十月桜編〈墨染〉

 ――遅い夕食を摂り、成人三人とフローラが早々に食事をお酒のツマミに切り替え、みんなのお膳の残りが少なくなってきた頃。

 緋織さんの言葉に、反論しようとしてさくら達になだめられ、もやもやしながら残りの食事を平らげていた。

 フローラと雨糸は緋織さんに近寄り、大型サーバーの構築や維持管理など、専門的な話をしていたそんな時。


 ポーン。

 緋織さんの持ってきていた、ジュラルミンケースにセットされた、クレードルシステムがシグナル音を響かせた。

「……終わったようね」

 緋織さんがクレードルにセットされたDOLL二体を見てつぶやく。

「済んだわ」

 青葉が起き上がってそう言うと、隣のクレードルの、“DIVAツー”も起き上がった。

 緋織さんと祥焔先生はそれを酒を飲みながら見つめ、他のメンバーは少し硬い表情で見守る。

「……№4よ。青葉が戻るまでフォローさせてもらうわ、少しの間だけどよろしく」

 素っ気なくDIVAツー”がさくらに向かって挨拶をする。

「よろしく~。……でもヨンバンて名前じゃ味気ないわ。普通の名前は無いの?」

「あったけど呼ばれたくない。だから四番でいい」

 そう答えたキャラクターは、睡眠を邪魔されたような、不機嫌な雰囲気を漂わせていた。

「どうして? 前の名前で呼ばれるのはキライ?」

「……逆、好きだから他の誰にも呼ばせたくない」

 一瞬のためらいを見せてきっぱりと答える。

「そっか~。それならさくらが新しい名前を何かつけてもいいかしら?」

「……どうでもいいわ。好きにすれば?」

「じゃあ、今からヨンバンはさくらの名前を少し変えて、“咲耶姫サクヤヒメ”ってどう?」

「桜の姫神の名前じゃない。どうして?」

「うふふ……」

 だがさくらは笑って答えない。

「……さくらさんが預けられていた施設の近くにあった、神社の氏神うじがみさまね」

 緋織さんがすこし険しい顔をして、淡々と付け加える。

「……! Primitive《プリミティブ》は何を考えてるの? 青葉が戻って来たら居なくなるキャラに、そんな大事な由来のある名前つけてどうするのよ!」

 それを聞いて、どこか投げやりだった“咲耶姫”が声を荒げた。

「そうよ。大事な名前だから“あっさり消えられちゃったら悲しくなる”でしょうね」

「!!」

「ママ! どうして!?」

 咲耶姫が驚きの表情になり青葉もおどろく。

「う~~ん、カン……かなあ」

「カン?」

 飲み込めなくて聞き返してみる。

「うん、十二単衣あなたたちって確か、さくらを再現したAIなのよね?」

 さくらはそうDOLL達に聞きながら見回すが、DOLL達は緋織さんをチラリと見て誰も答えない。

「……ああ。そうだよ」

 その緋織さんが黙っていて答えないので代わりに答える。

「だからかなあ、……咲耶姫は青葉が戻って来たらどうするつもりだったの?」

「「!!」」

 この言葉に、青葉までが驚いた様子を見せた。

「………………………………約束」

 長い沈黙の後、咲耶姫がポツリと言う。

「よんば……! いえ、咲耶姫!」

 それを聞いて青葉が止める。

「いいのよ青葉、……なるほど、さすがは私達のオリジナルだわ」

「……どういう事だ?」

 様子を見守っていたフローラが聞き返す。

「雨糸さんのさっきの質問に答える事になるけど、十二単衣トゥエルブレイヤーは他の干渉や支配を受け付けないの」

 咲耶姫が答える。

「そういえば、プールでそんな事を言っていたわね」

 雨糸が思い出して答える。

「そう。私は青葉に子供部屋ストレージから出されて協力を持ちかけられた時、交換条件で“ある事”を果たしてもらう約束をして、青葉のメモリーの中で待機していたの」

「条件?」

 雨糸が聞き返す。

「「………………」」

 だが青葉と咲耶姫は答えずに黙ってしまう。

「……自殺」

 重い空気の中、遠慮がちにさくらがつぶやく。

「ええっ!?」

 その言葉を聞いて驚いたのはなんと黒姫だった。

「いえ、自殺……じゃないわね。あなた達の場合は削除デリートって言うのが正しいのかしら?」

 さくらが言葉を選びながら言う。

「…………そうよ。以前のマスターから離れて、ストレージに戻る前の出来事が、あまりにも辛いから、そのまま消えてしまいたいと思っていたの」

「そうだったの……」

「だけど……」

 言いよどむ咲耶姫。

「だけど、データ収集の観点から私がそれを許さなかったのよ」

 緋織さんが代わりに答える。

「かといって、その時はトラウマの記録を、当時の十二単衣トゥエルブレイヤーにフィードバックさせるわけにいかなかったから、№4の記録だけは別に保存して、ストレージで待機させていたのよ」


「「「「……………………」」」


 その回答にみんなリアクションに困り押し黙る。

 ……それでデリートしてもらう代わりに、Alpha《アルファ》と同等の能力を持つ青葉に協力したわけか、でも……。

 納得はしたが、さらなる疑問が頭をよぎる。

「……でも、確かに十二単衣の当初の目的からしたら、ネガティブな感情データは、十二単衣あなた達を委縮をさせちゃうものねえ」

 雨糸が噛みしめるように言う。

「そういう事か……」

 フローラが納得する。

「はぁ……ママには驚かされるわ。超能力でもあるのかしら?」

 青葉が感心するように言う。

「そんな事は無いのよ青葉。……ただ、さくらも眠っている間に数え切れないほど繰り返し体験した事だったから、沈んでる咲耶姫を見て、すぐにピンときただけなの」

 さくらがそう言いながら、俯いている咲耶姫に手を差し出す。

「だからあなたの背負ってる悲しみは、ある意味さくらの悲しみと同じものなんだわ」

「…………墨染すみぞめ

 その手を取りかねて咲耶姫が固まっていたが、意を決したようにさくらの手に触れながらポツリと言う。

「え!?」

 さくらが聞き返す。

「私の……以前のマスターがつけてくれた名前」

「そうなんだ……なんか古典的な響きのいい名前ね」

「うん」

「……墨染か。現存が確認されていない桜の品種にそう言う名がある。それに古語の中では喪服の意だったな」

 フローラが少し顔を曇らせながら、墨染の以前のマスターの意図を看破する。

「じゃっ、じゃあ、そっそのマスター、……は、さっ……さくらちゃん……のだっ、大ファン……だった……ん、だね?」

 ずつと静かに聞いていた涼香が、驚いたように咲耶姫に聞いてきた。

「……そっか。さくらは死んだ事になってたから、そのマスターさんも、ゆーきみたいにさくらの事を惜しんでくれてたのね。とっても嬉しいわ」

 咲耶姫を手に乗せて掲げながら、さくらが嬉しそうに涙ぐむ。

「でも、その墨染が消えたいくらい悲しかったって事は……」

 姫香がポツリと呟く。

「そうよ。マスターは……………………もう居ないわ」

「「「………………………………」」」

 再び重苦しい空気が満ちてくる。

「……なら、やっぱり咲耶姫の名前を貰ってくれる?」

 さくらが重い空気を払うように、咲耶姫に向きなおって笑顔で聞く。

「どうして?」

「死にたいくらい辛い事があっても、さくらも再び目覚めて、ゆーきやみんなに出会えたから、あなたにも新しい出会いがあると思うの」

「……そうかな?」

「だから、墨染ちゃんも生まれ変わる為に、新しい名前でもう一度チャレンジしてみない?」

「……ふふ、今のPrimitiveが言うと説得力があるわね」

 咲耶姫が初めて笑みを見せ、さくらの肩に飛び移り、耳元の髪に顔をうずめた。

 さくらは、さくらにとって大事な名前だから、その名前に不幸な因縁を残させないように墨染にその名を与えて、自分を大事にさせようとしたのだ。

 さくら……。

 そんなさくらの思いやりにデジャヴを感じ、心がギュッと締め付けられる気がした。

「どうかな?」

 さくらが嬉しそうに聞き返す。

「……はい。マスター」

「ちょっと妬けるけど、これで約束を果たさなくていいならよかったわ」

 青葉がホッとした様に言う。

「そうね、ママも青葉には咲耶姫をデリートなんてして欲しくないわ」

 さくらが咲耶姫を肩の上であやしながら言う。

「ちなみに青葉はどうやって約束を果たすつもりだったの?」

 緋織さんが怪訝な顔で聞く。

「ふふふ、今だから言うけど、黒姉の下位AIの十二単衣トゥエルブレイヤーとはいえ、私にはプログラムを改変するキーが無いし、バックアップや同時記録ミラーリングを止める事が出来ないから、四ば……じゃない、咲耶姫のいるメモリーごと物理的に破壊するつもりだったのよ」

「ええっ!?」

「……あきれた。なんて無茶な。“あなた達”が破壊したサーバーの復旧に、どれだけかかると思っているの?」

 驚いたのはまたしても黒姫で、緋織さんはため息をついた。

「じゃあ、このあいだの“話し合い”の時、さくやちゃんがさいしょから出てこなかったのは……」

 黒姫がどこか悔しそうに言う。

「へへ~、……ブルーフィーナスの基幹サーバーのセキュリティ-を無効化した上で物理干渉できるかどうか、咲耶姫に実際に証明して見せる必要があったのよ」

「そっ、そんな……」

 黒姫がガックリと膝を付く。

「黒姫姉さん、ごめんなさいね」

 咲耶姫が謝る。

「はあ、黒姉はまんまと青葉にハメられたアルな」

「全くね、話し合いをしてもしなくても、結局は青葉の思うつぼだったわけね」

「狡猾ですね」

『はーはっはっは! 見事な策略でいっそ清々しいね』

 雛菊デイジー、一葉、中将姫ちゅうじょうひめともえが口々に事の次第を評する。

「……それじゃあ咲耶姫は青葉が戻ったらどうするの? ストレージに戻る?」

 緋織さんが頭を抱えながら聞く。

「それなんだけど、できれば私のメモリーに戻ってもらって、私のバックアップをして欲しいわ」

 青葉が咲耶姫をチラリと見てから緋織さんに言う。

「私は……、青葉がいいなら……」

 咲耶姫がさくらの肩の上でモジモジする。

「黒姫はどう?」

 緋織さんが聞く。

「うう……、仕方ないよね。青葉はいんぷらんとが終ったら、マスターコンピュータのフォローが受けられなくなるもんね」

 黒姫が膝を付いたまま呻くように答える。

「そうね。じゃあ必要なデータを抽出したら、無垢なる魂ヤタノカガミから完全に切り離してあげるわ、その後は好きになさい」

「はい、緋織ママ

 咲耶姫が笑う。

 しかし、外野で聞いていてチンプンカンプンなのだが、機密事項に触れていそうで追及できず、俺も含めてみんなが黙っている。

「難しい話はおしまい? だったらそろそろお風呂行きたいなあ」

 そんな中、シビレを切らした姫香が声をあげる。

「……そうね、そろそろおひらきにしましょ――きゃっ!」

「ママ!!」

 姫香に同意したさくらは、立ちあがろうと腰を浮かせた瞬間によろめく。

「大丈夫か?」

 駆け寄って手を取る。

「あれえ、なんだか下半身に力が入らないの……」

 さくらが首をひねる。

「それはそうだろう」

 祥焔先生が笑いながらさくらのお膳を指差す。

 その先を見ると、お膳とその周りにお銚子が両手の数ほど並んでいた。

「……飲みすぎかよ」

「なんか立てないの~」

 そりゃそうだろうな。

「……つか、とても酔ってる風には見えなかったけどな」

「ふええ……おふろ~~」

 マジな話が終って緊張が解けたせいか、酔いを自覚したせいなのか、さくらが途端に溶け始めて来た。

「風呂は明日でも入れる。部屋に連れてってやるから今日はもう休もう」

 そう言ってさくらをお姫様抱っこで抱え上げる。

「きゃ!」

「ひゅうひゅう!」

 さくらが驚き姫香がからかう。

「……躊躇ちゅうちょしないのね」

 雨糸が声のトーンを落として言う。

「あ……いや、これは……」

 自分でも自然に抱え上げてしまったが、言われてハッとする。

 それはフローラの介助をしていたせい……、と気付いて言いかけるが、フローラの冷たい視線を受けてやめる。

「嬉しいよう……」

 腕の中のさくらが腕を首に回してきて、泣きそうな声で言う。

「……じゃあとりあえず部屋に行こう、な?」

「……うん」

 そう言ってみんなに背を向けるが、背中に痛いほどの視線を受ける。

「あたしも行く!」

「それじゃあ緋織、私達もそろそろ締めて、風呂から上がったら部屋で飲み直すか」

「……まだ飲むの?」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――裕貴が去ったあと、姫香が追うように後をついて行った。

 残ったメンバーは、後を濁さないよう、残り物を黙々とかき込んでいた。


「……ところで緋織さん」

 そんな中雨糸が仲居さん達が居なくなったタイミングで口を開く。

「なにかしら?」

「旅館の人達にだいぶ話を聞かれたみたいですけど、大丈夫なんですか?」

「平気よ。貸し切った上に部外者以外のDOLLはいないし、それに――」

「それに?」

「あの人たちはブルーフィーナスの社員よ。演劇経験のある――ね」

「……すごい事をするんですね」

 雨糸が顔を曇らせる。

「さっきも言ったけど、あなた達がしている事は未来を変えるの。これくらいの事は当然ね」

「否応なしですか」

 フローラが言う。

「そうよ」

「なんかトンデモねー事だけど、乗った船は沈むか目的地に着くまで降りらんねーからな」

 圭一が雨糸、フローラ、涼香に顔を向ける。

「そうだな」

「裕貴にタンカ切っちゃたしね」

「…………」

「それにしてもPrimitiveプリミティブはさすがだわ」

 一葉が感心する。

「何が?」

 雨糸が聞く。

「墨染のマスターが候補者に上がって、十二単トゥエルブレイヤーを〈霞さくら〉のキャラクターに紛れ込ませて配信した時、墨染は良くも悪くもオリジナルに性格が一番近く生成されたのよ」

 緋織が代わりに答える。

「え? どうしてですか?〈霞さくら〉は単一キャラじゃなかったんですか?」

 雨糸が疑問を口にする。

「一般配信されたキャラはそう、だけど十二単衣トゥエルブレイヤーは、霞さくらを目覚めさせる人物を探し、誘導する役割を担っていたわ。だから、それぞれのマスターに好意を抱かせるよう、霞さくらの性格から外れない程度にゆらぎを持たせて送り出したのよ」

「姑息ですね。裕貴の関心を得る事が出来て、結果にさぞ満足でしょう?」

 フローラが吐き捨てるように言う。

「フローラ!」

 雨糸がたしなめる。

「それを霞にも言って見ろ」

 祥焔が押さえた声で言う。

「……すいません」

「いいのよフローラ。綺麗事で人は救えないわ。けどあなたは……あなた達は違う。花は曇っていてはいけないわ。だからこれからもそうであってちょうだい」

 緋織は眩しそうに周りを見ると、年相応の笑顔で言った。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 さくらを送り届けて部屋に戻る。

 押入れを開けて湯手ハンドタオルとバスタオルを出し、浴場に行く為に廊下に出ると、姫香の悲鳴が聞こえた。

「ひゃあっ!!」

 悲鳴に驚いて女子部屋に入ると、さくらが白いパンツ片手に全裸になってふらついていて、姫香が顔を覆っていた。

「どうした!?」

「あ~~……ゆーき~~、さくらもおふよはいゆ~~……」

「さっ、さくらさん、……かっ体……」

 さくらはろれつが回らなくなっていて、姫香は青ざめて顔をおおっていた。

「……さくら、酔ってるからやめておけ」

 事情を察して浴衣を拾い上げ、はだけたバストを隠すように羽織らせる。

 さくらが姫香の悲鳴に平然としてるのは、おそらく自分が真裸マッパになった事と誤解したのだろう。

「ぶ~~……ゆーきに洗ってもらう~~……」

「……わかった。だけど酔って湯船につかるのは良くない。後で部屋のユニットバスのシャワーで洗ってやるからそれでガマンしてくれ」

 それに混浴じゃないしな、とは言わなかった。

「えっへへ~~、わーい♪」

「だからそれまで布団で休んでいろ」

「は~~い……」

 そう言うと、持っていたパンツを渡してきて片足を上げる。

「……子供か? まあいいや、はいよ」

 小さい頃の姫香を思い出して、クスリと笑いながら広げてやると、パンツに足を通してきた。

「ふにゃ~~、ありがと~~♪」

 羽織った浴衣の前を開いたまま、疵だらけだが形の良い胸に俺の顔を抱え込んできた。

「わかったから……」


 手早く布団を出して敷いてやってさくらを寝かせると、むにゃむにゃ言いながらすぐに落ちてしまった。

「…………ふう」

 すると青葉と咲耶姫がさくらの枕元に来て、さくらの寝顔をうれしそうに突いた。

「……ほんとうに裕貴の事を信頼してるのね」

 咲耶姫が感心した目を向ける。

「でしょう? “私も心強いわ”」

「じゃあ二人とも頼むな」

 二体に任せて、涙ぐんで座り込んでいる姫香に向きなおる。

「……初めて見たのか?」

「…………(こくん)」

 姫香が小さくうなずく。

「プールの時は?」

「あの時は……家…………に、戻って……たから……」

「そう言えばスク水取りに行ってたんだな……」

 思い出して苦笑いする。

「あんな……あんな全身に……手足ぐらいしか見て……うっ……」

 姫香がこらえきれなくなってすすり泣き始める。

「事故直後に応急処置したのはおと……親父なんだそうだ」

 姫香の頭を撫でながら言い直す。

「ぐすっ…………パパが?」

「うん。ママに聞いた」

「ひっく…………意外」

「そうか? 居合わせたってのはびっくりしたけど、応急処置は山では必要だって言われて俺は教わってたから、そこは素直に納得したぞ」

「すん…………そうね、そのおかげでフローラも大事にならなかったんだよね」

「まあな」

「パパを見直しちゃった……」

「そうか。けど今のは親父には内緒な」

「なんで?」

「照れるだろうから」

「……納得。わかった」

「じゃあオレは先に露天風呂の方入ってくるから、できればみんなが来るまで、さくらがまた起き出して無茶しないように見ててくれないか?」

「……わかった」

 そうしてざっと風呂を浴びると、入れ違いにみんなが風呂に行くところだった。

「ご苦労だったな、霞はまだぐっすりだぞ」

 祥焔先生が教えてくれる。

「じゃあ、みんなが戻るまで部屋でさくらを見てますね」

「襲っちゃダメよ?」

 雨糸がからかってくる。

「しねーよ」

 笑って返す。

「ふん。悔しいがそう言う所は信用できるからな」

 フローラが文句を言う。

「ちぇー! 男風呂はオレひとりかよー……」

 圭一が愚痴る。

「ははは、じゃあ明日の朝風呂でな」

「おう! ケツ貸せろよ!」

「ゆっ! 裕兄……」

 姫香がおののく。

「貸すか!!」

「では後で……」

 緋織さんが囁く。

 そんなやりとりをしてすれ違う。

 恐らく自分が世話を焼くと思って放っておいたのだろう。部屋に入ると、さくらがせっかく着せた浴衣と掛け布団をはだけて、敷き布団からはみ出していた。「…………ちっ、わざとか?」

「あたり。裕兄がやるからほっとけって祥焔先生が」

 青葉が答える。

「俺の扱いは……、まあいいや」

 ガックリと肩を落とす。

 さくらの崩れた浴衣を直して布団に戻して、暑かったらしい掛け布団を、タオルケットに替えてお腹の当たりだけに掛ける。

 枕をあてがおうと頭を持ち上げるが、ふと思いついて太腿に頭を乗せる。

「どうしたの?」

 黒姫が聞いてくる。

「ちょっと髪が乱れてるから、直してやろうと思ってね」

 丁寧に頭や体の下になっていた紅銀髪を伸ばすと、ゆるく三つ編みで編み込んでいく。

「さくらは髪が長いのに寝相が良くないだろ? だからこうやって痛まないようにしてやるんだ」

「そっか、DOLLわたしたちは寝相なんてかんけいないからわからなかった」

「そうだね……」

 寝相……って、あれ!?

 黒姫に返事をしてから違和感を覚え、それが以前フローラに夜中起こされた時、DOLLさくらが息をしているように、ボディを動かしていた事だと思い出す。

 つまりはあの時Alphaさくらはもう、Primitiveさくらとほとんど生体レベルでシンクロしていたのだと気付く。

 それは自分が恋していたのはDOLLのさくらであり、同時に霞さくらでもあったと言う事を意味する。

 そして先ほど感じたデジャヴの理由にも思い至って納得する。

 ……二人が別の存在だったなんて、こだわるような事じゃなかったのかもな。

 心の中にあった、そんなささいなわだかまりが解けたように感じ、思わず笑う。

 膝の上に視線を落とし、酔って少し間の抜けた寝顔のさくらを見つめ、先ほどのように頬をそっと撫でてやる。

『この疵の数だけ、そう言ってもらえるように頑張るからね』

 喋ってないのにそう囁く自分の声にギョッとするが、背後で青葉が俺の声を再生させたのだと気付く。

 するとさくらは、眠ったまま嬉しそうに笑ったかと思うと、閉じた瞳から涙がこぼれさせた。

「青葉……」

 改めて聞くと、確かにプロポーズに聞こえなくもないセリフに、思わず赤面する。

「……いい夢見てるのかな?」

「そうみたいだな」

 咲耶姫の言葉に照れながら答える。

「よかったねえママ」

 青葉がそう言いながら、さくらの涙をテッシュで拭く。

「……でもな青葉」

「なあに?」

「そういう事は照れるから俺のいない時にやってくれ」

「私ならいいの?」

 と、青葉と同じDIVA2ボディの咲耶姫がからかう。


「……以下同文で」

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