前のエピソード――孤独感、喪失感　　　　　　　　　　　　　034

35　人はいさ　心も知らず　ふるさとは　花ぞ昔の　香にいほひける

　ひとはいさ　こころもしらず　ふるさとは　はなぞむかしの　かににほ（お）ひ（い）ける

【カテゴリ】春

【タグ】男性　貴族　平安中期　古今集　花

【超訳】そっちはどうなのよ？　

懐かしいここの宿の梅も昔と変わらず咲いていい匂いがしてるじゃん？　オレだって心変わりなんてしてないよ。っつかそっちはどうなわけ？　

【詠み人】紀貫之（きのつらゆき）

六歌仙の撰者であり、三十六歌仙のひとり。「古今集」編纂の中心人物。「土佐日記」の作者でもある。

【決まり字】ひとは（３）

【雑感】従兄弟の紀友則（きのとものり）(33)と同じ春の歌ですね。百首の中でも意外と春を詠った歌は少ないんですよね。

　奈良の長谷寺へ参るときに、以前よく泊まっていた宿の主人に「ずいぶんとご無沙汰ではありませんか」と皮肉を言われたそうです。そこで梅の枝にこの歌を添えて贈ったそうです。梅は昔と変わらず美しく咲き、香りも変わらないのですよ。私の心だって変わりませんよ、と詠んだそうです。春の花と言えば桜だけれど、春の香りと言えば梅ですよね。

　宿の人とのおしゃれなやりとりととるのか、皮肉の応酬ととるのか。そしてこの宿の人が女のひとで恋の歌なのか、そうではなく季節の詠み込んだ人づきあいの歌なのかは議論が分かれるところのようです。

「ちょっとぉ！　ずいぶん、ひさしぶりじゃん。どうしちゃったわけ？」

「そう？　別にどうもしないけど？　そっちこそどうなのよ？」

といったやりとりをお洒落にした感じなのかしら？　春の梅の香水も纏わせてね。　