絹の帯(五)

「そなたの仕業か?」

「何のことでしょうか」

「とぼけずともよい。すべてわかっているのであろう」

 曹節は護衛の兵士たちを横目でみて、

「人が聞いております。中ですべて話します」

「いや、よい。朕はもう疲れた」

 劉協は寝室に入った。

「今回の件は、詩神がお怒りになったのでございましょう」

 劉協は振り返った。

「皇后が朕のもとに嫁いだときはあれほど苛烈な性格ではなかった」

 曹節は黙って聞いていた。

「父の伏完は人格者であった。父の性格を受け継いでくれればよかったのだが……」

 そして、首を振った。

「まだここに来たばかりのそなたにはわからぬだろうが、宮廷の毒を吸い続けるとああなってしまうのだ」

「でも蔡文姫どのは関係ございません」

 強い口調で曹節は言った。

「皇后さまは私どもが憎いのですわ。父の血を引いた私たちが。蔡文姫どのがあのようなひどい目にあってしまったのは、私と親しいからだけですわ。私に手を出せば父が黙ってないでしょうから、友人の蔡文姫どのに八つ当たりしたのですわ。それも人の振る舞いとは思えない方法で。卑怯ですわ」

 曹節の目には憤りの眼差しがあった。

「それに陛下は誠実だとは思えませんわ」

「朕がか?」

「はい。皇后さまをかばっておいでですわ」

「それは皇后は朕の妻だから仕方なかろう……」

「そうでしょうか? 陛下は皇后さまのことを愛しているからではなくて、『妻』だからかばっているように思えてなりませんわ。皇后さまは自分が陛下の『妻』であるから何をしても許されると思っているのではありませんか?」

「それは朕の責任でもある。皇后をあのような性格にしたのも朕の不徳のなすところだ」

 劉協は嘆息した。その様子を横目でみていた曹節は、

「男というのは可哀相な生き物ですわ。女が駄目でもかばわなくてはならないのですから」

 つぶやくように言った。

「陛下、私と賭けをしませんか」

「賭け?」

「そう。賭けでございます」

 曹節はまっすぐに劉協をみた。

 ぞくりとするような眼差しであった。

「申してみよ」

「陛下は皇后さまを愛しておいでですか」

 劉協は、

「愛している」

 と、一瞬の間を置いてから言った。

「では、皇后さまは陛下のことを愛してらっしゃるのでしょうか」

「それは無論信じている」

「それでは私どもは身を引きましょう。皇后さまが陛下を愛しているうちは」

「なんだと?」

「その代わり皇后さまが陛下を愛さなくなったら、願いをひとつかなえてくださいませ」

「どのような願いだ?」

「必ずかなえてくださると約束なさいますか」

「約束する」

「それでは申し上げます。陛下が欲しゅうございます」

「朕をか?」

「陛下の子供を産みたいのでございます」

 それを聞いた劉協は恐怖さえ覚えた。

「なぜ朕の子を産みたいのか?」

「父の命令だとお思いでしょうが、私は陛下のことを嫁ぐ前から知っているのです」

 それは有り得ない話だった。曹節が嫁ぐまでは面識がないのである。

「陛下のことは自分でもわかっているつもりでございます。味方のいない宮中で陛下がどれほど寂しい思いをなさっているか……。私は陛下のお心を慰めるために嫁いできたのでございます」

「朕に会う前から、なぜ朕のことを知っておる!?」

「夢の世界で。夢なら誰にも邪魔されずに会うことができますから」

「まさか……」

 曹節は何も答えずに退出した。

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