれるのはどうかと思うけど、何と呼ばれようと凄まじい威力を持つワザなのは変わらない。
矢の数は1本...発光しているのは弓、矢、そして矢を持つ右腕。
弓使いの腕が無色光を纏う時は高確率で連撃。
弾き出された矢は風を射抜き線の様に私を捕らえる。
「はっや《はっにゃ》...」
移動速度を一気に殺し方向を変えて回避には成功。遠く消える矢を少し眼で追い、射手座へ戻す。
そして尻尾が逆立つ。
無色光を纏う腕が残像を残す様に閃き空高く放たれる矢。1度高く上がり少し停止、矢は更に強い光を纏い流星群の様に一気に落下する。
「ちょ、あれヤバない!?死ぬって」
「33本の矢を1本1本射ってた...」
「33本?見えたの?...一気に射たず単発放ち。1本の威力は相当高いわね」
「死んだ時点で星座の勝ち。ボク達は不死身じゃないし殺されれば負け...殺してしまえば勝ち」
流星群の矢が高い音を伸ばし、闘技場へ降り注ぐ。
静かな夜を高音が切り、爆発音が月明かりを飲み込んだ。
「おおぉぉっ!?触れた瞬間爆発するサジテスお得意の爆破矢だぁぁっ!降り注ぐ矢はまるで爆弾の雨、これを見た後に立っていた挑戦者は存在しない!今回も決まったかぁぁぁっ!?」
司会の声が小さく響く中、私はゆっくり爆煙から抜け出す。
「....、火傷したにゃんか」
軽く服についた汚れを叩き射手座を見てニャっと笑う。
回避出来た訳ではない、しかし直撃した訳でもない。
ギリギリで矢は回避したものの予想外の爆発であちらこちら小さな火傷。防御力など無いに等しい服は焦げ、肌を少し焼いた。
「ほぉ...今の攻....っ!?」
何かを喋る射手座へ私は矢を1本射ち込んだ。話を聞く気なんて無いし、何を喋るのか興味もない。それに戦いは終わってない。
矢は鋼鉄のヘルムに傷付ける事すら出来ない。弾かれるのは最初の攻撃で解っていた。ダメージは無くていい...私が狙ったのは矢がヘルムに直撃した時起こる小さなノックバックだ。
放つと同時に姿勢をグンと低くし一気に直進、矢の衝撃で少し上がる頭...クビの隙間をゼロ距離で狙い、
「死にゃにゃいんでしょ?」
無意識に口角が鋭く上がる中で1本矢を逆手持ちにし直進した速度を乗せクビへ突き刺す。確かな手応えを感じた瞬間に右手に握る弓を振り上げる。
弓の刃は硬いヘルムを打ち上げ少量の火花を散らす。
弓を振り上げた時、身体を捻りそのまま回転し距離をとる。
ノドから漏れる湿る声、歯の隙間から漏れる血液を置き去りにする様に回転ステップ。
回転しつつのバックステップした時、1度だけ自分の頭が下、足が上向きになる。回転しているから当たり前だ。
弓を使う者でこの瞬間をただ回避動作の動き としか考えていない者は 弓なんて捨ててしまえばいい。
回避中に上下が反転するこの瞬間が相手を正面から捕らえられる最大のチャンス。
廻る世界で1秒もない射撃チャンス。的は動かないし距離も充分すぎる。
双方の視線がぶつかるタイミングで矢を射ち頭を貫く音さえも置き去りにし、回避行動へ戻り、難なく距離を取る事に成功。黒く焦げた地面へ着地。
すぐに矢を4本放ち 戦いを終わらせようと狙うも驚いた事に射手座は4本の矢を剣の様なモノで斬り落とした。
ノドと頭に矢が刺さった状態でも立ち上がり戦う...死なないけど痛みは私達と変わらないハズ...。
「あにゃー...眼 狙うべきだったかニャ?」
私が狙い撃ちしたのは眉間。完全に矢は眉間を貫いたが相手はこの程度では死なない星霊だ。片眼を潰した方が有効だったと今更思う...が、もう終わった事だ。眼を狙わなかった事を後悔するのは後にしよう。
それより...射手座が両手に持っている剣。あれはついさっきまで持っていた弓で間違いない。
剣の柄頭を繋げれば弓になる...か。
ゴツゴツの鋼鉄弓に見えたのは鞘がついていたからか。
「射手座で剣......はぁ~」
射手座なのに剣を使う...もう射手座って名前誰かに譲れよ。
屈強な顔立ちのエセ射手座はチェストガードと籠手だけを残し他の鎧は脱ぎ捨てた。
VITを捨ててAGIを取るか...。
切りかけたスイッチを入れ直した直後、2本の剣が私の顔前に。
「にぃッ!? かすったニャ」
身体を後ろへ一気に倒す様な回避を選んだ為、薄く浅い傷だけで何とか済んだ。
予想を遥かに越える速度...速すぎる。
「尻尾をうまく使った回避....種族に救われたな」
後ろに倒れる様に身体を下げて剣を回避した時、尻尾を使って身体を支えバランスをとり、尻尾で地面を叩きその場を離れた。あの一瞬でそれを見抜かれるとは。
射手座つよ....フローが戦った天秤座弱すぎるでしょ。
「そっちも...あれで死にゃにゃいとか、種族に救われたニャ」
悪戯に笑ってみせるも状況は最悪。頭を射ち抜いても死なないうえに防御力を捨ててスピードを、
「んニッ!?」
今度は相手が、私のタイミング等知った事か。と距離を詰め仕留めに来る。何とか初撃を回避するも相手は二刀流...次から次へと振り下ろされる剣撃、猛攻を回避しつづける事は不可能。集中力が尽きる前に剣を止めればそこから、
「...に!?」
両眼で捕らえていた射手座が揺れ、視界から消え...た?
姿も気配も一瞬完璧に消え、すぐに気配は背後から。
私は振り向くと同時に弓を構え、振り下ろされる剣を翼刃で受け止める事に成功。続く二刀目は焦らず、確実に回避。
何が起こったかわからない。頭が真っ白になる中でも身体は相手の攻撃に確り反応、対応した。
「さすがは猫族だ」
私の反応、対応に驚いた顔1つせずそう言い、クチを歪ませた。
気配。何かが下から近付いてくる様な気配。
2本の剣ばかりに気を...2本の剣にしか気をつけていなかった為、繰り出される攻撃、蹴り はヒットする直後に気付いた。
剣を受け止めている弓を支える両手、押し斬ろうとする力に反発する為、踏み込んでいる足。どう足掻いても蹴りを回避する事は出来なかった。
左腹部から突き抜ける様な重い衝撃、頭の中に響く鈍い音、その音に混じる妙に高い音。
戦闘経験は私もある。
と言っても森でモンスターを相手に戦闘したり、騎士と稽古する程度だ。
モンスター相手の戦闘も
その対人戦闘の経験値の無さが今ここで大きく響いた。
蹴り上げられ地面に叩き付けられる。知らないレベルの痛みに両眼が強く閉じられる。
ガシャリ、と高く重い音が耳に届き強制的に閉じられた瞼を強引に上げる。
痛みに堪える為か力強く噛まれる奥歯、言うことの聞かない身体で眼の前にいる射手座を見る。
2本の剣は鋼鉄の弓へ姿を戻し、はち切れんばかりに引かれる弦。
弓が無色に発光し、矢を支え弦を引く腕も同じく。
剣術...という言い方はやはり好きになれない。これは弓術。
弓術がくると解っていても蹴りが直撃した時から全身が重く、痛みのせいか脳からの信号を身体が無視する。
負けるのかな。
負けていいや。
もう痛いのは嫌だし。
負けたら里に戻れなくなるけど...それも仕方ないよね。
傷が治ったら、痛みが消えたら、星霊界で生きるのも悪くない...かな。
全身の力を抜き上げていた頭も冷たい石床へ。
冷える視界。何が楽しいのか騒ぐ観客達。
声は届かないので うるさくはない。バカにされていても聞こえない。ここじゃ私達が悪者なんだ。悪者は負ける運命なんだよ。
「にゃに床に
「!?」
届くはずのない外の声、場外の声が今ハッキリ私に届いた。雑音の様な歓声ではなく、たった1人の声が私だけに。
...そうだ、起きなきゃだよ。
痛みが消えたら星霊界で生きる。ここで負けたら...この痛みはずっと消えないよ。
あの時手離してしまった日常を取り戻す為に、私はここに居るんだ。
取り戻して、ついでに太陽も取り戻して、全部取り戻して日常に戻す為に戦っているんだ。
怪我した痛い は終わってからでも言える!
「遅い」
脳内で何かが無理矢理崩れる感覚。でも気分は悪くない。
変な感覚に麻痺しているのか痛みは無くなった。
そして、
「...聞こえるニャ」
自分の心臓の音...違う。
血液が流れる音...これでもない。
風が微妙に変化する音...これだ。
「またまた、でたぁぁぁっ!!本日2度目の爆破矢だぁぁっ!降り注ぐ矢は先程とは違い...速い!速いぞぉっ!!強烈な蹴りを受けた挑戦者は立ち上がるも...この速度で降り注ぐ爆弾矢は回避不可能か!?今度こそ決まったかぁぁぁっ!?」
うるさく叫ぶ司会の声もずっと遠くに聞こえる。
何本の矢が私に降り注ぐのか...見ても解らないし見上げるのも面倒だ。
....不思議。
どこに矢が落ちてくるか、どれくらい爆発するか、何本落ちてくるか、今何本放たれたか、ハッキリ解る。
見て数えて考えているワケじゃない。
聞こえるんだ。全部音で解るんだ。
何処をどう走れば矢も爆発も回避できるか解る。
「これはもう...わたくし、見たくありませんっ!無惨に飛び散る猫耳少女を、見たくありませんっっ!皆様、どうかわたくしの変わりにっ...勝敗を、ジャッジをっ!!」
言葉に合わせ大袈裟な動きをする司会の星霊へ悪戯な笑いを向け言う。
「それにゃら、蜂の巣ににゃる射手座男を見てあげてにゃん」
よく解らないが今の私は気配だけではなく、音で対象の位置や数、速度と動きが解る。
そのお陰で爆破矢を無傷で回避し回り込めた。
あれだけの弓術を使ったんだ。使用者を襲う反動も大きい。
チャンスは1回、ありったけの力で貫く。
腰背に装備されている矢筒を尻尾で外し掴む。そのまま尾先で矢を取り出す。
右手で弓を空高く構え、左手は弦を引き顔の横で矢を待つ。
尾先の矢を素早く左手へ渡し、弦へ乗せると無色光が弓、矢、腕を包む。
矢を放つとすぐに次の矢、また次の矢を尻尾で運び、筒の中が空になるまで3秒もかからなかった。
私が今使える弓術の中で一番範囲が広く、威力も高い術。
弱点は停止状態でしか使えない所とディレイが長い所だが...今相手は長いディレイに襲われている為、停止しても危険はない。
それにこの弓術で戦いは終わる。ディレイに襲われようが関係ない。
「すっげ、ワタポあれ何本!?」
「わ、わかんない...速すぎて見えなかった」
射手座の弓術は幻想的な光の尾を残し降り注ぐ流星群だとすれば、私の弓術は細く冷たい残像を残す.....雨。
空高く放たれた矢は青白い光を置き去りにする様に速度を上げ一斉に、広範囲に、落下する。
広範囲 高威力 上級弓術。
アローレイン。
十二星座の射手座、サジテスを 無慈悲な雨 が冷たく貫いた。
◆
「すっげー!すげーすげー、すっっげー!!」
「かっ.....こいー!!」
「お疲れ様」
「ゆりぽよ怪我 大丈夫?」
「ありがと、大丈夫くないニャ」
私を向かえてくれたフローとボリボリ...じゃなくて プにゃんの眼には星の様な輝き。
月の様に優しく、お疲れ様 と一言だけ言ってくれた ひぃにゃん。
怪我を心配してくれて、肩を貸してくれるワタにゃん。
こんな風に向かえられると、勝ててよかった。と心から思う。
あの時 私に届いた声は間違いなく......、。
声が聞こえたんだ。生きてるんだ。
一緒に帰ろう。
今度は一緒に。
「射手座強すぎね?わたしがバトった天秤よえーのな」
「他の3人はどうなんだろうね?」
「どうしよう...ゆりぽよの怪我診たいけど双子座出てきたら...」
「大丈夫ニャ、ワタにゃんはここに残って、いでで」
「私が出るわ」
そう言い迷わず進むひぃにゃん。
相手を見てからこっちが出る作戦でいかなければ誰が誰と戦うかグチャグチャになってしまう。止めなきゃいけないのに今になって痛みが加速する。
「おっけー!ひぃちゃん頑張れ!」
どうして止めないの!?
これでプにゃんが狙ってる相手が出てきたらどうするの?
「動かないで、エミちゃ手貸して」
「えー、面倒く...」
「早く」
「了解!」
「こっちは大丈夫だよ、ボクがついてるから早く治療してきなよ ゆりぽよ」
太陽の様な笑顔で言われてしまえば...もう任せるしかない。と言ってと何を任せるのか謎だけど...。
「ありがとニャ」
私の出番は終わったんだ。
本当に、後は 任せるだけ。
ゆっくり堂々と虹色のラインを越えるひぃにゃんを見送り、私は運ばれる様に控え室へ送られた。
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