発達障がいの子と数学語る@岡山 ②

 東京から3時間半。


 西日本の都道府県は大阪までしか知らなかったぼくは、岡山へむかう新幹線のなかで、東京からはなれるんだからさぞかし田舎なところなんだろうと思っていた。

 けれど、駅に着いていくつもの高いビルがどーんと立っているのをみると、都内と変わりがないことに気がつく。


 チャリティー活動だろうか、熱い日差しの中で高校生たちが叫んでいるのを横目に、待ち合わせのレストランへとむかった。



「ほ、ほんとにきてくださるんですね・・・」

 

 店の前でお会いすると、ご依頼者さんである『なないお』さんにおどろかれた。


(ですよね・・・)


 自分の1日を50円で売るだけでなく、どこへ行くにも交通費はぼく負担ときたら、あやしまれても無理はない。お母様のななおいさんからしてもダメ元で頼んだのだろう。


 息子さんのIくんはずいぶんとおとなしげで、見た感じではほかの小学校低学年の子とかわりがない。こんな小さな子が、本当に中学数学まで終えてしまっているのだろうか。


 店の前には、Iくんの姉のNちゃんも一緒だった。


『Nは、注意欠陥多動性障害(ADHD)とアスペルガー症候群です』

 

 メッセージの文末に添えられていたことを思い出した。


 行きの新幹線で発達障がいについて一通りしらべていたけれど、いざ会ってみると、IくんもNちゃんも、まったくほかの子と同じなのではないかとおもえてきてしまう。それぐらい、いままでぼくが勝手に想像していた「障がい者」のイメージとはかけはなれていた。


「今日は静かにしているんだよ。」

 なないおさんがNちゃんに釘をさしながら、ぼくたちはレストランの中へと入った。

『...Nはにぎやかで落ち着きのない子です。学ぶことは好きなのですが興味が飛び散っているため、何かに集中はしていません。今回は息子と数学の話をしにきてもらうと娘には言っていますので、私が抑えてがんばります...』




「こんにちは、東京大学というところにかよっているりょーすけです!今日はよろしくね!」

 席につき、自分なりに快活な挨拶をやってみると、恥ずかしがりながらIくんもNちゃんも自己紹介をしてくれた。

 レストランはバイキング形式となっていて、嬉しそうにはしゃぐNちゃんがほほえましい。Iくんも顔に強くはださないものの、美味しそうな食事をまえにしてご機嫌なようだ。


 ご飯をたべながら雑談をしていると、なないおさんが話をふってきた。


「ほら、I、せっかくお兄さんが東京からいらしているんだから、数学でわからないことを聞いてみたら?」


 そういわれても、Iくんはモジモジしたままだ。

 はじめての人とうまく話せるのは大人でもむずかしいから大丈夫だよ、いや、これだと上から目線で嫌味なかんじがするな、さてどう話をひろげていこう、そう考えていたところに飛んできたIくんの一言に、度肝をぬかれた。


「フェルマーの最終定理で、わからないところがあるんです。」



 は??


 いまこの子なんていった!?

 

 フェルマーの最終定理といえば、「数論の父」と呼ばれる数学者フェルマーが本の余白に書き残した定理だ。

「私はこの定理の証明について驚くべき解答をみつけたが、この本の余白に書くにはせますぎる」と添え書きしたまま、彼は亡くなった。360年後にアンドリュー・ワイルズが130ページの論文を発表するまで、証明をこころみようとした幾多もの数学者をなぎ倒してきたお化け問題だ。


 Iくんが気にかかっていたのは、定理の中にでてくる自然数nが奇数の場合のときだという。


「n=3のときの証明についてなんですが」

「ああそれは・・・」


 小学生と話している気がまるでしない。ちっちゃな手からすらすらと数式が書き出されていく光景に、ぼくの脳は追いつかなかった。10年ぐらい前、クラスの人気者が「5分の5かける5分の5はいくつかわかる?」と聞いてきた時に答えられず、子どもながら悔しい思いをしたものだが、それとは次元がちがう。


 中学数学を終えてるなんてもんじゃなかった。


 数学の話を続けていく。

  


「循環小数で、1/7とかより長い循環節をもつものはあるんですか?」

1/7を計算すると、0.142857....で循環するのだけど、これより長いパターンで循環する数字はあるのか、と聞かれたわけだ。


「あるよ。たとえば、1/81っていくつかな?」

 てっきり紙と鉛筆で計算するのかとおもいきや、

「0.012345679...で循環です」

と3秒で返されてしまった。暗算だと・・・

 おそらく、インド式のようななにか特別な計算ルールをおこなっているのではないのだろう。


 前に目をやると、姉のNちゃんはデザートに夢中だった。お行儀よくパクパク食べている。


「どんな循環小数をてきとうにつくっても、分数の形で表すことができるんですか?」


「うん、できるよ。」


 具体例として1/81でやってみる。0.142857...から1/81を導く作業だ。さくっと終わらせ、さて一般化だと、仰々しく数列をおいてみようかなとしたところで「ほんとだ、どんなのをつくってもできますね」と言われてしまった。むむ。


 しばらく数学の話をしていくと、気がついたことがある。

 ぼくは説明をする上で、先ほどから小学3年生では習わない漢字を紙に書いてきた。

 「循環」「概念」「定義」・・・

 すらすらと話が進んでいくことに気をとられていたが、読みがなをふるべきだっただろうか。

「だいじょうぶですよ。数学を勉強していくにつれて、息子はある程度の漢字を覚えたみたいです。」なないおさんが言った。



 一旦休憩。

 デザートをたべながら、もう一つ疑問におもっていたことを聞いてみた。

「なないおさんご自身も、数学に詳しいですよね?」

 そうなのだ、のだ。

 循環小数の話をしたときも、素数が無限個あることを背理法で説明したときも、なないおさんはぼくの説明がわかっているようだった。

 聞けば、高校時代は文系で、大学にも通っていなかったという。


「息子のIが数学を好きになるにつれて質問をしてくるので、答えられるように私も勉強していたんです。」


 口で言うのは簡単だが、並大抵のことじゃない。障がいをもってない子にはやってこない場面がたくさんあるなかで、卓越した数学力のIくんに主婦をしながらついていけるのは、ちょっとやそっとの努力じゃできないだろう。



 ふたたび、Iくんが口をひらいた。

「物体を斜方投射すると、どうして二次関数の軌道を描くんでしょうか。」


(数学だけじゃなく、物理もできるとは・・・。)

 感覚がマヒしてくる。ぼくがいままで知っていた小学生じゃない。

 デザートの皿をおき、二次関数の式を導出するために、加速度の確認と運動方程式の説明からはじめる。




 時が経つのはあっというまで、いよいよ、終了の時刻が近づいてきた。

最後に、モンティ・ホール問題というのを出させてもらった。


「Iくん、これわかるかな。」


『あなたの前に三つのドアがあります。

その内の一つのドアの向こうには景品があり、残りの二つのドアの先にはハズレを意味するヤギがいます。


あなたは、適当に一つのドアを選びました。

そのドアはまだあけません。

ここで、答えをすべて知っている司会者がでてきて、あなたが選んでいない二つのドアのうち一つを選びます。開けるとヤギがいました。


今残っているドアは、あなたが最初に選んだドアと、だれも開けていないドア、合計で二つです。

景品を得る確率をあげるためには、あなたはどちらのドアを選べばいいでしょうか?』


 景品があるだろうと最初に信じたドア。

 はたして、ずっと信じつづけるのはただしいのだろうか。感覚的には、景品がある確率はどちらのドアも1/2だろう。


「両方とも1/2じゃないんですか?」

 いぶかしげにIくんが言う。なないおさんも考えこんでいた。


「じつはね、この場合は選ぶドアを変えたほうがいいんだ。」


 Iくんはしばらくだまりこんでから、しゃべりはじめた。


「....えっと、そっか.......確率が 1/3と2/3なんだ.....」

 ひらめいたみたいだ。

 そう、選択肢を変えたほうが、景品を手に入れられる確率が倍になる。最初に信じていたドアよりも。




 あっという間におわってしまった。

 お礼の50円をいただき、さよならをした後、帰りの新幹線に乗った。


 なないおさんがご自身のツイッターで、こんなつぶやきをしていたことを思い出す。


「『障害者を障害者として位置付けてる人達は隠れ区別主義者である。ハンディキャップを背負った子供達を見てるといかにまともかを実感する。』とおっしゃる方もいますが、その『区別』がないとまともな支援にもありつけず、日常生活もままなりません。それが、私たちの現実です。」


 発達障がい。

 20年とちょっと生きてきて、ただの一度もまともに考えたことがなかった。

 自閉症スペクトラムやADHD診断をうけている子と数時間話すなんて、以前のぼくからみればおもいもよらなかっただろう。

 誤解をおそれずにぼくの感想を率直にいうと、「ふつう」だった。数学がありえないほど抜群にできること、ちょっとおとなしめなことをのぞけば、普段から知っている小学生と大きなかわりはなかった。

 

 ただそれは、横にお母様のなないおさんがいて、初対面の人と大好きな数学をしゃべる状況だからだ。家では、学校では、外では、簡単にはいかないんだろう。


「あの後、息子にどうだったと聞いたら『貴重な体験だった』とかえってきました。」

 別れた後にいただいたメッセージの中に、そう書かれていた。


(貴重な体験、か・・・)


 Iくんの大人びた答えに、すこしだけくすっとしてしまう。


 こちらこそ...と返事をしつつ、東京へもどった。

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