百九十六 東洋の色
しばし固まっていた二人だが、先に口を開いたのはレモだった。
「そいつは、嬢ちゃんも一緒って事だよなあ?」
「……ううん、二人だけ」
レモの声で、彼が怒っているのがわかる。確かに、いきなり言い出したのはまずかった。
でも、ここに飛ばされたのは罠のせいだとしても、ティザーベルがいなければ確実にあの都市に入る事はなかった。
もっと言えば、ネーダロス卿からの依頼もなかっただろう。それを思うと、二人が帰りたいと思うのなら、先に帰すべきだと判断したのだ。
ティザーベルの返答を聞いて、しばらくしてからレモは重い溜息を吐いた。
「嬢ちゃんがそれを言い出した理由はわかるけどな。俺もヤードも、何が何でも帝国に帰りてえとは思っちゃいねえよ。あそこは確かに今の居場所だが、故国って訳でもねえ。それなり大事にしちゃいるがな」
「この先は、今までよりもっと大変だよ?」
「大変じゃねえ冒険者の仕事なんざ、ねえって思ってるぜ?」
「魔法攻撃も、ガンガン仕掛けられるかもしれない」
「どうせ防ぐ手立てくらい、考えてあんだろ?」
やっぱり敵わない。彼等は腕も立つし、何より危険を察知する基本的な能力が高いのだ。これからを考えると、いて欲しい人材だった。
でも、マレジアからの依頼は、ある意味二人とは関係がない。言ってしまえばティザーベルにだって関わりのない事だ。
でも、彼女が元日本人である事、ティザーベルが再起動させる事で関わりを持ってしまった地下都市の関係者である事。
それに、フローネルの件で関わったエルフの問題、獣人の問題。それらの根幹にいるスミスという男。
マレジアの言うとおり、教会組織には変わってもらわなくては、エルフにも獣人にも安寧の生活はない。
人の意識が変わるには時間がかかるだろうが、少なくとも人間側の一方的な押しつけでエルフ達を狩るのが合法になる世界は歪んでいる。
その合法の根拠である教会を改革し、エルフも獣人も隠れずとも安心して暮らせる世界になればいい。
その為には、凝り固まった考えのスミスは確かにガンだ。取り除かなくてはならない。
でも、これらの考えはティザーベル個人のものだ。それにパーティー全員を関わらせるのはどうか。しかも危険とわかっていて。
「考えすぎるな」
いつの間にか俯いていた顔を上げる。ヤードがこちらを見ていた。
「考えすぎると、いらない事にまで目がいく」
「さっきまでのお前みたいにか?」
「うるせえ」
レモの茶々で若干空気が緩和された。考えすぎるな。確かに、いくつもの項目が目の前にあるけれど、余計なものを取っ払ったら問題は結構シンプルなものかもしれない。
――自分が、そうしたいんだなあ……
攫われるエルフも獣人も、女性が多い。その意味を考えれば、同じ女として許せなかった。
自らの意思で体を売る女性がいるのなら、何も言う事はない。問題はあるだろうけど、それは個人のものだ。
でも、住んでいた場所から攫われて強制させるのは話が違う。しかも、人間が広めたありもしない神の教えとやらが元になって、だ。
神なる存在がいないとは言わない。どちらかと言えば、記憶付きで転生なんてものをしてしまった以上、信じざるを得ない部分もある。
だが、人間以外の種族は虐げてもいいなどという教えを授けるというのなら、そんな神は信じるに値しない。
だから、その根幹を作ったスミスは許せない。いや、大嫌いだ。魔法を禁じる癖に、自分の配下には魔法道具を使わせるダブスタぶりも大嫌いだ。
嫌いな相手をしめシメに行く。大変シンプルだった。
「本当に、考えすぎていたみたい……」
「そうだろうが」
「何でお前が偉そうなんだよ。さっきまで剣の仕様を決めるだけでうんうん唸っていたくせに」
「だから、うるせえっての!」
二人の軽い言い合いに、ティザーベルの口から笑いが漏れ出す。考えすぎは禁物のようだ。
「んじゃあ、改めて。実はおっかない婆さんから、ちょっとした依頼を受けてるんだけど、一緒に受けてくれる?」
「おう」
「あれがちょっとした、かねえ?」
そういえば、レモには内容を話していたのだった。
「ざっと説明すると、ここら辺で幅を利かせている宗教団体があるんだけど、その一番上を暗殺してほしいって依頼」
「は?」
ヤードが怪訝な顔をする。常々「人外専門」を謳っているティザーベルを知っているからか、彼女の口から「暗殺」という言葉が出てきた事に違和感を憶えているらしい。
ティザーベルは、捕捉しておいた。
「一応、暗殺そのものは他の人がやってもいいらしいのよ。その暗殺する団体に期間限定で参加してほしいって事らしいんだ」
「よくわからん」
「詳しくは、これから会う依頼人に聞いて」
どのみち、マレジアには会いに行かなくてはならない。その時に、本人に説明してもらえばいいだろう。
人はこれを丸投げという。
隠れ里を前にして、何だかひどく懐かしい思いに駆られる。
「……わかんないなあ」
「何がだ?」
「何でもない」
別に長い事離れていた場所という訳ではないし、そこまで親しみを感じる場所でもない。
なのに感じる、この感覚。おそらく、隠れ里に建つ家屋がどことなく古い日本のそれに似ているからだろう。
まったく同じ、という訳ではないけれど、雰囲気があるのだ。里の入り口にある門も、朱塗りで瓦葺きの大きなものだ。これも、いつかどこかで見た事があるように感じる。
その隠れ里は、入り口から物々しい雰囲気だった。何せ人目から隠れ住む場所だ。そこに余所者が現れれば、警戒するのも当然だろう。
「さて、マレジアのところまで案内してもらわないと、なんだけど……」
こちらに槍の穂先を向ける大勢の男達が、果たしてこちらの話を聞いてくれるだろうか。
「ほんの少し前に、同じような目にあったばっかだな」
「……あちらも、ある意味隠れ里だからな」
レモとフローネルがそんな事を話している。疲労で倒れたレモをフローネルが看病したせいか、お互いに気安い存在になっているようだ。
どうしたものかと思っていると、男達の集団の背後から、人が割られていく。
「よく戻ったね。存外、早かったじゃないか」
奥から出てきたのはマレジアだ。いつも通り小柄ながら背筋をぴんと伸ばした老女は、両脇に側近を従えてこちらに向かってくる。
「無事、お仲間と再会出来たようだね」
「おかげさまで」
「こんなところで立ち話もなんだ。場所を変えようか。あんた達、この子達は客だよ。手荒な真似ををしたら、命がないものと思いな!」
まるで極道の姐さんのような台詞だ。マレジアはくるりとこちらを振り返ると、にやりと笑う。
「あんたも、あいつらが手出ししてきたら遠慮はいらないよ。がつんとやっちまいな」
「……本当にいいの?」
「構わんよ。外を知らない蛙なんぞ、ちったあ痛い目見りゃいい」
相変わらずかっ飛ばす婆さんだ。
マレジアと共に、里の中を行く。和風というのか半分中華風というのか、東洋の色が濃い建物ばかりだ。
里の通りもまっすぐに整備されているらしく、歩きやすい。といっても、里そのものがそこまで大きくはないが。
そういえば、マレジアに最初に会った祈りの洞も、和風だった。
「今日は祈りの洞じゃないんだね」
「別にいつもあそこにいる訳じゃあないさ。まあ、人が来ない分、気が休まるがね」
「ああ」
マレジアはこの里では生き神扱いだ。今も通りすがる里人が止まって祈るような仕草をしている。それに苦笑しつつも、好きにさせているようだ。
「さて、ついたよ」
里の一番奥、一際大きな建物が目の前にあった。
「……ネーダロス卿の屋敷を思い出すな」
レモがぼそっと呟いた声が耳に入る。帝都にあるネーダロス卿の隠居所は、本人の趣味で和風に仕上げてあるのだ。
彼も、そして目の前の老女も、自分も、前世が日本人という共通項がある。それがいい方に向くのか、悪い方に向くのか、今も判断が出来ないでいた。
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