◆45



こない朝、終わらない夜。

星も月も見えない空を見てキミは言った。


「見てるだけにゃ靄は消えないニャ。誰かがやらにゃきゃ」


太陽が出ているハズなのに灯る街灯、弱まる光。

灰色の雲が悲しい。見えない太陽が泣いている様に降り注ぐ雨が傘を叩く。

誰かが手放した風船が青黒い空へ。


「誰かって....私達ニャ?」


答えはすぐ返ってこない。

暖かい街を冷やす雨。

薄く立ち込める雨の煙。


「...行かにゃきゃ」


雨音がキミの声を隠す。

聞き返す声も雨に落ちて弾ける。

潤んだ瞳、雨粒がキミの頬を伝った。

何て言ったの?聞こえないよ。


「朝を取り返すために....へ行ってくるニャ」


「!?私も一緒に行くニャ!」


誰かが手放した風船が割れた。私の声は割れる風船に落とされ雨に溶かされた。掴んだ腕がほどける。


霧がキミを包んだ。

追えなかった。動けなかった。

あと少し強かったら、ほんの少し強かったら止められたのに。

手を離さなかったのに。














私、強くなったよ。

朝なんて戻らなくてもいい、一生暗い空でいい、だから、戻って来て。



あの日は雨が降っていた。

今日は降っていない。

それなのに、私の頬を雨粒が撫でた。








「おい、見ろよワタポ!やべーヤツいるぞ!浮いてるし...泣いてる!」


「浮いて見えるのは世界樹の上にいるからでしょ!それにエミちゃ、そーゆー事言わなくていいから!」



耳がない...尻尾も。

世界樹が見えない?....人間?

あの靄を作り出したのも、人間。


「......、ニッ!」


「ぐぅっ!?」



靄を広げに来た?

朝の、太陽の次は何を奪いに来た?

私から次は誰を奪いに来た?



「プンちゃん!?」


「....大丈夫だよひぃちゃん。ごめん、みんな手を出さないで」








急ぎ到着した城にグルグルメガネの青い奴はいなかった。

もしまだ居たなら、挑発の1つや2つ吐き捨ててやるつもりだったが居ないのならば仕方ない。

わたし達は急ぎ王室へ向かい先程話した事を、靄を産み出したのは人間ではなく悪魔だという事は伏せ、靄を消す方法だけを話した。

光の矢で靄を消し飛ばす。その為には丈夫な弓が必要。このシケットに弓を作る為の素材が無いなら取りに行くとも伝えると王猫さんは渋り、渋ってやっとクチを開く。



「わかったニャ。冒険者達を信じて世界樹を見せるニャ」


弓の話をしていたハズだが...世界樹を?確かに見てみたい気持ちはあるが今は一刻も早く弓を作る方がいいかと...、まさか世界樹を素材に弓を?

それは凄い弓が出来そうだけど相手は世界樹。切ったり折ったりするのはヤバイ気がする。

.....まぁ、この街というか国の一番偉い人が決めたならば従う...とにかく世界樹のある場所へわたし達も行く事に。



その場所は予想通り二階層、そして予想通り世界樹は隠蔽いんぺい魔法で姿を隠して....、ん?


世界樹が存在するであろう空間を見上げる。

そこで空中に座るケットシーの女の子を見つけた。

幽霊の様に何もない空中で膝を抱えて座るケットシー....あれはお化け!?



「おい、見ろよワタポ!やべーヤツいるぞ!浮いてるし...泣いてる!」


「浮いて見えるのは世界樹の上にいるからでしょ!それにエミちゃ、そーゆー事言わなくていいから!」


あ、そうだった。

あのケットシーを見た瞬間わたしの脳内から世界樹だの隠蔽魔法だのというワードは綺麗に消え去り、お化けが空を見て泣いてる。とのワードで脳内メモリを圧迫してしまっていた。


隠蔽魔法で姿を隠しているが、ケットシー達はその魔法効果対象では無い。

対象外の相手だとしても、触れれば隠蔽魔法は消えるハズ...しかし世界樹は姿を隠したまま。恐ろしく高度な隠蔽魔法だ。

世界樹の隠蔽効果に感心していると先程の浮遊ケットシーが歯を剥き出しにし世界樹の枝...で間違いないだろう足場から一気にわたし達の居る地面まで飛び降りてくる。


落下してくる事には気付いていた、いや、落下してくるその姿をわたし達は見たと言うべきか....枝を蹴る時の力加減と飛び降りた時の姿勢、落下中も無駄な動きは無く、速度を限界までブーストしターゲットまでブレる事なく一直線に急降下してくる。


動きは見えていたのに、その無駄の無い動き、迷いの無い動きに心奪われていた為、わたしは反応出来なかった。


「......、ニッ!」


「ぐぅっ!?」


猫、と言うより豹の様な性格のケットシーは一番狙いやすい所にいたプーをターゲットに世界樹から飛び降り、見た事ない武器...翼の様な刃が上下に付いていて、中心を持ち扱うタイプの両刃武器?でプーを襲った。


「プンちゃん!?」


ハロルドの声でわたしの心は現実に戻され、腰のマグーナフルーレを急いで抜刀。鞘を走る刃の音を追う様にプーの声が響く。


「....大丈夫だよひぃちゃん。ごめん、みんな手を出さないで」


無数の棘の様に鋭く波打つ橙色の刃を両手のひらで挟み受け止めていたプー。失敗すれば顔を削り斬られていただろう。

こんな状態で 手を出すな と?

そのお願いは聞けない。今そこにいるケットシーは確実にわたし達の中の誰かを仕留める為に世界樹から飛び降りた。どこの誰で何の目的があるか知らないけど、今現在は確実に敵だ。


細剣を構えるわたしと、槍を構えるケットシーの騎士。


どっちだ?プーを助ける為に槍を構えたのか?それともケットシーを助ける為に槍を?

どちらか解らない以上は仕方ない。先にあの猫騎士達の動きを止めてからプーの援護を、


「エミちゃ、ダメ」


踏み込もうとしたわたしをワタポが止める。


「...なに言ってんの プーが」


「うん、プンちゃが手を出さないでって言ったから。ただ1人で勝ちたいだけなら、ボクがやるね って言うと思うの。プンちゃは謝ってまで1人での勝利を望む人かな?」



....、解るけど、けど解らない。

でも、そう言われればそうだと思う。


「~~っ、わかったよ」


わたしは戦う意思はない。と言う様に武器を腰へ戻した。

しかし猫騎士達は そんな事知るか と言う様な眼でわたしを見て、プーを見て、槍を握りなおす。

王猫はラグってるのかフリズってるのか、使えない状態。


せめてあの猫騎士達だけでも、アイツ等の武器だけでも奪いたい。

そう思った時、猫騎士達はプーをターゲットに槍を向け暗い色に染まる緑の絨毯を蹴った。

と、同時に冷たい声が静かに奏でられる。


「殺されたいの?」


氷よりも冷たく、剣の様に鋭い瞳で猫騎士を見つめ言うハロルド。短く静かな言葉は研ぎ澄まされた名刀のひと振りの様に圧倒的な斬れ味で猫騎士達の戦意を両断した。


「すっげー迫力...」



「ひぃちゃん、ありが...とぅっ!」



とぅっ!で武器を押し返しクルクルと回る格好いいタイプのバックステップで距離を取るプーは「みんな少し離れて」と言い背中にある身の丈程の、烈風が使っていたタイプの武器、カタナへ手を伸ばした。


抜刀後ゆっくりカタナを構えると、キィィィン...と空気を切る、または揺らす、刃が震える、カタナが鳴く、どの表現も合っていて合わない澄んだ高い音を静かに鳴らしケットシーへ向けた。


プー。

そのケットシーに何を見た?

何を思った?




重く苦しい空の下で青白い光と橙色の光が火花の涙を溢した。






あの子の眼を ボクは知っている。



悔しかったんだね。

許せないんだね。

何も出来なかった自分自身が大嫌いなんだね。


それでも、諦められなくて、助けたくて、今必死にやるべき事を独りで探しているんだね。

黒い海の中でも必死に進もうとしているんだね。



ボクも昔、同じ感情で瞳を焼いた。

その感情は悪いモノじゃない。

でもね、独りじゃ見つけられないよ。

もっと真っ黒で深い、底なんて存在しない海へ落ちちゃう。その海に呑み込まれたらきっと戻れなくなる。


だから、


「今ボクが救い上げて あげるね...」


火花を放らすボクの武器とキミの武器は全てが違った。

キミの武器からは命を奪う重さしか感じない。

ボクの武器から命を守る、救う重さを感じてくれるかな?




競り合いから連撃へ。

この子の武器は弓だ。でもただの弓じゃない...左右に翼の様な刃を持ち、ハンドガードまでついている。

近距離、中距離の両方を戦う為に作られた武器。

ケットシーの身体能力とこの子の戦闘知識、経験値があってこそ自由自在に操る事ができる武器...か。



武器観察中に産まれた小さな隙を確実に叩いてくる。

反応が一瞬遅れ、押されるカタナ。

両手でカタナを持ち押し返そうとした時、彼女は左手を腰へ回した。

背中にあるのは筒...矢!?


閃く様に左手を動かし弦を引く。この動きにも無駄が一切なく、ただ素早く確実に矢を放つ為だけの動き。

この距離での矢...1本ならなんとか回避出来る。そう思ったのも束の間、矢は3本で全てを同時に引いている。



これはさすがに...避けられないなぁ。



「消えて 人間にゃんげん


初めてボクにかけてくれた声は温度無くただ吐き出された言葉。



人間...。


また、人間が他族に悲しみや怒りを与えたのか。

いつもそうだ。人間は自分達の事を正当化して平気で他人の大切なモノを奪って、踏みつけて、必要無くなったら捨てる。


欲しかったから。

必要だったから。

興味があったから。


そんな小さな理由で、そんな軽い気持ちで、他人の大切なモノを笑って奪って。

そんな事が許されるワケないんだ。許しちゃイケナイんだ。


膨れ上がる怒りの中で思い出すあの記憶。


脳内で何かが弾けそうになる感覚。



「ニャっ、!?」


あの時の、昔のボクなら怒りの感情をそのまま爆発させていただろう。でも今は違う。



青白い雷を全身から少しだけ溢れさせ矢を焦がし彼女の肌を小さく刺した。



「....ごめんね、熱かった..痛かった かな?」



キミはここで堕ちちゃイケナイ。誰かを助けたい、救いたい、何かを取り戻したい。そう思うなら昇って、進まなきゃ。

綺麗な人間より汚れた人間の方が多いかも知れない。

それでも進まなきゃ何も変わらないし変えられない。




「ボク達はキミの敵じゃない。味方...の方かな?」


「...なに言ってるニャ」



進もう。まだ間に合うさ。

太陽も朝もキミが必死になってる大事なモノも、1つ残らず全部取り戻そう。

独りじゃ無理かも知れない。

でもキミには沢山の仲間がいる。

ボク達も出来る事は力になる。


だから、




「キミの大事なモノを...」

「朝を 取り戻しに行こう」




諦めないで。揺れないで。

絶対 取り戻せるから。

全部、全部 取り戻せるから。



キミもボクもずっと独りじゃないから。




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