二百七 しばし休憩

 マレジアの隠れ里手前でフォーバルと別れたティザーベルは、そのまま十二番都市へと移動した。宿泊施設で常に使っている部屋に入った途端、ベッドに倒れる。


「疲れたー……」

「お疲れ様です、主様」

「いやあ、あれは凄かったわ」

「何だか、変な感じの街だったわよね?」

「嫌な街でしたわね、本当に」


 支援型四体も姿を現し、口々に聖都の感想を言う。彼女達にとっても、居心地の悪い場所だったらしい。


 街自体が悪い訳でもないし、住んでいる全員が悪い訳でもない。ただ、あそこはやはり敵陣のど真ん中なのだ。漂う空気がどうにも苦しく感じる。


 次に聖都に行く時は、おそらく決戦の時だろう。それもまた、ティザーベルの心を重くする要素でもあった。


 きつい思いをした甲斐あって、聖都の事は大分見て回れたと思う。とはいえ、地上の街部分だけだが。


 重要なのは、大聖堂の奥と地下にある。聖都ジェルーサラムは、二番都市の上に築かれた街なのだ。


「そういえば、二番都市の支援型の気配は感じられた?」


 ティザーベルの問いに、支援型はお互いに顔を見合わせている。どうやら、いい返事は期待出来そうにない。


 果たして、代表として口を開いたティーサからの返答は、ある意味期待通りのものだった。


「それが……全く感じられなかったんです。もちろん、こちらの存在を隠した上での事ですから、はっきりとは感じられないだろうと覚悟はしておりましたが、あそこまで隠し通すとは……」

「あと、二番都市の力の流れもわからなかったわ。余程うまく隠蔽しているのかしら」

「元からイネスネル姉様は隠蔽に特化しているところがあったけれど、姉妹の私達までわからないって事は、なかったはずなのにね」

「というより、お姉様の意思を感じられませんでしたわね」


 支援型同士は通じるものがあるという。相手が冬眠状態ならまだしも、二番都市の支援型は六千年間一度も「眠り」についてはいない。本来なら、こちらの支援型と通じる事が出来るはずなのに。


 もっとも、あちらの支援型に通じるという事は、スミスに地下都市を再起動させた者がいると知られる事でもある。


 少し考えて、ティザーベルはティーサに質問した。


「支援型同士が通じるって、お互いの居場所がわかるような感じ?」

「そうですね……相手の気配が感じられるという程度でしょうか? 無論、お互いの意思があれば、居場所もわかりますけれど」

「イネスネルの気配は感じられなかったって事?」

「感じられなかったと言いますか……」

「いるのは確かだと思うの。でも、凄く薄いわ」


 パスティカが横から口を出してきた。


「薄い?」


 気配が薄いという事だろうか。首を傾げるティザーベルに、パスティカが補足説明をする。


「普通なら見える光が、何かに拡散されてどこが光っているのかわからないって感じ。その拡散されている範囲が、あの聖都全体なの」


 しかも、拡散された光は元よりも明るさをなくしているので、結果「薄く」感じるのだとか。


「本来支援型は自分の都市を出ないものですけれど、主に同行して移動する事はあります。ですから、別の都市の支援型と出会う事もあったのですけど、こんな事は経験した事がありません」


 ティーサの言葉に、他の支援型も頷く。


「イネスネルが気配を拡散しているのは、スミスの居場所を知られないようにという理由も、あるかな?」

「わかりませんわ。イネスネルが、スミスという男とどういう契約をしているかも、わかりませんし」


 支援型が主となる都市の持ち主と交わす契約には、いくつか種類があるらしい。


 お互いの相性がいい場合に交わされる一型、型どおりの支援のみを行う二型、そして何らかの原因で強制的に契約を交わす三型。


 ちなみに、ティザーベルと四体の支援型達との契約は今のところ一型だそうだ。


 支援型にとって、一番は都市の存続と安定した運営にある。その為の努力を怠る者は、たとえ魔力の相性が良くとも「いい主」ではないのだそうだ。


 ティザーベルの場合、都市を再起動させた事が大きいという。


「あのまま主様が訪れなければ、今でも再起動出来ずにいたでしょう。その点だけは、過去の愚か者達が仕掛けた罠に感謝しますわ」


 ティーサの言葉に、パスティカを目覚めさせた五番都市で引っかかった罠を思い出す。


 あれも、ティザーベルでなければ完全に殺すための罠だ。だが、あの罠でこちらの大陸に飛ばされなければ、確実にティーサの一番都市を再起動させる事はなかっただろう。その後の七番、十二番も同様だ。


 遙か過去に、あの罠を仕掛けた過激派達は、まさか遠い未来にこんな偶然を生み出すなど、思いもしなかっただろう。


 その偶然が、彼等が願った世界を壊すだろう事も。




 精神疲労は思っていた以上だったらしく、あのままベッドで眠っていたようだ。


 部屋のベルが鳴っているので、起こされた。


「はあい……」


 寝ぼけ眼で扉を開けると、呆れた様子のヤードが立っている。


「寝てたのか?」

「うん」


 聖都から戻ってから、皆には挨拶だけして部屋にこもっていた。何かやっているとでも思われたのだろうか。


「寝癖、ついてるぞ」

「え? 嘘。どこ?」

「鏡見ろ。それと、飯の時間だ」

「はあい」


 どうやら、食事の時間を知らせに来てくれたらしい。一度洗面所で身だしなみを整えると、律儀に廊下で待っていたヤードとメインダイニングへ向かった。


 ダイニングでは、既にレモとフローネルが席についている。何やら話し込んでいる様子だ。


「お待たせー」

「お、来たな」

「ベル殿、寝ていたのか?」


 フローネルは鋭い。何を見てそう思ったのか知らないが、しっかり見抜かれている。


「ちょっとね」

「何だ、昼寝かよ」

「疲れてたから、寝てたの!」


 レモの軽口に返し、席につく。メインダイニングでの夕食は、いつも施設側のお任せだ。


 以前はメニューから選んでいたのだが、それも回数が過ぎると面倒になる。それを支援型に愚痴ったら、宿泊施設を稼働させている疑似人格が栄養のバランスを考えてメニューを考案してくれるようになった。


 都市の全ての施設には、人の手を煩わせず運営出来るよう、疑似人格を持った「責任者」が設定されている。


 特に宿泊施設には、「支配人」と「料理人」の二つの疑似人格が採用されている。メニューを考案してくれるのは、当然「料理人」の方だ。


 本日の夕飯は、和定食らしい。


「おお、器も凝ってるねえ」


 誰が設定したのか、十二番都市のメインダイニングでは和食メニューが豊富だ。一番都市にもあったが、あちらよりもこちらの方が充実しているのは、どういう差なのだろう。


 もっとも、こちらの和食に力を入れたであろう人物なら、心当たりがある。マレジアだ。彼女は元々、ここ十二番都市の研究者だったのだから、メインダイニングのメニューにも介入出来ただろう。


 食えない婆さんだが、いい仕事をするものだ。


「それにしても、よくそんな棒二本で飯が食えるよなあ」

「棒じゃなくて箸。慣れればどうって事ないよ? フローネルだって使ってるじゃない」


 箸を使っているのは、ティザーベルとフローネルだけだ。器用に使いこなす二人に、レモは眉間に皺を寄せる。


「ネルの嬢ちゃんはわかるけどよ、帝国生まれ帝国育ちの嬢ちゃんが、何で使えるんだ?」

「以前、ネーダロス卿の屋敷で話した過去話、もう忘れた?」

「へ? ああ、前世がどうのってやつか?」

「これね、そっちで使っていたものなの。ってか、こっちの大陸にもご同輩がいたわ」

「はあ?」


 これにはレモだけでなく、ヤードも驚いた。前世の記憶持ちというだけでもレアなのに、さらに同じ国からの転生などそうあるものではない。


「まあ、それについては追々。とりあえず、見てきた敵陣の事を説明しておきたいんだけど」


 ティザーベルの言葉に、三人の顔が引き締まった。

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