十月桜編〈後悔〉

  ――文化祭一日目、“Silky's”のミニライブ終了後、ステージ裏。

 裕貴が静香と邂逅してさくら達の元へ戻る。


「片付けは――とりあえず終わったようだね……」

 ちょっと意気消沈しつつ、さくら達に声をかける。

「おかえ――って、ゆーきっ!?」

 さくらが振り返って俺を見て驚く。

「ぶっっ! どうしたんだ裕貴、そのザマは」

 フローラが指差して笑う。

「ぷっ! せっかくの白のタキシードがずいぶんカラフルになってるわね」

 雨糸が笑いをこらえる。


「ハァ……どうもこうも、みんなお前達のせいだろ?」

「……くんくん、オレンジにリンゴ、コーヒーにミルクティー? ……の匂いがする~~」

「良く分かったね! つか、さくらは犬かっ!?」

 いまだ闇桜の衣装を着たまま近づいて来て、頭のタピオカをつまみ喰いするさくらを、汚さないように押し留める。


「ふふふ……まあ予想はつくけどね」

「ああ、さっき校舎から出る時、上の階から何人かにぶちまけられた」

「ははは! 複数か。計画的だな」


「油断したよ。校舎から出る時、外に居た女子が妙なリアクションしたから、上にいた奴らに合図したんだろうな」

「ゆーきかわいそう~~。さくらも汗かいちゃったから、この後プール脇のシャワー室借りて一緒に洗いっこしよ~~?」

「学校でそんな事できません!!」


「ほほう。学校じゃなきゃイイのか?」

 フローラがツッコんでくる。

「くっ!!」

「じゃあおウチ帰ったら~~……ね?」

 さくらが小首をかしげて笑う。


「手足が飛んでこなかっただけマシじゃねーか!」

 じょぼぼーー。

 後ろに来た圭一が、なんかの炭酸飲料を頭からかけてきた。


「冷てーー! なっ何すんだこのヤロー!!」

「ははは! 勘違いするな、祝い酒の代わりだゼェ!」

「野球の優勝パーティーと一緒にするなーー!!」

「おおっと!」

 圭一と軽いジャブのど突き合いをする。


 パァン!

「おわっ!」


 すると、どこからか水風船をぶつけられた。

「まあ、あれだけ堂々と告白まがいの歌をみんなから歌われちゃ呪い……祝いたくもなるわよね」

 飛んできた方を見ると、姫香が笑いながら近づいてきた。


「今呪いって言ったろ!」

「ちょっと字が似てただけよ」

「喋るのに関係ないだろ! つか、お前もか!」


「涼姉を泣かせたバツだよ~~だ!」

 姫花を睨むと圭一の後ろに隠れて舌を出す。


「ぐっ……分かったよ、俺が悪い。だからしばらくは弄られてやるさ」


「ところで涼香の方はどうした? ちゃんとフォローしてきたか?」

 フローラが真面目な顔で聞いてくる。

「いや、静香……さんも居たから言葉で慰めてきただけだ」

「そっか。じゃあ“二人っきり”になったら、ちゃんと涼香をフォローしてあげて……ね?」

 雨糸がどこか寂しそうに言う。


「それって……いや、分かった」

 聞き返そうと思ったら、全員が真剣な目をしてたので押し黙る。


「「「「「「……………………」」」」」」


「水上はずいぶんと見違えたな」

 なんとなく気まずくなって黙り込んでいたら声をかけられた。

祥焔かがり先生」

「保護者達は帰ったか?」

「昇平さんが子供たちの邪魔になると言って、早々にみんなとどこか行ったからあるいは。……今まで姿が見えませんでしたけど一体どこにいたんですか? それに先生の白雪DOLLの姿も見えませんが」

 フローラが聞く。


「そう言えば……緋織さん達が来てた時もいませんでしたね」

 雨糸が不思議そうに聞く。

「白雪は今、学校のメインコンピューターに繋いで、お前たちと保護者の行動履歴の検閲作業フィルタリングをしてる」

「ああ。なんかVIPも来てたみたいですしね。でも先生の方はどうしてたんですか? 緋織さんに会いたくなかったんですか?」

 俺も聞き返す。


「わっわたしは――」

「こら祥焔!! やっと見つけたわよ!」

 祥焔先生が答えに戸惑っていると、後ろから誰かが抱き付いた。

「ひっ! かっ薫さん!」

 駿河台薫さんのハグに祥焔先生が激しく動揺する。


「あらー? 裕貴君てば、水? ……も滴るいい男になっちゃって。なんだか災難ねー」

 祥焔先生の肩越しに薫さんが笑う。

「全くです」

「薫さん! 放してください」


「もう! せっかく長野ここまで来たのに、祥焔ってば全然顔見せないんだもの!」

 薫さんがハグしながら祥焔先生の頬を突っつく。

「やっ、止めてください!」


「あれ~~? 薫姉は祥焔先生と知り合い~~?」

「ええ、この子が緋織と同じ学校に通ってた時からの。ねーー?」

「くっ! むっ胸を揉まないでください。生徒たちの前です!」

 祥焔先生が赤くなって悶える。


「祥焔先生の弱点か?」

「かもな」

 圭一と囁き合う。

「祥焔先生が動揺してる。てかもしかして二人は……」

 雨糸がキラキラの目で二人を見る。


「うんもう、つれないなあ。むかーし、緋織と喧嘩して雨の日に家の前でずぶ濡れで泣いてたのは――」

「かっ薫さん!!」


 おお! なんか意味ありげなフレーズ。


「うふふ、緋織を諦めきれなくて、長野ここの高校へ着任できるように手を回したのは――」

「わっ、分かりましたっ! 降参ですっ! どうすればいいですか?」


 確かに新卒で赴任先を選ぶのは難しそうだもんな。ふふ、あとで薫さんに祥焔先生の話を仕入れよう。


「よろしい。それじゃあ今日この後、静香さんの店で同窓会みたいなことやるんだけど、あなたも来なさい」

「うっ……! はい……」

 祥焔先生が赤くなりながら、薫さんをジト目で睨む。


「そうだ、さっき静香さんにさくら達を連れて来なさいって言われてたんだ。そんで涼香は準備を手伝うからって静香さんと先に行ったよ」

「そうそう。昇平君夫妻ももう護兄さんと緋織、九頭流と小枝達と先に行っちゃったし、私は祥焔を探してて残ったから一緒に連れて行って欲しいのよ」


「それって護ちゃんたちと打ち上げって事~~?」

「そうよ。さくらもさっきはご苦労様。とりあえず内々でゆっくり話したいから、学校が終ったらみんなを連れて来なさいな」


「わ~~い! うれし~~!」

「いいですね。それじゃお言葉に甘えて」

 フローラがそう言って見回すとみんなが頷いた。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――学校の駐車場、祥焔先生とさくらの車の横。

 文化祭が四時で終わり、早々にさくらと祥焔先生の車で一回家に帰り、それぞれ私服に着替える事になった……が。


「ふふ、こっちの服はライブで着なかったから~~、静香さんのお店はこれ着ていくわ~~」

 さくらはそう言って、当初のステージ衣装、つまり入学式にしか着られなかったという、事故前の高校の制服に着替えてきた。


「……う、濃紺膝上スカートに白ニーソ、白地半袖青襟三本線で、黄色スカーフのセーラー服だ」

「おお、今時見ねえ正統派クラッシックスタイルだゼェ」

 圭一が俺をひじで突っつく。

「うっふふ~~! さくらも、もうヨンジューのオバサンだけど、まだまだイケるかな~~?」


 さくらが後ろ手で腰を折って、うかがうように笑う。

 ブンブンブン。

 その可憐な仕草に、さくらが疵だらけな事も忘れて魅入ってしまい、圭一と二人、頭を縦に振って激しく同意する。

「よかった~~、うれし~~!!」


「ねえフローラ」

「なんだ雨糸」

「私達もさっきの制服で行きましょうか」

「そうだな。それであいつらに感想とやらを改めて聞こう」

 ジャージに着替えた雨糸とフローラが不敵な笑みを浮かべる。


「なら私も中学の制服着てく! つかちょっと用事もあるから一回家に行きたい!」

 それに姫花が乗っかる。


「それなら薫さんとさくら、フローラ、雨糸と圭一はそのまま先に行ってもらって、着替えが必要な俺と、用事もあるっていう姫香が祥焔先生の車で一回家に帰る……でいいかな?」

「いいわよ~~」

「いい判断ね裕貴君。それじゃあさくら、あとでね」


「は~~い!」


 „~  ,~ „~„~  ,~



 ――長野の繁華街、静香の店『十月桜』。

 祥焔先生に店の前で降ろしてもらい、祥焔先生が車を駐車場に置きに行く。


「へー、ここなんだ。結構おしゃれなお店ね」

 紺のブレザーとブラウス、グレーのスカートに、膝下ソックスと黒のローファーを履いた、制服姿の姫花が落ち着いたレンガ調の店構えを見て喜ぶ。

「そうだな……てか大きさの割に軽いこの大荷物は何だ?」

 両手が回りきらない程度の、二つの四角い箱を抱えて姫花に聞く。


「持ってくれてありがと。これはなんか静香さんの用意してたサプライズ品みたい。涼姉が家に寄れなかったからアタシが代わりに取ってきたの」

「静香さんの……へえ、誰宛てだ?」

「あ、それは聞かなかったけど、たぶん――あ! だめだめ。後のお楽しみね!」


「そうか。まあいいや。中に入ろう。悪いけど開けてくれ」

「ほーい」

「じゃあ黒姫は入り口に待機……あれ? 誰のも置いてないな」

「なんか今日はふつーのえいぎょうじゃないから、みんなと一緒でいいって連絡きたよ」

「内々ってそういう事か。なるほど」


「いらっしゃーい!!」

 そうして中に入ると明るく元気なお姉さんの声が聞こえた。

 奥に進むと、もうアルコールが振る舞われているらしく、。聞き知った声の主が大きな声で笑ったり泣いたりしていた。


「来ました。……とコレどこ置きます?」

 静香を見付け、声をかける。

 今の静香さんは、黒の長袖総レースでマーメイドラインのエレガンスなドレスを着て、カウンターの奥で飲み物を作っていた。

「ありがとう裕貴、姫香ちゃんも。ちょっと手が離せないから、カウンターの中に来て奥のスタッフルームに置いといてくれる?」


「はいよ」「どういたしましてー」

 言われるまま一度カウンターの上に置いて、羽根扉を開いて中に入って奥へ進む。

「ここかな? ――っと」

 奥へ進むと二畳ほどのスペースで、小型の業務用冷蔵庫と、家庭用より少し大き目のコンロと流し台、休憩用のイスとテーブルがあり、テーブルの方へ荷物を置く。


「へえぇ、キミが噂のムスコくんかあ。聞いたほどカッコ良くないし陰キャっぽいけど、ちょっとドキッとする目をしてるねー」

「……お姉さんは?」

 内心ムッとして聞き返す。

「あっははー。いきなりシツレーな事言ってゴメンねー、ママがあんまり褒めるからちょっと意地悪してみたかったんだー」


「静香さんが?」

「そうそう! なんか小さい頃からムスメを庇ってくれた事とか、イジメっ子に仕返ししたとか、陰キャだったムスメを連れ出してトモダチ作らせ――」

「茜ちゃん!!」

 意外な真実を聞かされて前のめりで聞いていたら、静香さんが遮った。


「あ、ママ!」


「こっこっのどっドリンク、でっでできた、から護のっ、てっテーブルへ運んでちょうだい!」

 うわあ、動揺っぷりが涼香とそっくりだ。

「おおー! ママが照れてる。めっずらしーー、写メ撮って――」

「茜ちゃん!!」

「うふふ、へーーい」


「「…………」」

 二人残されて気まずくなる。

「ああーーもうっ! 明るくていい娘だけど、フリーダム過ぎるのが玉にキズね!」

 静香さんが後ろを向き、耳まで赤くしてプンプン怒る。


「そうみたいですね。……でも、俺を見ててくれてありがとう、静香さん」

 お礼を言いながら、今はもうか細く感じる肩に両手を置く。

「……ふぅ、あんたは頭に来るくらいいい男になっちゃって。……いいからもう行って、涼香達と楽しんでらっしゃい」

 静香さんが俺の手を取って振り向くと、押し返しながら笑った。


「はい」


「先輩ただいまー、追加の食材調達してきましたよー……って、裕貴来てたの?」

 スタッフルームから出ようとしたら、入れ違いにママが入ってきた。

 先輩?

「……うん。さくら達と一緒にね」

「そう。それじゃあ料理はママが作るから知った味になるけど、頑張るからしっかり食べて頂戴ね」


「わかった。楽しみにしてるよ。それと忙しくなったら手伝うから声かけて」

「そんな事いいわよ。だから今日は涼香ちゃんと、裕貴のお嫁さん候補をしっかり労ってきなさい」

「お嫁さん候補かぁ。……重いなあ」


 で、客席に行くと、三ツあるボックス席のそれぞれに、護さん、緋織さん、九頭流さん、小枝さんが座り、次はさくら、フローラ、雨糸、圭一、姫香と涼香が座り、最後に見知らぬ男性と親父、祥焔先生、薫さんが座っていた。

 一瞬涼香の姿を二度見して立ち尽くしていたら、親父の席の方から声をかけられた。


「おおお! 来た来た。裕貴君――か。ちょっといいかな」

 親父の隣にいて背が高くて、いかにもやり手そうな営業マン風の男性に声をかけられた。

「……はい? 何でしょう」

「初めましてになるかな。いつもうちの娘がお世話になってます。雨糸の父親で、西園寺貴糸さいおんじきいとと申します」

「えええっ!? それじゃゲームメーカー“ガスタ”の社長さん?」

「ははは。まあ一応ね」

「おお……っと、初めまして。“水上裕貴です”」


「まあ初めて話すけど、君の事はいつも雨糸から聞いて――」

「パパっ!!」

 貴糸さんが何か言いかけた途端、雨糸が隣りのボックス席から大声を張り上げた。

「むうう。それじゃあパパは裕貴君と何を話せばいいんだい?」


「何も話さなくていいのっ! だから裕貴はこっちへ来なさいっ!」

 雨糸が真っ赤になって怒る。

「やれやれ。裕貴君、あんな乱暴な娘だけど、家では別れた女房以上に気配りのできる、やさしい女の子なんだ。願わくば娘の想いに応えてやって欲しい」

「パパっ!」


「将来の事はどうなるかわかりません。けど、こんな自分を好きになってくれる人が他に居なかったら、雨糸は俺の方から告白したいほど魅力的な女の子です」


「ゆっ裕貴……!」

「……そうか。充分だよ。ありがとう」


「こちらこそ。雨糸には好き嫌いじゃ計れない程の恩と信頼をもらっています。それに応える意味で、これからもなんかの形でお付き合いがあるので、よろしくお願いいたします」

 雛菊をチラ見しながら深々とお辞儀をする。

「こちらこそよろしく」


「「「………………」」」

 店内が静まり返る。


「いやあ! いいよ少年! 今のセリフめっちゃ男前だよ。そうだ! 今のオトコと別れっからアタイとケッコンしない? そしたらコレを好きにしていいからさー!」

 すると突然、茜さんと呼ばれたホステスが、その豊満な胸をゆらしながら抱き付いてきた。


「ごめんなさい。お腹いっぱいです」

「即答!? 少年、そりゃないわよー! あーはっはっ!」

 自爆を自分で笑いながら、俺の背中をドンドン叩く。


 すると今度は貴糸さんが声をあげる。

「茜ちゃーん。だったら僕と結婚しようよ。そしたら彼が息子になるかもよ?」


ーですー! キーちゃん忙しくってかまってくれそうにないんだもん!」

「うわお! カッコ悪いなあ。ウイちゃんパパを慰めてよ」

「知るか! バーチャルマザーのプログラム組んであげるから、それに甘えてなさいよっ!」

「ひどい! バーチャルじゃ膝枕も耳かきもして貰えないよ!?」


 どっ!!


 そのトリオのコントに店中が湧いた。

 そうだ、親父の先輩だったんだよな。そんで変態の……


「もうっ! 裕貴ったらどこまで巻き込まれ体質なのよ! こんなのほっといてさっさと座りなさい!」

 そう怒る雨糸に手を引かれ、さくら達の居るボックス席に座った。

 席に座るとさくらにフローラ、姫香に圭一が嬉しそうに俺を見ていた。


「いやあ、雨糸の父ちゃんおもしれーな! なんか気が合いそうだゼェ」

「じゃああんたあっちに行きなさいよ!」

 雨糸のエキサイトが止まらない。

「落ち着け雨糸。貴糸さんは真剣だった。あまり怒ってやるなよ、可哀想だぞ」


 そう言って雨糸の頭を撫でる。

「裕貴……」

「ほほー、暴走モードのウイをヒト撫でで鎮めるとは。さすが裕貴アルな」

「くっ! 雛菊デジー……」

 雨糸が茶化されながらも俺の手から頭を外そうとしない。


「さあて。ひと段落したところで裕貴には一言貰おうか」

 フローラがスッと立ち上がってポーズを取ると、さくら、雨糸、姫花に促された涼香が立ち上がる。

「そうよ。今日はお兄ちゃんの為に奮闘した花々にお水をちょうだい」

 姫花が胸を張る。


「ああ、分かった」

 学校では何かとバタバタしてたうえ、外野が多くて話も出来ずにいたので、素直にうなずく。


「さくらは歌はやっぱり最高だったし、演奏も上手ですごく驚いたよ。生歌を聞けるなんて半年前じゃ思いもしなかったし、さくらを目覚めさせることができて本当に良かったと思う。そして闇桜の衣装も、今の制服もすごく綺麗でなんだか心が騒ぐんだ」


「ゆーき……ありがとうって言いたいのはさくらだよ~~う、うえええん……」

 さくらが座って泣き出し、青葉がおしぼりを渡す。


「フローラ。君はいつだって前向きで真剣で一途だよね。今日のライブはそれが良く表れていて、正直俺の方がひるんでしまうんだ。だけどそれがフローラなんだから、俺も頑張らなきゃって思う。だから今の俺の強さの大部分はフローラのおかげなんだ。好きになってくれてありがとう」


「……ふん。女の本気を舐めるなと言ったろう? だから裕貴の心を掴むまで手加減はしないから覚悟しとけよ」

 そう偉ぶる口とは裏腹に、湯気を上げそうなほど、白い肌を全身ピンク色に染めて、憮然と腕を組んでどっかと座り、そっぽを向いてしまう。


「雨糸、さっき言った事は本気だ。涼香の次に陰に日向に俺を、いや雨糸は涼香の事もひっくるめてフォローしてくれたし、これからもしてくれるんだろう。だから雨糸はもう俺の家族も同然だ。だから困ったことがあったら何でも言ってくれ。全力で力になるよ」

「裕貴……」


「それからライブは本当に良かった。雨糸の歌はステージじゃなくて、目の前で聞きたいと思ったよ」

「……じゃ、じゃあ後で、も、も一回歌ってあげる」


「え!? あ、そうだ! ここはカラオケあるんだ」

「ほんとゆーきはどこか抜けてるアルな」

「そこがいいのよ」

「フォローになってねえし。てか前言撤回したくなる」


「「「「「はははははは」」」」」

 みんなが大笑いする。


 そして姫香がずいっと前に出て来る。

「おお、どうした姫香。何か歌うのか? それとももう帰るのか?」

「バカ兄! 明日の朝は風船膨らませて起こすわよ!」

「申し訳ございません姫様! とてもお美しゅうございます。そんな姫様の女神ミューズのような制服姿を毎朝拝謁できる幸せに、この犬めは幸福の至りでございます!」

「……そんなわざとらしい褒め言葉ヤダ。お兄の事嫌いになっちゃうよ?」


「――っ!! 悪かった姫香。さっき弄られて少し悲しかったんだ」

 本気で涙ぐむ姫香の肩を抱く。

「だって涼姉が……」


「分かってる。すまなかった。今も背伸びしてみんなに合わせようとしてる姫香がとてもいじらしいし、可愛いと思うよ」

「そんなんじゃ……でもいいわ。ハグしてくれたら許してあげる」

「ああ」

「うふふ……」

 ハグしてやると、肩に思いっきりおでこを擦り付けてきた。

「ね。裕兄、髪伸ばしたらまた編んでくれる?」

「もちろん」

「やったー!! じゃあ次は涼姉だね!」


 そして涼香を姫花が俺の前に押し出す。


「裕ちゃん……」

 目の前の涼香は白黒のゴスロリ服を着ていた。

「その服、春にみんなで買った服だな」

「うっうん……」

「やっぱり涼香に一番似合うな。フローラのセンスは確かだよ」

「そう……かな」


「ああ、そんで今日の歌の感想は――」

 涼香に近寄ると、両頬を摘まんで左右に引っ張る。

「うみぃぃぃ---!!」



「お前はもう! 告白したら振ったくせに、諦めようとしたら、今度は告白し返して、あまつさえ俺にフラれさせるってどういう事だ!!」

 ぱっ。

 頬から手を離すと、涼香が頬を押さえて涙目になる。

「だって……」

「だってじゃねえ! “俺も”涼香の気持ちの犠牲の上で幸せになってもうれしくないんだよっ!」


「……裕ちゃん」

「涼香、だから言ったでしょ? 自分の思う通りに行動なさいって」

 テーブルの一葉が腕を組んでたしなめる。

「こうなったら仕方がない」


 ギュッ。

 涼香を引き寄せて思いっきり抱きしめる。

「裕……ちゃん?」

「涼香にいいとこ見せ続けて、フラせたことを一生後悔させてやるからな!」

「――!!」


「わかったな?」

「……うん。大好き。…………お兄ちゃん」

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