第19話

【GB】チャレンジ当日。

 

 煤けた色の薄っぺらい窓枠がカタカタと音をたてている。一階の朝霞の部屋でこの風ということは意外と今日は風が強い日なのかもしれない。


 朝霞は全身素っ裸のまま、窓際へと近づいてみる。窓を開けてみようと思ったが、若い娘たちの声がしたのでやめておいた。

 姿見の前に立ち自分の体を観察する。顎周りはかなりすっきりしたと思う。下っ腹もへこみはしたが、産後の妊婦のように弛んだ皮がぶら下がっていた。

 息を吸い、腹をへこませてみると腹が鳴った。空腹であることも確かだが、緊張により腹を下し気味でもあった。


 革パンを履いてみる。死ぬほど息を吸えばなんとかボタンは留まる。最悪、ボタンを留められなくても上着で隠せばいい。

 ジャケットに袖を通してみる。肺を空っぽにすればなんとかジッパーは上がっる。でも、本番はジッパーを上げる必要などない。

 改めて見てもよく似合っている。なにせ自分のためのオーダーメイド品だ。眼には見えない製作者の気持ちがこもっている。

 素人目で見ても逸子は才能があったと思う。いずれ二人は、カリスマスタイリストとカリスマロッカーの夫婦になるはずだった。

 付き合っていた十年の間に、朝霞はロッカーとして花咲くことはなかったが、逸子もスタイリストとして芽が出ることもなかった。

 このことに関しては朝霞の中で決着がついている。自分のせいで、逸子が自分の側にずっといてくれたせいで、彼女は陽の目を浴びることはなかったのだ。


 髪を結わいていたゴムを外し、手馴れた風にスプレーを吹き付けていく。20分かけて、たっぷりとボリュームを持たせたその髪形はまるでツバメの大家族の巣のようだ。

 顔中に白粉を塗りたくり頬や鼻筋にシャドーを入れる。最後に漆黒の口紅を差して、歯に色がついてないことを確認する。

 これでカリスマロッカー(自称)のA_suckの完成だ。

 携帯を手に立ちあがる。慣れた手つきでメモリーを手繰り、「エイヤ!」と発信ボタンを押した。


 潮風公園の入り口前に、朝霞と同じような風貌の男が立っていた。真知子が急遽用意した新メンバーのベーシストである。

 朝霞よりもずいぶん華奢な体つきだがピッチリとレザーを身に纏ったその姿はパンクな印象を抱かせた。

 真っ黒なサングラスで両目を覆い、なんの使い道があるのか何本も針が飛び出したトゲトゲのマスクが鼻と口を覆っている。

 朝霞同様に白粉を塗りたくり、朝霞以上に膨らんだツバメの巣からは気合の大きさが窺えた。

 二人は、無言でハイタッチをかわすと公園の中へと消えていった。

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