十月桜編〈おっぺけぺー〉

 ――遊園地。

 圭一、雨糸、涼香のグループ。


「やれやれだぜ、二人して飲みまくってるだけで、手伝いもしねえで俺に肉を焼かせるから、体中に焼肉の匂いが染みついちまった」

「おつかれ、でもほんとにさくらさんもフローラも上機嫌だったね」

「ゴッゴメンね……」


「何謝ってんのよ、涼香だって食べ物と飲み物の調達で、あたしと一緒に隣のホテルを散々往復したじゃない」

「そっそうだけど……」


「そう言えば涼香、さくらちゃんにはオメェの事どこまで話したんだ?」

「えっと……その……」

「あんたに話した事と同じ事は話したわよ」

 圭一の質問に、涼香が雨糸をチラ見して口ごもっていると一葉がフォローした。


「そうか。……まあ、あとは裕貴にのんべえ二人、いや、祥焔かがり先生も加わって三人になるか――を押し付けてこれたんだから俺らはゆっくり遊ぼうや」

 圭一は情報の偏りを感じつつ、特に気にするでもなく少し笑って答えた。

「そうね、また昼ぐらいに戻って様子を見て見ましょ」

「じゃっ、じゃあ、姫香ちゃんともごっ、合流――」


「やっほーー!!」


 姫香の声がして全員そちらを振り向く。

 するとダンボに似た、耳の大きなゾウの回転式のブランコに乗った姫香が、頭上から嬉しそうに声をかけてきた。


「いたいた、背が高くてもやっぱり中一女子ね。ファミリー遊園地の地味な乗り物ばっかだけど、結構楽しそうにしてるじゃない」

「ははは、よし、俺らも乗ろうゼェ」

「うっうん」


 ――同園内。

 フローラ、さくら、祥焔のグループ。


「くっ、なぜいきなり焼肉奉行をやらされなきゃ……」

「体に焼肉の匂いが染みつくだろ」

「ふろーらはこえからどうするの~~?」

「そうだな。今までのツケを払わせてやろうかと思ってる」

「なんで俺を見て――つか、なにげに怖そうなことを言ってる気がするんですが」


「水上、次はタン塩と玉ねぎな」

「先生、未成年留学生が堂々とアルコール摂取してるんですけどなんか言ってください」

「知るか。今日はオフだし電気科の担任じゃないからな」

「……ポンコツあばずれ百合教師め」ぼそっ

「赤点ギリギリをすくい上げた甲斐がないな。追試のおかわりは要るか?」

「すいません! ワインのおかわりはいかがでしょうか!」くうっ……

「ははは、いい生徒だ」


「くすくす、ざんねん~、ゆーきと一緒にベンキョウしたいな~~」

「さくらはもうへべれけじゃん。ほどほどにしないと」

「ぷ~~、さくらもう大人だからいーーのっ!」


「年齢だけな。青葉、墨染、お前達がついててなんでこうなった?」

「嬉しいことがあったのよ」

 墨染すみぞめがしれっと言う。

「え、ママまだそんなに飲んでないよ。せいぜいワインをコップ二杯くらいだよ」

 オカメを正面に抱きかかえながら青葉が答える。


「そうか――って、そう言えばそもそもOKAMEの警告はどうし……まさか」

 何気にOKAMEを可愛がってるように見える青葉を見てハッとする。

「えへへ~~、今OKAMEちゃんのセキュリティーコードはゆうべからロックしてあるわ」

「無法者か!」


 酒乱三人に散々こき使われ、もうじきお昼と言う頃、圭一達が帰ってきた。


「いやあ、あんなもんでも意外と楽しめたな」

「そうね。体が振り回される感覚って、久しぶりだったから結構怖かったわ」

「お兄ちゃんお疲れ! これお土産」

「くっ、食べかけのアイスかよ、嬉しくねえよ」

「可愛い妹の心遣いを。よよよ……」

「わざとらしいウソ泣き止めろ、おおかた肉を焼いてるの見て、食べたくなったからアイスが邪魔になっただけだろ」

「さすがお兄ちゃん!」

「……まあいい。貰ってやるから交代してくれ。焼きながらつまんでたから俺はもう腹いっぱいだ」


「ゆっ、裕ちゃん。ちょっ、ちょっといい?」

 アイスを食べ終わる頃、涼香が声をかけてきた。

「……どうした?」

 のんべえ共のおかげで気がまぎれていたが、さっきの祥焔先生の話を思い出して緊張する。

「か、観覧車のり……乗りたい……の」

「……ああ、行くか」

 真面目な話がありそうなのが分かったので素直に承知すると、そのやり取りを見ていたみんなの目が、真剣な眼差しに代わるのが見えた。


 ――やっぱり何かあったのか。


 そう大きくない観覧車に向かって歩き出すと、そっと涼香が手を握ってきた。

「……」

 無言で握り返して、涼香を引っ張るように歩く。


 観覧車に乗り込むと、正面に涼香が座った。

「「…………」」

 半分くらいの高さまで来ても、涼香は外も見ようともせず俯いている。

 俺もどう切り出していいのか分からず、涼香をチラ見しながらぼんやりと風景を眺めていた。

「隣り……いい?」

 頂上付近まで来たらようやく涼香がおずおずと聞いてきた。

「ああ」

 一葉が涼香の肩から降り、ベンチの背もたれの上に座り、真剣な目のまま黙り込む。 

 涼香は手すりにつかまりながら、そろそろと近づいてきて左隣に座ると、俺の胸を掴んでしがみついてきた。

 仄かに香るシトラスのコロンを嗅いで動機が早まる。

 涼香に対して、今さらドギマギするようなシチュエーションじゃないのに、自分自身で驚く。


 俺は一体どうしたってんだ?


「お兄ちゃん」

「あ、……なんだ?」

 以前なら普通に聞こえていた呼び方に、この時ばかりはどきりとした。

「私の事……好き?」

「ああ、好きだよ」

 胸に顔を埋めた涼香の頭を撫でながら優しく答える。


「じゃあキスして」

 そう言って顔を上げた涼香の目からは涙が溢れていた。

 その顔を見たとたん自分の胸が痛くなる。


 昨日までなら迷いなく応えてやれたかもしれない願いに、いまはブレーキがかかって返事ができなかった。

 その代わり、涙目ですがる涼香のその言葉に、さっきの疑念が思い浮かぶ。


「ゆうべ、俺は涼香に――」

 何をした? と聞こうとしたら突然涼香に唇を塞がれた。


「「…………………………………………」」


 震えた両手でしっかりと首すじを掴まれ、かといって冷たく突き放す事も出来ずに、しばらく唇を涼香に預ける。


「……お兄ちゃん大好き」

 涼香が両手を俺の肩に落として、引き寄せるように上目遣いで俺を見る。

「……涼香」

「物心ついた時からずっと、ずっと愛してます」

 はらはらと泣きながら打ち明ける。

「だから、私をお兄ちゃんのお嫁さんにしてください」


「涼香……」

「へっ、返事は今でなくて……いいの、十月……文化祭のっ……と、時に……聞かせて」

 そう言って向かいの席に戻り、俯いて涙をハンカチで拭う。

 その肩に一葉が乗り、慰めるように涼香の頭を撫でる。


 涼香の涙。呼び方。

 さっきの疑念が確信に変わり、今はもう抱き返すことができず、不甲斐ない自分の胸を思いっきり掴んで歯ぎしりする。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 観覧車から降り、みんなの所へ戻ると、緋織さんが合流していた。

「ゆーきお兄ちゃん!」

 黒姫がトテトテと走って来て肩に上ってきた。

「お帰り。プログラミングの方はうまくいったのか?」

 明るい声にちょっと元気が出て聞き返す。

「うん! 黒姫すっっっっっっっごく変わったわ!」

 心なしか年齢が上がったように感じる。

「どこが?」

「うーーん、なんかねえ、今まで建物の中しか知らなかった事が、外の事も分かるようになった感じ」

「それは……よくわからないけどすごいことじゃないか?」

「うん、衣通そとおり……えっと逸姫いつひめおねえちゃんの小さい頃の思い出が、すごく切なくて楽しかったせいだと思う」

「逸姫……の“小さい頃”の思い出?」

 DOLL――AIの小さい頃って何だろう?


「黒姫」

 緋織さんがたしなめる。

「あ! ……とにかくちょっと色んな事が分るようになったの。だから少ーしだけツインの仕事をできるようになったわ」

「そうか。 まあDOLL使い始めての方が短いし別段不自由してなかったからいいけど。……つか、DOLLお前たちが普通の仕事するって言う方がなんだか違和感あるぞ」

「もーーー!! ゆーきお兄ちゃん嫌い!」

 耳元でポカポカされる。


「さ、青葉。行くならDEVAⅡに引き継いでケースに入りなさい。すぐ行くわよ」

 逸姫が少しつっけんどんに言う。

「ん、じゃあママ。行くけど墨染すみぞめとはもう必要な記録は共有させてるから、何でも言いつけてね。戻って来たら同じように接していいからママの方で特別気を遣う事はないからね」

「ふぁ……ふぁぁ~~い、青葉、なんだかわからないけどいってらっしゃ~~い……」

「……ママ、私が絶対守ってあげるからね」

 ぐでんぐでんになってベンチで横になったさくらに、青葉が囁きながら優しいキスをする。


 それを見ていた涼香だけが、鼻を押さえて目を背けた。

「ママ、一つお願いがあるんだけどいいかしら?」

「なあに? 一葉」

「青葉が戻って来たら、墨染の素体《ボディ)を譲って欲しいの」

「……本気?」

 緋織さんが怪訝そうに聞き返す。


「えー! マジアルか? DEVAのボディを一葉が継いだら勝ち目ないアルよ!」

「なんの勝ち目よ! って、雛菊デジーったら話してるのは一葉達なんだから、横からヘンな茶々入れないの!」

 雛菊の横やりを雨糸がたしなめる。

「ちっ……」

雛菊あんた最近ガラ悪くなったんじゃない?」


「涼香ちゃんが今の一葉の素体ボディに未練がないなら構わないわ」

 緋織さんがなぜか俺をチラッと見てから二人(?)に視線を戻す。

「涼香も了承済みよ」

「……おっ、おねがい……し、……ます」

「分かったわ。好きになさい」

「ありがとう、ママ」


「それで必要なプラグインは?」

「一緒にバージョンアップもしたいから、実装できるものは全部」

「「「えええっ?」」」

 この返事には俺、雨糸、フローラが驚いた。

 七枝刀〈Sevenセブン-Branchedバランシェッド Swordソード plugプラグ-inイン〉の七つ全てと、それと青葉と同等の音響操作機能も加わるという事だ。


 みんなで驚いていたら、青葉がふふんと大威張りした。

「ま、ワルキューレ・オブ・*****ザーーーー……ごめん墨染、禁句だったわね」

 だが、黙って隣に居たDEVA2すみぞめに、睨まれた上にジャミングされた。

「まあ歌のセンスは私の方が才能あるけどね」ふんす。

「なんか言い直したみたいだけど……って才能? DOLLに才能って関係あるのか?」

「あ! てへっ……」

 ワザとらしくごまかされた。


「……。でもそれだとセカンドフィリアルF2にボディをアップグレードしなきゃいけないけど、涼香ちゃんはその意味はわかってる?」

「いっ……一生、だっ大事……にし……ます」

「そう、それならいいでしょう。準備するわ」

「あっ、ありが……とう、ごっ、ござ……います」

「それじゃあ後で刷り込みインプリンティング先のデータを後で送るわ。希望があれば用意するからどれか決めてね」


「インプリンティング……って何の事?」

「はて、“今のデジーには”分からない言葉ワードアルな、知りたいなら後で調べてやるアル」

「デイジー、私に知らんぷりは通用しないわ。たぶんアンタは知らないんじゃなくて、私に知られたくないから禁句扱いNGワードにして記録から消してるんでしょう?」

「……ふ、くっっ。ウイのスカタン! おたんこなす! おっぺけぺーのペッポッポー!!」

「どういう罵倒よ! バグったの?」

 雛菊が訳の判らない罵倒をしながらも、雨糸の腕にしがみついて顔をすり寄せる。

「それだけ重要なワードと言う訳か」

 フローラが酔いをまるで感じさせない眼光で雛菊を見つめる。


「緋織もその辺にしておけ。いきなり話してショックを与えないように、こんなオープンスペースでキーワードを話して伏線を張ったんだろうが、こいつらは疑問には自分で近づいていくタイプだからヘンに気を回すな。余計混乱する」

「……そうだったわね。悪かったわ。聞きたければ答えるけど、それにはまず聞き手の方もそれなりに心構えが必要だから覚悟してね」

……インプリンティング。以前に白雪が漏らして、祥焔先生にたしなめられていた事を思い出す。


「なるほど、了解した。あまり想像したくはないが、“imprinting《刷込み

 》の和訳どおり”なら、緋織さんを軽蔑する事になりそうだが?」

「フローラ、たぶんあなたが考えている通りだと思う。私は科学者で神は存在しないと思ってる人間、……いいえ。まさに悪魔そのものだわ」

「Why? ……What the hell?」(ええっ! ……なんてこった!)

「え? なに? フローラ、どういう事?」


「軍の生物研究機関レベルの話のようだな」

「なっ!」「そっ……」「うそお……」「マジか!」

 雨糸、俺、姫香、圭一までが絶句する。


「ははは、古来より神の名のもとに、数え切れないほどの人命が失われてきたが、“悪魔の名のもとに”一体どれだけ人命が失われたというんだ? 私は神とは命の選別者で、悪魔とは命の救済者だという解釈でいるぞ」

「祥焔……」

 緋織さんが泣きそうな顔をする。


「まあ、人間は他の生命に対して常に選別する側でいますから。私の先代もそうして新しい桜を生み出してきましたしね」

 フローラが自嘲気味に笑う。

「そう言われればそうね。でも新解釈だわ。確かに悪魔が大量殺戮するなんてフィクションの中だけだものね」

 雨糸が感心する。


「よくわからんけど神は人口抑制のために人を殺して、悪魔はそれに対抗するために人を生かすって事なのか?」

 圭一が聞く。


「今初めて祥焔先生が教師に見えました」

 今朝の超ハードな話がクッションになっていたのか、あらぬ方向に感心してしまった俺が呟く。


「よし。水上は明日から霞と一緒に休み明けまで一緒に補習しろ」

 祥焔先生が目を細めて凄みを効かせる。


「うえええええええーーーーーー??????」

 盛大にブーイングする。


「墓穴」「やぶ蛇」「ドジぃ」「はははは!」……こいつら。


「ふふふ、くっ……ゆっ、裕ちゃんったら……うふふふふ……」

 涼香が声を出して笑う。


「さくらさん、あんな兄がいいの? ……って静かだと思ったら寝てるし」

 姫香が呆れる。


 ――その後、緋織さんと逸姫、青葉を見送り、普通にみんなで昼食の肉をまたしても焼く羽目になり、食べ終わる。


「俺は、もう遊ぶ気になれないからここに居るよ。つか運転手二人酔っちゃったからこのままじゃ帰れないよね」

「じゃあ私の名前でそこのホテルに予約を入れるから、霞を先に部屋で休ませてやれ」


「分かりました」


 そうしてホテルの方へさくらを負ぶって歩く。

 酔ったさくらが不安定なので、墨染めと黒姫が俺のシャツの中に入って、中でなにかもぞもぞしてる。

「くすぐったい。あまり動かないでくれ」

「はーーい」


「う……ん……すんすん。あれ? ゆーきだ~……さくら寝ちゃった?」

 背中で揺られているうちにさくらが起き出す。

「ああ、祥焔先生にホテルに部屋取ってもらったから、そこで今晩は休むことになったよ」


「そっか、ありがとね~~」

「ああ、つか顔も見ないでよく俺って分かったね」


「背中、ゆーきの匂いがしたもん……ふふ」

「焼肉臭いだろ?」


「ううん、臭くなんかないよ? ちゃんとゆーきのにおいもするよ~~」

「ええ? 今日はヘンな汗かいたからかな? ごめんね」


「ううん、いい匂い。涼香とおんなじ匂いがする」

「そう……かな。他人でもいい匂いって感じるのかな?」


「ちがうよー! 二人ともさくらが好きだからいい匂いなんだよ~~」

「え? それって涼香と同じ匂いの理由にならないんじゃない?」


「ううん、おんなじだよ。さくらと緋織ちゃんみたいに……」

「なっ、何言ってるかわかんないんだけど……」


「むかーし施設に居た頃、おっきいお姉ちゃん達から教わった事があるの」

「あっ……ああ」


「親子や兄弟姉妹きょうだいしまいは体質が似ていて、体に住むびせーぶつ微生物じょーざいきん常在菌とかが同じになるから、お互いに似た体臭になるんだって」

「…………」


「その時は半分くらいしか分からなかったんだけど、『じゃあいっぱいさわりっこすれば、お姉ちゃん達とも同じ匂いになって家族になれるのかなあ!』って言ったらすごく笑われて、『そうかもね』っていっぱいハグしてもらったの」


「さくら……」


「みんなに会いたくなっちゃった……」











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