ホスト体験入店編 2

 扉を開けると、そこには想像と違う光景があった。お店の内装は、黒を基調とした壁紙とソファー。カウンターの後ろには高級ボトルが並んでいて、ボックス席は10席。広くはないお店だが、高級感はあった。それだけなら、想像通りのホストクラブなのだが、そこにいた従業員達の姿が想像と違っていた。


 ラーメンを食べている従業員が3人。ヘアセットは自分達でしていて、なんというかあまりホストっぽくない見た目だった。


 「店長、おはようございます」


 「おはよう」


 ソファーに座りながらラーメンを食べている従業員達が、スバル先輩に挨拶をしてきた。

 なんともやる気のなさそうな声で、とてもホストには思えない連中だった。


 「体験入店ですか?」


 「おう、いろいろ教えてやってくれ」


 「よろしくお願いします」


 「とりあえず、こっち来てくれ。 おい、お茶」


 入口から右側にある扉を開けて個室に入っていくスバル先輩。

 案内されたのは、この店で唯一の個室、VIPルームだ。

 従業員用の待機場より広く、ホストクラブなのに和室だった。


 「どうぞ」


 スバル先輩に言われて座っていると、従業員の1人がお茶を運んで来てくれた。


 「気にせず飲んでいいぞ。 スーツ取ってくるわ」


 「あっ、いいですよ。 貸しスーツなら僕が探して来ます」


 「いや、貸しスーツじゃなくて俺のスーツを貸してやるんだ」


 「あっ、店長の知り合いなんですね。 わかりました」


 俺は、従業員とスバル先輩のやり取りを眺めながらお茶を飲んで座っていた。

 すると、スバル先輩がスーツを持って来て俺に渡してくれた。


 「ほらよ。 体格同じぐらいだから、着れるはずだ」


 「ありがとうございます」


 光沢のある黒のスーツに、光沢のある白のドレスシャツ。クリスタルボタンが、キラキラと輝いていて、シワや汚れなどはもちろんなく、高級感のあるスーツとシャツだった。


 この服装に、ヘアメイクも完璧。なんだか、自分が自分じゃなくなったような感覚だった。


 「似合ってるじゃないか。 あいつらより、ホストっぽいぞ」


 「見た目だけですよ。 中身は、17歳の素人です」


 「俺が連れて来ただけで入店する気はないみたいだが、一応、店内ルールと給料システムについて説明する」


 「はい、よろしくお願いします」


 スバル先輩は、店内ルールの書いてある紙を見せながら説明してくれた。

 そこには、主に禁則事項が書かれていた。

 ・ヘルプはメインとお客さんの関係について聞くのは禁止

 ・お客さんに他のホストのプライベートな話をするのは禁止

 ・自分を指名しているお客さん以外と連絡先を交換したり、プライベートで会うことは禁止

 ・お客さんに仕事や年齢を聞くのは禁止

 他にも禁止事項がいくつか書かれていたが、簡単に言えばお客さんが聞かれたくない質問をするなというような内容と、メインホストが答えにくい質問やばれたらまずい内容の会話はするなといったルールだ。


 「このルールを破ると何か問題が起きるんですか?」


 「例えば、お客さんに指名をされているメインホストが、休みの日は他に仕事をしているとか、実家に住んでいるという嘘をお客さんについている場合がある。それを知らずに、この前の休みにメインホストと遊んでいたとか、メインホストの家に遊びに行ったなどと席で喋ってしまっては、嘘がばれてしまうだろ」


 「なんで、そんな嘘をついているのですか?」


 「この仕事をすればすぐわかることだが、お客さんは休みの日も会いたいばかり言ってくるし、恋人のふりをしている場合もある。恋人のふりをしているお客さんに対して、休みの日に会えない口実を設定しとくほうが楽なんだよ」


 「わかりました」


 「じゃあ、次は給料システムについてだ」


 スバル先輩は、テーブルの上に給料システムについて書かれている紙を置いた。


 「ホストの世界は完全歩合制でこそ稼げる仕事だが、一応保証給もある。 日当5千円と売上10%が保証給だ。 完全歩合制だと、売上50%が給料だが、日当の5千円はなくなる。 一ヶ月の売上額から給料計算をして多いほうを給料として渡す」


 「つまり、売上が0でも25日出勤したら12万5千円は貰えるってことですか?」


 「そういうことだ。 例えば、売上30万なら完全歩合制だと15万が給料だが、保証給だと12万5千円に30万円の10%の3万円が上乗せされるから15万5千円が給料になる。 売上50万円なら完全歩合制だと50%の25万円が給料で、保証給だと12万5千円に50万円の10%の5万円が上乗せされても17万5千円だから、完全歩合制の25万が給料になる」


 「だいたい、わかりました。 賞金がけっこうあるんですね」


 スバル先輩に見せられた紙を見ると、いろいろな賞金リストが書いてあった。

 ・組数賞、一ヶ月で50組以上入客で1万円

 ・皆勤賞、一ヶ月無遅刻、無欠席で3万円

 ・No.1賞、一ヶ月の売上がNo.1で5万円

 ・キャッチ賞、一ヶ月で10組以上キャッチで入客したら1万円

 他にも高級ボトル賞という高級ボトルを卸してもらえば賞金が出るリストが書いてあった。

 もちろん高級ボトルの種類によって賞金額は変動する。


 「この業界、なかなか続けていける人間が少ないからな。 皆勤賞だけでも取れば保証給と合わせて一般企業の初任給と同じぐらいの給料はもらえる計算だ。 本来は、自分の売上だけでやっていけたら良いんだが、やっていけない人間も多いからな」


 「やっぱり、自分の売上だけでやっていくのは難しいもんなんですか?」


 「ホストクラブは永久指名制度だ。 つまり、原則として指名変更ができないわけだ。 しかも、その指名を客が決めるタイミングは、初回の時だ。 新人がヘルプについてすでに来ている常連客に気に入られても指名変更もできなければ、ヘルプについてるだけじゃ浴びるほど酒を飲んでも1円も自分の売上にはならないんだ」


 「なるほど。 ヘルプで気に入られて頑張ってもメインの売上が上がるだけで、自分の売上には一切関係ないわけですね」


 「そういうことだ。 でも、自分の客を呼べないならつかなきゃいけない。 それしかやることがないわけだからな。 自分の売上を上げるには、初回で来た新規の客に指名されてリピートさせるしかないが、これが新人にはかなり厳しいのがホストクラブだ」


 「そうなんですか? 新人のほうが自分の客来てない分、ずっと席に座ってられるじゃないですか」


 「いや、新規の客のみ席につくのは全員平等に時間配分が決められている。 初回は2時間しかない。 その2時間の間に従業員全員が順番に座ってアピール合戦するわけだ。 うちの店には現在12人のホストが週6出勤している。 つまり、レギュラーメンバーが12人だ。 120分しかない初回の時間を12人で割ると1人10分しか席に座れないわけだ。 しかも、指名を聞いた後に、指名されたホストが客と番号交換やら2人っきりで喋る時間を計算するともっと短くなる」


 「つまり、新人も店長もNo.1も誰であろうと10分しかない時間で指名を勝ち取らないといけないわけですね。 そりゃ、新人はなかなか勝ち取れないし、お客さんは増えないし、売上を上げるの難しいですね」


 「だが、最初はみんな新人だ。 それを乗り越えて客を掴めた人間だけが生き残れるのがホストクラブだ。 どうだ? なかなか楽しい場所だろ?」


 「えぇ、就職が決まってなかったらレギュラー出勤したくなるようなシステムですね」


 「難しいのは、客を掴むことだけじゃないぞ。 給料システムの話の続きだが、重要な話がもう1つある。 それは、客の未収を回収できなかった場合は指名されてるメインホストが全額負担って話だ」


 「未収ってツケのことですよね? 全額負担ってことは、もし売上100万円あっても全て未収で回収できなかった場合は100万円マイナスってことですか?」


 「いや、全額負担に変わりはないが、その場合はマイナス50万円だ。 100万円売上に対しての給料が50万円。 そこから未収額の100万円を引かれてマイナス50万円だ」


 「つまり、未収はさせないほうが良いってことですか?」


 「こればかりは、なんとも言えないな。 例えば、マイナス50万円になったとしても後日100万円全額回収すれば、店のマイナス50万円を支払っても50万円残る。 回収さえできるなら正規の給料額がしっかり自分の懐に入るってことだ。 それに、未収なしで売上を上げるのは無理に近い。 毎回、現金払いで帰る客なんて、店長の俺ですらほとんど見たことがねぇのが現実だ」


 「ちなみに、スバルさんも給料マイナスになったことはありますか?」


 「何回もある。 マイナスにこそならなかったが、未収額を回収できずに給料から引かれることなんかいまだにある。 毎月、未収全額回収なんて今でも難しい」


 「そうなんですか。 やっぱり厳しい世界なんですね」


 「まぁ、回収日までに回収できなくても、あの手この手で回収するのもホストの仕事だ」


 「そういう回収って店のバックについてる危ない人達は手伝ってくれないんですか?」


 「店からしたら飛ばれても、メインホストから取り立てるだけの話だ。 従業員の給料がマイナスになればタダ働きの奴隷みたいなもんだ。 マイナス返済できずに飛んだ従業員を捕まえるのも実際役職の仕事だから、危ない連中が何かしてくれることなんか、何もねぇよ」


 「お客さんから未収回収に、飛んだ従業員の確保。 もはや、ホストクラブの役職のほうが危ない人みたいですね」


 「まぁな。 遊んだ金払わないで逃げた客はともかく、仲良かった従業員が飛んでしまったら捕まえたくないのが本心だが、それが仕事だ」


 「なるほど。 それで、俺みたいな元からの知り合いが働いてくれたら、未収でマイナスになっても飛ばないだろうし、飛んでも地元や実家すら知っているから捕まえるのは簡単ってわけですね」


 「そういう計算はなかったけど、そう考えたらそうだな。 よし、体験入店と言わずに正式入店しないか?」


 「この流れでするわけないでしょ!」


 お互い笑っていたが、本心はわからない。スバル先輩は、そんなつもりはないと言っていたが、どうかわからないし、何より俺もそんな考えにすぐ辿り着く人種だ。ある意味、こういう世界が向いてるのかもしれないと自分でも思ってしまった。


 「よし、そろそろ営業時間も近い。 簡単にテーブルマナーだけ教えるぞ」


 「はい。 よろしくお願いします」


 俺は、お酒の作り方と灰皿交換のタイミングを教えてもらい、簡単な接客のデモンストレーションだけして、お店の従業員全員の前で紹介された。


 「もうすぐ、営業時間だ。 1日体験入店とはいえ、俺のとっておきのプレゼントをやったんだ。 しっかり頑張れよ」


 「はい!」


 いよいよ、人生初ホストだ。

 スバル先輩からもらったとっておきのプレゼント。

 それは、スバル先輩の源氏名と同じ名字の源氏名。

 羽流 薫の誕生である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ホストというお仕事 迷い猫 @mayoineko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

ゲームとアニメとラノベを愛してます! 小説は読むのも好きなので、いろんな作品を読んでみたいと思ってます(^-^) よろしくお願いしますm(__)m 某ゲームグループのリーダーとかもしています。 …もっと見る

近況ノート

もっと見る

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!