十月桜編〈Silky's〉

 ――正門前。各種食べ物関係の露店が並び、中央ロータリーに会議用長テーブルとイスが並べられていた。


 その一角に、俺、親父、ママ、さくら、フローラ、雨糸、圭一。

 それに向かい合う形で大島護さん、緋織さんと、先ほどの任侠者の伊集院九頭流いじゅういんくずるさん、その妻で妊婦の小枝さえさん、検察庁のお偉いさんだという駿河台薫するがだいかおるさん達が緋織さんから紹介され、向かい合う形で座ってさくらを中心に賑やかに談笑した。



「ホントにね~~、くーちゃんがこんなに大きくなってたなんてびっくりだし、小枝がクーちゃんと結婚してたのも驚いたよ~~」

 食事もそこそこに終った頃、さくらが嬉しそうに口を開いた。

 以前にその名前を聞いて、緋織さんを助けてくれた人だと思い出し、先ほどのさくらへのリアクションも納得がいった。


「うふふ、そうね。DOLLが普及して、さらに緋織が開発したAI用の虐待防止通報プログラムのお陰で、私の警察しごとの出番がほとんど無くなったからようやく……かな」

 小枝さんが緋織さんをを見て嬉しそうに笑う。


「!!」

 そのプログラムのおかげで涼香の継父ままちちは――!

 当時普及し始めたばかりのDOLLを涼香に見せる為、親父に借りて疎遠になりかけていた涼香の家に行き、継父の涼香への虐待場面に遭遇、即時通報され、継父を自殺に追い込んでしまった。

 仕方がなかったとはいえ、自分の行動で人ひとり死に追いやったトラウマは、いまだに心の奥で痛みを出し続けている。



「……そう」

 おそらく緋織さんはその因縁いんねんを知っていたのか、喜ぶ素振りも見せず、そっけない返事をして俯く。

「あのプログラム開発はブルーフィーナスが、独自に主人格メインパーソナルを開発する許可を国から得るために、必要な社会貢献のアピールであって、私が緋織に命じて作らせたんだ」

 護さんが緋織さんの頭を撫でながら庇うように説明した。


「……ま、そのおかげでさくらさ――さくらのキャラを作って配信出来たから、この状況がある訳よね」

 笑った雨糸が、俺の心を読んで慰めるように、いくぶん説明がましくフォローしてくれた。


 ――もしあそこで俺がDOLLを見せに行かなかったら。


 一つのきっかけが次々と次の事態を引き起こす。

 巡る因果に少しめまいを覚えた。


「……そうだね。そのキャラクタープログラムのおかげで、さくらも目覚める事が出できたんだしね」

 俺がしみじみと言う。

「ちょっとちがうよ~~。さくらが目覚めたのは、ゆーきがさくらのキャラを好きになってくれたおかげなんだよ~~!!」

 さくらがぷんぷんと否定する

「いや、それは……」


「ふん。なのに九頭流、お前さっきは最大の恩人に絡んだじゃないか」

 駿河台さんが九頭流さんを睨む。

「……まあ、その……」

 九頭流さんがバツが悪そうにソッポを向く。


「クーはママが裕貴君に甘えてるのを見て妬いたのよ」

 小枝さんがそう言うと、緋織さんの肩で逸姫がウィンクをした。

「おい小枝! 逸姫もどうして……」

 九頭流さんが困ったようにうろたえる。


「青葉が離れていたから、私が代わりに校内ネットワークで監視してたの。それを小枝さんにも状況を見せていたのよ」

「ちっ、結託してたか」


 おお、あれだけ人間クサいキャラなのに普通の人間相手みたいに話してる。

 ……でもそうか。九頭流さん達の方が緋織さんとは、付き合いが長くて深いんだよな。


「だが九頭流に怖じ気ずにケリを入れて、さくらを引き離すまでの流れは大したものだ。いい息子じゃないか」

 駿河台さんが俺を褒め、親父達を見る。


「……まあ、実力を試したかったのもある。すまなかった」

「あ、いえ」

「そうなの? まったくしょうがないなあ~~」

 そう言うとさくらが立ち上がり、青葉がテーブルに降りて、九頭流さんの膝の上に横向きに乗っかって首に手を回す。


「まっ、ママ」

「しょうがないコ……ほら。さくらをちゃんと抱っこして、大きくなったトコロをママに見せて♪」

 さくらが体格差を楽しむように体を預け、九頭流さんに笑いかける。


「……うん」

 九頭流さんがぎこちなくさくらの体に手を回して立ち上がり、さくらを軽々とお姫様抱っこして少年のようにはにかむ。

「うふふ、軽々ね。最後に会ったのは小学校六年生だったっけ、その時はさくらの肩までしかなかったのにね。……ああ、さくら本当に長い事眠っていたのね。やっと思い知ったわ」

 さくらが九頭流さんの顔をマジマジと見て、頬を撫でながら瞳を潤ませる。

「ママ……」


「昇平君と裕貴君には感謝しかないわ」

 駿河台さんが俺と親父を見る。

「それほどでも……」

「いやあ、そんな事……」

 俺も親父も声を詰まらせる。


「本当にありがとう、昇平さん。ゆーき」


「まったくね。目覚めた事は聞いて知っていたけど、私達と会う事でショックを与えるんじゃないかと遠慮してたのよ」

 小枝さんがしみじみと頷く。

「そうですね……。でもどうして今日だったんですか?」


「さくらが現実を受け入れ、新しい生活にも慣れて友人もできて、なにより花火大会の後、みんなに会いたいと呟いたからだよ」

 護さんが説明する。

「ああ、あの時……」

 さくらを背負ってホテルへ連れて行った事を思い出す。


「みんな待たせちゃってごめんね」

 そしてさくらが席に戻り、ふたたび昔話に花が咲いた。


 と、そこへ静香が声をかけてきた。

「ごきげんよう護、それと皆さん。なんだか久しぶりに見る顔が揃っているわね」


「こんにちは。実際に会うのは久しぶりだな。今晩は店の方へお邪魔するがよろしく頼む」

「こんにちは、……そうね。久しぶりね」

 その挨拶に見知っているらしい護さんと薫さんが返事をかえす。

「「静香……さん」」

 俺を含め涼香との事情を知っている圭一、フローラ、雨糸が顔を曇らせるが、さくらは笑っていた。

「なんの用……ですか?」


 そう聞き返す俺を見て、静香が軽く手を振って、心配要らないと言うように笑う。

「どういたしまして。お客で来るならそう接するから、あまり身構えないでちょうだい。それとなごやかに話してる所悪いけどさくら、ちょっといいかしら?」


「はい?」


「渡したいものがあるの。駐車場まで来てもらえる?」

「はっ、はい……」

 さくらが首を傾けながら席を立ち、静香の後を追う。


 そして数分後、白い大きな手提げ袋を下げたさくらだけが戻って来たが、なぜか涙を流していた。

「どっどうしたんだ?」

 心配して駆け寄る。

「ゆーき。……ううん、何でもないの」

「何か言われたのか?」

 そう言いながら手提げを見る。


「ああ、これ。……そうね。さくらすごくびっくりしちゃった~~」

 さくらが泣き笑いで答える。

「何を渡されたんだ?」


「うふふ。あとのお楽しみ~~。……だけど静香さんたら、『これはアンタの為じゃない。あんたの歌を聞きたがってる人達の為よ』って言われちゃった♪」

「はぁ? ……なんだそのツンデレセリフ」


「うふ、もうじき時間ね。そろそろ行かなくちゃ」



 „~  ,~ „~„~  ,~



 ――DOLL服研究班室。パーテーションの陰。


 盛況な展示室の裏で、班長の湖上舞乱華こがみまいらんかと、マネージャーの熊谷灯吊くまがいひつりが、すまなそうに涼香の向かいに立っていた。


「本当にごめんなさい。知らなかったとはいえ、複雑な事情があるのに、はやし立てて騒いじゃって」

「同じく。涼香あなたの人の良さに甘えすぎたわ。ごめんなさい」

 二人が深々と頭を下げる。


「先輩、いいんです。わたしもそれに乗ってママやお兄ちゃんのリアクションを誘ったから。おかげでママとも分かり合えたし、色んな気持ちに決着がついたから、私の方こそ巻き込んでしまってすいませんでした」

 涼香がキョドる事なくにこやかに、だが少し寂しそうに答える。


「思川さん……」

「あーーもうっ! 涼香ちゃんたらその顔たまんなく萌えちゃう! 水上君の代わりにあたしがプロポーズしたいわ!」

 熊谷灯吊が涼香に抱き付く。


「灯吊、それぐらいにしておきなさい」

「えへへ」

「それじゃあなたは今日は色々目立っちゃったから、この後のDOLL班の事は気にしないで好きにしてていいからね」


「ありがとうございます。じゃあ今日一日このドレス着させていてください」

「それはあげるわ。ついでに水上君の今着ているタキシードと、さっきのあなたとのツーショット画像もあげる」

「……あっ! ありがとうございま……す」

 涼香の顔がゆがむ。


 俯く涼香を残し、二人が静かに立ち去る。


「……届いたわ」

 一葉が俯く涼香に声をかける。


「見せて」

「――ええ」


 一葉が涼香の前に、空間投影エアビジョンで先ほどのシーンを映し出した。

 それは紅潮した涼香の肩を抱き、今まさに誓いのキスをしそうな雰囲気の裕貴とのツーショット画像だった。


「……」

 涼香が目を細めて見つめる。


「素敵ね。涼姉のドレスも。その画像の雰囲気も……」


 ふいに入り口から声がした。


「姫香ちゃん!」

「涼姉、話は圭ちゃんから聞いたわ」


「そう……」

「圭ちゃんは殴れなかったみたいだけど、代わりにわたしがあのバカ兄を殴っておこうか?」

「ふふ、そんな事しなくていいわ」


「そう、残念だわ」

「乱暴ね」

「……大好き涼姉、ううん。“お姉ちゃん”」

「私も大好きよ、“姫花”」


 二人が泣き笑いで抱き合う。


「……そう言えば姫花は今日ママの店に来るの?」

「うーん。どうしようかなあ、なんか堅苦しい人たち来るみたいだし?」


「そっか。ちょっと頼みたい事があったんだけど」

「なあに?」

「私はさくらさん達のミニライブが終ったら、店の準備を手伝いにママと一緒に店に行きたいから、できれば姫香にはウチのカギのついたクローゼットから服をパパ……おじさんと来るとき一緒に店まで持ってきて欲しいの」


「そういう事なら行くわ。……でもパパって大っぴらに呼べないのはイヤね」

「戸籍上では他人だしね。それをパパって呼んだらおじさんが変な目で見られちゃうじゃない?」

「今さらのような気もするけど……そうだ! なら私とケッコンすれば堂々とパパって呼べるじゃん!」


「う……ちょっと心が動いちゃったわ」


「「うふふふ」」



 „~  ,~ „~„~  ,~



 ――ミニライブ開始前。


 腹ごしらえが終り、さくら、フローラ、雨糸を送り出し、親父、ママ、護さん一行と席を確保するべく中庭のステージ前に向かう。

 だが。


「……すごいな」

 最前列はすでに先生や見ず知らずの大人に占領されていて、中には九頭流さんの舎弟らしきアウトローから、会社を抜け出して来たっぽいスーツを決めたサラリーマンまでが、地べたに行儀よく体育座りをしていた。


「おお、会長に副会長! ショバ取っときやした! どうぞこちらへ!」

 こちらに気付いたヤンキー……いや、そんな風体をしたオサーンがブンブンと手を振ってきた。


「わーい! シバちゃんありがとー」

 親父が嬉々と答え手を振り返す。

「待て親父。会長って……いや、その前に先生達はともかく他の大人の混雑ぶりはもしかして」

「……う、だっておとう達だけでさくらちゃんのライブ楽しんだなんて、ファンクラブのみんなにバレたら……ねえ副会長?」

 ビクつくように九頭流さんを見る。


「ああ、オレですらタマを盗られかねないな」

 腕を組んだ九頭流さんが憮然と答える。

 ――やっぱり。つか、親父が会長なのは分かるけど、九頭流さんが副会長って……ぷくく。

 風体に合わなくて笑いをこらえる。


「子供達のお祭りなんだから、大人のあんた達はちょっとは分別をわきまえて遠慮しなさいよ!」ガスッ

「痛ってーー!」

 小枝さんが怒って九頭流さんのスネを思いっきり蹴る。


「まっまあ小枝さん、いまだにさくらの歌を聞きたいって“大先輩”なんだから、逆に俺の方がはじで大人しく聞いてますよ。

「すまないわね裕貴君。みな本当にさくらを慕っていたのよ」

 駿河台さんが遠い目をして謝る。

「分かる気がします。だから小枝さんも前の方にどうぞ」


「ふふ、さくらママが好きになったの分かるわ。でもいいの。私はこんなお腹だから、壁の方で寄りかかって聞かせてもらうわ」

「そうですか、ならオレと裕貴で押されないように左右に付きますゼェ」

「へええ、圭一君も紳士なのね」

 ママが感心する。


 そうして、緋織さん、護さん、ママ、小枝さんと日陰で壁よりの所を確保して開始を待つ。

 さくら達の出番まで二組のバンドがステージに上がり、オリジナル曲やカバーなどを披露した。

 その間、手作り感満々なステージには不釣り合いなほど、超大型の空間投影エアビジョンが、ステージ上の出演者たちを校舎をバックに投影されていた。


 電機科がんばったな。……つかそんなノウハウと予算どこから――いや、聞くまでもないか。

 などと考えて黒姫を見ると、不思議そうに首を傾ける。

「なあに?」

「なんでもないよ」


 二組の演奏が終わり、いよいよさくら達の出番になった。

 大して広くない舞台の上、腰の高さの丸い小さな花瓶用テーブルの上に、壁というより衝立ついたてに毛が生えた様な貧相な壁の後ろから青葉が出て来て、そのテーブルの上に飛び乗って声をあげた。

 その青葉はピンクのバニースタイルだった。


「それではお待たせしました! 今日この日だけのスペシャルバンド、『Silky'sシルキーズのミニライブが始まりまー~~す』


「「「おおおおおおおおおおーーーーーーー!!!!!!」」」


 観客、――主に親父世代の歓声が中庭に響き渡る。

「silky's? silkyが『シルクのような――』だろ? それが複数形ってどういう和訳になるんだ?」

 黒姫に聞いてみる。

「えっとねえ……たぶんこれだと思う『“silky”、イギリスの古い家に住むシルクの着物を着た幽霊、あるいは妖精。一説にはアマノジャクのような性格であるとも伝えられる』だって~」

 黒姫が腕のツインを操作して答える。


「なるほど。要するに日本でいう所の『座敷童』って感じかな?」

 圭一がこれ以上ない比喩をする。

「確かにな。あの女子共は素直に言う事を聞いてくれないからピッタリだと思う」

 俺もウンウンと頷く。


「ぷっ、本当にね……」

 珍しく緋織さんが笑う。


「ではDOLLの紹介行きまーす!」

 青葉がステージ上を示す。


「システム補完、映像フォロー担当DOLLの“雛菊デイジー”!!」

 雛菊がシンセサイザーの横に飛びあがって挨拶する。

 その雛菊は、黒系猫耳のファーが付いた水着っぽい衣装だった。


「映像記録、補正担当DOLL“OKAME”」

 飛び上る運動性能のないOKAMEの横に青葉が下りて紹介すると、OKAMEが辞儀をする。

 OKAMEは白黒牛の着ぐるみっぽい衣装で、リアル系DOLLの青葉達とは違った可愛さを演出していた。


「そして音響管理、あーんど司会進行の私“青葉”でーす!!」

 青葉がそう答えると、そこかしこから囁きが聞こえた。


「あの機体、シリアルナンバー“01”がこの間ネットオークションに出てたけど、3000万円超えてたぞ!」

「おい。あれ前に“サン・リバー長野”で演歌熱唱してたDOLLじゃね?」

「どうやったらあんな自然な表情から言葉遣いが作れるんだ? あの一連の動作の行動原理アルゴリズムが知りたいな」


 悪目立ちしすぎている。

 ……不安だ。



 そんな心配をよそに青葉がバックヤードを示す。

「そして我らがマスターの紹介に移りまして、まずはシンセサイザー担当機械科一年、“西園寺雨糸”ーー!」

「おおーー!!」

 雨糸がスタンダードな夏用セーラー服を着込んで登場してくると、主に生徒達から歓声が上がった。


「おお、なんかすごい新鮮……あれ? うちの学校私服だからセーラー服なんてないよな。どうしたんだ? 他校のか?」

「いいえ、生徒といえど校外式典や行事用に着る機会がありますので、男女とも一応は指定された制服がありますよ」

 と、ひとりごちると中将姫が答えてくれた。

「なるほど」


「次はエレキギター担当、電気科一年“プリシフローラ・イングラム”ーー」

「「おおおおーーーー!!!!」」

 男子生徒どころか、女子や先生にまで歓声を上げる人がいた。


 フローラは半袖ブラウスに大きなワッペンのついたノースリーブのニット、タータンチェックの膝上スカートと、おそらくはイギリス時代の夏用の制服を着て登場した。

「おお! ムネがはちきれそうで、ナンかやったらボタンが飛んじまうゼェ――痛てー!」

 圭一が下品な感想を言って中将姫にオシオキされた。


 ……しかし、足の傷が見えてるじゃんか。

 たぶんさくらの影響なのだろう、スカートの裾から見えるフローラの生足に視線がクギ付けになってしまう。


「そしてメインボーカルあーんどベースの機械科一年で、私のマスター“霞さくら”ーー」


「「「おおおおおおーーーーー=!!!!!!!」」」


 最後に青葉がさくらを紹介すると、校舎が震えるほどの歓声が沸き起こった。

「なっ!!」「えっ!?」「むぅ……」

 しかし、そのさくらが手を振りながら登場すると、俺どころか緋織さん、護さん、最前列の親父に九頭流さんなど、近しい人はそろって驚愕の声をあげた。


 フローラと雨糸が自分由来の制服だったせいかあまりにも予想外な衣装だった。

 それは赤と黒のゴスロリ調で制服ではなく……いや、ある意味“さくらにとって”の制服に違いはなかったが。


「闇桜の衣装……どうして?」






















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