十月桜編〈姉妹〉

 ――文化祭一日目。ミニライブが終り、それぞれが静香の店『十月桜』へ行くまでの時間、西園寺雨糸さいおんじういとの個人サーバー内の仮想空間バーチャル・スペース

 そこには“黒髪のさくら”に似た小学校高学年くらいの『黒姫』。

 四本腕盲目ブラインド・フォーアームの『逸姫いつひめ』。

 “銀髪のさくら”によく似た、今は中学生くらいに成長し、『OKAME』の人格を“お面”に変化させて頭に被った『青葉』。

 親人格である星桜が去り、元の白髪赤目アルビノ姿になった『白雪』。

 赤白ゴスロリ眼帯スタイルで小学生三~四年生姿の『一葉ひとは』。

 それと『中将姫ちゅうじょうひめ』と『巴御前ともえごぜん』。

 そしてもう一人、“のっぺらぼう”で見知らぬ執事姿の男性アバターがいた。


「雨情お兄ちゃん久しぶり~! 一般回線グローバルネットの見張り番おつかれさま~!」

「……」なでなで

 青葉が飛びつくと、雨情と呼ばれた執事アバターは、言語を発する代わりに優しく抱きとめて頭を撫でた。


「こんにちは、第三次選抜覇者の“無貌の神ナイアーラトテップ”。コードネームは“のっぺらぼうウジナ”でしたね。こうして他の十二単衣トゥエルブレイヤー達に会うのは初めてかな」

 巴御前が挨拶をする。


「……」こくん


主要諸元スペックは知っていたアルが、顔が無いからナニ考えてるか分からないアルな」

 雛菊が顔を曇らせる。


「本当ですね。サポートドライバーを装備してくれれば、もっと分かりやすいんですけどね」

 中将姫が頬を押さえてため息をつく。


 すると執事姿の雨情が手の平をみんなに向ける。

「おっと!」

 その瞬間、巴御前がリンクアウトした。


〈私の仕事はシステムの防衛と管理だから、感情表現機構エモーション・インターフェースは不要だ〉


「うぎゃっ!!」「ううっ!」「きゃっ!」

 雨情から直接音声信号を送信され、雛菊、中将姫、黒姫が頭を押さえて短い悲鳴を上げる。


「ちょっと“のっぺらぼうウジナ”! 言語の直接送信は止めなさい! F1ファースト・フィリアルF2セカンド・フィリアルの私達と違って、単一演算機シングルメモリのAIには、あなたの信号ことばは強すぎるのよ!」


【すまない。普段からシステムを相手にしてる事が多くて、つい信号こえに出してしまった】ぺこり。

 雨情が前面に文字を表示させて頭を下げる。


「……ううう、これが“無貌の神ナイアーラトテップ”の固有スキルアルか、とんでもないアルな」


「声にする感覚で易々と防壁ガードを超えて言語中枢に信号を送られるなんて……」


「なんだろう、前の“思い出”がないからかな、聞き方を忘れててビックリしちゃった」

 雛菊、中将姫、黒姫が驚く。


 すっ――

 巴御前が再び姿を現しログインする。

「電気信号を媒体なしに解析、接続、送信する固有スキル、一葉の単眼の美姫モノ・ビューティーと同じ、“七枝刀プラグイン”の元になった能力だね」


「はぁ……F1ファースト・フィリアルで逸姫の“Informationインフォメーション  analysisアナライシス”(情報解析)に、

 F1で雨情の“Remoteリモート  controlコントロール  operationオペレーション”(遠隔操作)、

 F1で星桜の“Infectionインフェクション  mutation ミューティレーション”(感染変異)と、

 F2になった一葉の“Assimilationアッシミレーション  absorptionアブソルプション”(同化吸収)アルね。

 それに加えて“墨染”を取り込んでF2になった、青葉の“歌姫”たる音惑の戦天使ヴァルキリー・オブ・ローレライ

 神格化バージョンアップしたバケモノがすでに五体もいるアルか。今のレベルのAI相手なら、その気になれば世界を支配できるアルな」


「何を拗ねてるの雛菊、それは刀に世界を握れっていうのと同じよ。その予測は意味がないし、リスクの方が大きいわ」

 一葉が反論する。


「そうね、この能力カタナは振るうべき相手と、握るべき使い手が居なければただの強力な個有スキルだわ。それにこの時点で世界を掌握しても、人類は私達を敵認定エネミーロックするだけでしょうね」

 逸姫が同意する。


「……そうアルな。愚問だたアル」


「十二年後に予想されたパンドラの箱シンギュラリティーですか。踊り子アメノウズメによる七枝刀の剣舞ソードダンスと、その行使のための“青葉の誕生”でしたよね?」

 中将姫が青葉を見る。


「あ~~、それだけど青葉は天鈿女アメノウズメ役をパスしま~~す」


「「「「ええっ!?」」」」

 逸姫と黒姫以外のDOLLアバター達が驚く。

「やっぱり……」

 黒姫がため息をつく。


「じゃあ誰が踊り子をやるんだい? Primitiveプリミティブに隠されたMelody of dawn長鳴き鶏の解放は、“君の血族”でなきゃできないんだろう?」

 巴御前が聞く。


「ええ、だから私はママをリアルで防衛する事に専念して、そっちは保存されてる妹に任せようと思うの」


「妹……そうですか。でもXXダブルイクスである事は確定してるんですか?」

 中将姫が聞く。


「うん。残念だけど歌を操るのは女の子じゃないとダメみたいなの」


「それはどうしてだい?」

「その……、ベースの歌が女の子用の歌詞だから」

「誰が決めたアルか?」

「緋織さん」


「くっ!」

「ぷっ」

「ふふふ」

「うふふ……」

「緋織ママってば意外とろまんちっく!」

 巴御前、雛菊、中将姫、一葉、黒姫が笑みをこぼす。


【なぜ笑う? Primitiveプリミティブが女性なのだから自然な選択だろう?】

 雨情が文字を示す。

「かかか、雨情は見かけどーり朴念仁アルか。ちょっと安心したアル」


「さあさあ、おしゃべりはこのくらいにして! もうじきみんなが集まるし重要なイベントがあるから、それぞれのマスターの情報収集サンプリングに集中しなさい」

 逸姫が声をあげる。


「あれ~? でもお店はDOLL持ち込みキンシだよね」

「今日は休み扱いでオフラインされてるから大丈夫、だから心置きなくマスター達を観察サンプリングできるわよ」

「そっか~! じゃあみんなとリアルでもワイワイできるね~~!」


「でも黒姫、これからマスター達の感情変動が激しくなりそうだし、みんなその分析に意識タスクを割いてしまうからそれどころじゃなくなるわよ」


「それならおわってからみんなで遊ぼ!」

「そうね。マスター同士の関係が壊れていなければ……だけどね」

 逸姫がポツリと呟く。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――静香の店〈十月桜〉。

 それぞれがくつろぎながら談笑している。



 ――貴糸、昇平、駿河台薫、祥焔の席。


「西園寺先輩、……えっと、さっきの裕貴との会話の意味がわからないんですけど」

 裕貴の父親、水上昇平が聞く。

「ふふ、まあ詳しくはあとで奥さんに聞けばいいさ」

「なんだ昇平君、息子の事を把握していないのか?」

 駿河台薫がからかうように聞く。


「う、まあ、その……」

「薫さん。男子も年頃になると親の干渉を避けるようになるから、知らないのは無理もないですよ」

早生都わせみや先生」

 昇平が嬉しそうに見る。


「緋織、そしたら雨糸ちゃんはどうなんだ? どうして西園寺君は娘の想い人について知っている?」

「あー……それは妻と別れる時、どうして男親の自分につくのか聞いた事があったんですよ。それとまあ、僕の仕事について興味を持ってきた時に色々と察しまして」


「なるほど。裕貴君が居たから君の元に残った……と言う訳か」

「先輩……」

「まあそういう事だから、裕貴君には個人的にすごく感謝している部分もあるんだよ。だからこそさっきの事を聞かずにはいられなかったんだ」

「一途な子ね」

「そういう緋織もだろう?」


「……っ!!」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――護、緋織、九頭流、小枝の席。


「護兄さんったら、なんだか少し老け込んだように見えるわよ?」

「気のせいだよ小枝、嬉しくて少し酒に酔っただけだ。なにせお前たちと飲むのは十数年ぶりだろう?」

「全くだよな兄ちゃん。ママが目覚める目処が立たなかったら、俺も足を洗わなかったし、小枝と一緒になる事も出来なかったものな。ふっ……酒が美味いぜ」


「九頭流、今まで汚れ仕事を引き受けてくれて本当に助かった。それを精神的に支えていた小枝にも本当に感謝している。あとは私と緋織、そして裕貴君達が頑張ってくれるだろう。だからこれからは生まれて来る子の為に生きてくれ」

「兄ちゃん……」


「ありがとう……と言いたいけど緋織」

「なあに? 小枝姉さん」

「あなたはもっと自分を大事にしなさい」

 そう言うと緋織のお腹に手を当てた。


「私はこれでいいの。だから心配しないで。小枝姉さん」

 緋織が冴えの手を優しく押し返す。

「全くあなたは……でも緋織、あなただってママやあの子達みたいに、まだ咲くチャンスはあるはずよ?」

「そうかもしれない。けど私はお父様の隣に居たいのよ」


 コトッ。

「さあどうぞ。手羽元の肉じゃがと丸ナスの煮浸し。それととりあえずお握りを持ってくるから、空腹を満たしてからお酒を取りなさいな。胃に悪いわよ」

「ありがとう静香さん。とてもおいしそうだわ」

「ありがとう小枝ちゃん。でも今日は私は飲み物担当なの。気に入ったら昇平君の奥さんの亜紀子ちゃんに作り方を教わってね」

「分かりました」


「それから緋織、あとで話しがしたいから、声をかけたらさくらを連れてカウンターの方へ来てちょうだい」

「……? はい、お母様」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――裕貴、圭一、涼香、フローラ、さくら、雨糸、姫花のボックス席。

「落ち着いたか?」

 興奮した雨糸を裕貴が気遣う。

「……うん。みんなゴメンね。空気悪くしちゃって」

「ふふ、感情的な雨糸を見る事は無いからなかなか面白かったぞ」

「そうね~~。ウイちゃんってさくら達に一歩引いた感じがあったから、ホンネが見えてうれしかったよ~~」


「まあ、私は雨糸姉ういねえのキモチはわかるかなー」

「みんな……」

「ういちゃん」

 涼香が雨糸の手を取って笑い、雨糸が目を潤ませてみんなを見回す。


「そういえば涼香は静香さんを手伝うって言ってなかったか? 大丈夫か?」

「うん。それだけどおばさんが『私が居るから』って言ってくれたの」

「なるほど」

「そうよ。せっかくみんな集まったのに、涼ちゃんだけ仲間外れじゃかわいそうじゃない。――はい料理」

「おおーー! 待ってました! いただきまーす」

 ママが持ってきたお皿に、圭一がお握りに手を伸ばす。


「このお皿が“ボタンコショウ味噌”、こっちが“煎りジャコ”で、次に持ってくるのが“混ぜご飯の葉ワサビ巻き”よ」

「葉ワサビ! 食べた事はありませんが、それは美味しそうですね」

 フローラが目を輝かせる。

「うふふ、ワサビ菜は大きな葉を塩漬けしたもので巻いてあるの。それから冬から春は野沢菜で巻くのよ」


「春はフキの若葉巻きもいいよね」

「あ! 甘じょっぱくした鳥そぼろご飯のオニギリね、わたしそっちが好き!」

 姫花が声をあげる。

「へえ~~、さくらの知らないオニギリがある~~、今度教えてもらっていいですか~~?」


「もちろんよ。いつでもいらっしゃいな」

「わ~~い! ありがとうございま~~す!」

「待ってるわね。――と、涼香ちゃん」

「はい?」

「もう私の事は『おばさん』って呼ぶのはやめて、ママって呼んでくれないかしら?」


 ――!!


 ママの言葉にみんなが固まる。

「……でっでも」

「あなたが陰ながら裕貴を助けていてくれた事は先輩から聞いたわ。それで裕貴との関係を決めたなら、もうなにも遠慮しないで」

「……」

 涼香が困ったように俯く。


「でも、ママはそれで良いの?」

 俺が真剣に聞き返す。

「ええ。本当はもっと早くに言ってあげたかったんだけど、あなた達の気持ちが決まってなかったから様子を見てたのよ」


「私はその方が嬉しいな」

 姫花が涼香に飛びつく。

「みんなもそれでいいわよね?」

 ママが確認するようにフローラ、さくら、雨糸を見る。


「私は全然問題ありません」

 まずはフローラが毅然と答える。

「さくらもいいですよ~~。ていうかそのほーがゆーきの為になりそうだもの」

「わたしも全然問題ありません。さくらの言う通りその方がこの唐変……いえ、鈍感をフォローしてくれそうですし」


「……くっ! なにげにディスられてる気がする」


「ほーほほほ! 根性ありそうなお嬢さん達ね。将来が楽しみだわ」

「やれやれ、シュウトメさんが二人か。大変そうだゼェ」

「あらあら、そうなんだ、――そうよ圭一君。この娘は“大事な家族”だから覚悟してね?」

「それでお姉ちゃんはどうなの?」

「うっ……」


「どう? 涼香」

「………………ママ」

「ん~?」

「う……ゆっ、裕ママ」

「ふふ……まあいいわ。大好きよ、涼香」


 ママが涼香を立たせて抱きしめる。

「……はい」


「……と、ママ。親父の方はどうするの?」

「――!!」

 ママの腕の中の涼香が震える。

「そっちはママに任せておいて、あなた達は何も心配要らないからね?」

 ママが腕の中の涼香の頭を撫でながら優しく答える。


「それじゃあ安心だね。お姉ちゃん! 食べ終わったら一緒にカラオケしよ?」

「そうだな。久しぶりに姫香の歌も聞きたいしな」

「いいわね~~。さくらゆーきの歌も聞きたいな~~」

「ふっ、それはいい。裕貴は何が歌えるんだ?」


「うっ! そっそれは……」

「裕貴の歌か。そういや春以来聞いてねーな」

「裕貴の歌……ね。ちょっと待って。――雛菊デイジー

「何アルか?」


「裕貴のパソコンの動画履歴から、再生回数の多い歌を十個ぐらいリストアップして」

「――何ぃ!?」

「どうして……ああ、ブルーフィーナスへ侵入した時か」

「さすがフローラ。そう、裕貴のパソコンいじった時、残っていた全部のキャッシュを雛菊にコピーしておいたの」


「こらーーーーーーーーー!!」


「ほいほい。出たアルよ」

 雛菊がそう言うと、カラオケ用の空間投影エアビジョン

 にリストを映し出した。


「あ゛ーーーーーーー!!!!!!」


「へえ、……B'z 『裸足の女神』、山根 康広『 Get Along Together ~愛を贈りたいから』、小野正利『 you're the only』か。レトロなのが多いのね」

「ホントだ、うれし~~! さくらの知ってる歌が多いわ~~」

「それはそうだろう。おそらくさくらの歌に影響を受けて古い歌に興味を持ったんだ」


「ぐっ……! その通りです」


「照れないでお兄ちゃん、あたしも一緒に古いの歌ったげるから!」

「……何を歌うんだ?」

「実は題を覚えてないんだよねー、でも歌詞は覚えてるよ」

「どんな?」

「えっと、『ホントは見せたい、ヒミツのストーリー!』……だったよ」


「却下!!」


「ええーーーーーーーー!?」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――宴会が始まって一時間ほど過ぎた頃。

 大人も子どももくつろいで個々に談笑していた。

 料理も出尽くし、茜さんと呼ばれていたホステスも、親父達のボックス席に加わって、にこやかに話しながら水割りを作っていた。

 そして亜紀子はカウンターに座り、中に居た静香とスナックを摘まみながら、仲良さそうに笑っていた。


 そこへ護がきてカウンターに座る。

「ちょっと話があるんだがいいかな?」

「いいけど、何の話?」

「君の実家の話だ」


「先輩、それじゃあ席を外しますね」

「居ていいわ。別にやましい事でもないから」

「そうか、……実はこの間、“九重家”から私の所へ連絡があってね」

「旧家で有名な九重家、パパに聞いて旧姓は知ってたけど。――やっぱり先輩はその家の……」

「……」護が無言で頷く。



「……そう」

「君のお母さんから、『性犯罪者の名を捨てて元の性に戻すなら、孫共々戻る事を赦してやってもいい』――と言っていた」


「……はぁ、相変わらずね」

「勘当したとはいえ一人娘だ。心配なんだろう」

「あの人が欲しいのは涼香という跡取りよ。私じゃないわ」


「だとしても大きな家だ。私の相続権と合わせて、涼香君の将来にとっても、継いでおいて損にはならんだろう」


「旧家当主、『九重涼香』――ね。なんの意味は無いわ」

「どうしてだね?」

「お父様、ではなぜお母様は“性犯罪者”の姓を、今までお捨てにならなかったのかお判りになりますか?」

「緋織……」


「立ち聞きすいませんお母様。そろそろ呼ばれるかもと思って」

「どういう意味だね?」

「お母様は利害関係で結婚したとはいえ、彼の人が不慮の死に至った事を気にかけていて、せめてもの罪滅ぼしに“思川”の姓を背負っていこうとしたのだと思います。それと涼香ちゃんは女の子。普通に結婚すれば姓は変わりますしね」


「緋織っ……!」

「私はこれまで、お母様は冷たい方だと思い誤解してました」

「……先輩」

「……そうか」


「ふふ、聡明なお父様でも女心は苦手なようですわね」

「緋織……やっぱりあなたは嫌いだわ」

「ふふ、お母様が姓を戻していなかったおかげで、今回の件でお母様と気付いたのはだいぶ後だったんですよ?」

「ああ。“Alpha《ヤタノカガミ》”に余計な先入観を与えたくなくて、さくらの人間関係の情報は入力しなかったからな」


「もうっ、いいからさくらを呼んでちょうだい!」


 ――そして。


「呼んだ~~?」

「……ちょっと座って」

「は~~い」

 そしてさくらが護の隣に座り、緋織が亜紀子の隣に座った。


「あなたと緋織に渡したいものがあるんだけど、その前に一つ聞きたい事があるの」

「なんですか~~?」

「はぁ、少し酔ってるみたいだけど真剣に聞いて」

「はい、わかりました~」

「あの日事故にあった時、“どうして昇平君を呼んだ”の?」


 ――!!


 緋織、亜希子、護が顔をこわばらせる。

「えっと、初めてのファンだったから、……じゃダメですか~?」

「涼香から聞いたんだけど、『護ちゃんが居なかったら昇平ちゃんを好きになってた』って言ったそうね」

「あっはは~~、そうだけど~~」


「少し芸能人をやっていたからわかる。普通熱心なファンというだけじゃ、そこまで意識しない――いいえ、できないものなのよ」

「そう……ね。そうなんだけど、さくら実は昇平さんが少し憎かったの」

「余計判らないわ」


「どうしよ~~、裕ママは聞いた事ありませんか?」

「いいえ、あの人はさくらちゃんの事は、ファンの主観でしか話した事が無いわ」

「やっぱそっか~~、昇平さんの事だから話してもいいのかなあ~~。う~~ん。……そうだ! 裕ママに話すから、裕ママが決めてください!」


「えっ!?」

「ちょっといいですか?」

 さくらがそう言うと、傍に寄って耳打ちする。

「ボショボショ……。――――と言ったんです」


「おーーほほほほ!!」


「亜紀子ちゃん?」

「ごっ、ごめんなさい先輩! くっふふふふ!」

「どうします~~?」

「……あ~~可笑しい。ふふふ、確かにあの人らしいわ」


「どういう事?」

「ごめんなさい先輩、さくらちゃんの言う通り、確かにこれは本人に聞いた方がいいわ」

「そう……」

「でも安心して。たぶん先輩が思うような後ろ暗い事なんて全然ないから」


「ですよね~~、だからこそ余計にムカつくのよね~~」

「……しょうがないわね」

「私はここに居ていいのかな?」

 護が居心地悪そうに聞く。


「そうだったわ。さくらと緋織、ちょっと奥の方へ来てちょうだい」

「はい」「わかりました」

「……と、もう一人いた方がいいかしら? ――涼香! ちょっと手伝ってちょうだい」

 静香が大声で呼ぶ。


「なあに? ママ」

「二人を着替えさせるから手を貸して」

「あ、――うん!」


「まずは二人とも着替えさせるけど、見られたくないから終わるまで目隠しをするわね」

「……はい」「……ええ」


「じゃあさくらの方は涼香が着替えさせて」

「うん」


 ――数分後。

 着替え終わり目隠しをしたままの二人が、カウンターの奥から手を引かれながら出てきた。

 すると二人の耳には歓声とどよめきが聞こえてきた。


「さて。まずは護、感想を聞かせてもらえるかしら?」

「まさか……」

「……護ちゃん?」「……お父様?」

「すごいな。二人ともよく似あう」


「ゆーき? これ何の服? ブラウスにサロペットかな? それともジャンパースカート? なんか滑らかな肌触りだけどレーヨン……いえ、もしかしてシルク? あれ、なんか紙がポッケにあるわ」

「この刺繍帯、縁のレース……お父様、まさかこの服は!」

 緋織が自分の体を触りながら驚く。


「さあ、緋織にさくら、お互いの目隠しを取ってご覧なさい」

 誘導されてお互いの後頭部の結び目を持ち、ほどいて目隠しを取る。


「ああっ!!」

「この服は?」

 目隠しを取ると、さくらは黒地に赤、緋織は白地に赤のサラファンを着ていた。


 そして緋織が驚き、さくらが不思議な顔をしながら、ポケットで手にしていたものを取り出す。

「……これ、この古い写真の銀髪の女のひと、さくらや緋織さんにそっくりなんだけど」

 そこには暖炉を背にして、さくらが今着てる服と同じ服を着た女性が映っていた。


「まさか……!」

 護が写真を奪うように手にすると、絞り出すように呻く。

「護ちゃん、知ってるの? だあれ?」

「…………」

 だが護は答えず、静かに涙を流す。


「お母様……この写真と服はもしかして!」

「ふん……あなた達と暮らしていた頃、こっちへ戻ってきた時の仕事着を探していて、東京の古着屋で見つけたのよ」

「そっ! それは!」

「二人とも、帯の裏に名前の刺繍があるの。見てくれる?」

 涼香が教える。


「「え?」」


「さくら読めない……」

「これは……ロシア語で『Офелияオフィーリヤ』……」

 緋織さんが答える。

「オフィーリヤ?」

さくらが緋織さんに聞き返す。


「こんな、……こんな事が…………うっ! ――マっ、……ママ、

 ………………ママっ!!」

 さくらには答えず、緋織さんがへたり込んで、肩を抱いて子供の様に泣き叫ぶ。

「ママって……緋織さん、まさか!」


「さくら、これはね、……いや、護さん。話してもいいよね」

「くっ!…………」

 護が泣きながら唇を噛みしめ、裕貴から目を逸らす。


「ゆーき!? どういう事?」

「ロシア名だから、それは多分さくらのお母さんの服で、そして写真は緋織さんのおかあさんなんだよ」

「ゆーき! それってつまり……」

「ああ、緋織さんとさくらは姉妹……だそうだよ」


「えええっっ!!」

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