女の文学論(十六)
漢王朝はおそらく長くは続かないだろう。
自分の代で終わるかもしれない。
だからこそ、己が皇帝であるというささやかな意思表示をしたいのである。
力を持たぬ劉協には、そのくらいの方法しかない。
「姉上」
曹節は清河長公主に言った。
「辛憲英さんに失礼を詫びないと」
「え? でも……」
「今のはどう考えても姉上が悪いですわ」
優しげな声色だが有無をいわせぬ力があった。
それに、曹節はもはやただの妹ではない。
漢の皇帝に嫁いだ、皇族の人間なのである。
「たしかに言い過ぎたわよね……。ごめんなさい」
清河長公主が謝ると、
「いえ、とんでもございません。私のような人間には勿体ないお言葉でございます」
辛憲英はそう言って頭を下げた。
しかし、その声にはかすかに恨みが残っていた。
「でも、そのご様子だと、放っておけば夫婦の仲が崩壊してしまうかもしれないわ」
と、曹華が言った。
「いまのはさすがに言い過ぎだと思うけど、旦那さんが可哀相よ」
「そ、それは……。心配していただかなくとも……」
「王異さんはどう思う?」
曹華は王異に話を振った。
「え、そ、それは……」
「辛憲英さん」
不意に。
曹節が手を伸ばして、辛憲英の手を強く握りしめた。
突然のことに辛憲英も驚いた。
「さぞやお辛いことと思いますわ。頭ではわかっていても、身体がどうしても受け付けないことってありますもの。大変ですわ。そういうのはなかなか努力では直せないものですわ」
辛憲英は無言で聞いていた。
「でも、これだけは覚えてください」
そう言って曹節は目を伏せた。
「この世には嫁いでも女として見られない哀れな女がいるということを」
そして一筋の涙が流れた。
「でも……」
と、辛憲英は曹節の手を握り返した。
「帝にもきっと思いが伝わってくださるはずですわ。嘆くことはございません」
「辛憲英さん。あなたって優しい人ですね」
答える曹節の声が震えていた。
「でも、その優しさが仇となることもあるのですよ。愛されている貴方にはわからないことです」
曹節は目に涙を溜めて、辛憲英を睨んだ。
「私、どんなに恥ずかしい目に合わされても構わないんですの。性欲の捌け口でもかまいませんわ。女として見てくれているということですから……」
言うや、曹節は号泣した。
その場にいた者たちはみな、つられて泣いた。
曹華でさえ涙ぐんでいた。
劉協はもはや限界だった。
針の筵のごときこの場所に一秒も身を置くことはできなかった。
「失礼します」
早足で部屋を出た。
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