幕間

天命の楔

 輝く白金の髪と、澄んだ青灰色の瞳を有する〈神の御子〉。

 天空神フェイレンの姿を写して生まれたの者が、神の代理人として、国を治める王となる。

 それが、創世神話に記されし、我が大華王国の金科玉条不可侵の決まりである。

 裏を返せば、たとえ王の子として生まれようとも、神の異色を持たぬ者には、王位継承権は与えられないということだ。

〈神の御子〉が数多く存在した古き時代においては、この制度に、なんの支障もなかった。しかし、世代を重ね、〈神の御子〉が生まれにくくなってくると、次代の王を産み出すことは、王に課せられた重大な使命となっていった。

 その結果、『過去の王のクローン』を世継ぎとする王が出てきたのは、必然だったといえよう。

 我が父シルフェンも、そうして作り出された『過去の王のクローン』だった。

 王位を継ぐためだけに生をけた彼は、『親』である父王から、ひとかけらの愛情も注がれなかったという。なれば、おのれの出自を疎んだ彼が、自分は決してクローンには手を出すまいと心に誓ったとしても、なんの不思議もなかろう。

 そんな彼に胸を痛めていたのが、彼より十歳ほど年長の『姉』にあたる、〈神の御子〉の王女だった。

 古くは、王は男子と決められていたが、近代では『仮初めの王』として、女子が玉座に就くこともできる。つまり、彼女は、『弟』が生まれなければ、王冠を戴く運命だった。

 しかし、女王は軽んじられる上に、早く次代の〈神の御子〉を産むよう強要される。それを不憫に思った父王が、『弟』を作ったというわけだ。

 いわば、自分の身代わりとして生まれた『弟』に、『姉』は深い罪悪感をいだいた。そして、有力な貴族シャトーアに降嫁されるまで、ひたむきに『弟』を可愛がった。

 そして、月日は流れ――。

 王の崩御により、『弟』は即位し、新たな王となる。

 それと前後して、彼は降嫁した『姉』が、婚家で虐げられていることを知った。ほぼ盲目であった彼女は幽閉同然の扱いを受け、また、〈神の御子〉を産むようにと責め立てられていたらしい。

 彼は、彼女を夫と離縁させ、身分も王族フェイラに戻して、神殿に常駐する神官長に任命した。

 一方、王となった彼も、世継ぎの〈神の御子〉に恵まれずに困っていた。子供は、王妃との間に娘がふたり。他に、複数の愛妾が、男女合わせて幾人も子を産んだが、皆、黒髪黒目であった。

 そこで、『姉』は『弟』に申し出る。

〈神の御子〉同士であれば、〈神の御子〉の子供が生まれる確率は、ぐっと高くなる。あまり丈夫ではない自分の体は、四人の娘の出産で疲弊しているが、あとひとりならば産めると医者は言っている。

『だから、賭けてみませんか?』

 そうして、私が生まれた。

 戸籍上は、〈神の御子〉の元王女が、夫と離縁する直前に宿した子。

 一部の人間の推測の中では、〈神の御子〉を求めた王が、実姉を手籠めにして産ませた、禁忌の子。

 父と母が、すがる思いで、私に一縷の望みを託したというのに、私は、白金の髪と青灰色の瞳を持って生まれてくることができなかった。

 勿論、誰も私を責めたりはしない。それどころか、いつくしまれたと思う。

 私の両親は、とても優しい気質の人間なのだ。

 王妃の長男と、私の誕生日が、ほぼ同じであるのも、その一端だ。私が〈神の御子〉として生まれたあかつきには、王妃が双子を産んだことにして、きさきとしての立場を守ってやろうと画策していたのだ。

 そんな気遣いを王妃がどう感じたかは、私は知らない。ただ、少なくとも、成長した長男カイウォルが、『双子』になるはずだった『異母兄弟わたし』を毛嫌いしていることは事実であると思う。


 たとえゆがみがあったとしても、私の誕生には、確かに愛があった。


 けれど――。

 両親の期待を裏切って、黒髪黒目で生まれてきた私に、いったい、なんの価値があるというのだろう?



 時が過ぎ、王妃が〈神の御子〉の女子を出産し、力尽きたように息を引き取った。やっと責務を果たせたと、穏やかな顔で眠りについたまま目覚めなかったのだという。

 残された〈神の御子〉の王女アイリーの将来を憂い、私の母は、何かにつけて彼女を神殿に招いては世話を焼いた。

 私も、歳の離れた異母妹いもうとを可愛がった。彼女は、私の代わりに〈神の御子〉として生まれてきたような気がして、なんとかして彼女に報いたいと思った。

 私の母が、父にいだいた罪悪感のような気持ちを、私も異母妹アイリーに対して感じていたのかもしれない。



 そして、私が二十歳になったころ。

 体の弱かった母が亡くなり、私が神官長――すなわち、〈七つの大罪〉の事実上の最高責任者――の位に就いた。

〈七つの大罪〉に新たな〈悪魔〉を迎える、という連絡が入ったのは、それから、まもなくのことであった。



 神殿の『天空の間』で、新入りの〈悪魔〉が神官長の目通りを待っている。

 私は、なんとも名状しがたい気持ちで、その場へと向かっていた。

〈悪魔〉になりたい、などと申し出る者は、どこか心が欠けているものだ。そうでなければ、潤沢な資金と絶対の加護、蓄積された門外不出の技術と引き換えだとしても、『契約』を結んだりはしない。

 だが、今度の〈悪魔〉は極めて異例、極めて異色の経歴の持ち主なのだ。

 私は事前に渡された調査書の内容を反芻し、眉間に皺を寄せながら、天空の間の白い扉を開いた。

「――!?」

 その瞬間、私は息を呑んだ。

 純白の部屋に、白金の光が広がっていた。

 互いに絡み合い繋がり合う、数多あまたの白金の糸が、その輝きを強く弱くと、変化させながら、舞うように揺らめく。

 まるで、光を紡いで作られた翼が、羽ばたくが如く……。

 幻想的な光景に魅入られ、惹き寄せられるように光の流れを辿たどれば、そこに、白金の羽をまとった、神々しいばかりの天使がいた。

 そう――。

 彼女は、〈天使〉だ。

 この世で唯一の、生まれながらの〈天使〉、鷹刀セレイエ。

 かつて、実験体でありながら、〈天使〉の力を自在に使いこなしたことによって、〈七つの大罪〉で大きな権力を握った『伝説の〈天使〉、〈フェレース〉』の娘。

 そして、彼女の足元には、ひとりの男が転がされていた。〈七つの大罪〉の要注意人物トラブルメーカーとして、ブラックリストに載っている〈悪魔〉だ。彼は、セレイエの背から放たれた光の糸に絡め取られ、拘束されていた。

 どうやら、新顔セレイエの噂を聞きつけ、この天空の間を訪れたらしい。

 好奇心が強いことは、〈悪魔研究者〉として、決して悪いことではないのだが、如何いかんせん、問題行動の多い男だ。おおかた、セレイエに、ちょっかいを出して返り討ちにあった、というところだろう。意識を失っているようで、ぴくりとも動かない。

「君が新しく加わった〈悪魔〉? 私はヤンイェン。〈七つの大罪〉の運営を一任されている。よろしく」

 この状況において、初めの挨拶が定型文これでよいのかと自問しながら、私は周囲に『人当たりがよい』と言われる麗らかな笑顔を彼女に向けた。生い立ちのせいか、私は自分の『個人』としての感情を表に出すことを、おのれに禁じているふしがあるらしい。

 のちに、このときの私について、セレイエは『変な人だと思った』と明かしてくれた。

『怒られるかと思ったのよね。〈天使〉の力は、むやみに使うなと、よく母に叱られていたから。でも、何も言われなかったから、じゃあ、神官長は何ごとにも動じない人なのかしら? と思ったのだけど……、でも、違ったわね?』――と。

 ……ともあれ。

 私に声を掛けられた彼女は、つややかな黒髪をなびかせ、振り返る。

「こちらこそ。私は、鷹刀セレイエ。知っていると思うけど、〈フェレース〉の娘で、もと〈悪魔〉の〈獅子レオ〉の孫にあたるわ」

 覇気に満ちた瞳が印象的な、とても美しい少女だった。

 歳は、もうすぐ十五歳になると、調査書にあった。だが、彫像のように整った面差しは、彼女をもう少し年上に見せた。もっとも、繊細な硝子細工のような体つきからすると、やはりそのくらいの年齢で正しいのだろう。

「さっそくだけど、〈七つの大罪〉での注意事項などを……」

 私は、彼女をソファーへと促そうとして、そのためには、まず、床の男をどうにかすべきだと気づく。誰か人を呼ぶか、と思案していると、彼女がくすりと笑った。

「彼から情報を貰ったから、〈七つの大罪〉のことなら、だいたい分かっているわ」

 彼女は拘束した男に目線を落とし、それから、彼と自身とを繋ぐ羽を示す。

「!」

〈天使〉とは、羽――すなわち、背中から放たれる白金の糸を接続装置インターフェースにして、人間の脳という記憶装置に侵入クラッキングするクラッカーだ。彼女にとって、羽で拘束した〈悪魔〉から、〈七つの大罪〉の情報を入手するのは容易たやすいことだろう。

 しかし、羽は、限度を超えて酷使すれば、熱暴走を起こす。そのまま、死に至ることだって珍しくもないのだ。むやみに使うものではない。

 顔色を変えた私に、セレイエは得意げに口角を上げた。

「このくらいなら、まったく問題ないわ。私にとっては、呼吸をするようなものよ」

 紅を塗っていない唇が、ぞくりと妖しく光る。それは、魔性と呼ばれる鷹刀一族の血筋ゆえか。

 当惑する私に、彼女は重ねて告げる。

「とても不思議なのよ。この神殿に来てから、羽から力があふれてくるの。懐かしいような、温かな感じがして……。なのに、その逆の、肌が粟立つような感覚もあるのよ」

 彼女の言葉に、私は、はっとした。

「そうか。君は〈冥王プルート〉の影響を受けやすいんだね」

 彼女の出自は、特殊なのだ。〈冥王プルート〉から力を与えられるものと、奪われるもの。両方の血を引いている。

「『〈冥王プルート〉』?」

「ああ、それは……」

 どのように説明すれば、分かりやすいだろうか。

 私が即答できないでいるうちに、彼女の「なるほどね」という声が響く。

「〈天使〉の羽の根源は、〈冥王プルート〉なのね。だから、神殿では、楽に力を振るえる。――けど、私の中の鷹刀の血が、血族を喰らってきた〈冥王プルート〉を警戒している」

 端的にまとめられた内容に、私が目を見開くと、彼女は床に転がる男を細い顎でしゃくる。

「彼から得た情報をもとに、推測しただけよ」

 明晰な頭脳を披露した彼女は、自信家の顔を覗かせる。そんなところは、年相応で可愛らしく思えた。

「凄いね、君は」

 微笑ましさに、素直な気持ちで呟けば、彼女は嬉しそうに口元を緩めた。

王族フェイラの負荷を分散させるために誕生した連携構成クラスタシステム、〈冥王プルート〉――ね。凄く興味深いわ。やはり、〈七つの大罪〉は面白いわね」

 それから、彼女は、きらきらと輝く瞳で、私を見上げる。

「私は自分の力について知りたいの。――母は、〈天使〉の力を暴走させないための知識は教えてくれても、それ以上のことは口を閉ざすから。だから、私は〈七つの大罪〉に来たのよ。まず初めに、母を〈天使〉にした〈スコリピウス〉という〈悪魔〉の研究報告書を見たいわ」



 無邪気な探究心が、彼女を駆り立てているのだと思った。

 だが、それは私の勘違いだと、じきに気づいた。



〈七つの大罪〉から資金を渡された〈悪魔〉たちは、好きな場所に、自分の研究所を構えるのが通例だ。けれど、セレイエには、表向きは『神官長付きの神官』という役職を与えて、神殿に住まわせた。

 彼女の当面の目的が〈スコリピウス〉の研究の解析であるため、個人の研究所を持つよりも〈七つの大罪〉のデータベースのある神殿で活動するほうが理に適っていたし、しっかりしているようには見えるが、やはり、こんな年若い少女をひとりにする気にはなれなかったのだ。

〈悪魔〉となった彼女には、〈サーペンス〉の名が与えられた。しかし、私は彼女をセレイエの名で呼んでいた。



「私は、自分を否定したくないから、〈七つの大罪〉に入ったのよ」

 セレイエが〈悪魔〉となってから、しばらく経ったころ。

 彼女は、ふと、そんなことを言った。

「私は三歳のときに、初めて羽を出したの。異母兄あに義姉あねと私の、子どもたち三人だけで遊びに出かけていたときに、鷹刀と敵対する凶賊ダリジィンに襲われたから……」

 彼女の異母兄あに義姉あねは、当時、まだ十歳ほどであったらしい。だが、子供とはいえ、鷹刀の将来の担い手として武術の心得があった。ふたりは、異母妹セレイエを守りながら、勇猛果敢に刀を振るったという。

 されど、多勢に無勢。そして、幼い異母妹セレイエは、どうしたって足手まといになる。彼らは徐々に追い込まれていった。

「血まみれになって倒れる異母兄あに義姉あねを見た瞬間、私の中で何かが弾けたの。気づいたら、背中から光が吹き出していたわ」

 淡々とした口調で、無表情な顔で。凪いだ湖面のようなセレイエが告げる。

「私は怒りに任せて、すべての敵の脳に心臓を破裂させる命令コードを書き込んだの。――訓練もなしに、滅茶苦茶なことをしたのよ。当然、熱暴走を起こして、死線をさまよったわ。……けど、おにいちゃんと、おねえちゃんを守ることができたの」

 大人びた雰囲気を持つセレイエの声が、語尾のあたりで幼子おさなごのような片言かたこととなり、危うげに揺れた。

「セレイエ?」

 狼狽する私に構わず、彼女は続ける。

「〈天使〉の力がなかったら、三人とも殺されていたんだから……。――でも、私のせいで、家族は、ばらばらになったのよ」

 ぽつりと落とされた告白は、揺れる息に溶けて消えた。

 伏せられたまぶたは、あまりにも儚く……、私は固唾を呑んで、彼女の話に耳を傾ける。

「私が、凶賊鷹刀に身を置き続ければ、いつ、また危険な目に遭うとも限らない。次こそは、熱暴走で命を落とすかもしれない――そう言われて、私は母と共に、鷹刀の外に出されたのよ」

 彼女が語るところによれば、愛人であった彼女の母は、もうすぐ父と結婚することになっていたらしい。しかも、それを強く勧めていたのが、異母兄の母親である正妻で、離縁の準備中だったという。

 今ひとつ理解し難い、複雑な家庭であるが、とても仲が良かったことは間違いない。

 その家族が、壊れた。

 重い吐息が、部屋の中に沈んでいく。

異母兄あには、今でも後悔しているわ。自分が弱かったために、異母妹いもうとが〈天使〉として目覚めてしまったんだ、って。でも、そうじゃない。私は生まれつき〈天使〉だったんだから、この運命は変わらなかったのよ」

 何かを払うようにかぶりを振り、彼女は鋭い眼差しで、前を見据えた。

「実験体として、後天的に〈天使〉になった母は、この力を悪しきものとして否定するわ。そのくせ、母は、自分は特別に高い〈天使〉の適性を持っているけど、娘の私は半分だけ――母の血の分だけしか適性がないから、危なっかしい、って言うのよ。でもね、私は初めから〈天使〉だったの。生まれつきよ。この力を含めて、『私』なのよ」

 おそらく無意識に、であろう。

 彼女は、自分は先天的な〈天使〉なのだ――という意味合いの言葉を繰り返した。

 まるで、自分に言い聞かせるかのように。

「私が〈天使〉だと分かったから、家族が、ばらばらになったんじゃないわ。私が、いつ熱暴走を起こすか分からないから、よ。だから、私は、この〈七つの大罪〉で、〈天使〉について研究をするの。〈天使〉は危険じゃないって。……だって、私は『私』で、いいはずなんだから!」

 ぐっと顎を突き出し、彼女は好戦的に嗤う。

 ……けれど、その瞳の奥は揺れていた。

 心細さを無理やり隠した、脅えた素顔が透けて見える。

 彼女は〈天使〉という、持って生まれた自分のごうを受け入れようと、必至に足掻あがいているのだ。

 そして、〈天使〉である自分と向き合うために、〈七つの大罪〉に来た。

 自分は無価値だと諦め、無意味に生きてきた私とは違う。

 彼女は強い――否。強くあろうとしている。


 その生き方に……、――私の魂が震えた。


「辛かったね、セレイエ」

 羽を持って、生まれてきたことが。

 私が、白金の髪と青灰色の瞳を持たずに生まれてきたことと、同じように。

 ――刹那。

 彼女は、わなわなと唇を震わせ、まなじりを吊り上げた。

「なっ!? 今まで何を聞いていたのよ!? だから、私はっ……」

 強がりで自信家で、負けず嫌いの彼女には、『辛かったね』という言葉は、同情のように聞こえたのだろう。

 そうではない。

 私は、ただ、彼女に寄り添いたいと思っただけだ。

 どう言えば、伝わるだろうか。

 私は眉間に皺を寄せ、じっと彼女の姿を瞳に映す。大人びた勝ち気な美貌を、安らいだ年相応の笑顔にするための言葉を探す。

 彼女にしてみれば、唐突に、しかも無遠慮に凝視された、なのであろう。不快感もあらわに、私の視線から逃れるべく体を引こうとした。

 そのとき、私の脳裏に名文句が閃く。

「君の力は、君のお異母兄にいさんやお義姉ねえさんの『刀』と同じだよ」

 セレイエは、家族が大好きなのだ。この言葉なら、きっと響くだろう。

 案の定、彼女は「え……?」と、動きを止めた。

「誰かを傷つけることもあるけれど、誰かを守ることもできる。そして、どちらも鍛錬を積まなければ、使いこなすことはできない」

「…………」

「君のお異母兄にいさんたちに、武術の素質があったように、君には〈天使〉の素質があった――それだけのことだよ。けど、〈天使〉が珍しすぎて、誰も、こんな単純なことに気づかなかったんだね」

「!」

 セレイエの肩が、びくりと上がる。

「君の言う通りだよ。〈天使〉であることも含めて、君は君。――〈天使〉の研究のため、〈七つの大罪〉にまで来た君は、凄い努力家だ。私は、君を尊敬するよ」

「わ……、わ、たし……」

 見開かれた瞳から、大粒の涙が、ぽろりとこぼれた。

「……辛……かった……わ。ずっと……。悲しかった……。どうして、って……、いつ……も、思っていた……」

 せきを切ったようにあふれ出した涙は止まらず、彼女は幼子おさなごのように泣きじゃくる。

 彼女はずっと、離れ離れになった家族に対して、罪悪感をいだいていたのだ。

 勿論、家族の誰も、彼女を責めたりはしていないだろう。だが、他でもない、彼女自身が自分を責め続けていたのだ。

 そして、ずっとこらえていた。――ひとりきりで。

「セレイエ」

 私は彼女の名を呼び、小さな異母妹アイリーが、べそをかいたときにするように、そっと抱き寄せた。背中を優しく、とんとん、と叩く。こうすると異母妹アイリーは安心するのか、すぐに泣き止むのだ。

 しかし、セレイエは異母妹アイリーではなかった。

 彼女は泣き止むどころか、私にしがみついて号泣した。

 温かな重みが、胸に収まる。

 空虚だった私の心が、満たされていくような気がした。



 やがて、涙が枯れ果てたのであろう。セレイエは、おずおずと頭を上げた。

 そして、照れたように笑う。

 とても、可愛らしい顔で。

「ありがとう」

 その瞬間――。

 私の中に『個人』としての強い感情が芽生えた。



 きっと、このとき。

 私は初めて、『人』になったのだ。






―――― お知らせ ――――


ここまでお読みくださり、どうもありがとうございます。

この長い物語にお付き合いくださり、本当に感謝しております。


第三部 第三章+幕間 が完結いたしました。

誠に勝手で申し訳ございませんが、充分なストックを確保するために、ここでしばらく、お休みを頂きます。



〈投稿予定〉

2025年 2月頃? 第三部 第四章 金枝玉葉の漣と(全22話+幕間1話)

未定      第三部 第五章 転舵の王宮にて(27話目まで執筆済み)


どうか、これからも、この物語をよろしくお願いいたします。

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