ホストというお仕事

迷い猫

ホスト体験入店編 1

 もう10年近く前の話である。3月1日に通っていた高校を卒業して、居酒屋に就職の内定が決まっていた。通っていた高校は、京都の公立の中では、そこそこ有名な高校だった。

 3年生は受験で忙しくなるからという理由で、修学旅行すらない進学校だ。

 同じ学年には300人近い生徒がいて、大学に進学をしなかったのは、俺を含めて僅か10人ばかりだった。

 俺は、学校に来ていた求人で就職こそ決まっていたが、そんな進学校には似合わない生徒だった。家から1番近いという理由で受けたら奇跡的に受かっただけで、当時から校則違反の茶髪で職員室に呼び出されたり、煙草やお酒は20歳からという法律すら守れないような悪ガキだった。

 記憶にないほど幼い時からサッカーをしていたが、中学3年の頃にドクターストップがかかってからは、部活も辞めてしまった。

 サッカー以外の部活に入るつもりがなかった俺は、高校1年の頃からバイトばかりしていた。

 バイトが1人休んだから至急来てくれと呼ばれたら授業をサボってバイト先に向かったこともある。

 2年以上働いた地元のスーパーのバイト代は、時給700円にも関わらずに15万以上の給料をもらったこともある。創業10年以上で系列店が、京都に6店舗あるスーパーだが、高校生で時給が上がったのは、俺が最初で最後だったとそのスーパーに行くたびに今でも言われている。そうは言われても、700円から710円に上がっただけの話だ。


 思えば、この頃からかもしれない。固定給という制度に嫌気がさしていたのは。


 それでも、当時は働くのが好きだった。レジ打ちで雇われたバイトだったが、気付けば惣菜や品出しの在庫確認や検品作業、鮮魚コーナーでは魚を3枚おろしにしたり、年末年始には鯛を焼いたり、朝方5時から正社員についていって市場で一緒に魚を選んだりした。

 パソコンで、お店のチラシを作ったこともある。


 そんなバイト三昧の高校生活を終えて、就職した居酒屋。小さい頃から、料理は得意だったので好きで選んだ仕事だ。3月1日に卒業して、3月10日から一週間の泊まり込みで研修に行った。

 配属店舗が発表される新入社員歓迎会などもするためにと、本店の近くの寮で新入社員15人と勉強をしながら仲良くなった。ちなみに、京都で採用になったのは、2人だけで50人近く落ちたらしい。残りの13人は、主に九州地方から採用したと社長に聞いて驚いたのを覚えている。


 3月18日の夜のことだ。

 泊まり込みの研修から帰ってきた俺は、久しぶりに地元の先輩と会う約束をしていて、地元のコンビニの前で先輩が来るのを待っていた。

 先輩との関係は、悪友としか言いようがないような人だ。

 5歳も歳が離れている先輩だが、本当に仲が良かった。


 「よう、久しぶりだな。 健太、待たせちまったか?」


 タクシーから降りてきたスバル先輩は、相変わらずの姿だった。

 銀色のスーツに、ブランド物の鞄、白い革靴はつま先が尖んがっている。

 髪は、プロの美容師にセットサロンで整えてもらったスジ盛りだ。



 「いつものことなんで、慣れてます」


 「お前、もうすぐ18歳になるんだよな?」


 「明後日の3月20日が誕生日ですよ。 何かくれるんですか?」


 「あぁ、俺のとっておきをやる。 とりあえず、タクシー待たせてるから乗れよ」


 「行き先を伝えないのは、相変わらずですね」


 「行き先は、タクシーのおっちゃんに伝えるもんだ。 飲み物買ってくるから、先に乗っててくれ」


 「俺、レモンティーで」


 返事もせずに、店内に入って行くスバル先輩だが、いつもレモンティーは買ってきてくれる。

 5歳年上の相手とのこのやり取りは、毎度のことである。


 「お前、レモンティーしか飲まないのか? ほらよ」


 「ありがとうございます。 なんか、煙草のカートン入ってますよ」


 先輩から渡されたレジ袋には、レモンティーとマルボロメンソールのカートンが入っていた。ちなみに、先輩の煙草の銘柄はパーラメントで、俺はマルボロメンソールを吸っていたので、俺の分だというのはわかったが、一応聞いてみた。


 「心配しなくても、誕生日プレゼントはもっと良いものだから安心しろ」


 「そんな心配はしてないけど、ありがとうございます」


 「おっちゃん、祇園まで!」


 5歳年上の先輩に連れて行かれる場所に心当たりはあった。

 だって、このスバル先輩は、ホストクラブの店長なのだから。

 当時、まだ17歳だった俺だが、祇園やその近くにある木屋町のバーやキャバクラに知り合いが多かったのはこの人のせいだ。


 「また営業ですか?」


 「いや、今日は接客だ」


 「はい? まさか……」


 いや、さすがにそれはないかと思いながらも嫌な予感はしていた。

 隣で、にやにやと笑っていた先輩の顔は10年経った今でも覚えている。


 その後は、スバル先輩に話を流されてタクシーの車内ではパチンコの話で盛り上がっていた。

 あっさり話を変えられても気にしなかったのは、嫌な予感が当たっていたとしても、別にいいかなと思っていたのもある。

 スバル先輩は、ギャンブル大好き人間で俺もギャンブルは大好きだったので会話は止まることなく気付いたら祇園についていた。


 「おっちゃん、ありがとうね。 パチンコばっかりしてないで、家族を大事にな!」


 ちなみに、タクシーのおじさんもパチンコが大好きだった。

 スバル先輩とタクシーに乗るとスバル先輩は、毎回運転手の人によくわからない質問をしたり、喋りかけたりしていた。


 「よし、じゃあ行くか!」


 「どこにですか?」


 「まずは、ヘアメイクからだな」


 「まさか、本気で俺を働かせるつもりですか?」


 「ここまで来たら隠すつもりもないが、その通りだ」


 「まぁ、いいですけど。 俺、17歳ですよ。 大丈夫なんですか?」


 「大丈夫だ。 俺は、16歳でホストになったからな」


 「さすが、23歳で店長をしているだけはありますね」


 「そうだろ? そう思うなら、もっと尊敬しろ!」


 そんな会話をしながら祇園の街を歩いていると、ドレスのお姉さんがスバル先輩に話かけてきたり、手を振ってきたりした。


 「相変わらず、知り合い多いですね」


 「いや、知らない奴もいるよ。 というか、知らない奴ばっかりだ」


 「まぁ、でも向こうは知ってるみたいですね。 当たり前ですが」 


 そう言いながら俺は花見小路にある案内所の看板を見上げた。

 花見小路の案内所といえば、当時祇園でも1番有名な案内所で、待ち合わせ場所にも使われており、そのせいで夜の花見小路は、キャッチ目当てのボーイさんやキャバ嬢、ホストが入り乱れていた。

 タクシーが、蟻の行列みたいに並んでいて、騒がしくも賑やかだった。

 なお、現在は祇園の案内所は全てなくなっている。

 路上キャッチなども減っているので、今の祇園ではもう見られない光景だ。

 でも、忘れることはないだろう。

 案内所の看板の1番上。その真ん中に写っていたスバル先輩の写真。


 「なんか恥ずかしいよな。 あんな目立つとこに自分の写真があるなんて」


 「スバルさんらしくない発言ですね」


 「そうか? とりあえず、行くぞ」


 「はーい」


 スバル先輩に連れられて来たのは、セットサロンだ。普通の美容室とは、ちょっと違う。

 営業時間は、夕方16時からで閉店は深夜1時の美容室。客層は、夕方から20時ぐらいまではキャバ嬢が多く、それ以降はホストが多い。お店のスタッフにも、元は水商売だった人がいた。ちなみに、料金はセット代2000円~3000円。カット代ではない、髪型をセットするだけで、水商売の人は毎日この金額を払っている。指名制度もあり、フリーより500円高くなるが、毎日同じ人にセットしてもらうほうが安心できるし仲良くなれるので、ほとんどの人が指名をしている。何年も水商売をしている常連にもなってくると一ヶ月まとめて支払う人も多い。


 「あれ? スバルさんどうしたんですか?」


 入口のドアを開けると、レジにいた女の人がスバル先輩に声をかけてきた。


 「マイちゃん、ちょっとこいつの頭セットしてやってくれ」


 「見たことないけど、体験入店の子ですか? 体験入店でちゃんとセットもするなんて珍しいですね」


 「いや、俺の弟だ」


 「えっ!? 兄弟揃ってホスト!?」


 「そうなんです。 よろしくお願いします」


 スバル先輩の嘘に乗っかるのも、もう慣れたものだった。この人は、タクシーの運転手や飲食店の店員さん、コンビニの店員さんにまで無意味な嘘をついていた。最初は、注意したり否定したりしていたが、いつの間にか俺も乗っかるようになっていた。


 「じゃあ、ここに名前書いて、ソファーで少し待っててね」


 スバル先輩が、この店で指名しているマイさんに言われて、レジの横に置いてある紙を見るとたくさんの名前が記入されていた。 


 「スバルさん、これ明らかにみんな本名じゃないですよね?」


 「当たり前だろ。 源氏名だよ。 とりあえず、これで良いだろ」


 スバル先輩が、紙の横にあったボールペンでその紙に書いた名前は俺の本名ではなかった。

 スバルジュニアと書いてあった。もはや、どう見ても本名どころか源氏名でもない。


 しばらくして、マイさんに案内されて椅子に座る。

 目の前の鏡には、相変わらず目が細く睨んでいるような姿の自分が映っている。


 「どんな髪型にする?」


 「お任せで」


 「OK! 髪長いけど、ホストになるために伸ばしてたの?」


 「いや、小さい頃からずっと長髪です。 ホストになろうと思ったことはありません」


 「あれ? でも、今から体験入店なんだよね? 冷やかし?」


 「冷やかしというか、成り行きです」


 その後も、いろいろと質問されながら20分ぐらいでセットが完成した。

 マイさんは、ずっと笑顔で喋りやすい人だった。


 「どうですか? ストレートとか外ハネより、パーマ風のほうが似合うと思ってやってみました」


 「ありがとうございます。 さすがに、プロは違いますね」


 「気に入ってくれたなら良かった。 お仕事頑張ってね」


 ワックスはほとんど使わずに、ヘアアイロンとスプレーだけで仕上げられた髪型だが、逆毛を痛いぐらい入れられていて、触っても崩れにくい。

 普段から自分でもヘアセットはしていて、友達に器用だとかセットのやり方教えてと言われていたが、比べものにならない技術だった。


 「おぉ、ホストっぽくなったな! 金は、払ってあるから行くぞ」


 「ありがとうございます」


 セットサロンから歩いて5分もかからないビルの2階。

 エレベーターに乗りながら俺は少し緊張していた。


 「店の中に入るのは、初めてだよな?」


 「はい」


 「まぁ、ゆっくり体験していってくれ」


 「言っておきますけど、今日だけですからね」


 そう言いながら、俺はエレベーターを降りて扉を開けた。


 この日、俺は人生初のホストクラブに足を踏み入れた。

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