女の文学論(十四)

 曹華が疑いの眼差しを向ける。

「覚えてないはずがないわよ。あなた、自分が言いたくないから嘘をついているだけをついているだけじゃないの?」

 王異は目を細めた。しかし、辛憲英はかぶりを振って、

「それがまったく覚えてないのよ! 結婚したのはいいけど、夜を迎えるのがとにかく嫌で、妻の務めとして服を脱いで床に入ったのだけどもう恥ずかしいから情けないやらで頭のなかは真っ白、本当に何が起こったかさっぱりわからないまま夜が過ぎてしまったの……」

「まあ、それは大変だったわね」

 王異は冷めた眼差しで辛憲英を見た。

「それで次の日からどうなったの? まさか全部覚えてないとは言わせないわよ」

「貴方たちはあくまでも私に恥ずかしいことを言わせたいみたいね」

 辛憲英は王異を睨んだ。

「ああいう事は二度としたくないものだから、姑の部屋で寝るようにしたの。姑は夫の部屋で寝るように何度も説得したんだけど、私は絶対に言うことを聞かなかったの。すると姑は一計を案じて、まだ独り身の私の妹を連れてきて一緒に寝るようにしたの。もう一族総出で私と夫を同衾させようと企んでいるのだから、私も仕方なく……」

「辛さん。一つ質問いいかしら?」

「王さん、何かしら」

「はっきり言わせてもらうわよ。あなたたち夫婦に愛情はあるの?」

「何てことを言うの!? 私はただあの事が大嫌いなだけよ!」

 辛憲英は烈火のごとく怒り出した。

「関さん。貴方は男でしょう!? 男は女をあの事でしか見ていないの!? 女は男に対してあの事をし続けなければいけないものなの!?」

 突然矛先が向けられたものだから、劉協はただ呆然とするばかり。

「女は男の肉欲の捌け口でしかないの!? もっと他の部分を見ようとすることはできないの? 人格とか知性とか……。皆さんもそう思いませんか!?」

 辛憲英は、曹節と清河長公主を見た。

「そうですわね。たしかに殿方は女には愚かであって欲しいと願っているものですから」

 曹節が口をひらいた。

 この場にいる誰よりも落ち着いていた。

「でも、よくお考えになって。私たちがどうやってこの世に生を享けたのか」

 優しく諭すように曹節が言った。

 その声色たるや天上の仙女の奏でる楽器のようであった。

「ええ……。たしかに仰るとおりですわ……。でも……」

「一つ、聞きたいことがあるんだけど」

 口をはさんだのは清河長公主だった。

「それほど性欲が強いのなら、あなたの夫は妾が欲しいと言い出さないの?」

「むしろ私の方が歓迎するくらいですわ! 私も側室を入れたらとお願いしたわ。でも、夫は一向に耳を貸そうとしないのです。お前でなければ駄目だって……」

 それを聞いた清河長公主は血相を変えた。

「なんですって! そんなに夫に愛してもらっているのにその愛情に答えようとせず、妾まで薦めるなんて……。なんて淫猥な女なのかしら!! 貞節な淑女なふりをしているけど、とんだ売女だわ!」

「ば、売女……」

 辛憲英の顔は真っ青になった。

「だってあなた幸せじゃないの!! 夫に愛してもらえるなんて!! うちの家庭に比べてどれだけ幸せなことか……」

 清河長公主はもう歯止めがきかなかった。

「貞節ってどういう意味なのかしら? あなたを見ていると貞節という言葉の意味がわからなくなってくるわ! 妻としての勤めを果たそうともしないで夫にそんな汚らわしい行為を進めるだなんて……。子供を産めず世継ぎを作るためならいざ知らず、そんなくだらない理由で妾をすすめるだなんて最低の屑ですわ!!」

 辛憲英は全身を震わせていた。魏の曹操の娘から面と向かって痛罵されたのである。平気でいられるはずがない。

「どうか落ち着いて……」

「あんたは黙ってなさい!!」

 清河長公主は劉協さえも怒鳴りつけていた。

「姉上……」

 さすがの曹節も黙ってられなかった。

 長姉である清河長公主の腕を思い切りつねった。

「痛っっ!!」

「姉上。口が過ぎますよ」

 小声で囁いた。

 だが、清河長公主は喚くのを止めなかった。

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