2 少人数制クラスの分け方

 基本的には今も同様なのですがその当時も、ぼくの勤めている自治体では、偏差値の低い高校などで英語と数学の少人数制クラス編成を採用していました。

 A高校の場合だと、1年の数学と英語で一つのクラスを二つにわけて、クラスの半分の生徒は教室以外の空いている部屋に行って授業を受けるシステムになっていて、そのために、英数の教員の人数を増やしてもらったり、講師時数をもらって講師の人に教えてもらったりしていました。

 A高校に来て3年目のある日の放課後、隣の席に座っていた角川先生(仮名)とこの少人数制のクラス分けの話になりました。

 当時A高校では、英語の少人数クラスの分け方を能力別にしないで出席番号の前半・後半で分けていました。例えばクラスの人数が36人ならば、出席番号1番~18番と19番~36番に分けます。

 角川先生は、当時40歳位の中堅の物理を教えている女性教員でした。いろいろなことについて率直に自分なりの意見を言ってくれる人で、この時もそうでした。

「少人数制は、本来は能力別にクラスを分けて、子どもたちに合った授業に近づけるためにあるのだから、率直に考えると、やはり試験の点数か何かで能力が上の子と下の子で分けた方がいいと思う」

「うーん、でもそうするとごく少数のできる生徒だけの授業とそれ以外の生徒にわかれてしまうので、大多数の生徒にとっては少人数制にならないと思います」

「そういう上を鍛えて進学実績を上げるというのは、塾とか予備校みたいな発想だ。下の方を救うための少人数だってあるはずだ」

 それに対してぼくは、初任者の頃とか2年目の夏休みくらいまでだったら、「それは今話していることとは関係ない話をしているんじゃないですか」なんていきなりぶっきらぼうかつ端的に結論だけを述べていたかもしれません。

 でも、その頃は少し違う言い方ができるようになっていました。

「まあ、そういう教員の側で何を目指すかということを重視する視点もあるし、それももちろん重要でそう言いたくなるのが普通かもしれないけど、今言っているのはそのことではないんです。今、英語科の中間試験とか期末試験では、この高校における主流の中学1年の2学期から2年の1学期くらいの学力しかない生徒と、かなりの少数派である中学3年くらいの内容まである程度はまともにできる生徒で、ものすごい極端な差が出ることを避けるような問題にしている場合が多い。例えば、選択問題で難しい問題を出して全員がでたらめな記号を書いてまぐれあたりを狙うのに近いような状態になる部分を作ったり、逆に中学1年の1学期くらいのことがわかっていればできるような0点阻止問題を作ったりしている。あるいは英語ができなくても小学校4~5年くらいの国語力で解ける問題を少し出したりする場合もある。これを、普通の高校生向きだけどその中ではかなり易しい問題にするとどうなるかというと、時々そうしていることもあるんだけど、これはかなり点数が偏る。81点~100点が3人~5人、61点から80点が0人、41点から60点も同じく0人、大多数は40点以下だけど、その中でも30点以上の生徒はたまたま今回はよくできた5人くらいとかそういう感じになる。だから、学力的に二つの集団にわけるとすると、やはり『3人とか5人とかのごく少数のある程度普通に中学3年までの内容がわかっている生徒と、それ以外の大多数の中学1年の2学期から中学2年の1学期くらいの学力しかない生徒の二つの集団にわけるのが、ごく常識的な分け方』という結論にどうしても『なってしまう』。意図的にそうするんじゃなくて、常識的な線で学力によって2グループにわけると、『この学校にいるにしてはある程度まともな中学3年の1学期とかそのくらいの学力を持つごく少数の生徒とそれ以外の大多数の生徒、という形になってしまう』という話なんです」

 最初に「まあ、そういう教員の側で何を目指すかということを重視する視点もあるし…」という前置きをしたのがよかったのでしょうか。角川先生は、わりあい自分の話を聞いて納得してくれました。

 今回のエピソードは、「公式2 意外性+自己愛が傷つく=怒り・イライラ」と関連が深いと思います。

 当たり前のことかもしれませんが、相手にとって意外性のある話をする時は、言葉を惜しまないで適切な前置きを言ったり、わかりやすくある程度の内容をひとまとまりのパッケージにして説明したりすることが大切で、そうすると怒られないで済むこともあるんだな、とこの時思いました。

 それと、「…それももちろん重要でそう言いたくなるのが普通かもしれないけど…」という言葉も相手の自己愛を傷つけにくくする効果があったようです。

 この頃のぼくは、意見を言う時の言葉数が増えて、相手の考えていることと異なることを言っても怒られたり怪訝な顔をされたりしないで話せる場合が増えてきました。

 「学校という組織に入って3年目に入り、少しは自分の見方とか考えをそれなりに説明できるようになっていたのかな」と、この時のやりとりを今でもたまに懐かしく思い出します。

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