十月桜編〈ミニライブ〉

 ――文化祭初日、学校中庭。

 さくら、フローラ、雨糸で結成された『silky's』のミニライブ。

 さくらがどう言う訳か、現役時代最後のコンサートで着た“闇桜”のコンサート衣装で登場した。

「なんであの衣装を、――あ!」


 さっきさくらが静香に呼ばれた時の事を思い出す。

「もしかして静香が渡した? そう言えばモデルもやってたって……」

「ああ。私と結婚していた頃、会社ブルーフィーナスに盛んに出入りしていたようだ。おそらくその時に衣装倉庫から持ち出していたのだろう」


「いわく付きの芸能人の衣装なんて、いずれは再利用もされず捨てられてたでしょうね。静香さんはそれを察して保管してくれたのよ。……護兄さんそういうとこ疎いから」

「まったくね。でも薫姉さん、男なんて大体そんなものよ」

「むぅ……」

「ふふ、二人相手ではお父様も形なしですわね」



「こんにちわ~~!!」

 そんな会話の中、舞台の上のさくらが陽気に声を張り上げる。

「「「「おおおおーーーー!!!!」」」」

 それに応えるように観客(主に大人)が声を上げる。


「今日はさくら達のライブをやりまーす!! 頑張って歌うから、最後までお付き合いくださーい!!」


「「「「「おおおお「おーーーーー!!!!!」」」」」


「まずはさくらの思い出の曲、『ジュディー・ガーランド』の、

Over the rainbowオーバー・ザ・レインボー』のカバーを歌いまーす! 少し大人しい歌だけど、色んな方への感謝を込めて精いっぱい歌いますね~~!」

 そう挨拶すると、みなが拍手をして、打ち合わせたかのように静まり返った。


 さくらが歌い始めると、ある人は目を閉じ、ある人は涙ぐんでじっと聞き入っていて、親父を見ると上を向いて静かに涙を流し、九頭流くずるさんは膝に顔を伏せ、隣の護さんたちも感慨深そうに聞き入っていて、俺もこの半年の出来事が脳内を走馬灯のように駆け巡り、鼻の奥が痛くなった。


「……ああ、やっぱりさくらの歌は最高だな」


 考えてみたら、“さくら”をインストールして、そのさくらが消失、人間さくらと交代で現れて以来、まともに曲を聞くのは本当に久しぶりだった。

 それもそのはずで、目の前に居て歌われると、AIさくらであれ、人間のさくらであれ妙に照れてしまうのだ。


 アイドルとして憧れてた時は、DOLLにインストールした表層人格マスクキャラに、目の前で歌ってもらうのが夢だったのに……


 そんな風に思い出に浸りながら、三人の演奏にも耳を傾ける。

「そういえばドラムが居ないな。……あ、雨糸がシンセサイザーでやってるんだ! へえ。……って演奏の事は良く分からないけど、もしかして三人とも結構うまいのかな?」

「わからないけど、青葉は“三人とも私の教え方が良かったんだよ~!”ってじまんしてたよ」

「なるほど。さすがの歌姫ザ・ディーヴァってところか」


「ママ、楽器が弾けるようになったのね……」

 隣りの伊集院小枝いじゅういんさえさんが嬉しそうに呟く。

「ふっ、歌以外は花嫁修業しか興味なかったのにね。現役時代より熱心じゃない。一体誰の為なのかしら?」

 駿河台薫するがだいかおるさんが嬉しそうに俺をチラ見する。

「あ、いや、たぶんみんなも含まれてると思います……よ?」


 さくらが歌い終わると、次はフローラがセンターに来て序奏じょそうを弾き、さくらと雨糸を見ながらリズムを取って歌い始める。

 それはノリのいいロックビートの、どこかレトロな雰囲気の曲で、歌詞の端々に日本調ジャパネスクなフレーズを散らした俺好みの曲だった。

 

「黒姫、この曲は?」

「うんとねえ、『アン・ルイス』の『六本木心中』って曲だよ」

 黒姫が答えつつ、ツインの空間投影エアビジョンに、歌手のプロフィールも出してくれた。

「ふーん、アメリカ人と日本人のハーフか、フローラとイメージが似てそうだね」


 フローラの歌声は歌手だったさくらには及ばないが(俺主観)、その分堂々と歌う事で、さくらとは別次元の個性を主張していた。

 その歌には会場のロートル世代が反応していて、片手を突き上げて応援し、サビに差し掛かる頃にはみんながノリノリになって、歌い終わるとみんながフローラに大きな拍手を送っていた。


「『桜吹雪に――』か。サビは思い出して口ずさみそうなフレーズだ……うん、いい曲だ」

 そうして歌い終わって余韻が引くころ、フローラがこっちを見てウィンクをした。


「!!」

 すると男子学生の幾人かが振り返って俺を睨みつけてきた。

「おーこわ。ありゃあフローラの隠れファン共だゼェ、気ィーつけろよライオンテイマー! 俺は関知しねーからな、くわばらくわばら」

 圭一が冷やかしながら肩をすくめる。

「むむむ……」


 歯噛みしてると、今度は雨糸がシンセサイザーを中央に持ってきてお辞儀をした。

 そしてさくらのベースの伴奏でリズミカルな曲が流れ始め、雨糸がヘッドセットのマイクで歌い始める。


「お、この曲は!」

「『スピッツ』の曲、『チェリー』だね。ゆーきお兄ちゃん知ってた?」

「うん。まあ有名な歌だし、桜関連の曲はけっこうネットで聞き漁ってたから」


 雨糸の曲は元が男性歌手が歌う、軽妙なリズムとどこか哀愁を感じさせる歌で、真摯な愛情が伝わる正統派のバラードだった。

 そんな曲のせいか、普通のJKの雨糸が素直につたなく歌う様子が、かえって曲の切なさを強調して胸に響いた。


「雨糸の歌もさくらやフローラに負けてないな。うん、なかなかいいじゃないか」

 そう呟いた途端、雨糸が赤くなって目を伏せた。

「うん? どうしたんだ?」

「あーー、ゆーきお兄ちゃんが、『ウイの歌で何か感想言ったら教えて』って、雛菊デジーちゃんから言われてたから中継してあげたの」


「……ったく、本番中じゃないか。雨糸は妙なとこ照れ屋なのに雛菊の奴め」

 呆れながら、あとでたっぷり褒めようと思った。

「ふふふ、いじらしい子達。ママも負けてられないわね」

 小枝さんが笑う。

 雨糸が歌い終わると優しい拍手が沸き起こり、雨糸が目頭を拭うのが見えた。


 そして次はさくらに戻って、前に出て歌い始める。

 さくらの二曲目は、『森山直太朗』の曲で、『さくら~独唱』の英語バージョンだった。

 歌はさくらの透明感のある声が、あたかも風鈴が鳴っているように、耳から心の奥へするりと入ってきた。

「ああ、さくらの声が染みる……」


 元より、“コーラスの中にあって判別できる声”、と言われていたさくらの声だけに、サビの情感やビブラートは秀逸で、それを英語で流れるように紡ぐと、まさにシルクのように滑らかで繊細、それでいて輝くような存在感のある歌に仕上がっていた。


「英訳とイントネーションの指導はフローラがしてくれたんだって」

 歌の邪魔をしないように、黒姫が小声で説明してくれる。

「なるほど。うまく言えないけど自分の歌になってる感じがする……やべ、なんだか泣けてくる」

「ほんとうね、あたしも泣けてきちゃった」

 薫さんがハンカチで目頭を押さえる。

「今日だけなんてもったいねーゼェ」


 歌い終わってさくらがお辞儀をすると、生徒はもちろん、来賓の大人たちが喜んで大きな拍手と声援を送った。


 そしてまたフローラの番に回ると、今度は『セリーヌ・ディオン』の、

To Love You Moreトゥー・ラブ・ユー・モア』を歌い始めた。

 それはアップテンポで押しの強い求愛の歌詞で、事故後のフローラの猛アピールを思い起こさせた。


「緋織から話は聞いていたけど、あんな魅力的な女の子の誘惑を良くしのいでいたわね」

 小枝さんがフローラを見ながら感嘆する。

「……自分でも不思議です」

「それもこれも全部涼香ちゃんのおかげね」

 薫さんが涼香の居る教室の方を見ながら微笑む。


「どこまで知っ……いえ、なんでもないです」

 さくらを目覚めさせた事を言っていると思うが、ここでツッコむ事でもないだろうと口をつぐむ。


 そうしてフローラが歌い終わると、最後は投げキッスを飛ばされ、さらに多くの生徒に睨まれ、その中には若い先生や女子も混じっていた。

「うええ、敵だらけだ……」


 次にまた雨糸の番になり前に出て来ると、二曲目は以外にも大昔のラノベ原作で、『はたらく魔王さま!』のアニメEDテーマ曲、『nano RIPEナノ・ライプ』の、『月花つきはな』を歌った。

 歌は軽いテンポで、歌詞は微妙に筋の通らないワードが意味ありげに並び、片思いの恋心を密やかに、だけどどこか強い決意をにじませる感じの曲だった。


 歌詞の一つ一つが、雨糸のこれまでの恋心と似ていて、俺に対するサインなのだと気付き、さらに曲の最後の方の歌詞に、雨糸の何かの決意が含まれてる気がした。

 歌い終わると、雨糸はなぜか俯いて下がってしまう。

 この曲を知る人は少ないようで、あまり拍手は起こらなかったが、さくらとフローラが俺を伺うようにチラリと見た。

「雨糸……」


 そしてさくらが三たびセンターに出てくる。

「やっほー! ゆーき!」

 するとさくらが俺を見てブンブンと手を振ってきた。

 そのとたん会場全体が俺に注目するが、みんなの目は嫉妬に燃えていた。


「くっ、ついに学校中の人間が敵に! つか、親父ィ……」

 親父、九頭流さんまでが振り向く。

「……クーには後でご褒美が必要ね」

 小枝さんがボソリと呟いた。


 そしてさくらが息を吸い込んで、イントロと共にさくらがすがるような表情で、滑らかに歌い始める。

「……ママったら本気なのね」

 歌を知っていたらしい小枝さんがしみじみ呟く。


「そうみたい。歌はえっと『The Banglesザ・バングルス』の『Eternal Flameエターナル・フレイム』っていう曲ね、歌詞は――」

 黒姫が空間投影エアビジョンに和訳と共に表示する。

「……邦題、“胸いっぱいの愛”か。……さくら」


 その歌は胸の内を恋人に見てくれと語り、名を呼んで手を取ってくれたと、思いのたけを語った曲で、さくらが目覚める前後を歌ってるようだった。

 曲調はオルゴールっぽいリズムで、さくらの高音のキーによく同調していて、心の琴線を弾くような、心地のいい緊張感の漂う曲だった。


「もう“Alpha”に刷り込まれた感情じゃないようね」

 緋織さんが黒姫を見ながら嬉しそうに呟く。


「護兄さんもこれで少しは肩の荷が下りたかしら?」

 薫さんが護さんの背に手を回す。 

「……ああ。そうだな」

 護さんが感極まったように答える。


「これで次のステージに移行できるわね」

「!!」

 逸姫いつひめが意味不明な呟きをすると、緋織さんが表情をこわばらせた。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――DOLL服研究班展示室、パーテーションの陰。

 窓辺にウェディングドレス姿の涼香が立ち、階下の中庭で開かれているさくら達のミニライブを一葉と眺めていた。

 下ではフローラが歌い終わり、歓声を受けて次に雨糸が歌い始めていた。


「見に行かないの?」

 一葉が聞く。

「今日は……今日だけはライバルの晴れ姿を喜べないの」

「まったく、そう思うならフローラみたいに、思うまま行動すればよかったじゃない」

「でもそれじゃお兄ちゃんが罪悪感を背負っちゃう」

「裕貴はそんなの……いえ、あんたは裕貴をほんの少しでも曇らせたくないのよね」


「……歌いたくなっちゃった」

 一葉の言葉に答えず、顔を伏せてポツリと言った。

「珍しいわね。今なら誰もいないし“歌姫ザ・ディーヴァ”の能力でどんな曲だってフォローできるわよ」


「ありがとう一葉。……そうね、『Too far awayトゥー・ファー・ラウェイ』……いえ、

Boz Scaggsボズ・スキャッグス』の『Were all alone ウェア・オール・アローン』がいいな」

「どうしてその曲を?」

「ママがたまに口ずさんでて、私も好きになったから」


「……静香の気持ちを理解できたの? 過去の仕打ちを許せるの?」

 一葉が確かめるように聞く。

「うん。今はよく解るわ」


「分かったわ、それじゃ展示室の誰かのDOLLを、サブスピーカー用にちょっと借りるから、少し時間をちょうだい」

「ええ」


  „~  ,~ „~„~  ,~


 ――中庭、ステージ上。

 さくらが歌い終わり、次の曲が始まるのかと思ったら、さくら、フローラ、雨糸が集まって何やら相談してる。


「どうしたんだ?」

「ふふ、一葉ったら……」

 事情を察知したらしい逸姫が軽く笑う。


 喋りながら頷き合うと、三人が最初の立ち位置にもどった。

「えー、突然ですけど、ここには居ないもう一人のメンバーがこれから歌いま~~す。歌い手は後ろのスクリーンに映しますので、始まりましたら静かにご清聴下さ~~い!」

 さくらはそう言うとスクリーンの邪魔にならない所まで左後ろに退がる。

 そして今まで曲にあわせたエフェクトを映していた巨大空間投影エアビジョンに一人の女の子が映った。


「涼香!!」


 どうやらさっきのパーテーション裏にいるらしく、ウェディングドレスのままの涼香がカメラに向かっていた。

「怯えた様子がないな。どういう事だ?」

「一葉が内緒で映像をリークしていて、空間投影エアビジョンに投影してるようね」

 首をひねっていると逸姫が答えてくれた。


「なる、それで三人がフォローしようって相談してたのか」

 圭一が頷く。


 雨糸がシンセサイザーをピアノ調にしてイントロを弾き始めると、それに合わせて涼香が歌い出した。

「涼香の歌……授業の合唱以外じゃ初めて聞く」

 カメラ越しとはいえ、まさかこの場面で涼香が歌うとは思わなかったので、完全に意表を突かれてしまった。

「……マジか!?」

 圭一が小声で驚く。


 Were all alone ウェア・オール・アローン―-それは夜明けの雨模様をイメージしたような緩やかな曲調で、別れた後か不倫なのか、あるいは片思いの妄想なのか、過去を水に流してやり直したいという歌詞と、静かに愛を乞う曲で、涼香のか細い声が自身の想いと重なってか、さらに弱々しく、切なく響き、激しく胸を締め付けられた。


「涼香…………!」

 涼香の“目的”には応えた。だが、うすうす感じていた“本心”には目を閉じていた事を思い知らされ、胸を強く握りしめた。


 歌が終ると、中庭はしばらく静まり返り、画面の涼香の目からは涙がこぼれた。

『……ありがと一葉、歌ったらちょっとすっきりしたわ』


 涼香が目頭を拭いながらそう言うと、どこからともなく拍手が沸き起こり、終いにはスタンディングオベーションになった。

『……中庭すごい拍手ね、誰が歌ったの?』

『あなたの歌への拍手よ』

『ええっ!?』

 画面の中の涼香が驚いた様子で窓へ駆け寄る。


 そしてさくら達を見ると、さくらが両手を振り、フローラが親指を立て、雨糸が苦笑いして空間投影エアビジョンを指差した。

 だが涼香は応えないまますぐさま引っ込んで一葉に向きなおり――空間投影エアビジョンに再び登場する。


『ひっひっひっ一葉! どっどどどういう事?』

『どうもしないわ。今の歌を中庭の空間投影エアビジョンに映して流して、ついでにさくら達に伴奏をお願いしただけよ』

『なっななな―― 一葉っ!!』

 涼香が真っ赤になって抗議する。


 そのやり取りをみんなが大笑いして、手を振り上げてはやし立てた。


「……オイ裕貴」

 そんな騒ぎを見ていたら圭一が口を開いた。

「なんだ圭一」

「やっぱ殴らせろや」

「明日まで生きてられたらな」


 そう言ってアゴをしゃくると、その先には目を吊り上げ、殺気を帯びて睨み付ける生徒がそこかしこに居た。

「ははは! 宣伝効果抜群だな! よっしゃ! 生きてたらだな!」

「みんなして踏んだり蹴ったり殴ったりか!!」


「ぷっ!」「……ふふ」「……大変ね」「くくく……」

 薫さん、緋織さん、小枝さんどころか、護さんまでが忍び笑いを漏らす。


「は~~い! それじゃあラストの曲は涼香も一緒に歌おうね~~」

 さくらが涼香の居る窓辺にむかって声をかける。

『えっ? えっ? えっ?』

 涼香が動揺する。


『アタシが中継するから、アンタはそこに居ていいわよ』

『でっでっでも!』

「拒否権は無しだ! 歌え!」

 フローラが嬉しそうに命令する。

「そうよ涼香、“これからも”私たちと仲良くしたいでしょう?」

 雨糸が含みのある言い方で誘う。


『…………はい』

 涼香が渋々了承する


「おっけーー! それじゃあ最後は会場のみんなも歌ってね~~! 知らない人は手拍子でも踊りでもいいからね~~!」


「「「「「「「おおおおーーーー!!!!!!!」」」」」」


「歌は『Boys town gangボーイズ・タウン・ギャング』の『 Can't Take Myキャント・テイク・マイ・ Eyes Off Youアイズ・オフ・ユー』よ~~!!」

 さくらが叫ぶと、フローラが序奏を弾き始め、雨糸がシンセでトランペット調の音を奏でて盛り上げ、さくらが軽快に歌い出す。


「……“君の瞳に恋してる”――か。それなら歌詞はアヤシイけどメロディーラインは歌えるかな」

 そうしてほぼ全員を巻き込んで歌い、ステージは大盛り上がりで終了した。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――DOLL服研究班展示室。パーテーション裏。

 片付けが残っているさくら達を手伝おうとしたら、涼香を見に行ってやれと追い出されてしまう。

 そして来てみると、恥かしさのあまり涼香が椅子に座って悶絶していて、それを静香がなだめていた。


「良かったわ涼香。私の好きな歌を歌ってくれてありがとう」

「ママ……」


 静香の好きな歌……か。やっぱり“そういう事”だったか。

 思いがけず静香の本心も垣間見て納得する。

「ああ、おかげで涼香の気持ちが良く分かった。それと――」

 言葉を切って静香を見る。


「……ふう、もうあんた達家族をどうこうしようなんて思わないわ。安心しなさい」

「いや、それはもう分かってる。俺が言いたいのは別の事だ」

「なあに?」

 不思議そうに聞き返す。


「今まで横柄な態度をとっていてゴメン。涼香への仕打ちを全部許せるわけじゃないけど、俺も浅はかで静香……さんにひどい事を言った。悪……すいませんでした」

 深々と頭を下げる。

「いいのよ裕貴。でもそうね、ちょっとここへ来て膝を付いて頂戴」

 座っているイスの前を指差す。

「ああ……うん」

 土下座でもさせるのか? と、思いつつそれでも素直に従う。


 すると頭を覆うようにふわりと俺の上半身を抱きしめてきた。

「ママ!」

「私の方こそ今までごめんなさい。それと裕貴、これまでずっと涼香を守って来てくれてありがとう」

「静香……さん」

「本当、いい男に育ってくれた。とても嬉しいわ」


 静香の好きな香水、“スティル・オー・ド・パルファム”の香りに包まれながら、心がすうっと軽くなっていくのを感じた。

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