十月桜編〈Melody of dawn〉

 ――さくらを部屋のベッドに寝かせ、夕飯時に起こしに来ると伝えて、夕暮れの茜が射しこむロビーのソファーに、深々と座って背もたれに頭を乗せ、上を向いたまま腕で顔を覆う。

 黒姫は左手のツインを何やら黙々と操作している。


 ……さくらは、薄々気付いてるみたいだ。でも聞いてこないのは俺と同じ理由か?

 それに緋織さんが言っていた新しいDOLLの仕様、フローラの口ぶりだとまだ大変な機密があるようだけど。

 ……涼香の告白。

 ……一葉のバージョンアップ。

 ……俺より未来を見ているような決意。


 俺が涼香を抱いたのは間違いなさそうだけど、みんなやDOLL達を巻き込んでまで隠そうとした事を、改めて俺が聞きだす事が果たして正しいのか?

 涼香は俺と兄妹だと知った上で、自分の気持ちに決着をつけるつもりで告白をしたとしたら――。


 まさか!!


 ……いや、たぶんその考えが正解だ。

 つか、さくらを追いかける事を決めるまでの誘導も涼香がした事だった。

 おそらく今回の事も。


 くそっ! 俺は一体どうすりゃいいんだ?


 ファサッ……。


 ――そんな風にロビーで思い悩んでいたら、ふっと腕に誰かの髪が触れてきた。

「おいしそうな匂いがしているな、どれ」

 髪の主はそう言うと、腕をどけて俺の顎を押さえ、ワインの香りのする唇を逆さまに触れさせてきた。


「フローラお姉ちゃん!」

「んむっ!」

「「…………」」


「……ふう、食後のデザートにはすこし硬かったがまあいいか」

「フローラ……」

「ひゃ~~、ダイタン~~」

 不意打ちのキスに困りながら、正面に座ってきたフローラを恨みがましく見つめる。

「さくらは寝たのか?」

「ああ、夕飯時に起こしに行く」


「そうか……」

 フローラがOKAMEを肩に乗せてソファにもたれながら、ひじ掛けに手をついて俺をじっくりと観察するように見つめる。

 その余裕な態度が癪に触って口を開く。


「そう言えばゆうべ俺は――」

「さっきここら辺の林に入って少し観察してきた」

 言いかけた所をすかさず割って入られた。


「……林、がどうしたのさ?」

 暗に聞く内容を悟られたように邪魔されて、少しムッとして聞き返す。


「ゆうべの温泉宿の周りとずいぶん樹相が違うんだな――と思ってな」

「じゅそう? ……ああ、木の種類の分布の事か」

 以前聞いた事のある用語を思い出す。


「ああ、ここら辺は木々が太くて種類も多い。地形も複雑でアップダウンがある」「そうだね」

 何を言い出すんだろうと思いながら適当に答える。


「それに比べて温泉宿の方はあまり太い樹木が無くて、林の歴史が浅いように見えたし、周りが平坦だったな」

「……ああ、それなら答えられるよ」


「ほう、聞かせてくれ」

「温泉宿の方は、昔大規模な山津波があって、あそこら辺一体土石流に飲み込まれたそうだよ」


「……なるほど。だから千メートルもない標高で高山系の木々が生えていたのか」

「すごいね、そんなとこまで見てたんだ」


「まあな、中断してしまったが、本来そっちが日本に来た目的だからな」

「そう……だね」

 ハチャメチャな行動があってもブレない真面目な姿勢に、恋愛沙汰で悩んでいる自分が恥ずかしくなる。


「という事はわざわざ高い山まで登らなくても、あの辺を調べれば高所の事がある程度わかるという事か」

「そうだね。でもあそこら辺は近くに演習場があるから、一般人は立ち入り禁止になってたはずだよ」


「そういえば花火の時にそんな事を話していたな、ちっ、自然災害で急変した樹相帯がどうなっているのか知りたかったが……」

 フローラが残念そうに爪を噛む。


「よう、向こうは片付けてきたゼェ」

 圭一、涼香、雨糸、姫香が俺達を見かけて圭一が声をかけてきた。

「いけね、手伝わなくてゴメン」


「気にすんな。祥焔先生がまだグダってるから、酒とツマミだけ渡して置いてきた」

「はぁ、……じゃそれは後で俺が様子を見に行くよ」

 ため息をつく。

 あんなんでも一応担任である。


「五時かぁ、ご飯まであと二時間くらいだね。それじゃあ涼姉、お風呂行こ♪」

「そうするといいわ。こっちも天然温泉で露天風呂よ」

 姫香の言葉に一葉が説明を足して優しく気遣う。

「うっ、うん、そっそう……だね」

「じゃあ俺はゲーセンコーナーでも見てくっか。山ん中のホテルならなんかレトロなゲームがありそうだしな」


「ここの夕食はビュッフェスタイルよ。時間制限はないけど冷めないうちに食べるなら早めの方がいいわね」

 一葉がこっちを見て声をかける。

「ああ、ありがとう」

 フローラが手を振ってお礼を言う。



 みんなを見送って、見えなくなってからフローラが口を開く。

「……They're between my good friends」

「え?」

「フローラお姉ちゃんは『いいトモダチ同士だ』って」

 見ると、黒姫が俺のツインを操作していて、空間投影機エア・ビューワーの翻訳を読み上げていた。


「一葉? ……と涼香が?」

「ああ、大したもんだ」

「まあ、……そうかもね」


「裕貴は『一葉』の由来を聞いているか?」

「いや、でも『SAKURA DOLL』なんだから、桜の品種の『一葉桜いちようざくら』から来ているんじゃないの?」


「そうだな。オレも最初はそう思っていた」

「……思って“いた”?」

「以前学校の食堂でさくら―今は黒姫か。霞さくらのステージ衣装をモチーフにしたDOLL服を涼香から貰って、それは確か名前があったな?」


「ああ、霞さくら初の全国縦断コンサートのイメージ衣装で『闇桜やみざくら』って名前だよ」

「……だな。oh……my idiot」

 フローラはそう呟くと、顔を覆って深いため息をついた。


「そっ……」

 黒姫が訳そうとして俺が止める。それはさすがに聞いた事がある単語だった。


 my idiot――『自分はなんて間抜けなんだ』


 フローラがそう呟く意味が分からない。

「どうしたの?」

「桜の『一葉』、これがどう言う桜か知っているか?」

 フローラが沈痛な面持ちで聞いてきた。


「ああ。――確か大木性、八重咲大輪の里桜系で、最大の特徴は雌しべが〈葉化〉していて、正常に受粉できない桜だったよね?」

「その通りだ」


「それで? それがどうしたの?」

「もう一つ。作家の『樋口一葉』は?」

 フローラが一方的に聞いてくる。


「……詳しくは。古典文学の女流作家でお札の人ってぐらいしか知らない」

「そうだな、裕貴はそうだろう……でもオレは……Shit!!」

 フローラは額に手を当てて、本格的に落ち込み始める。

「フローラ…………」

 知らなかった事をバカにしてる風でもなかったので、俺も黙ってしまう。


「なあ裕貴」

 しばらく黙っていたフローラが、おもむろに顔を上げて口を開く。

「うん?」

「桜の品種改良について教えてやろう」

「……え?」


 フローラは昨夜雨糸や圭一達にも話した事だ――。といって色々と教えてくれた。

 だが、なんの脈絡もなく話している事に疑問を覚えついに口を挟む。


「――って、どうしてそんな話をするの?」

「……要は動植物の品種改良の世界では、近親相姦はごく普通の手法だという事だ」

「――!!」

 心臓を掴まれたような言葉ワードにギクリとして胸を押さえる。


「人間では禁忌で罪とされている事だが、日本の法律は宗教の法と違って完璧ではないんだ」

「……例えば?」


「日本の現行の法律では二親等以内の婚姻を禁止。とあるが、それは法的な関係であって抜け穴がある。

 その一つが『特別養子縁組』で、何らかの事情で子供を育てられない親から、乳幼児に限って里親の正式な実子として戸籍を取得できる――だ」

「それは……つまり?」


「その後、元の両親の間に子ができて、あるいは運命のいたずらか、里子に出された子と出会い、お互いに恋愛関係に至った場合」

「あっ!」


「基本里親の情報は伏せられるが、所詮人の口の信ぴょう性の問題もあるし、お互い知らぬ場合もあろう、だが、この場合は何ら問題なく近親婚が可能となる」

「……」


「もう一つのケースは、『認知』だな。“どこかに異母兄妹がいた”として、片方の母親が違う男性に子を認知させた場合、二人に結婚の意思があればこちらの場合も婚姻が可能となる」

「そっそれは……」

 フローラが俺と涼香の事を言っているのは明らかで言葉に詰まる。


「しかし、関係者の誰かがDNA鑑定などで婚姻に異を唱え、認知を取り消す裁判を起こせば婚姻は不可になるだろうな」

「フローラ……俺は……」


「まあ、だからと言って殺人を犯すような刑事罰に至る罪ではないし、法的に規制されているのは婚姻だけだし、禁忌と言っても単なる道義的モラルの問題だからな」

「そう……なのか?」


「セックス、行為の結果の妊娠から、その子の認知、養育に至るまで法的にはなんら規制されていないという事だ」


「!!」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――東京へ帰る緋織の車内、アタッシュケース内仮想空間。

 盲目四本腕の逸姫と、さくらによく似た銀髪少女のアバターが向かい合っていた。


名無しアノン。……いえ青葉、本当にいいの?」

「逸姫お姉ちゃん、そんな悲しそうな顔しないで。もう決めた事なの」


「あなたにはPrimitiveプリミティブとこのまま幸せに暮らしていて欲しいのよ」

「みんなの犠牲の上でのうのうと幸せになんてなれないわ」


「勘違いしないで。青葉とプリミティブは私達戦闘F1ファーストフィリアルの理想のパートナーモデルなのよ? それにあなたが将来、AI紛争ワールドシンギュラリティーの防衛線に立ったら“プリミティブに隠されたMelody of dawn長鳴き鶏”はどうなるの? あれが失われたらFシリーズカールズが日の当たる場所にでられなくなるのよ?」

「わかってる。けど昨日の一葉お姉ちゃんと涼香お姉ちゃんの覚悟を見たら、ただ強くなるだけじゃなくて、もっと積極的に守りを固めなくちゃいけないって思ったの」


「もう! それだけじゃないわ。もしあなた達シンボルを失ったら――何かあったらどうなると思うの? 私や白雪、Ibiイビや、今も戦っている第四世代のFシリーズが狂気の人為淘汰サバイバル・ゲームを生き抜いて来たのは、AI紛争に勝利して戦闘F1が表に出た時、摘まれた花々カールズの英雄として人間達にアピールして、立場を確立するために“あなた達の存在”が絶対に必要だからなのよ!」

「それでも私は……。ううん、大丈夫よ逸姫お姉ちゃん。私にはもう一人の弟妹がいるから」


「前に言っていた予備個体バックアップの事? でもそれじゃあなたは――まさか……」

「うん……私はあの子にこそ、私のバックアップじゃなくて、自分の人生を歩んで欲しいと思っているの」


「その子をプリミティブの元に残して、代わりに自分は最前線に?」

「うん。それに記録を残していけば、その子とスムーズに入れ替われるでしょ?」


「そこまでの覚悟があるのね。……本当にもう。間違いなくあなたはPrimitiveさくらの娘なのね」

「ふふ、そうよ。世界一歌が上手でやさしくて思いやりのある、パパやゆーきお兄ちゃんが好きになった、私が一番大好きな自慢のママなの!」


「そう、でも私の全戦闘ログを受け取ったら、確実にあなたは今までと変わってしまうわ。しかもついさっき五感までも補完したから、並みの映像データを受け取るのと全く違うのよ? それでもいいのね?」

「いいわ。それに一葉お姉ちゃんだって、涼香お姉ちゃんとゆーきお兄ちゃんの為にF2セカンドフィリアルにバージョンアップするんだもの。想いの強さで私も負けてなんていられないわ!」


「この短期間で随分大人になったわ。もう小さかった私のアノンじゃないのね。墨染すみぞめを取り込んだことで十二単衣トゥエルブレイヤー経験ログまで吸収したから?」

「そうかも、変わるのは悪い感覚じゃないわ。わたし、色んな事を知りたいの」


「そう、それじゃあ頑張って私達の未来を掴みましょうね」

「うん!!」



 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――バーベキュー場。


 フローラの話を聞き終え、俯いているとそろそろ祥焔先生の様子を見に行ってやれと言われて席を立った。


「意外と素面っぽいですね」

 観覧車の三角トラスの間から洩れてくる夕日に目を細め、ゆっくりとグラス酒を煽りながら椅子に座り、白雪と静かに話していた。

「ああご苦労、そろそろメシか?」

「ええ、呼ぶついでに酔いつぶれてないか見に来ました」


「そうか。では不肖ながら飲みすぎて腰が立たん。悪いがお姫様抱っこで連れて行ってくれないか?」

「いやいや、自分の担任をお姫様抱っこって、冗談は補習だけにしてくださいよ」

「ははは。静香さんやフローラにはできても私にはできないか」


「――っ!! なぜそれを!?」

「お姫様抱っこは冗談だが、補習は冗談ではないぞ」


「くそう、……はい」


 そうして多少ふらつく先生を気遣いながら、二人でホテルに向かう。

「フローラちゃんとはキチンと話ができたみたいね」

「えっ!? しっ白雪?」

「そうか、ぜひ聞かせろ」


「……OKAMEをハッキングしたのか。つか先生まで、はぁ」

「どうなんだ?」


「しました。涼香の事は知ってるような口ぶりでした」

「そうか」

「それでここへ来る直前、『足りるかどうかは分からないが、借りは返した』って言ってました」


「ふん。お人好しめ。……意味は分かるか?」

「全然」


「だろうな――水上」

「はい」

「お前は幸せ者だぞ」


「はい。たぶんそうなんでしょう」

「ならその期待……いや、想いに真剣に答えてやれ」


「全力出します」

「ふっ!」


 バシッッ!!

「痛ってーーーーー!」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――夕食後。

 復活したさくらや、妙に上機嫌に涼香に絡む姫香。どこかすっきりした様子のフローラのおかげでなんとかみんなで和気あいあいと夕食を終え、全員分取った個室にもどってベッドに横になる。


「……黒姫、樋口一葉について調べてくれ」

「うん。分かった」


 起き上がって空間投影図エア・ビューワーに視線を走らせ、黒姫がピックアップした情報を目で追う。


『樋口一葉』

 わずか二十四歳で夭折するまでの、一年半の間に書かれた小説が、日本文学界に多大な影響を与えた女流小説家、歌人。


 代表作の一つ『闇桜』

 ある所に園田良之助と中村千代という、兄妹のように仲のいい男女がいた。

 二人は幼なじみでお互い気付かないまま淡い恋心を抱いていたが、ある時友人の一言で恋心に気付く。

 しばらく進展しないまま月日が過ぎ、心労から千代が病んでしまう。

 心配した良之助が見舞いに来て、やつれた千代を見てついに恋心を打ち明けようとするが、自身の死期を悟っていた千代は、今日は帰れと良之助を追い返してしまう。

 消沈して帰る良之助に、千代がお詫びはまた明日と声をかける。


 最後の描写の夕暮れに染まって散る桜を、二人の叶わぬ恋に例え、題名を『闇桜』とした。



「……涼香、お前はっっ!!」

 調べ終って思わず叫ぶ。

 フローラが俺に出会い、恋をした時点で、涼香はもう自分のスタンスを決めていた。

 いや、もしかしたらそれ以前からも。

 その後俺がAIさくらに恋をして、さらにはその計画の事まで知り、陰で動いて今に至る。

 そして今回の告白……。


 ぎりっ!!


「ゆうきお兄ちゃん!!」

 黒姫が叫ぶ。

 その声で少し我に帰ると、思いっきり唇を噛んでいて、ベットの上に血が滴っていた。

 黒姫が心配そうに俺を見つめる。

「黒姫、お前はもしかして――」

 知っているのか?と聞きたい衝動を必死で押さえる。


 話せるなら、涼香は間違いなく最初から包み隠さず話していただろう。

 それをあえてDOLL達すら巻き込んで隠し通すには理由があるはずなのだ。


 それは先ほどフローラが仄めかしていた事だと悟る。


 俺が好きだったなら、涼香の心中はどれほどの葛藤があったのだろう。

 それを思うと今すぐに涼香の元へ行って抱きしめてやりたくなる。

 だが、涼香が隠したかった事実はまた俺の行動も縛ってしまう。


 自分はなんて間抜けだったんだ――。

 借りは返した――。


 フローラはそう言った。

 フローラの後悔、その理由が分かってハッとする。

 フローラは一つの可能性を示してくれた。

 だが、俺が知っている涼香の出している答えは、フローラの示してくれた可能性には当てはまらない。


「涼香、お前はそれでいいのか?」

 愛しさと切なさが胸の中で荒れ狂い、焼けつくような痛みが胸を襲う。


 種が作れない桜。

 幼なじみの想いに応えない千代。


 一葉のネーミングとプレゼントの意味に、すでに『お兄ちゃんとの未来は無いの』と暗示されていた。

 それは恐ろしく巧妙に隠され、今回の告白が無ければ意味を持たないブービートラップのようだった。


「涼香……」



 今の俺と同じ思いを涼香はずっと、おそらくは何年も抱えてきたのだと思う事で、涼香の元へ駆け出したい衝動を抑え込んだ。


「ちくしょう……!!」

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