百八十八 マレジアからの依頼

 喉がカラカラに渇いている。一魔法士に過ぎない自分に、巨大な組織のトップの暗殺をさせようとは。マレジアは、頭がおかしいんじゃないだろうか。


「別におかしくなっちゃいない」


 またしても、こちらの内心を読む彼女に、むっとした様子を隠さない。そんなティザーベルを見て、マレジアはまた笑った。


「何も、お前さん達二人だけでやれとは言わないよ。実はね、教会内部も一枚岩じゃあないのさ」

「……派閥で割れてるっての?」

「まあ、そんなところだね。で、ちょっとした伝手を使って、穏健な連中と繋がりを持っている。そこからの話だと、さすがにスミスがトップについて長いもんだから、そろそろ下の連中の離反が進んでいるらしいんだ」


 それに加え、教会組織内での異端管理部門が幅を利かせすぎ、他からのやっかみが強いのだという。


 そして、異端審問そのものを疑問視する一派もいるそうだ。特に、魔法関連に関する矛盾を見過ごせない連中が多いのだとか。


「元々が過激派出身のスミスが作った組織、最初からかなり飛ばしたところがあったけど、時代が下るにつれてその過激さについていけない連中も出てくる。そういった連中がトップを取った方が、あの組織も長生き出来るってもんだよ」


 おそらく、組織の穏健派もマレジアと同じ考えなのだろう。宗教組織とて、人間の集まりである以上考え方の違いは出てくる。


 そこを利用して、現在のトップであるスミスを倒そうという訳だ。その実行部隊に、何故かティザーベルが選ばれたようだけれど。


 ちらりと隣のフローネルを見る。ヤランクスが管理局の下部組織だという事は、その管理局を潰さない限りエルフに安寧はない。


 エルフ関連は乗りかかった船……というには大きすぎる案件だけれど、さすがに教会トップの暗殺はティザーベルの仕事とは思えなかった。


 地図は欲しい。だが、その引き換えとするには少々重くはないだろうか。


 悩むティザーベルに、マレジアがそそのかすように呟く。


「何、スミスの息の根を止めるのはあんたじゃなくてもいい。でもね、向こうにはある程度魔法の知識と素養を持つ者達がいる。そんなのを相手にするには、あんたくらいの腕がないとね」


 魔法を禁じているくせに、自分達は攻撃防御に魔法を使うという。その辺りは、個人的に非常に許しがたい。


 別に全ての魔法士に共感を持っている訳ではないけれど、スミスを片付ければこちらの大陸でも魔法が使えるようになるかもしれない。


 しばらく考えたのち、マレジアに問いただした。


「実際手を下すのは他の人間として、具体的には私に何をさせたいの?」

「管理局の相手だよ。ぶっ潰してくれれば一番だが、あいつらが使っている道具の破壊でもいい」

「道具……エルフ狩りに使っていたような?」

「それは一番程度の低いやつだね。もっとえげつないものもあるよ。中には、拷問道具として使っているやつもね」


 吐き捨てるようなマレジアの言葉に、ティザーベルが眉をひそめる。教会組織の大本が、六千年前に同時多発テロを引き起こした連中だというのなら、そのくらいはしていても不思議はない。


 第一、管理局に捕まって魔法士認定をされ、その後焼き殺された人間もいるのだ。もっとも、捕まった者の多くは認定をされる前に命を落としたそうだけど。


「……返事は今すぐでなくていい?」

「なるべく早くに欲しいね」

「先に仲間と合流したいのよ」

「そのお仲間とやらの居場所はわかるのかい?」

「ある程度の位置は。後はそこに行けばいいだけなんだけど……」


 途中の街で捕まっているエルフを見つけたら、多分また寄り道をすると思う。おかげで比較的近くにいるはずのレモとさえ、再会出来ていない。


 ――おじさんは多分生き残っていてくれてるだろうけど、エルフの方は放っておいたら命が危ない場合もあるし……


 何より、捕らえられているのが娼館という辺り、長引けば長引く程彼女達の苦痛は増すのだ。


 彼女達の救出を先延ばしにしてもヤード達と合流するか、それともこれまで同様寄り道し続けるか。判断しかねる。


 悩むティザーベルに、マレジアが聞いてきた。


「そのお仲間のいる場所は、都市の影響圏外かい?」

「ええ……あれ? ヤパノアのは圏内だっけ?」


 レモの居場所の情報を聞いたのは、まだヤパノアを起こす前だ。


「かなり端になりますが、影響圏内です」


 答えたのはヤパノアから情報を受け取り、統括しているティーサだった。彼女自身の判断で、姿を現したらしい。


 その言葉を受け、マレジアが提案してくる。


「だったら話は早い。お仲間の居場所を支援型に探させて、都市の移動を使ってとっとと合流しな」

「おじさんとはそれで合流出来ても、ヤードの方はまだ」

「お仲間は、二人だけかい?」

「ええ」


 マレジアはしばし考え込んだ後、ティーサに向けて言った。


「もう一人のお仲間の居場所も、ある程度は掴んでいるんだよね?」

「はい」

「そっちは十二番都市の圏外って事か……地図を映しな」


 マレジアの要求に、ティーサがその場で立体地図を出現させる。ヤードがいると思しき場所は、山の中だ。ここからだと、かなり北に移動しなくてはならない。


「ここだと、七番都市の影響圏内だね。だったら、近場のお仲間と合流後、七番都市を再起動させな。そうすれば山の方のお仲間とも、楽に合流出来るだろう」

「え……都市の移動って、一回行った事がある場所じゃなきゃ、ダメなんじゃないの?」


 この問いに答えたのはティーサだ。


「今までは出来ませんでしたが、十二番都市を再起動させましたので、出来るようになりました」

「そう……なんだ……」

「これで問題はないね。じゃあ、とっとと合流しちまいな。その後に七番都市を再起動させりゃあ、さらにパワーアップってところだね」


 何故か話がどんどんと進んでいく。マレジアはティーサと話し合い、早速七番都市とやらの場所の情報を彼女に渡した。


 端で聞いていても理解出来ないのは、座標数値を言われたからか。


 ――緯度経度で言われてもぴんとこないのに、特殊な座標で示されても、私じゃわからないわな……


 ティーサはわかっているようなので、彼女に先導してもらえばいいだろう。


「さあ、話は決まった。ここまできて、やっぱり嫌だは許さないよ」

「許さないも何も、受けるとは一言も言っていないんだけど?」

「受けないとも聞いてないねえ?」


 さすがは年の功、こちらの隙にぐいぐいと来る。それだけでなく、断りがたい理由もあった。


 あの地図はやはり欲しいし、それに、エルフの今後も気にはなる。自分がやるべき事ではないのはわかっているけれど、出来る事があるのにそれを見て見ぬ振りは、やはり心苦しい。


 最初に関わったのが運の尽き、という奴だ。それに、目の前の老女に何やら気に入られてもいる様子。これはダブルで運が尽きたという事だろう。


 重い溜息を吐いたティザーベルは、マレジアに向き直った。


「わかったよ。受ける。まずは仲間と合流してからだけど、彼等が断ったら、私一人になるけど、それでもいい?」

「構わないよ。都市の機能を四つ手に入れたあんたなら、スミスにも対抗出来るだろう」

「ちょっと、私は管理局の相手だけじゃなかったの?」

「教会内の連中の手に余ったら、あんたに出てもらう以外ないだろう? 何せ、この大陸であんた程魔法をうまく扱える人間は他にいないからねえ」


 禁じられてるのだから、使える人間が少ないのは当然だ。やはり、マレジアの手のひらでうまく回されている気がする。


 とはいえ、思っていたよりも早く二人と合流出来そうなのは、単純に嬉しい。




 祈りの洞を出た後、隠れ里には寄らずに十二番都市を経て一番都市へと戻った。拠点にするなら、最初に再起動させたこの都市がいい。


「こちらがマレジア殿から受け取った、七番都市の位置情報です」


 中央塔の最上階室で、いつものように偽地球儀を前にしている。ティーサが示した七番都市は、ヤードがいる山中から少し離れた山脈の地下だ。


「確かに、これなら影響圏内だね」

「それと、こちらの方の位置情報が少しだけ変化しました」


 レモの位置情報だ。変化というと、何かあったのだろうか。


「移動は大丈夫?」

「問題ありません。移動したといっても、十二番都市の影響圏内は変わりません」


 十二番都市の影響圏は、かなり広範囲だ。その端の方を、ほんの少しだけレモが移動したという。


「何かあったのかな……」

「ここからではなんとも」

「だよねえ」


 レモとの合流は、明日を予定している。今から何だか緊張してきたけれど、移動しているというのは、少しだけ気になる。


「おじさん、無事でいてよ」


 偽地球儀を眺めつつ、そんなぼやきも出ようというものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る