百九十五 新しい剣
罠でこの大陸に飛ばされた際、愛用の剣をなくしたらしいと聞いて落ち込んでいたヤードだが、レモからある情報を聞いて復活した。
「新しい剣を作れるって?」
四人で朝食を取る為に訪れた宿泊施設のメインダイニングで、ヤードは開口一番ティザーベルに聞いた。
「うん、まあね。お望みなら、ある程度の機能を追加出来るそうだけど、どうする?」
「きのうのついか? ……ああ、機能の追加か。いや、剣にどんな機能を追加するっていうんだ」
「色々あるみたいよ。見てみる?」
そう言うと、手元に小型のモニターを映し、それをヤードに見せる。モニターの使い方は、隣のレモがレクチャーしていた。
「こうしてこうするとな……」
「何だこれ? 見えている文字が変わっていくぞ?」
「本の頁をめくるようなもんなんだと」
どちらかというと、巻物の方がイメージ的にはあっているのだが、帝国には巻物がない。過去にはあったのかもしれないけれど、現在は綴じた本か紙の束しかないのだ。
微笑ましい叔父甥の交流を横目で見つつ、ティザーベルは偽地球儀に向かっていた。
「現在地がここ。で、最終目的地になるのがここかな?」
「ヴァリカーン聖国ですね」
クリール教の聖地となっているこの聖国には、教会組織の総本山がある。そこに、教皇スミスがいる。
そして、このヴァリカーン聖国の地下に、研究実験都市がある。二番都市「イネスネル」だ。
「それにしても、そのイネスネル……だっけ? その支援型は、よくスミスを主と認めたね」
「元々、姉妹の中でも変わり者ではありましたけれど……」
「イネスネル姉様が、スミスって奴に加担しているのは、ちょっと信じられないかなあ」
「主大好きな姉様だもんねえ」
ティーサ、パスティカ、ヤパノアの話によると、イネスネルは主の好みがかなり激しいらしい。とはいえ、そこは支援型、都市の為になる人材ならば市長として迎え入れる事はするそうだ。
「ただ、好きな主にはものすっごい肩入れをするけれど、そうでない主には素っ気なかったのよねー」
好き嫌いでそこまで差別するのもどうなのかと思うけれど、支援型というのは疑似生命体であるにも関わらず、どの個体も酷く人間臭い。パスティカやヤパノアは言うに及ばず、冷静なティーサでさえそうなのだ。
イネスネルという支援型が人間臭かったところで、驚く事はないだろう。
だが、そうなるとやはり疑問が湧く。都市を否定する立場のスミスに、何故イネスネルが主の座を渡したのか。
支援型は、ある程度自分の意思で自分と都市の主を選ぶ。基準は個体それぞれのようだが、一番は都市の為に選ぶよう最初から思考に組み込まれているようだ。
なのに、イネスネルはスミスを新しい主に選び、その後約六千年、他の主を選ぼうとはしていない。
もっとも、支援型が新しい主を選ぶ時には、条件があるそうだが。
「主選びにモードが変わるのは、主が死んだ時、都市に危機が訪れて今の主では解決出来ないと判断した時、後は……」
「都市が外部から攻撃されて、現在の主では対抗出来ないと判断した時もです」
「後はいくつか複合的な理由かなあ」
「とにかく! 私達支援型にとっては、都市こそ最優先するべき存在なのよ!」
支援型は都市の為の存在。そう考えると、スミスはイネスネルの主なる見返りに、二番都市になにがしかの恩恵を与えている事は考えられないか。
このティザーベルの考えに、支援型達は芳しい表情を見せない。
「この考えは間違ってそう?」
「というか、都市に恩恵をもたらすって、一体何を? って思うのよね」
「私もパスティカと同じです。スミス側が都市からの恩恵を受けるのならわかりますが、逆となると……」
「思い浮かばないんだよねえ」
言われてみれば確かに。しばらく具体案を考えたが、どうにも思い浮かばない。この問題はしばらく放っておこう。
どのみち、スミスと対峙した際にわかる事だ。
「んじゃあ、話を変えて。とりあえずマレジアからの依頼を受けるとして、次にどう動くか、なんだけど」
「それはマレジアと話した方がいいんじゃない? 紹介する相手がいるって言っていたし」
教会組織の中でも穏健派がおり、彼等は現在のクリール教のあり方を憂えているという事だった。
そんな中から、既に生き神に等しい存在となりつつある初代にして現在まで唯一至尊の冠を頂く教皇スミスを打倒しようという計画が持ち上がっている。
そして、ティザーベルが最も期待されているのが、教皇直属の組織である異端管理局の壊滅だ。ここは下部組織としてエルフを狩っていたヤランクスを持っており、管理局のバックアップの元各地で好き放題にさせている。
聞けば、獣人を専門に狩るヤランクスもいるそうだ。ヤードを助けてくれた獣人の里でも、娘達が攫われたと怒っていた。
この異端管理局が問題なのは、どうやら魔法禁止の教会組織内でも特別に許された魔法道具を使っている事にある。ヤランクス達が使う魔力を吸い取る道具がそれだ。
他にも種族に合わせて色々あるのだとか。こんな情報、どうやって仕入れたのか。ティーサの方を見れば、彼女はにっこりと微笑むばかりである。
そういえば、以前情報収集の為の端末を各地に放つと言っていた。そこから上がってきたものだろうか。
とりあえず、一応の道筋は決まった。その前に、ヤード達に確認しておきたい事がある。
「決まったー? ……って、どうしたの?」
先程までレモと二人で何やらやっていたヤードは、モニターを前にして頭を抱えている。
「いや、選択肢が多すぎて決まらないんだとよ」
「はあ?」
どうやら、新しい剣に盛り込む機能で悩んでしまい、ドツボにはまっているようだ。
「今までの愛用の剣に近い物にすればいいじゃない」
「それだと、今までと何も変わらないじゃないか」
「いいんじゃないの? それで」
「……もう少し、攻撃の幅がほしい」
「なら、そういう機能を盛り込めば……って、そこで悩んでるんだ?」
都市で生産される品はどれも優秀で、剣一本を取っても観賞用に出来そうな装飾性にあふれたものから、実用一辺倒で鉄すら軽く切れる剣まである。
その中から、己にあった一本をオーダーするのだから、悩んでも当然かもしれない。
でも、その為にレモが隣についていたのではないのか。
「おじさんを頼ればいいのに」
レモは持ち前の応用力の高さで、この都市のやり方にもすぐ慣れた。彼がついていれば問題ないと思って、別の事に集中していたという面もある。
「いや、最初は助言してたんだがよ? 途中であれもこれもとやり出しちまって」
「ああ」
選択肢の多さが、かえって混乱させる事になったのだろう。ヤードは既に降参状態だ。
「剣に必要な基本性能って、やっぱり切れ味とか?」
「後は折れにくさだったり重さだったりかねえ?」
なるほど。常に腰に下げているものだし、重すぎても困るものだ。その辺りを指摘すると、軽すぎても駄目だという。適度な重みが欲しいそうだ。
「んじゃその辺りを加えて……後は手の形を計測して、最初はシンプル……単純な性能から行けばいいじゃない。気に入らなかったり、欲しい機能が見つかったらその時作り直せばいいんだから」
「……いいのか?」
「いいんじゃない? ここで作ればタダだし」
「いや、そういう意味では……」
ヤードにしては、珍しくグズグズした物言いだ。これも精神の治療を施した後遺症のようなものだったら、どうしよう。
後でティーサに確認しようかと思っていると、やっと吹っ切れたらしいヤードがモニターに向かっていた。
「よし、これでいい。後は後で考える」
「だな。そういや嬢ちゃん、次に行く場所は決まったのか?」
「あ、忘れてた」
その事を二人に相談しようと思っていたのだ。それでここに来てみれば、珍しい光景に出くわしたので、つい用事が頭から吹き飛ばされた。
ティザーベルは、改めて二人に向き直る。
「ちょっと二人に相談なんだけど」
「おう」
「何だ?」
「二人とも、このまま帝国に戻る?」
彼女の言葉に、ヤードとレモは驚いた顔を見せた。
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