◆38




黄色の煙の様なオーラをまとう武器。

ネフィラが使うクローもワタシと同じ特種効果武具エクストラウェポン

ワタシの特種効果武具エクストラウェポンは熱を持ち熱を纏い触れたモノを焼く。ネフィラのクローは黄色のもやの様なオーラが溢れ出る....あれは麻痺だ。

触れれば100パーセント麻痺状態になるワケではないが連続で攻撃を受けたり、生身の部分に掠りでもすれば高確率で麻痺状態に。

麻痺武器はその麻痺値によって確率が大きく変化する状態異常武器。大剣や斧といった一撃が重く強力な武器よりもダガーやクローといった手数を稼げる武器には最高の特種効果エクストラスキル


ネフィラは姿勢を極端に低く構え戦う...相手を翻弄ほんろうし小さな隙を突き確実にダメージを与えてくる戦闘スタイル。

自分のスタイルにあった武器は昔から...しかし今回はそれに特種効果エクストラスキルが加わった。巣に落ちた獲物を逃がさず確実に狩る蜘蛛の様に。


「少しおとなしくなった?昔はもっと感情的に攻めて来ていたのに...熱が上がらない?」


挑発なのかワタシを見て笑い不気味な雰囲気を持つ声でささやいてくる。

ジャギジャギとクローを擦り合わせ口元を歪ませ糸を吐く様にネバネバとした声を吐き出す。


「熱が上がらないなら...仲間を捕獲しようか?1人ずつ殺していけば熱は上がるわよね?」


これも挑発か...それとも...。

考え悩む時間をわざとワタシに与えてネフィラは笑い隙を狙っている。


最高の隙を作る様に瞳を閉じる。バラつく思考を集める様に深呼吸。

みんなの心配は必要ない。クゥだって弱くない。

今は眼の前にいる蜘蛛を速やかに排除する事がワタシの仕事。ゆっくりまぶたを上げネフィラにささやきかける。


「退屈させてごめんね、地面をいずり回る虫が相手だとスイッチが中々入らなくて....」


少しの挑発を入れ、ネフィラをあおる。


「その眼、その顔、やっと殺すつもりになった様子ね...最高に目障りでゾクゾクするわ」


言葉を切り捨てる様に吐き出し床をいずる様に動き一気にワタシを捕らえにくる。

この動きが恐ろしく速い。

ワタシは身体を左へ流し攻撃をギリギリで避け剣撃を入れるも剣は空気だけを熱く燃やした。

ネフィラは着地後、素早く床を蹴り追撃するも今度は回避に専念し、続く3、4撃目も難なく回避した。

5撃目を踏み込んだ時、ワタシは剣を構え迫る蜘蛛へ熱の斬撃を合わせる。


ワタシを貫く様に伸ばされた右腕。その腕ではなくもう片方...たたみ折られている左腕に視線を向ける。

右の攻撃は身体を捻り回避し、追撃で横に振られる左腕を下から上へ斬り上げる。


ワタシの手に伝わった感覚はネフィラの腕を斬り飛ばした感覚ではなく、硬い何かに弾き返された時の感覚と音。

今確実にネフィラの腕、武器ではなく二の腕に剣がヒットしたハズ。しかしこの結果...鎧系防具を装備している様には見えないしアームプレートを防具の下に装備していた?

なんにせよワタシの攻撃は防がれた。


そのまま距離を取るネフィラをワタシは睨む。

アームプレートで防がれたとしてもそれは剣撃。熱は防げない。あれだけの速度で行動している事からアームプレートも薄く耐久性の低いモノを選んでいるだろう。ならば必ず熱でのダメージはあるハズ。


「妙な剣ね...炎ではなく熱...」


そう言い左腕を見るネフィラ。ワタシも追う様に目線を動かす。黒いドレスの様な防具は焼き裂けている。しかしその下...防具の下は皮膚ではない何か...黒い...鎧ではない何かが。

腕に眼を奪われていると、ネフィラはギョロりと瞳を動かし今まで見せた速度が遅く思える程のスピードでワタシに詰め寄りクローで攻撃を。


左右の爪が無色光を纏う。

左クローの攻撃を剣で弾き飛ばそうとしたが予想以上の重さに剣は止められる。

続く右クローの下から上へ切り裂き上げる攻撃は回避不可能。

完全に捕らえたと言わんばかりに顔をグシャリと歪め笑うネフィラへワタシも笑い返した。


剣術は潰せる。

スラストならば振り下ろされた瞬間にそれ以上の力で剣を止める、または軌道をずらせばスラストは強制終了、ファンブルする。

剣術の型を潰せばいい。

今ネフィラが使っている剣術は左で上から下、右で下から上へと交互に攻撃するモノだろうか。その先にも攻撃があるのかは不明...でもこの右斬り上げで剣術を終わらせれば心配する必要はない。

背後から一気に振られる腕をワタシは左腕で上から殴り止める。鈍い音が耳に届くとネフィラは顔を更に歪め歯を剥き出しにする。

身体をヨロリと揺らした瞬間を逃さず剣でネフィラを斬る。熱を一瞬で纏い空気を焼き焦がし振り下ろされた剣は確実にネフィラへヒット。

キギィ、と奇妙な声を漏らし直ぐに後ろへ跳ぶ。

剣撃は確実に、間違いなく当たった。それなのに痛がる様子も熱に苦しむ様子もない。


「蝶の分際で蜘蛛に、この私に喰いかかるとは...」


「蜘蛛の分際で空飛ぶ蝶を掴もうとするから痛い目みるんだよ」


ワタシの挑発が終わるとネフィラはギィギィと乾いた音をたて時折何かを堪える様な声を漏らす.....そして突然悲鳴にも似た声を上げネフィラの身体は酷く反る。


「なに!?」


内側から貫かれる、あるいは弾ける様にネフィラの身体が、人間の身体が形を変える。

大きくなり膨れ上がる下半身。腰辺りからは黒光りする太い槍の様なモノが左右に4本ずつ現れ、床に突き刺さり全身を支える。

シュー...と空気を漏らす様にゆっくり吐き出し、そして高い叫び声をあげる。


ポルアー村付近で戦ったビネガロを思い出させる姿、大きさはビネガロの方が上....しかし危険度はこちらの方が遥か上。

膨れ上がる下半身と突き出る槍の様なモノは黒光りしていて黄色のラインが。


「...、これが私のディア...女郎蜘蛛じょろうぐもよ」


「...変化系のディア...っ」


自分の身体を変化させるディア.....。存在するとは聞いていたけど見るのは初めて。

変化した姿で追加能力が違う変化系ディアはステータス上昇値が圧倒的に高い。しかし身体が堪えられない、身体がその力についていけない等のリスクも高いハズ...。


ネフィラから溢れ出る威圧感と危険なオーラに全身が包まれそうになった時、緊張で張り詰めていた室内に響く声がワタシの恐怖心を消し去った。


「うっわ!完全敵キャラじゃんアイツ!クゥ見てみアレ!」


「グゥゥ...」


「ワオ!スパイダー!」


「気持ち悪っ!」


「ひぃちゃん!おっきい蜘蛛だねー!」


「そう?そんなに大きくないと思うけど」




「...ぷっ」


各々がネフィラの姿を見て言った感想に思わず笑いが溢れる。


みんな無事だったんだね。

クゥも助けてくれてる。



「...、、、目障りだ!」


各々の言葉に怒り叫んだネフィラ。脚で身体を上げ膨らんだ下半身、蜘蛛のお尻を曲げそこから黄金色の糸弾を出す。


魔銃の弾丸かと思う程の速度で飛ばされる糸弾が全員を襲った。糸弾は弾け蜘蛛の巣の様な形に。みんなは床や壁に貼り付けられ暴れれば暴れる程 黄金色の蜘蛛の巣はキツく絞まる。

助けに行こうとするワタシを黙って見ているワケもなくネフィラは長く鋭利な脚で攻撃してくる。避けて剣撃するも刃が通らず熱も遮断される。


再び緊張感が戻ったと思えばまたそれを消し去る様に叫ばれる声。


「ワタポー!わたし達ここで待ってるからさ!早くその蜘蛛女倒して助けてねー よろしくー!」


糸と言うより巣に囚われたエミちゃが叫び他のみんなも同じ意見なのか何も言わずワタシを見る。


「余所見?」


「!?」


鎧も簡単に貫くであろう脚先の爪が余所見していたワタシを襲う。剣で弾き距離を取る....大きさも速度も申し分ない武器...あのリーチは厄介だ。

回避と攻撃を繰り返すも縮まらない距離。

そもそも何処を攻撃すればダメージを与えられるのかさえ解らない。

ワタシは1度大きく距離を取り、詠唱に入る。

ネフィラは気付き魔術を潰しに接近してくるがここで逃げるワケにはいかない。


素早くクチを動かしファイアボールを発動、3つの火球がネフィラを別々の角度から襲撃。

蜘蛛の弱点であるお尻に1つヒット、脚にもう1つヒット、ネフィラの原形がある胴を狙った火球はクローで切り裂かれ消えた。


とどまらず次の攻撃へ。灼熱色の剣が無色光をまとう。両手で剣を握り剣先をネフィラへ向け、顔の横で構える。

足に力を入れ、飛び出す様に一気に床を蹴りネフィラを狙う。蜘蛛の脚の攻撃範囲に入った瞬間、両手を前へ強く突き出すと更に速度は加速する。

突進、突撃系の突き剣術 ラント で左脚を4本貫く。

確かな手応えを感じたワタシはすぐに振り向くと身体を揺らし痛みに歪む表情が確かにある。

いける。ダメージ量は少ないけど...ダメージはある。


次の攻撃へ入ろうとしたワタシへ糸弾が。上手く回避しているとワタシの動きを予想し着地点に発射された糸弾。

当たれば貼り付きになり自由を奪われる。


「なら!」


強く叫び灼熱色の剣を更に熱く。糸弾を熱の斬撃で焼き斬る事に成功しそのまま接近する。

回避できる糸は回避し、危ないモノは焼き斬り進む。

ネフィラの攻撃範囲に入ったワタシは考える事をやめた。

脳と身体を切り離す感じでただ眼の前の攻撃、相手に全神経を集中させる。

繰り出される糸を避け、伸ばされる脚を弾き距離を詰めていると不思議な事がワタシに起こり、切り離していた脳と身体が再び繋がる。


ネフィラの身体に重なるもう1人のネフィラが見える。

本物のネフィラとは違い、透けているネフィラ....重なった2人はズレ始める。

透けている方が少し早く動き、透けていない方がそれを追う。透けるネフィラに反応出来ず攻撃がワタシの肩にヒットするも痛みも感覚も無くすり抜ける。

透けていない方には反応し回避。

ネフィラの両脚が僅か1.5秒程だが、透けている方が先に動く。そしてそれを追う様に色の濃い方...本体が動く。

次はお尻がズレる....両脚で身体を上げお尻の先から出る針で攻撃してくるつもりか?


「....!!」


全身に乗る速度を1度殺し、脚の隙間を抜けると本当に針攻撃が。


「....、蝶の分際で!」


見える。

1.5秒先の動きが見える。

何だこれは...解らないけど、僅か1.5秒でも そこからの動きを予想し回避、またはカウンターを合わせるには充分な時間。

女郎蜘蛛じょろうぐもネフィラの動きは見た事ないしこの力は使える。


もう1度距離を詰めようと足に力を入れた瞬間ワタシは気付く。


「ヒヒヒヒ...、捕まえた」


眼を凝らしてやっと微かに見える程細い蜘蛛の糸が足に絡み付いている。接近してくるネフィラを前に動かない両足。


「私の勝ちだ、消えろゴミ虫が!」


前脚2本で左右から貫く攻撃を選んだネフィラ。

ワタシは剣で足に絡む蜘蛛の糸を焼き斬り、ジャンプし空中で身体を回転させるバックステップで攻撃を回避。

防具の長い裾が貫かれるも回避には成功。片足で着地し同じ様にバックステップで距離を取る。


「どうしたの?私は近付かないからあなたの好きな様に攻撃していいわよ?」


今ワタシの足元にはあの糸はない。

これは、近付かない...ではなく近付けないだ。

あの蜘蛛の脚が糸を切断してしまうからだろう。となるとこの部屋には糸の罠が張り巡らされている。さっきのワタシの力は動かないモノを見ても何の反応もない...。


糸さえ見えれば...、


「痛っ!?」


糸の攻略方法を考えているワタシの肩が突然痛み、肩からは血が流れる。切り傷?


肩の傷を見ていると微風がワタシの髪を揺らした。

そして全身が小さな刃に襲われ痛む。


ヒヒヒヒ、と笑いクローが装備された指先をワタシに向けるネフィラ。


「糸先をあなたに向けずこう...横に向けてあなたに飛ばすと斬撃の様な切れ味の糸が完成する...痛いでしょ?怖いでしょ?私は近付かないけど攻撃するわよ」


糸の斬撃...ダメージは小さいけど痛みはある。それに飛ばされた糸は足に絡み付いたタイプの極端に細い糸...飛ばし終えた糸は室内に張り巡らされる罠へと変わる...マズイ。


今までは足元にしか無いと思っていた糸罠だけど飛ばされた糸が罠に変わるとなれば...腕に絡み付く場合もある。このままじゃ遅かれ早かれ捕らえられる。

せめて糸が見えれば...、


「....?」


足元の糸を確認した時、ワタシの血液が数滴 床に落ちず空中にとどまっている...。


そうか!眼には見えない糸だけど糸は糸だ!

血液が糸に付着したから空中に留まっている様に見え、


「っぁ!!?」


何か手は無いかと考えていたワタシの思考を停止させる程の痛みが右肩から全身へと。

右肩にはネフィラが装備していたクローが1つ、深く突き刺さっている。


「ヒヒヒヒ!これで利き腕は自由に動かない!終わり、完全に終わり!」


麻痺効果でワタシの右肩は痺れ始め徐々に右腕へと麻痺が廻る。

糸さえ見えればネフィラに近付けるのに、その糸が見えない。グズグズしていると本当やられる。

血液を辺りにバラ撒く?その程度じゃ見える糸はごく僅かだ。室内を、全体に水分を行き渡らせる方法は、....霧。


目眩ましの為にエミちゃに教えてもらおうとした霧魔法。

人間1人では不可能だと言われ諦めた魔法。

たしか 火と水をぶつけて水蒸気を作って風魔法で水蒸気を吹き飛ばすハズ。

風魔法は教わったやつがある。

火、熱はこの剣が。水は...血液がある。幸運にも右肩は麻痺状態で痛みは感じない。

ワタシの腕は義手。鎧よりも堅く高性能な義手なんだ。麻痺クローを直接掴んでも何て事ない。


肩に刺さるクローを抜き捨て詠唱。

右手から左手へ剣を持ち変え熱を纏わせる。詠唱が終わり魔術を発動させると同時に上から肩へ剣を振り斬り入れる。

深く斬り刺さる剣は噴き出す血液を水蒸気へ変え、ワタシを中心に展開された魔方陣からはうねる様に吹き荒れる風。

風が水蒸気を吹き飛ばし視界は薄赤色の霧に包まれる。


「なにを!?」


ワタシの行動、奪われる視界に焦りを隠しきれないネフィラは辺りをキョロキョロする。

霧に含まれる水滴が糸の場所を教えてくれる。安全な道も同時に。


「くっ!何処に、何処にいるマカオン!?」


蝶を探し首を動かすネフィラに、ワタシは接近しささやいた。


「後ろ...それと、ワタポだよ」


大きく膨らんだお尻の上に着地し、薄赤色の霧の中で無色光が揺れる。

斜め左から右下、斜め右から左下へと鋭い線を描き、線がクロスする中心を全力で突く。

スラストとラントを合わせ威力と速度を上げた剣術 ストラトクロス がネフィラの胴体にクリティカルヒット。

高音の悲鳴を響かせ暴れ苦しむネフィラからワタシは離れた。赤色の霧に浮かぶ蜘蛛のシルエットが徐々に小さくなり、最後は人間のシルエットに変わり力無く倒れた。


張り詰めていた蜘蛛の糸が解け、ワタシも膝から崩れ落ちる。



近付いてくる無数の足音に安心感を感じ、少し笑った。






赤い霧の中で2人が倒れると、わたし達を拘束していたウザったい蜘蛛の糸が溶ける様に消えた。


わたしはすぐに立ち上がり座り込む影へ近付く。


「ワタポ!」


「エミちゃ」


ボロボロのワタポは小さく笑ってわたしの名前を呼んだ。


「おつかれ」


「うん、ありがと」


この会話が終わった頃、他のみんなも到着。

ハロルドが詠唱を始めると、みんなワタポから離れる。

ビビ様がわたしの肩を数回叩き音楽家がわたしを手招きする。何だかよく解らないがワタポから離れ、わたしも詠唱する。

わたしが詠唱したのは風魔術でワタポがさっき使ったモノと同じ。魔力を多く使い発動すると赤い霧は晴れ暗い室内に戻る。

ハロルドが使ったのはなんと再生術。再生術は魔方陣に関係ない人が入ると不発するらしい。それでみんな離れたのか。


「ひぃちゃ、ありがと」


そう言って立ち上がりワタポはもう1人倒れている人間の所へ歩く。

わたし達も後を追うと、蜘蛛女と見られる人間が居た。


「ネフィラ」


「.....」


黄緑色の瞳をワタポに向け黙る蜘蛛女。

ワタポも黙り見つめる。


「....気に入らない。その眼!その顔!存在が!目障りなのよ!気に入らないのよ!」



気に入らないだの目障りだの言われても負けは負け。それに正直わたしから見ればお前の方が気に入らないし目障りだ。


「殺しなさいよ....殺さないと何度も蝶狩りを、、」


蝶狩りをする。とクチにしようとした蜘蛛女に突然床から突き上がる緑色の槍。

身体の中心を完全に貫いたコレは上級風魔術 カドスグニル。


「ネフィラ!?」


ワタポが蜘蛛女の心配をする中でわたし達は武器を取り構える。


わたしが詠唱に気付けなかった!?どこから魔術を使った!?


辺りを見渡すも気配は全くない。


「ひぃちゃ!お願い!助けて!」


「は!?ワタポ、そいつ敵じゃん!なんで」


「敵とか味方とか関係ない!」


「関係ないって....、!?」


わたしの言葉を切ったのはワタポでもネフィラでもなく、床に突然浮かび上がる緑の魔方陣。

その魔方陣の中心が開き、そこから風の腕が出てくる。

これはマズイ!


「みんな離れて!ワタポも、早く!」


わたしの声に反応しワタポ以外はすぐに距離を取るも、ワタポはネフィラを抱いたまま動かない。わたしは腕を掴み強引にネフィラから離し魔方陣から離れると風の腕はネフィラを掴み魔方陣へ引きり込み消えた。


「....なに、今の?」


プーが呟くとワタポは魔方陣が展開された場所へ走り床を何度も叩き名前を叫んだ。


何度も何度も叫び、何度も叩く。

しかしもう魔方陣は展開される事はない。


音楽家は溜め息をつきフォンからギターを取り出し演奏を始めた。

切なくて何処か落ち着く曲を聴いたワタポは涙を流しながらも落ち着きを取り戻す。


わからない。

自分を殺そうとしていた相手を殺さず、助けようとして、涙を流すワタポの気持ちがわたしには理解できなかった。


「ごめん。...ありがとう」


「うん...。帰ろう」


涙を拭き言うワタポにわたしは 帰ろう と言った。

頷き立ち上がろうとするワタポへクゥが吠える。


「クゥ.....うん。帰ろう」



何とも言えない結果で蝶と蜘蛛の戦いは幕を閉じた。


帰り道は街が見えるまで全員一言も喋らずただ足を進めた。



敵も味方も関係ない。

あの言葉の意味は考えても解らない。



でも...大切な何かがそこにあったからワタポは涙を流したんだとわたしは思う。



「エミちゃ!もうすぐバリアリバルだよ」


「ん?あぁ、そうだね」


「ありがとう」


「ん?何が?」


「ワタシにワタポって名前をくれてありがとう」


「命名料は高いぜぇー?」



わたしも その大切な何かを知って、持ちたい。

わたしに無いモノを持ってるワタポを近くで見て、あの時の涙の意味を知りたい。

だから これからも一緒に...。



「行こう ワタポ!」




一緒に色々なモノを見ていこう。見たくないモノもあると思うけど。



それでも一緒に。






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